26. 情報ギルド
「おぉー、ここがかの有名な情報ギルド『黒兎』の支部かぁ」
トムタッタ内でも端の方にある3階建ての木造家屋を見上げ、興奮気味に言ったユーゾフ。
そう、アッシュとユーゾフが訪れたのは情報ギルドだ。
このギルドは王家にも認められている程の実力があり、支部といえどもその辺の建物より立派で規模の大きさが窺える。
因みに本拠地に至っては隠されていてギルド員以外は誰も知らないという秘密めいた組織でもある。
「ここならきっと何かしらの手掛かりを掴めるだろ。情報ギルドの中でも黒兎は別格だからな」
「そういうギルドとかマジでわくわくもんじゃん!それじゃ早速おじゃましまー…」
と、ドアを開きながらユーゾフが言い掛けた時だった。
「依頼を受けれないだと!?どういう事だ!?」
聞こえてきたのは男性の激しい怒声。
見れば、1人の少女へ小太りの中年男性が詰め寄っている。
しかし大の男に怒りを向けられているにも関わらず、少女は余裕のある様子で口角を上げた。
「だって、その調査したい相手ってオジサンがストーカーしてる人でしょ?」
「なっ、違…!」
「やだ。情報ギルド相手に嘘が通じるとでも?悪いけど、あたし達黒兎は犯罪には手を貸したりしないわ」
毅然として断ったのは齢14歳の美少女だ。
長い赤髪を右側で1つに括り、青紫の色をした目は吊り上がっていて利発そうな顔立ちをしている。
ノースリーブのインナーとショートパンツにニーハイブーツを合わせた服装で、そこに肩掛けのポンチョとキャスケットを組み合わせ少々探偵を思わせる格好をしていた。
カウンターの奥に避難することもなく堂々と男の眼前に立っている。
「か、金ならいくらでも払う!」
「呆れた。うちのギルドがお金に困ってるわけないじゃない。もう話すことは無いのでさっさとお帰りください」
雑にあしらわれ、ワナワナと震える中年男性。
大人げなく拳を大きく振り上げた。
「このガキが!有名ギルドの受付してるからって調子に乗りやがって!!」
ーーブンッ
激昂して少女の顔面目掛け殴り掛かる。
が、少女は慌てもせずヒラリと拳を躱した。
それだけでなく勢いづいた男に足を引っ掛け激しく転倒させる。
顔面から床に突っ込んだ男は「ぐぁあっ」と悲鳴をあげながらその場でゴロゴロと蠢き、少女は溜め息を吐いた。
「思い通りにいかなきゃ暴力振るうなんて、ホント最低ね。この男を騎士団に引き渡してくれる?」
「はい」
少女の命令で、警備と思しき男性2人が中年男をガッチリ拘束して外へと引き摺っていく。
連行される男を横目で見て、アッシュも呆れながら肩を落とした。
「馬鹿な奴だな…。このギルドで受付嬢やれてる事の意味も分かんねえのか」
と、アッシュの呟きを聞いた少女が振り返る。
「あら、お兄さんは話が分かるみたいね」
ニコリと嬉しそうに一度笑い、少しだけ鋭い目つきで続けた。
「それとも、アッシュ・オストラヴァ卿とお呼びするべきかしら?」
「好きに呼んでくれ。そっちは苺姫ミナスだな?」
「御名答♪まぁ苺姫なんて二つ名は要らないんだけどね」
満足そうにして、顔はこちらに向けたままミナスは体を反転させる。
広い室内の奥側へと軽やかに歩き出した。
「依頼で来たのよね?立ち話も難だから部屋へ案内するわ。ついてきて」
言われるがまま後に続きながら、アッシュは安堵してホッと息を吐く。
隣のユーゾフにだけ聞こえる声でボソリと呟いた。
「ふぅ…取り敢えず合格したみたいだな」
「え!?一体全体どういう状況!?」
「今のやり取りで、話を聞く価値のある相手だと判断されたって事だよ」
いつの間にそんな駆け引きをしていたんだとユーゾフは唖然とする。
ついでにもう一つ気になったことも質問した。
「じゃ、じゃあさ、このギルドで受付嬢やれてる事の意味って?」
先程アッシュが言った時、ユーゾフもよく分かっていなかったのだ。
あの中年オヤジと同レベルだと思いたくないが聞かぬは恥だと訊ねる。
アッシュはユーゾフに対しては呆れたりせず丁寧に答えた。
「あぁそれか。黒兎は情報を扱ってるギルドだろ?欲しがる人間が多いぶん危険とも隣り合わせなんだ。ギルド員の殆どが正体を隠して活動してるくらいにな。そんな中で堂々と顔出しして受付やってるって事は、その危険を跳ね返せるくらいの実力があるって事なんだよ」
「な、なるほど…!」
解説を聞き納得したユーゾフはあの美少女はそんなに凄いのかと改めて後ろ姿を眺める。
ミナスは一番奥の部屋の扉を開いて手で中を指し示した。
「どうぞ。適当に座って」
「ああ、ありがとう」
室内は8畳くらいの広さで、中心に低めのテーブルとソファーがいくつか置いてあるシンプルな部屋だ。
アッシュとユーゾフが2人掛けのソファーに並んで腰掛けると、ミナスも向かい側のソファーへと座り足を組む。
「それじゃあ早速話を聞くわ。この部屋は防音になってて、依頼内容が漏れる事は無いから安心して」
「え、おねえさんが話を?受付はいいの?」
「雇われ人が代わりに立つから大丈夫よ。他のギルド員も何人か裏で控えてるしね。それにあたしはギルド内でもかなり優秀な方だから、このまま対応してもらった方が得よ?」
自分で断言するなんてとユーゾフは疑心暗鬼な目を向けた。
ミナスは両手をソファーに置いて様子を伺うように小首をかしげる。
「あら、疑ってるの?子どもらしくないのね」
そう言われ、ユーゾフはフッと笑い胸に手を当てた。
相も変わらず堂々と隠さず宣言する。
「そりゃあそうさ!なにせおれは前世を合わせれば君より年上!見た目は子ども頭脳は大人、なんだよ!」
「いやユーゾフ、今そんな話は…」
脱線し始めたユーゾフを場が混乱する前に止めようとアッシュも口を開く。
が、言い切る前にミナスが腑に落ちたように告げた。
「ああ、あなた転生者なのね。どうりで」
ケロリとして欠片も驚かず言ったミナス。
これには逆にユーゾフの方が仰天して目を剥いた。
「…え!?は!?なんで転生者って…!しかもそんなごく普通に!」
「こちとら情報屋よ?転生者が度々現れることくらい当然把握してるわ」
「度々現れてんの!?」
衝撃の事実に更に驚愕する。
嫌な予感が全身を駆け巡り、恐る恐る尋ねた。
「ち、ちなみに、その転生者達はみんなとんでもない能力を持ってるなんてことは…」
「無いわね。確かに飛び抜けてすごい能力を発揮する人間ってのは時折いるけど、別に転生者限定ってわけじゃないわ」
ーーガックゥ!
無慈悲なミナスの言葉でユーゾフはソファーから滑り落ち四つん這いになる。
思い描いていた人生がガラガラ崩れる音がして蒼白になった。
「うそだろ!?異世界チートでウハウハハーレムする夢が齢3才にして破れるなんて…!!」
つい先程まで漸く使えた魔法に浮かれていたというのになんたる仕打ちだろう。
頭を抱え全力で嘆き出した。
「くそ、おれはこの世界の主人公じゃなかったのかよ!?転生者他にもいっぱいいるとかあり得ないって!てか、転生者ってもっと特別な感じじゃないの!?バレたら捕まえられて知識を独占しようとされるとかさ!」
問われたミナスは手に頬を乗せ、落ち着き払ったまま答える。
「大昔はそんな事もあったみたいだけど、今の時代だと役立つ技能を持った有能な転生者なんてほぼいないから必要性を感じないのよ。言動を見るに、あなたの前世もあたしと同じくらいの歳でしょ?碌に使える知識もないんじゃない?」
「ぐはっっ」
大ダメージを受け、ついに床とお友達になるユーゾフ。
ミナスはケラケラと笑いながら追い討ちのように聞いた。
「ごめんなさい、決めつけるのは良くなかったわね。逆に使える知識を持ってるんならギルドにスカウトしたいとこだけどどう?」
「ないです…」
「あら残念」
ユーゾフの前世は漫画やゲームが好きなだけの平凡な高校生だ。
人より優れた特技なども無く、勉学の成績も中くらい。
有名ギルドに雇われるだけの何かなど思い付かず、涙を流しながらブツブツと絶望の呟きだけをこぼした。
「ちくしょう…おかしいとは思ってたんだよ。トイレとか普通に水洗だし、味噌とか醤油とかも当たり前にあるしさ…!まだ見た事はないけど車だってあるっていうじゃん?技術進みすぎなんだよマジで…っ」
普段の生活も特に不自由せず過ごせているし、贅沢を言えばスマホなど欲しいがかと言ってそれを作れる技術など無い。
前世の知識を活かせるところなど全く思いつかず喪失感で完全に脱力するしかなかった。
そんなユーゾフを不憫そうに抱き上げてソファーに座らせながら、今度はアッシュが質問する。
「なら、使える技術を持った有能な人材はいち早く黒兎が確保してるって事か?」
「ふふ、お兄さんの方は頭が回るわね。その通りよ。あたし達のギルドは文明が何個か先を行ってると思ってくれて良いわ」
「ふぅん。けど、技術を独占して国に目を付けられたりはしないのか?」
「別に独占なんてしてないわよ。開発した物はギルド内で色々とテストしてから王家に納めて市場にも広めてるもの。寧ろ感謝されてるくらいよ」
情報を扱うだけでなく新しい技術まで提供していると聞き、改めてギルド黒兎の規格外さを思い知った。
リーフィニアの悪女化を調べるに当たってここ程に頼れる場所は無いと確信する。
反れた話を戻そうとアッシュは本題に入った。




