21. 警鐘
「すごい…初めて来た時も思いましたけど、とても賑やかですね!」
馬車の中から商店や露天が建ち並ぶ通りを見て、興奮しながら目を輝かせるリーフィニア。
一度は諦めていた場所に来れたという実感が漸く湧いてテンション高々だ。
「国外の人も多いし、トムタッタは王都の次くらいには賑やかじゃねえかなって思う。まぁど田舎だと勘違いしてる奴らもいっぱいいるけどな。よし、そろそろ降りるか」
リーフィニアと同じように通りを確認したアッシュが御者に合図を出す。
停車した馬車からアッシュの手を借りつつ降り立ったリーフィニアは、通りの雰囲気を肌で感じまた頬を紅潮させた。
沢山の人が行き交い、ガヤガヤとした老若男女様々な声が耳を通過していく。
歩く度に香りも美味しそうな食べ物の匂いや香水の華やかなものなどに変化して鼻も飽きない。
そして目移りしてしまう素敵な品物の数々。
心臓はずっと高鳴りっぱなしだった。
「リーフィニア、あんま離れるなよ?」
「はっ、はい!すみません!」
ついキョロキョロと見回してしまっていたリーフィニアは、これは仕事なのよ!と自分に言い聞かせて急いでアッシュの傍に寄る。
子供のようにはしゃぐリーフィニアを目にして余程嬉しいんだなと理解したアッシュは、笑いながら手を差し出した。
「いいよ、折角だからリーフィニアの見たいところ全部寄ってこうぜ?ただし人が多いからはぐれないようにな」
「で、でも、視察で来たのに…」
嬉しい提案ではあるが自分勝手に行動するなんてと気が引け、リーフィニアは伸ばし返した手を途中で止める。
けれど、アッシュはその手を掴み安心させるように引っ張った。
「どこに寄るかの予定はほぼ入れてないから大丈夫だ。今回はあくまで街の様子を観察するのが目的だからな。寧ろ、初めて来た人の反応は参考になるから好きなようにしてくれないか?」
そんな風に言われると、なら良いのかなと思えてくる。
悪女の時と違い自分のしたいように出来るのが嬉しくてリーフィニアは早速食べ物を売っている露天へと目を向けた。
「それじゃあ、あの辺りから見ても良いですか?」
「ああ良いな。小腹も空いてるし気に入ったのあれば食おうぜ」
「は、はい!」
買い食いなどした事がなく憧れていたリーフィニアは再びパァと顔を明るくする。
食べ物の露天と言っても種類は様々で、主食系からデザート系、飲み物や一見何かも分からない初見のモノまであった。
こんなに沢山あるとどれから見ようか迷ってしまう。
すると、ウロウロしていたところに露天の店主から声が掛かった。
「そこの綺麗な彼女さん!うちのわたあめ買ってみないかい?サービスするよ!」
人当たりのいい笑顔で勧めてくれた中年の店主。
急に声を掛けられて驚いたけれど、「まぁた綺麗な若い娘に声掛けて」と呆れ顔の奥さんが隣におりホッとしたリーフィニアはその露天へと近付いた。
と、リーフィニアと共に近付いたアッシュを見て目を丸くする店主。
ゲッという顔をしたアッシュに明るく声を掛ける。
「やや、アッシュ様じゃないですか!群衆に溶け込みすぎて気付かないとこでしたよ!」
「悪かったな。貴族らしい気品も無くて」
「いやぁそんな事は無………これ新メニューなんですが食べてみませんか!?」
「オイせめて社交辞令」
思わず、リーフィニアはぽかんとした。
こんなにも平民と親しげに会話を交わす貴族など見た事が無かったからだ。
店主だけに限らず、隣の奥さんや周りの人も次々話しかけてくる。
「あら、てことは一緒にいらっしゃるのは奥さんですよね?まぁ~、パレードの時も思いましたけどアッシュ様に勿体無いくらいの美人さんねぇ」
「こんな綺麗な奥さんを突然迎えられるってとこだけは貴族らしいよなぁ」
「正直奥さん一緒にいなきゃオレもアッシュ様いるのに気付かなかったですよ」
「お前ら不敬罪って言葉知ってるか?」
気さくに話しかけてくる皆んなに何かを諦めたように返すアッシュ。
本当はリーフィニアにカッコいいところを見せたかったが、威厳のある姿ではないよなと心で泣いた。
だがアッシュの考えとは裏腹に、リーフィニアは尊敬の眼差しを向ける。
(まぁ…アッシュ様、とても領民達に慕われてるのね。すごいわ。あ!私も挨拶しなきゃっ)
アッシュのように仲良くは出来なくても、次期領主夫人として受け入れてもらわなければならない。
リーフィニアは姿勢を正しくして皆に挨拶した。
「あの…この度アッシュ様の妻となりましたリーフィニアです。新参者ではありますが、これからこの領地の為に尽くすつもりですので皆様どうかよろしくお願いします」
とても美しい所作と微笑みに、皆がぽーっとなる。
それから満面の笑顔で言葉を返した。
「あらぁ~風の噂で悪女だって話も聞いたけど、礼儀正しくていい娘じゃないですか!」
「やっぱ王都からの噂なんて大抵捻じ曲がって届くから信じちゃいけねぇな」
「ああ。きっと可愛くて綺麗なお嬢さんを妬んだ誰かが流したんだろうよ」
トムタッタは王都からも遠いので真実と違う話が届くことも多く、噂を鵜呑みにしている者は少ないようだ。
まさかその噂は事実でしたなんてことも言えず、リーフィニアとアッシュはただ引き攣り笑いした。
悪女だと領民から罵られずに済んだのは幸いだったと言えよう。
「そうだ!新婚祝いにこのわたあめどうぞ!お砂糖で作るんですが奥様みたいに可愛いですから!いま出来立てを差し上げますね!」
「あ、ありがとう」
円形の道具の中心から飛び出た糸を割り箸にくるくると巻き付け、まるで本物の綿のようになったもこもこ菓子を興味津々に眺めるリーフィニア。
初めて見るお菓子に目を輝かせるリーフィニアが微笑ましくて、奥さんや周囲の店の人も次々続いた。
「ほら、こっちのフルーツ串もどうぞ!サッパリするよ」
「こっちの焼き鳥もオススメですよ!」
「魚介も美味いですから是非!」
串系の物を選んでどんどんと差し出してくる店主達。
因みにリーフィニアに気を遣って全部アッシュに持たせようとした為、耐えかねたアッシュは怒鳴りつけた。
「いやこんな持てねーよ!くっ付けたら味移っちまうだろが!」
「大丈夫!指の間に挟めば8本はいけますよ!」
「アッシュ様ならいけるいける!」
「口で咥えれば更にもう一本!」
「お前らホントいい加減にしろよ!?」
どこまでも遠慮のない民達と怒ってるようでいてちゃんと受け取るアッシュ。
喜劇を思わせるやり取りを前に、ついにリーフィニアはおかしくなって吹き出した。
「ふ、ふふ…あははっ」
笑い出したリーフィニアの愛らしさに、一瞬その場の全員が惚ける。
それから一番見惚れているアッシュに皆が詰め寄った。
「んまぁ、奥さん笑うと更に可愛いじゃないですか!」
「しかも平民相手でも笑ってくれるなんて首都から来たお貴族様とは思えない素晴らしいお人柄!」
「くー!アッシュ様羨まし過ぎます!」
「さぁさ!これ以上引き止めちゃ悪いんでデートの続きどうぞ!」
「んむぐっっ」
アッシュの口に串焼きを突っ込み背中を押して促す店主達。
くすくすと笑い続けるリーフィニアと再び通りを歩き出した。
「あいふら、まひへふっほひややっへ…(アイツら、マジで突っ込みやがって)」
「んっ、ふふっ!アッシュ様、私も持ちます」
笑い過ぎて涙目になりながら何本かの串焼きを引き受けるリーフィニア。
おかげで手に余裕が出来たアッシュは口の自由も取り戻した。
「ふぅ、ありがとな。とりあえずリーフィニアも食ってみ。普段の食事とは違った感じで結構美味いから」
リーフィニアが笑ってくれてるのが嬉しくて、アッシュも少々ご機嫌に勧める。
「あ、それじゃあ…」と答えながら初めて手にした串焼きを興味深げに見つめ、リーフィニアは思い切ってカプリと口にした。
「!わ、美味しいですね!こういう味のもの初めて食べました」
「貴族向けのと違って上品さは無いけど、こっちはこっちでクセになるだろ?」
「はい!時間が経ったら恋しくなっちゃいそうです」
談笑できるくらいに雰囲気が柔らかくなり手応えを感じるアッシュ。
「とりあえず、これ全部食べるまでは食い物以外を見て回るか」
「ふふ、そうしましょう」
素直に同意してくれたリーフィニアにより嬉しくなってこの調子で行こうと意気込む。
が、あるモノが目に入って我に帰った。
「あ、悪い。その前に農業ギルドに立ち寄って良いか?」
農業も盛んなトムタッタにある農業ギルド。
こちらは本当に仕事の為に立ち寄ろうと決めていた場所で、私情でやめるわけにもいかない。
「はい、勿論です」
流れを乱す形になり不安を覚えつつ伺ったが、リーフィニアはにこりとした笑顔で残念がる様子もなく頷いてくれる。
空気が悪くならず安堵したアッシュは、リーフィニアを連れ農業ギルドを訪れた。
「あら、アッシュ様。おはようございます!今日はどうされたんですか?」
入ると共に受付カウンターの女性に声を掛けられ、反応した室内の人々もアッシュの方へと目を向ける。
皆が注目したのを確認してアッシュは口を開いた。
「皆んなに良い知らせを持ってきた。国からの予算が増えたから、秋の収穫期に間に合うように最新型の魔導機を購入する予定だ」
因みに、リーフィニアと婚姻を結んだ事により増えた予算で実現したものだ。
農業ギルドに居ただけあって中の人達は農業を営んでいる者ばかりで、室内が一気に沸き立つ。
「おおっ、本当ですか!?」
「ああ。て言っても高くて何機かしか買えないから、ギルド通して上手く皆んなで使い回してくれ」
「えー?1人に1台じゃないんですかぁ?」
「無茶言うな破産するわ」
冗談めかして言った男性に腰に手を当てツッコむアッシュ。
と、後ろで話を聞いていたリーフィニアは首を傾げて質問した。
「あの、魔導機を皆んなで共有するんですか?」
「ん?ああ。農機は高くて個人で所有はなかなか難しいからな。だからギルド所有にしてレンタル制にしてるんだよ。そしたら安価で皆んな使えるだろ?」
「なるほど…勉強になります」
貴族令嬢とは無縁とも言える話を興味深げに聞く。
勉強熱心なリーフィニアにアッシュも感心していると、気が引けた様子で老人が一歩近づいてきた。
「アッシュ様…ワシのような年寄りは新しい魔導機を使いこなす自信が無いんじゃが…」
話しかけてきた老人は70代くらいで、新しい魔導機に尻込みしているらしい。
だがアッシュは想定内だったようで間髪入れずに答える。
「大丈夫だ。旧型のもそのまま残すから、慣れない内はそっちを使ってくれ」
「おぉ、それは助かりますじゃ」
「でも追々、慣れた奴から教えてもらうとかして使えるようになった方が良いぞ?強制ではないけど、覚えてしまえば今より楽できるだろうからな」
「ふむ。それもそうですな」
そんなやり取りを見て、リーフィニアはどうしてアッシュが領民からこれ程好かれているのか分かった気がした。
個人個人にしっかりと寄り添い、皆がより良く暮らせるよう考えて動いているのだ。
だからこそ、皆もアッシュを心から信頼しているのだろう。
「ここに居ない奴らにはギルドから伝えてくれるか?詳細はこれに記載してあるから、もし不明点があれば連絡してくれ」
「はい、畏まりました」
ギルド職員に書類を渡し、用を済ませるアッシュ。
改めてデートを再開しようと急ぎリーフィニアに向き直った。
「付き合ってくれてありがとな。それじゃあ…」
が、いま一度誘おうとした時だった。
ーーカンカンカンカン!!
突然、街中に聴こえる程に鳴り響いた大きな鐘の音。
ビクリと肩を跳ね上がらせたリーフィニアの両腕を引き寄せ、アッシュは「クソ、こんな時に…!」と悪態をつく。
「ア、アッシュ様、この音は…?」
周囲の人間もみな逼迫した様子で只事では無いと分かってしまう。
険しい顔でアッシュはリーフィニアの質問に答えた。
「魔物の襲撃だ。それも大型のな」
魔物、と聞きリーフィニアは蒼白になる。
呼吸も浅くなり、トラウマが呼び起こされたように心胆を寒からしめた。




