20. デートへ
「やっぱり、渡すのはやめた方が良いと思うわっ」
「え!?」
アッシュの部屋の前まで来たものの、ノック手前で急に尻込みしてしまったリーフィニア。
一緒に来たジュマもまさかやめようとするなんてと大慌てする。
「ど、どうしてですか!?折角ここまで来たのに!」
「だって…いくら好物だとしても、嫌いな相手が作ったものなんて食べたくないはずよ」
厨房からアッシュの部屋までそこそこ距離があった為、考える時間ができ道中に思い直してしまったのだ。
予想外の事態に慌てふためきどうにか思いとどまらせようと力説するジュマ。
「そんなまさか!わたしなら苦手な相手からでも好物なら小躍りして受け取りますよ!」
「ジュマ、それは逆に危ないと思うわ…」
「うっ」
貴族として育ったリーフィニアからすれば危険すぎる行為に顔を曇らせる。
説得に失敗して「いやっ、そのっ、そうじゃなくて…っ」とジュマは更にテンパってしまった。
その間に扉に背を向けるリーフィニア。
が、いよいよリーフィニアが引き返そうとした時に助け舟が出された。
ーーガチャッ!
「リーフィニア、どうした?何か用か?」
開けたのは勿論アッシュだ。
声は至って平静だが、若干肩で息をして問いかける。
驚いたリーフィニアが振り返る刹那の間にアッシュは姿勢もサッと正した。
「え、あ、アッシュ様!えと…」
まさか離れる前に見つかると思っていなかったリーフィニアは現れたアッシュに狼狽して言い訳も直ぐに出てこない。
思いつかせる暇も与えず、アッシュは即座に続けて言葉を掛けた。
「ん、それは?」
リーフィニアが話し出す前にアップルパイに焦点を合わせて興味を示してみせる。
パイに釘付けになっている姿を前にしたリーフィニアはそのまま持ち帰るのも酷に思え、ついに観念してズイッとお皿を差し出した。
「そ、その!アップルパイを作ったので差し入れに持ってきました!この程度ではこれまでのお詫びとして足りないとは思いますが…よ、良かったら食べてくださいっ」
ギュッと目を閉じガチガチになりながらもどうにか言い切るリーフィニア。
アッシュは顔が弛むのを見られずに済んで良かったと思いながら和かに答える。
「うわマジか、ありがとな!ちょうど食べたいと思ってたからすげぇ嬉しい」
全く嫌そうな色が滲んでいない返事に、ホッとしてリーフィニアも顔を上げた。
嬉しそうにしながらアッシュは扉を大きく押し開く。
「今お茶の用意してもらうから、取り敢えず入ってくれ」
「え!?いえそんな!私などに時間を割かなくて結構です!部屋へ戻りますのでお構いなく!」
礼儀に則ってお茶に誘われたリーフィニアはあたふたと拒絶した。
嫌がらずにお菓子を受け取って貰えただけでもありがたいのに、お茶を共にするなど烏滸がましいにも程がある。
だが、アッシュの方は呆れたように肩を落として言った。
「いくら俺だって、貰うだけ貰って帰すほど薄情じゃねえぞ?」
「あ…で、すよね。じゃあ、お邪魔します…」
ここで断ればアッシュが薄情者になってしまうという意図を読み取って、申し訳なさそうにしつつもリーフィニアはおずおずと入室する。
ソファーに座ると手早くメイドがお茶の用意をしてくれた。
やはりオストラヴァ家の使用人達は洗練されていると改めて感心する。
と、向かい側に腰掛けたアッシュも感心した様子でパイをまじまじと観賞した。
「これ…本当にリーフィニアが作ったのか?すごいな。店で出されても気付かないレベルだろコレ」
「そ、そんな、そこまでじゃ…」
「いやマジだって。オッタの作った物と比べても遜色無いし、めちゃくちゃ美味そう…。えと、早速食べて良いか?」
「も、もちろんです!」
恐縮しきりのリーフィニアはドキドキしながらアッシュの動きを目で追う。
さくりとフォークで一口分を切り分け、生クリームも付けてパイを口へと運ぶアッシュ。
咀嚼した途端、更に顔を明るくした。
「うわ、美味っ!何だこれ。オッタのと少し違って…ビター?なのか?それがまた美味い」
こうして自分の作ったお菓子を誰かに食べてもらって反応を見るのは何年ぶりだろう。
なんだか感動してしまい、リーフィニアも自然と笑顔になった。
「ふふ、じつは林檎の焦がし具合を私なりにアレンジしてみたんです」
「成る程それで。オッタのは完璧なアップルパイって感じの味だけど、俺の好みはこっちだな」
嘘ではないと証明するかのようにパクパクと美味しそうに食べるアッシュ。
リーフィニアは更に嬉しくなり、自分もパクリと食べてみた。
正直オッタの作るパイの方が美味しいと思うが、それでも自画自賛して良い出来だ。
そうしてその場の空気が和やかになった時、アッシュが切り出した。
「ところでリーフィニア、折角だからこの機会に聞きたいんだけど良いか?」
「え?あ、はい。何でしょうか?」
状況からあまり警戒もせず穏やかに聞き返すリーフィニア。
アッシュも落ち着いたトーンで続ける。
「ここ数年は自分の意思で動けなかったんだろ?やっと自由になった訳だし、やりたい事とかないか?こんな美味しいパイも食べさせてくれたし俺に出来る事なら協力するよ」
聞いたリーフィニアはパチリと1つ瞬きをする。
まさかそんな提案をしてくれるなんて思わず、改めて自分の気持ちに目を向けた。
「したい…事」
真っ先に頭に浮かんだのは妹のミルディに会う事だ。
とはいえこの辺境であるトムタッタから首都まで行くには馬車で何日も掛かる。
行かせてほしいと気軽に頼めるものではなく、絶対に言えないと心の中に封じ込めた。
それ以外にしたい事といえば…
「あっ」
初めてトムタッタに来た時にしたいと思った事を思い出し、リーフィニアは声をこぼしてから上目でアッシュを見た。
「あの…それじゃあ、街に行く許可をいただけませんか?」
そう、リーフィニアが望んだのは馬車の中からしか見られなかった街中を見て回る事。
無理なお願いなんて出来ないが、これくらいなら迷惑にもならないだろうと口にしてみる。
アッシュはソファーに深く座り直しながら少し考えるように答えた。
「街…か。それなら、明日一緒に廻らないか?」
唐突な誘いに、リーフィニアはギョッとする。
確かに自分が望んだ事だがアッシュまで巻き込むわけにはいかないと首を振る。
「いっ、いえ!アッシュ様の貴重なお時間を頂くわけにはいきません!許可さえ頂ければ1人で行けますので大丈夫です!」
が、アッシュは気の抜けた感じで笑った。
「あーいや、そうじゃなくてさ。明日ちょうど領地の視察をする予定だったから、それに同行してもらえればと思ったんだ」
「え、視察…ですか?」
「ああ。それこそ街を歩いて廻って、直接様子を見たり領民達から話を聞こうと思ってて」
指を組みながら、前傾姿勢でアッシュは続ける。
「自ら望んだわけじゃないにしても、リーフィニアは次期領主夫人になった訳だろ?これも夫人の仕事の一環だから頼みたいんだ。もちろん俺もまだ跡を継いでないし正式に領主夫人になったわけじゃないから、嫌なら無理強いはしねえけど」
押し続けずに引いたアッシュに、逆にリーフィニアは慌てて前のめりになる。
「いっいえ!嫌じゃありません!領民の為にもしっかりと務めさせていただきます!」
やる気を全面にアピールして同行する事を了承した。
満足気にアッシュも頷く。
「そうか、ありがとう。それじゃあ明日よろしく頼むな」
「はい!こちらこそよろしくお願いします!」
約束をしてから、そろそろ戻らなければとリーフィニアは部屋を後にする。
そしてリーフィニアが退室した直後、室内にいたアッシュとメイド達は揃って口角を上げた。
(((計画通り)))
そう、全てはリーフィニアと距離を縮めるために立てた計画だった。
まずは趣味だというお菓子作りを提案し、作ったお菓子をアッシュに持っていくよう差し向ける。
そして自然な形で会話をする場を設け、お茶ついでに街に行きたいという望みを引き出したうえで(虚しいが)仕事だと強調してデートへと持ち込んだのだ。
普通に誘えば断られると見越したジュマの判断による大変に回りくどい手段である。
実際、唐突に頼んでいたら「まだ未熟者ですので同行なんて無理です!」と断固拒否されていただろう。
「とりあえず、これで明日一緒に行動する口実は作れた。皆んな、明日もよろしく頼むな」
「はい!お任せください!」
アッシュに目を向けられ、メイド達も気合が入った。
2人のデートが成功するよう準備に心血を注ごうと心を一つにする。
もちろんそれはリーフィニアの担当メイド達も同じで、翌日は早朝から気合いの入った身支度をする事となった。
「まぁっ、すごく可愛らしいわっ」
鏡で自分の姿を確認したリーフィニアが思わず歓声を上げる。
リーフィニアが今着ているのは平民が着用するような黄檗色のワンピースだ。
平民服…といってもこの国の民の生活水準はそれ程低いわけではないので、ドレスではないだけで華やかで可愛らしい物である。
フリル袖の半袖とサーキュラースカートが動くたびにふわふわと揺れ、白い帽子とサンダルも合わさってとてもリーフィニアに似合っていた。
「こんなに可愛らしいのに動きやすいなんて…なんだか貴族服を着るのが嫌になっちゃうわね」
「何言ってるんですかリーフィニア様!ドレス姿のリーフィニア様はとっても素敵なんですからそんな事おっしゃらないでください!」
「ふふ、ありがとうジュマ」
つい本音を吐露したリーフィニアを説くジュマに思わず笑いを漏らす。
でもやっぱりワンピースを気に入ってしまい、せめて屋敷にいる時は着ちゃダメかななどと考えてしまう。
と、そんなリーフィニアの耳にノックの音が届いた。
「リーフィニア、準備できたか?」
「あ、はい!どうぞ!」
ノックしたのはもちろんアッシュで、リーフィニアは慌てて返事する。
そして扉を開けて入室してきたアッシュを見て瞠目した。
「わぁアッシュ様、とても似合っておりますねっ」
驚くほどに様になっている、平民服を纏ったアッシュ。
白いTシャツにダークカーキのオープンシャツを重ね黒いパンツとスニーカーを合わせたラフでいて清潔感のある格好だ。
なんだか夜会などで着る正装の時よりもずっと魅力的に映った。
アッシュはフッと笑い片手を腰に当ててポーズを取る。
「貴族服の時よりよっぽど良いだろ?」
「はい!…あっ、いえっ、その…!」
つい同意してしまい、失言に気づいたリーフィニアは赤面しながらアタフタした。
馬鹿正直な反応をしてしまったリーフィニアの様子にプハッと吹き出すアッシュ。
「いいよ、自分でも分かってるから」
「す…すみません…」
「それより」
リーフィニアに目を向け、吟味したアッシュは感激を押し込めて拳を握る。
「リーフィニアも、凄く似合ってるな。ドレス姿も良いけどこっちも新鮮でスゲー良い…!」
「あ、ありがとうございます」
社交辞令だろうと思いながらも使用人以外に褒めてもらうのが久しぶりで少し照れ笑いするリーフィニア。
本気で可愛いと思っているアッシュは逸る気持ちを抑えきれず廊下に足を向けた。
「それじゃ、行こうか」
「はい」
アッシュに続いて急ぎ足でリーフィニアも廊下に出る。
と、出てきたリーフィニアにアッシュはスッと腕を差し出した。
貴族の男性がするエスコートであり、リーフィニアも反射的に手を添えて歩きだす。
しかし、どうにも拭えない違和感。
「…な、なんだか、この格好でエスコートされてると変な感じがしますね」
「あー、確かにな」
リーフィニアの好感度を上げるために紳士的に対応しようと思っていたアッシュも、見た目と行動のチグハグさに苦笑いした。
僅かに考え、一度腕を下ろしてやり直す。
「なら、庶民式のエスコートにするか」
言いながら今度は手のひらを差し出すアッシュ。
先程と違い慣れない行動にリーフィニアは狼狽えたが、まさか断るわけにもいかず赤くなりながらアッシュの手を握った。
(応えてくれた!よし、取り敢えずは良い感じだ落ち着け俺…!)
(ど、どうしよう…これはこれで変な感じ)
互いにドキドキと心臓を煩くしながらまた廊下を歩きだす。
照れながら手を繋ぐ2人に温かい目を向ける使用人達に見送られ、リーフィニアとアッシュは馬車で大通りへと出発したのだった。
この後、思わぬ事態が待ち受けているとも知らずに。
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