24. 魔法訓練
「っし、じゃあ早速訓練を始めるか」
「「はい!」」
翌朝、アッシュの呼び掛けにリーフィニアとユーゾフが同時に返事をした。
3人が集まったのは敷地内にある訓練場の一角だ。
他の騎士達の邪魔にならないよう植木も多くある端の方を陣取って2人専用の訓練場としている。
因みに全員、スリットネックの白シャツに紺色のパンツと黒いロングブーツを合わせたお揃いの訓練着を着用して一体感も出ていた。
(まさか、こんなに早く師事してもらえるなんて思わなかったな。しっかり頑張らなきゃ!)
髪の毛を1つに括り気合充分なリーフィニアは背筋をピンと伸ばしてやる気を見せる。
悪女時も髪は1つに纏めていたがその時とは全く違った雰囲気に、アッシュは可愛いなと胸中で見惚れながら言葉を掛けた。
「まずは基本の体づくりから…と言いたいとこだけど、あくまでそれは騎士の場合だからな。ユーゾフは筋肉つけ過ぎると成長の阻害になるし、リーフィニアも貴族夫人としての生活に支障が出るだろ。だから2人の訓練は魔法を中心にして行おうと思う。もちろんある程度の体力はあった方が良いし、最低限の護身術は身に付けてもらうけどな」
アッシュに言われてから、確かに体型が日々変化してはドレスを着る際などに困る事になるなとリーフィニアは納得する。
そこまで考えてくれている事に感謝していると、こちらもやる気満々なユーゾフが挙手してアッシュに問いかけた。
「はい先生質問です!」
「はい何だいユーゾフくん!」
「使える魔法の種類を調べるとか魔力の量を測定する道具とかはないんですか!?」
「んな物ございません!」
「バカな!?」
ノリ良くずばり否定したアッシュにショックを受けるユーゾフ。
わなわなとしながら詰め寄って質問攻めにする。
「魔法がある世界観だとそういうの定番じゃんか!?『そ、測定不能!?』とかいう主人公展開やりたかったのに無いってどゆこと!?じゃあどうやって自分の使える魔法とか調べんの!?」
またいつもの訳分からんこと言ってるなと流しながらアッシュは腕を組んで答えた。
「うーん何て言うかな、調べたりとかしなくても皆んな自然と使えるようになるんだよ。普通に生活してる内に、これ出来そうってのが本能的に分かるっていう感じだな」
「ほ、ほんとに?おれだけ魔法使えないとかならない?」
「俺も昔その心配をした事はあったけど、案外スッと使えるようになるから心配すんな。リーフィニアもそうだったろ?」
話を振られたリーフィニアは、同意して頷きながらユーゾフに微笑んだ。
「ええ、私もそんな感じだったわ。ユーゾフも必ず使えるようになるから大丈夫よ」
優しく説かれ、不安を拭えないながらも頷いたユーゾフはアッシュに再び乞う。
「ならいいけど…え、兄上魔法のコツとか教えてくれるんだよね?発現するまで放置とか無しだよ!?」
「わかってるって。俺なりのやり方だけどちゃんと教えるから安心しろ」
ぽんと頭に手を乗せられ今度こそホッとした顔をするユーゾフ。
そんな兄弟のやり取りをリーフィニアも微笑ましく見、良いお兄さんをしている姿にまた好感度が上がった。
思わぬところでポイントを稼げているとも気付かず、アッシュはユーゾフの指導を始める。
「まず初めにだけど、自分の中に魔力があるのは分かるか?」
「あー…うん、なんとなく?」
前世の時には無かった何かがあるというのはユーゾフも漠然と感じていた。
充分だと言うように頷いてアッシュは続ける。
「今お前の中にある魔力は体中に散らばってるような状態だ。それを一箇所に集める事で魔法への変換ができる。例えるならそうだな…」
少し考え、昨日の視察が頭をよぎったアッシュはピンと人差し指を立てた。
「あぁ、わたあめで考えるとイメージしやすいな。あれも糸状になった砂糖を割り箸で集めて一つにするだろ?そんな感じで魔力を集めて大きくするんだ。必要な大きさまで集めて出来上がったわたあめが、魔法として使える魔力ってイメージだな」
「な、なるほど…!」
「とりあえず、そのイメージで手元まで魔力を集めてみろ。難しかったら手を貸すから」
「わかった!やってみる!」
アッシュの例えがユーゾフにも嵌ったようで、何だか出来そうな気がすると集中しだす。
そんなユーゾフに自分も続かなければと、リーフィニアも挙手してアッシュに問いかけた。
「は、はい先生質問です!」
「はい何だいリーフィニアくん!」
「私が使えるのは物質変化の魔法なんですがそれでも戦闘に活かせますか?」
「全く問題ございません!」
必死にユーゾフの真似をするリーフィニアが可愛くて仕方ないと思いつつ、しっかりと期待に応えるアッシュ。
ユーゾフの時と同じように答えてくれたアッシュにくすぐったさを覚えながらリーフィニアは声を明るくした。
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。ここの騎士団でも物質変化魔法を駆使して戦う奴は多く居るしな。リーフィニアはどんな変化を起こせるんだ?」
聞かれて、リーフィニアはポケットを漁りながら答える。
「えと、私が使えるのは物質を硬化する魔法です。一応お見せしますね」
ポケットから取り出したのは大事なことを書いておけるようにと持ってきたメモ帳だ。
そのメモ帳から紙を一枚切り離し手をかざして唱える。
「ドゥルラーク」
ポゥ…と柔らかい光と共にリーフィニアの魔力が紙に集まり、重力に負けてペラリとしていた紙がピンと張って硬くなったのが見て取れた。
自分の魔力集めをしていた筈のユーゾフが初めて見るタイプの魔法に興味津々になって手を伸ばす。
「うわぁっ、姉さま触らして触らして!」
幼児っぽく両手でせがむ姿に相好を崩して「はいどうぞ」とリーフィニアが手渡すと、ユーゾフは指先で叩きながら感触を確かめた。
「おぉぉ…!ただの紙がなんかプラスチックみたいになった!すげー!」
力を入れれば曲げれない事も無いけれど、紙とは全く違った質感に変化したのか不思議でペチペチしながら楽しむ。
満足したところでアッシュに手渡すと、同じようにアッシュも爪でコツコツと叩き状態を確かめた。
しかし喜ぶだけのユーゾフと違って真顔で魔法の効果を吟味している為、リーフィニアは少し不安になる。
「あの、そんな感じですけど役立ちそうですか?」
やはり使えそうにないと言われるのではと心配になったが、アッシュはなんて事ないといった表情で答えた。
「ん?ああ、充分役立つだろ。どんな能力も使い方次第だしな。例えばリーフィニアが硬化したこの紙だって…」
言いながら右手に持ち左肩の前まで持ってくるアッシュ。
直後、一気にそれを横へと振り抜いた。
ーーヒュンッ
「「!」」
腕だけの横一線で、舞い落ちてきていた1枚の葉が真っ二つに切られる。
目を丸くしたリーフィニアとユーゾフにアッシュは先程と同じ調子で説明した。
「こんな風に、刃物みたいに使う事だってできる」
あまりに鮮やかな凄技に、歓声を上げそうになったリーフィニアの隣でユーゾフが代わりに声を上げる。
「うわっ!兄上なに今の!?やば、めちゃくちゃカッコいいじゃん!!」
「はいはい。いいからお前は自分の訓練に集中しろ」
「褒めたのに対応ひでぇ…!」
そんな兄弟のくだらないやり取りの中、リーフィニアは心臓をドキドキとさせ胸を押さえた。
(ビ、ビックリした…。心の声を代弁されたのかと思っちゃった)
ユーゾフと同じく、サラッと難しい事をやってのけたアッシュを格好いいと感じたリーフィニア。
昨日の戦闘でアッシュが強いのは把握していたが、それでも不意打ちにこんなの披露するなんてずるいと胸をときめかせた。
特に自慢する程でも無いと思っているアッシュは何事も無かったように話を進める。
「今のはほんの一例で、硬化魔法を駆使すればその辺の棒切れですら立派な武器に出来るはずだ。それに武器だけじゃなく、着ている衣服を硬化すれば即席の鎧だって作れる。攻守共に使える能力だよ」
「そ、そんな事思い付きもしませんでした。いざという時に身を守れますし、服の硬化はとても良いですね!」
「ああ。武器と違って扱い方を覚える必要も無いから真っ先にマスターした方が良いな。…ただ、今の状態だとさ」
少し言いづらそうにして、アッシュはリーフィニアが硬化した紙を前に差し出した。
ーーバキッ パラパラ…
「!?」
唐突に握り込んだせいで紙が割れてバラバラになり、唖然とするリーフィニアにアッシュは苦笑いする。
「攻撃を受けたら守るどころかこの紙みたいに服が砕けて…下手すりゃ裸だ。完璧にマスターするまでは試さない方が良いな」
裸になると聞き、顔を真っ赤にしてリーフィニアはブンブンと頷いた。
もしそんな事になれば二度と外を歩けなくなってしまう。
絶対に外では練習しないようにしようと心に決めた。
「まぁでも、硬度を上げられれば鋼鉄のように硬くする事だって出来るはずだ。それさえ出来れば何にでも応用できるから、まずはそこを目指そう」
「は、はい」
目標を設定されリーフィニアは素直に頷いたが、同時に疑問も浮かび上がる。
上目でアッシュの表情を伺いながら小さく手を挙げた。
「あの、でも、硬度を上げることって出来るんですか?魔法の重ね掛けとかをしてみても全然変化しなかったんですが…」
リーフィニアなりに、魔法の効果を上げられないかと色々試したことはあるのだ。
けれど結果は惨敗で硬さはどれも全く同じだった。
が、アッシュは悩む素振りすらなく答える。
「あー、重ね掛けは魔法を掛け直すだけになるからな。重要なのは魔法の質を上げる事だ」
「魔法の質…ですか?」
「そう。んーと、これについてはユーゾフもいずれやる事になるから覚えといた方が良いな」
「ん?おれも?」
話を振られ、ユーゾフも魔力集めを中断して顔を上げた。
アッシュは出来るだけ分かりやすいようにと整理しながら説明する。
「またわたあめの話をするけど…リーフィニア、昨日のわたあめ随分と萎んだだろ?」
「はい…」
実は昨日、数口しか食べていなかったわたあめを魔物の襲撃のあいだ一時的に騎士に預けていたリーフィニア。
だがひと段落した後にいざ受け取ってみれば、フワフワだった筈のわたあめは見る影もないほど細っそりして表面も液状化し随分と見窄らしい姿になってしまっていたのだ。
その時のショックを思い出しシュンとするリーフィニアが可愛すぎて笑いそうになったが、アッシュは必死に堪えた。
「あれはな、消えたんじゃなくて溶けて密度が上がったから小さくなったんだ」
「密度が?」
「あぁ。そしてその現象は、魔力にも起こす事ができる」
リーフィニアもユーゾフも、興味深気に身を乗り出す。
「作るとこをイメージしてくれ。出来たわたあめをギュッと潰すと小さくなるだろ?そこにまた糸を巻きつければ元の大きさのものが出来る。それをまたギュッと潰して巻きつけてを繰り返すんだ。そしたら同じ大きさでもメチャクチャ密度の高いわたあめが出来上がるだろ?同じ事を魔力でやるんだ」
「なるほど…!」
ユーゾフと同じくリーフィニアもわたあめイメージで何となくやり方が理解できた。
伝わったことに安堵しアッシュは更に補足する。
「練り上げて高密度になった魔力を使えば、同じ魔法でも威力は段違いになる。それに魔力の密度が変わることで使える魔法が増えたりもするんだ」
「え、じゃあ兄上が3つも属性魔法使えるのは密度上げしたからってこと?」
「そういう事だ。魔力を練り上げる訓練をしてたらその過程で習得できたんだよ」
初めから複数属性を使えた訳ではないと知り、リーフィニアもユーゾフもはぁ~と驚きと感心が混ざった息を漏らした。
才能ではなく努力の積み重ねで得た能力だという事だろう。
(アッシュ様…本当に凄いわ)
知れば知るほど、アッシュという人間がとても大きく見えてくる。
これほど多方面に秀でている人物だとは輿入れしていなければ知ることもなかった。
そんな人に自分のような者が嫁いでしまった事にまた申し訳なくなり、せめてアッシュの指導には応えなければともう一度気合を入れる。
アッシュは両手を腰に当てて指導者らしい姿で言葉を掛けた。
「とは言っても、皆んなが皆んな使える魔法が増えるとは限らない。1つの魔法しか使えない代わりにその魔法がとんでもなく強力になる可能性だってある。こればっかりは個々の能力だから、お前達は余計な事は考えずに魔力の質向上だけに専念するように!」
「「はい!」」
しっかりと返事をし、リーフィニアとユーゾフは自身の魔力に意識を集中する。
その日から毎朝の訓練が3人の日課となった。
少人数での訓練ともなれば自然と距離も近くなる。
日に日にリーフィニアのアッシュに対する遠慮も薄れていき、1週間も経つ頃には気兼ねなく声を掛けられるくらいになっていた。




