18. 本当の彼女
「自分の意思じゃなかった?誰かの命令か?」
「いえ、そうではなくて…」
訝しげに聞いたアッシュにどう説明すべきかと迷いながらリーフィニアは視線を斜め下に落とす。
とにかくありのまま話そうとまた口を開いた。
「ある日突然、意思とは無関係に体が勝手に動くようになってしまったんです。言いたくもない言葉を吐き、やりたくもない事をするようになりました」
「は…?」
想定外の超常現象に理解するのが少々遅れるアッシュ。
可能性をどうにか絞り込んでいく。
「えっと…誰かに操られてた、とかか?」
「わかり…ません。もしかしたらそうかもしれませんが、自分の思い通りに動けなかったので突き止める術もありませんでした」
「あぁ、それもそうか…」
リーフィニアの話を事実と仮定するならば、調べたくても体の自由はきかないし誰かに相談する事すらできない。
思っていたよりも過酷な状況だと推察できた。
原因が気になり更に質問を重ねる。
「突然って言ったが、何か変わった事とかはなかったのか?知らない場所に行ったとか、怪しい人物がいたとか」
「いえ、その時も自邸で婚約者とお茶をしながら会話していたくらいで…特段変わったことは無かったと思います」
貴族であれば婚約者とお茶なんてごく当たり前で普通の日常だ。
もしお茶に何らかの薬などが入っていたんだとしても、何年も効果が続くとは思えない。
となるとリーフィニアに気付かれないように誰かが裏で何かしたという可能性もある。
しかしそうであれば気になる点がもう一つ。
「けど…今はその状態から抜け出せたって事なんだよな?それも突然か?」
「は、はい。どうしてかは分かりませんが…アッシュ様と婚姻を結んだ直後に解放されたんです」
確かに、リーフィニアが急に変わったのは式の直後だった。
思えばリーフィニア自身も驚いていた様子だったし嘘ではないのだろうとアッシュも思う。
結婚が解呪の条件だったのだろうかなどと考察しながら、アッシュは自分の髪をクシャリと掴んだ。
「はー…難解、だな。もし誰かのせいだとして、心当たりとかはあるか?」
「いえ…。悪女になってからなら沢山の方に恨まれたと思いますが、それ以前は特には…」
「そうか。ジュマから見てどうだ?」
唐突に話を振られて、慌てふためきながらジュマも答える。
「リ、リーフィニア様は人柄も良く、誰かに恨まれてたなんて考えられません!使用人の方々も含め皆が慕っておりました!」
第三者から見てもそうなら間違いないだろうと納得するアッシュ。
考え込むアッシュの姿に、リーフィニアはおずおずと訊ねた。
「あの…こんな話を、信じてくださるんですか?」
普通に考えて荒唐無稽で受け入れ難い話のはずだ。
それなのに疑わずに事実としてサクサク話を進めていくアッシュに戸惑いを隠せない。
アッシュはその質問に親指でユーゾフを指差しながら答えた。
「あー、うちの弟も前世の記憶があるとかいう特殊なタイプだからな。摩訶不思議だからって否定しだしたらキリ無いだろ」
「え!?あの話って本当だったんですか!?」
「姉さまやっぱ信じてなかったんだ!?」
「ご、ごめんね。ごっこ遊びかと思ったの…」
不満そうな顔のユーゾフに謝りながら廊下でのやり取りを想起して恥ずかしくなるリーフィニア。
同時に、アッシュがこの奇天烈な現象を真面目に捉えてくれてる理由も分かった。
そんなアッシュは軽く溜息をついてから首の後ろに手を当て、気まずそうにリーフィニアを見る。
「その…悪かったな。頭ごなしに疑って避けたりして」
アッシュも聖人ではないので特にユーゾフの件に関してはまだ許せない気持ちもあったが、リーフィニアの意思ではなかったのなら話は別だ。
食堂で冷たい態度を取ってしまった自分に後悔して謝る。
が、謝られたリーフィニアはアタフタとした。
「そっ、そんな!謝らないでください!寧ろ謝罪するのは私の方です!」
アッシュも含め皆に対してリーフィニアは頭を下げる。
「本当に沢山、皆様を傷つけてしまってごめんなさい。それから…」
顔を上げ、アッシュに向かってふわりと満面の笑顔を見せた。
「こんな非現実的な話を信じてくださって…ありがとうございます」
その笑顔に、アッシュの心臓はドキーン!と反応してしまう。
鼓動が速るなかグルグルと考えた。
(待てよ。今の話が本当なら、こっちが本来のリーフィニアって事だよな?なら俺は、こんな可愛い娘を妻に迎えられたって事か…?)
なんという幸運でありなんと素晴らしい事実だろう。
これから薔薇色の夫婦生活を送れるかもしれないという期待が膨らんでいく。
平静を取り繕いながらリーフィニアに近づくアッシュ。
「げ、原因は探った方が良いだろうけど、取り敢えずは解放されて良かったな。これまで大変だったろ?」
「はい…ありがとうございます。アッシュ様も、嫌いな相手と強制的に結婚させられて辛かったですよね?もうご迷惑は掛けないようにするので安心してください」
『ん?』とアッシュはリーフィニアの発言に違和感を覚えた。
リーフィニアは眉を下げて気遣わしげに微笑む。
「今は自分の思い通りに動けるので、問題も起こさないようにしてちゃんと大人しくします。それにアッシュ様は私と婚姻を結ぶという王命も果たしましたし…これ以上無理をして私に構わなくても大丈夫ですよ」
「え、いや、別に無理とかは…」
「良いんです、わかってますから。それじゃあ勉学の時間なので失礼しますね」
アッシュは優しいから嫌悪していても突っぱねたりできないのだろうと考え自ら辞去するリーフィニア。
周りの人も戸惑い止めようとするが「いいの、平気よ」と明後日の方向に気遣って離れていく。
聞く耳も持たず置き去りにされたアッシュは、リーフィニアの姿が見えなくなってから膝から崩れ落ちた。
「え?自分の好みどストライクな人が妻になったのに構うなってどういう拷問だ?」
「うわぁ…兄上ちょー不憫」
リーフィニアからすれば自分はアッシュに嫌われているという認識で一貫しているのだろう。
確かに悪女バージョン時に一度見限っているし嫌っていたのも事実だが、今のリーフィニアを別の人間として捉えていたアッシュのダメージは大きい。
大変に由々しき事態だった。
「…ユーゾフ」
地面に両手を付きながら、真剣な眼差しで顔を上げるアッシュ。
「作戦会議を始めるぞ」
「お、おう?」
メラメラとやる気の炎を背負うアッシュにユーゾフも少したじろぐ。
直ぐさま会議室にいつものメンバーが集められる運びとなった。
「淑女リーフィニア・オストラヴァ懐柔作戦を行う」
「おい今までで一番次期当主っぽい威厳を放ってるぞ」
「よっぽど奥方が自分好みだったんですね」
「何で大型の魔物が出現したよりも真剣な目をしてるんですか」
組んだ手に顎を乗せながら真剣な眼差しで告げたアッシュにいつに無く本気を感じてざわざわする面々。
その中でガハルが一歩前に出てアッシュの真意を再確認する。
「つまり、形だけの夫婦ではなく本物の夫婦を目指したいという事ですね?」
「ああ。正直なところ個人的な感情が一番大きいが、今のリーフィニアが本来の姿なら皆にとってもその方が良いだろ」
それには全員が素直にコクリと頷いた。
現在のリーフィニアならば辺境伯夫人として申し分ないし、夫婦仲が良好であれば使用人達も気苦労が少なく仕事のしやすい環境となるだろう。
そう考えればこの作戦への意欲も上がってくる。
本腰を入れるかとガハルも真面目に考えながら口を開いた。
「ですが…今までとは全く違う人格になっていますし、情報が少ないぶん策略を練るのも難しいですね」
ガハルの言葉に皆も確かに…と悩む。
なにせリーフィニアが自分を取り戻したのはつい先日のこと。
これまで夜会などで何度も会っていたアッシュでさえまだどういう人物か掴みきれていないのだ。
だが、アッシュはその問題も見越して頷きながら答える。
「ああ。だから助っ人を呼んだ」
「助っ人?」
ーーコンコンコン
まるで見計らっていたかのように響いたノックの音。
待ってましたとばかりにアッシュが「入ってくれ」と応じる。
そしてガチャリと開いた扉から、とある人物が顔を覗かせた。




