27. 悪女化の原因
「そうか、やっぱりここに来て正解だったな。そんな凄いギルド様に改めて調査依頼をしたいんだが良いか?」
「ええ。もちろん内容を聞いてからだけどね」
「ああ」
少しだけ拳を握り込み、真剣な眼差しを向けるアッシュ。
ミナスも呼応して体を起こし聞く姿勢を取った。
「…俺が最近、妻を迎えたのは把握してるよな?」
「そりゃあね。首都で悪女と話題になっていたリーフィニア様でしょ?」
ミナスの答えにコクリと頷き、続けて問いかける。
「なら、リーフィニアが別人のように変わったってのは?」
「それも聞いてるわ。あたし達も奇妙だって気にはなってたのよ。…その様子だと、心を入れ替えたとか単純な話ではないようね」
情報屋だけあって街の人達とは違い王都の噂が事実なのも把握していたようで、リーフィニアの変化はギルドの目にも留まっていた。
話が早いと思いながらアッシュは聞いたままの情報を伝える。
「その通りだ。ここからの話は信じてくれとしか言いようがないが…リーフィニアは突然体の自由を奪われて悪女にさせられたみたいなんだ」
「!」
思い掛けない状況にミナスのもピクッと反応して集中した顔つきになった。
何を馬鹿なとあしらったりせずきちんと耳を傾ける。
「しかもその状態が3年間も続いたらしい。そして何故か、俺と婚姻を結んだ直後に解放されて元に戻れたそうなんだ」
流れを聞き、考え込むように口元に指の間接を当てるミナス。
「それはまた…不可解な現象ね」
否定したりせず取り合ってくれるミナスに同意して頷きながら、アッシュは依頼内容を口にした。
「もう分かったと思うが、俺が依頼したいのは悪女化した原因の調査だ。過去に似たような事例とかはないか?」
「突然悪女に…でしょ?それだけ特殊なら覚えてそうなものだけど、聞いたことのない事象だわ。…いえ、けど…」
視線を斜め下に向け、もしやといった顔つきになるミナスにアッシュは身を乗り出す。
「何か思い当たる事があるのか?」
聞かれたミナスは僅かに迷って思考を回した。
自分の記憶をできるだけ浚ってから、提供すべきと判断しアッシュに視線を戻す。
「…断言はできないけど、それを可能にできる魔法が昔存在したことはあるわ。かけられれば絶対に従うしかなくなる…隷属魔法よ」
何やら不穏なワードに、アッシュだけでなく消沈していたユーゾフも驚いて反応する。
「隷属魔法?それってもしかして、人を服従させられんの?」
「そんなところね。今から100年くらい前の、他国での話よ。とある1人の女性に発現した特殊な能力なの」
ミナスは何かを見る事もなく、他国での出来事を脳内から引っ張り出す。
口先だけでない優秀さを目の当たりにしたアッシュとユーゾフは背筋を伸ばして聞き澄ました。
「隷属魔法はどんな内容であれ契約を結んでしまえば逆らえなくなる強力なものだった。女性にだけじゃなく、例えば『この人の命令には絶対服従する』っていう内容で魔法をかければ他者同士でも完璧な主従関係を構築できたの。その国では奴隷もまだ合法だったから女性の能力はかなり重宝されたそうよ。他にも結婚式で『絶対に浮気しない』っていう魔法を敢えてかけてもらうっていう事もできたし、汎用性が高くて女性は神のように崇められたわ」
「それ…は、確かに凄いな。けどそこまで強力な魔法だと、一歩間違えばかなり危険じゃないか?」
他を圧するレベルの魔法に脅威を感じ、アッシュが眉を顰めて問う。
首肯してミナスは女性の末路を語った。
「ええそうね。だからその魔法を使えた女性は後に危険視され、国家転覆を恐れた国王に魔女に仕立て上げられて処刑されたそうよ」
「…!」
確かにアッシュも危惧したが、魔女として殺されるだなんて残酷な仕打ちには言葉を失う。
隣のユーゾフも衝撃を受けながら質問した。
「け、けどさ、そんなすごい魔法使えるなら反抗することもできたんじゃないの?」
「そう思うでしょうけど、実際の隷属魔法は簡単に使えるものじゃなかったらしいわ。強力な魔法である分、色々と制約も多かったそうなの」
説明を聞き「制約?」とアッシュもユーゾフも首を傾げる。
頷いて考える仕草を取るミナス。
「これについては調べないとはっきり分からないけれど…確かその内の1つとして『本人の宣誓』も必要だった筈よ。自らこうしますって宣言しないと魔法の効果を発動できないの」
「成る程…魔法をかけられる相手が拒絶し続ける限りは隷属させられないって事か」
「そういう事。それ以外にもまだ必要条件があった筈だから、調査して分かったら連絡するわ。と言ってもまだこの魔法が使われたかどうかも定かじゃないし魔法が解けた理由も分からないから、他に似たような事例がないかも調査するわね」
「ああ、頼む」
調査の方向性が定まりアッシュも異議なく得心する。
ミナスはソファーから立ち上がり話を付け加えた。
「それと、もう少し情報があった方が確実だから悪女化した日の出来事を詳細に聞いて教えてくれる?あ、そうだ」
言いながら思いつき、自分のマジックバッグをごそごそと漁るミナス。
そして中から手のひらサイズの魔道具らしき物を取り出した。
長方形で上部に四角い画面があり下部には沢山のボタンが並んでいる物だ。
「連絡用にこれを貸してあげるわ。まだ未発売の開発品なんだけど、遠くにいる相手と通話できる魔道具よ」
説明を聞き、どこかで見た事があると思っていたユーゾフは仰天しながら覗き込んだ。
「え、もしかして携帯電話!?」
「正解。あたし達は魔導フォンって呼んでる物よ。使い方は弟くんの方が分かりそうだから弟くんに預けるわね」
これは所謂ガラケーか!?と思いながら両手で受け取るユーゾフ。
いよいよ前世マウントを取れるのではという気持ちが湧き、慣れてる風に片手で持って先程の意趣返しを図った。
「ふ、ふーん?未発売の物を無警戒に渡しちゃうとか迂闊じゃね?技術盗まれて先に発売しちゃうかもよ?」
が、それにはミナスではなくアッシュが横からツッコミを入れる。
「いやユーゾフ…俺達に貸し出せる時点で既に王家にも申請済みだと思うぞ?」
「あら、やっぱりお兄さんは頭が切れるわね」
「ぐう…っ!」
ただ自分の愚かさを露呈する形になり再び撃沈するユーゾフ。
反応を面白がりながらミナスは紙とペンを出し、サラサラと書き込んでアッシュに見せた。
「取り敢えず、料金の見積もりはこれくらいだけど良いかしら?」
紙を覗き込んだアッシュは思わず口の端を引きつらせる。
「結構、高くつくな」
「ふふふ、なにせ情報が入り次第即座に連絡可能な魔導フォンのレンタル料も含めてますから♪安くしたいなら返してもらうけどどうする?」
「ぐっ、そう言われるとな…。はぁー分かった、これで良いよ」
「毎度あり~」
問題を出来るだけ早く解決したいアッシュからすればこの魔道具の存在は有り難く、多少高くともやむを得ないと判断した。
取り敢えず手付金と既に得た情報料として半分払い、残りは成功報酬とする。
急いで帰宅し今一度リーフィニアと話さなければとユーゾフに手を伸ばした。
「ほれ、帰るぞユーゾフ」
「ふあい…」
現実の過酷さにズタボロになったユーゾフの手を引き立たせてやる。
退室する前にもう一度ミナスに向き直り辞去の挨拶をした。
「それじゃあ、詳しく話を聞いたらまた連絡する。よろしく頼むな」
「ええ、任せて。それと…弟くん」
呼ばれたユーゾフは力無くミナスを見遣る。
ミナスは笑顔を引っ込めて神妙な面持ちで口を開いた。
「あなた、気を付けなさいね」
なんとも不穏なセリフに、脱力していたユーゾフも一気に強張る。
「え!?なに!?やっぱおれ狙われんの!?」
「そういうんじゃなくて……いえ、やっぱりいいわ。こういうのは自分で気付かなきゃ意味無いしね」
「??」
言おうとしたのを途中でやめられ疑問符を浮かべまくるユーゾフ。
それでも答えるまで問い詰めたら負けな気がして、腑に落ちないながらも聞き返しはしなかった。
アッシュもこれについては意味を捉えられなかったが、ユーゾフと同じく追及より退室を選択する。
先程までの明るい雰囲気に戻ったミナスに見送られ、2人はオストラヴァ邸へと戻ったのだった。




