25. 心の距離
「アッシュ様、それはなんですか?」
アッシュが担いで持ってきたのは武器の練習時に使う木人形だ。
しかし、その木人形には何故か簡素なワンピースが着せられている。
ドスっと設置しながら答えるアッシュ。
「リーフィニアの魔力もだいぶ密度が上がってきたからな。そろそろ実践に移りたいけど、まさかいきなり自分の服を硬化して試すわけにいかないだろ?だからまずはこの木人形で練習しようと思って持ってきたんだ」
「な、なるほど。ありがとうございます」
魔力を練る訓練をしながらリボンなどで硬化練習をしていたが、小さな布と衣服一着となれば感覚も全然違ってくる。
確かにこれなら怪我なく良い実践訓練をできるだろうと納得した。
「あの、この服はどうしたんですか?」
「メイド達から着古して捨てる予定だった物を貰ってきたんだ。まだ沢山あるって言ってたから失敗しても気にしなくていいぞ」
「それなら良かったです」
アッシュの補足に小さな懸念も払拭され、よく見れば毛玉があちこちにあるワンピースに意識を集中する。
リーフィニアの準備が出来たのを見越してアッシュはマジックバッグから双刃刀を取り出した。
「それじゃあ、攻撃から味方を守るつもりで目一杯硬化してみてくれ。魔法が掛かったのを確認するまでは手を出さないから、焦らず落ち着いてな」
「はい!」
ふっと小さく息を吐いて肩の力を抜き、リーフィニアは両手を前に翳す。
訓練通りに魔力を練り上げ、濃密になった魔力を服へとぶつける。
「ドゥルラーク!」
ーーキンッ
リーフィニアの魔法によって、ワンピースが裾まで硬く変化した。
そのワンピース目掛けアッシュが剣のように双刃刀を振るう。
すると、ガキン!と音を立てて双刃刀が弾かれた。
「やっ…」
が、リーフィニアが喜びの声を上げようとしたのも束の間アッシュは流れるような動作で今度は心臓部分目掛け突き攻撃を繰り出した。
ーーバキンッ
衝撃に耐えられず、胸部分の布が割れて刃が木人形へ突き刺さる。
一転してリーフィニアは眉を下げ情けない顔をした。
「そ、そんなぁ…」
しょんぼりして若干涙目になるリーフィニア。
そんなリーフィニアにアッシュは焦って即座にフォローを入れる。
「いや、落ち込まなくて大丈夫だぞ?斬り攻撃は防げたし充分すぎる進歩だ」
「うぅ、本当ですか…?」
「あぁ。それに、今リーフィニアは衣服全体に硬化魔法を掛けただろ?それを一部に集中すれば突き攻撃も防げる筈だ」
アドバイスを聞き、リーフィニアは目をパチクリとさせた。
「一部に…集中?」
「そうだ。試しに腹部の辺りだけを硬化してみてくれ。部分的になるから少し難易度も上がるけど、多分リーフィニアなら出来るはずだ」
「わ、わかりました。やってみますっ」
もう一度魔力を練り上げていき、一部分だけに効果を与えるよう更に魔力を細く搾る。
先程よりも緻密な操作が必要になったが、どうにか魔力を纏め上げた。
「ドュルラーク!」
アッシュの指示通り、ワンピースの腹部辺りだけの硬質化に成功する。
その硬化した部分に向け、アッシュは再び鋭い突き攻撃を放った。
ーーガキーン!
甲高い音を立てて、先程は布を貫いた刃が弾かれる。
驚きつつリーフィニアは喜悦満面になった。
「わっ、今度こそ防御できたんですか!?」
「ああ、上出来だ。もっと訓練すれば更に広範囲をこのレベルで硬化できると思うぞ」
「嬉しいです!なんだか自信もついてきました!」
「良い事だ。自分は出来るって信じるのは上達への近道だからな」
特訓の成果を感じられて嬉しさのあまりアッシュと笑い合う。
と、2人がそんな良い雰囲気を醸し出していた時だ。
「うわホントにわかった!なんだこれ気持ちわるっ!兄上!!」
少し距離を取って魔力集めをしていたユーゾフが突然あげた声。
呼ばれたアッシュは一瞬半目になりながらも、仕方ないと近付いて屈みユーゾフの手元を注視した。
「…うん、上手く魔力を集められたんだな。どんな感じだ?」
「なんかっ!なんかスゲー炎出せそう!」
「お、やっぱユーゾフも属性魔法か。そうだな…最初だし取り敢えず『炎舞』って唱えてみ」
言われるがまま、ユーゾフは集めた魔力が戻らない内にと早口に叫んだ。
「え、炎舞!」
ーーボゥ
詠唱が引き金となり魔力が変化して手の上で20センチくらいの炎が出来上がった。
ユラユラと舞っているかのような炎を見てユーゾフは大興奮する。
「うわぁ出せた!!マジで魔法使えた!!スゲー!感動!!」
「ちゃんと形も保ててるな。取り敢えず最初の内は安定して出せるように魔力集めと炎舞の発動を繰り返すのが良いな。ただし、魔力は使い過ぎると下手すりゃ命に関わるから俺がいる時だけ使うように」
「いや兄上冷静過ぎん!?なんでさっさと次のステップに行こうとしてんの!?まずここは『3歳にして魔法を使えるなんて凄いぞ!お前は天才だ!』って褒め称えるとこだろ!?」
ユーゾフに賞賛を求められたが、アッシュは首の後ろに片手を当てて困ったように事実を告げた。
「や、そうしたいとこだけど…早い奴だとそれこそ3歳くらいで魔法発現したりするからな」
「マジかよ全然スタートダッシュ決めれてねぇじゃん!」
現実の厳しさに当てられてガクリとくず折れるユーゾフ。
見兼ねたリーフィニアがアッシュに代わり必死に援護した。
「だ、大丈夫よユーゾフ!私が魔法を使えたのなんて10歳くらいの時だし充分すごいわ!ユーゾフは天才ね!」
「姉さま優しいマジ女神。前は断られたけどリフィ姉さまって呼んでいい?」
「ええ!もちろんよ!」
うるうるとした目で言うユーゾフに快く了承してあげる。
懐かしい気持ちでリーフィニアは優しく微笑んだ。
「家でも妹にリフィお姉様って呼ばれてたから、なんだか弟って感じが実感できて嬉しいわ。ありがとう」
と、そう言ってからリーフィニアはピタリと動きを止めた。
自分の中で何か小さな引っ掛かりを覚えたからだ。
けれどもその正体は分からず、答えが見つからない内に首を傾げたユーゾフに声をかけられる。
「リフィ姉さま、どうかした?」
「あ、ううん。何でもないわ」
余計な心配はかけさせまいと一旦思考を放棄してまた笑顔を作った。
そしてそんな2人のやり取りを見て奥歯を噛んだのはアッシュだ。
なにせ夫であるアッシュよりも先にユーゾフが愛称呼びの権利を得たのである。
いくら弟とはいえこれには嫉妬してしまう。
素早い動きでユーゾフの真後ろにしゃがみ小声で抗議した。
「お前…何ちゃっかり愛称呼びしてんだよ」
「へっへーん、羨ましかろう?悔しかったら兄上も許可貰いなよ。今なら流れでいけんじゃね?」
「それも…そうだな」
小さくブツブツと談義する2人をきょとんとして見つめるリーフィニアに視線を向ける。
立ち上がり一歩近付いて尋ねた。
「あの…さ、リーフィニア。もし良かったら、俺もリフィって呼んで良いか?」
「え?」
ユーゾフの時と違い、なぜだか気恥ずかしくてカァと赤くなるリーフィニア。
愛称呼びなんて嫌いな相手には絶対にしない。
アッシュがリーフィニアと親しくしたいという意思でもあるのだ。
ようやくそれが伝わって、リーフィニアも慌てて返事をしようとした。
「あ、は、はい!もちろ…」
が、言いかけて途中で止まってしまう言葉。
許可を出す事の意味が自分に重くのしかかってきて、リーフィニアは耐えられず俯いた。
「……いえ、ごめんなさい。やっぱり…呼ばないでください」
「え」
まさかの拒絶にショックを受けるアッシュ。
この1週間でそれなりに仲良くなれてきたと思ったけれど勘違いだったのかと目の前が暗くなる。
けれどその考えは次のリーフィニアの言葉で否定された。
「あの…アッシュ様にそう呼ばれるのが嫌だとか、そういう訳じゃありません。ただ私…怖いんです」
睫毛を伏せ怯えた様子で告げられた言葉。
思わずアッシュも「怖い?」と聞き返す。
こくりと頷いて、リーフィニアは続けた。
「私は…突然前触れもなく悪女になってしまいました。今は元に戻れましたが、もしかしたらまた同じ事が起こるかもしれません」
「それは…」
起こらないと言いたくとも、生憎否定する材料を持ち合わせてはいない。
胸の前でギュッと手を握りしめるリーフィニア。
「親しくなってから再発すれば、アッシュ様を深く傷つける事になります。ただでさえ沢山ご迷惑を掛けてしまったアッシュ様にこれ以上嫌な思いをさせたくはありません」
リーフィニアとの心の距離が離れていくのを感じ取り、アッシュは落ち着きを失い前のめりになった。
「リーフィニア、例えそうなっても俺は…」
「私が嫌なんです!」
本人の意思ではないと分かっている今なら大丈夫だと告げたかったが、リーフィニアが強く拒絶する。
アッシュの事を何とも思っていなければ、ここまで怖くはならなかったかもしれない。
けれどアッシュの人柄に触れてリーフィニアは心惹かれてしまっていた。
だからこそ、また傷付けてしまったら…嫌われてしまったらと恐怖心が湧いてしまったのだ。
リーフィニアの心の問題とあらばそれ以上説得もできず、アッシュも口を閉ざすしかなかった。
「…ごめんなさい。今日はもう、部屋へ戻ります」
負の感情で頭がごちゃごちゃになり、耐え切れずリーフィニアは逃げ出してしまう。
引き止める言葉が見つからないアッシュもただ立ち尽くして見送った。
そうして屋敷へと戻っていくリーフィニアの姿を見たユーゾフは、まさかこんな事になるなんてとオロオロしながらアッシュに問い掛けた。
「あ、兄上だいじょうぶ?」
心配してるのが伝わり、アッシュは長く息を吐いて肩を落とす。
「ああ、大丈夫だ。順序を間違えた俺が悪い」
「順序?」
聞き返されたアッシュは一度前髪を掻き上げ、真剣な眼差しで答えた。
「リーフィニアが不安がるのは当然だし、先に解決すべき問題だった。今更ではあるけど…リーフィニアの悪女化の原因、突き止めるぞ」
アッシュの宣言にユーゾフは目を剥いて素っ頓狂な声を上げる。
「そ、そんな事できんの!?」
「可能性は十分ある。忘れたか?この街にも拠点を置いてる、とんでもない奴らの存在を」
一瞬誰の事かと考えてから、ピンと来たユーゾフはハッとした顔をした。
ユーゾフも分かったのを確認して、アッシュは踵を返す。
「もし悪女化が誰かのせいなら…絶対に犯人を割り出してとっちめてやる。行くぞ」
「あいさー!」
こうして、2人はリーフィニアの悪女化の原因を突き止めるべく街へと繰り出したのだった。




