16. 別人疑惑
「それ…本当か?」
使用人達からの報告に、アッシュはただただ唖然とした。
しかし皆は真実を熱弁し始める。
「あっしも驚きやした!伝言を聞いた時は疑いましたけど、今日も下げられた食器に『とても美味しかったわ。ありがとう』ってメモまで添えられてたんです!」
「ワタクシも、一時的な気分かと思いましたが違うように感じます!お召し物などの好みも随分と変わりましたし、メイド達に対する対応が非常に優しくなりました」
「当主夫人となるべく、勉学にも励んでおりますよ。しっかりと内容を頭に入れているのも確認しておりますので口先だけではありませんね」
「庭園のガゼボにも足を運んでくださるようになったのですが、心から花を愛でてくれているのが伝わってきます。ボクの厳選する花の良さを分かる人間が悪人なはずありません(?)」
口々にリーフィニアを讃える面々を前に、信じ難い気持ちのままユーゾフと顔を見合わせるアッシュ。
あれからリーフィニアと会わない日々が続いていたのだが、その間に使用人達の評価がこれ程までに変化するとは予想だにしなかった。
うーんと改めて考え込む。
「そんな事…有り得るのか?これまでの事を反省して心を入れ替えたってんならそりゃ喜んで受け入れるけど…そういうレベルじゃねえぞ?影武者じゃないだろうな」
「正直私どもも別人と入れ替わったと言われた方が納得できます」
「だよな」
よもや皆の目を盗んでそっくりさんとすり替わったのではと疑い頭をひねる。
もちろん今のリーフィニアの方が良いのだが、別人なら別人で王命に逆らうことになるから問題だ。
まぁ良いかとすんなり受け入れる訳にもいかない。
と、そんな中でユーゾフが急に声を上げる。
「は!!おれ分かっちゃったかもしれない!」
何かを閃いたらしきユーゾフに皆が目を向けた。
ユーゾフは片手を腰に当てて逆手の親指で自身を指差す。
「もしかして、おれと一緒なんじゃね!?」
「と言うと?」
「前世の記憶が蘇ったってこと!」
ふむ?と興味深げに皆の意識が集中するのを感じながら、ユーゾフは得意気に続けた。
「結構定番なんだよ。悪役令嬢が前世の記憶を思い出して今までの行動を改めるって話」
「悪役令嬢…は、まぁ悪女って事だろうけど、何で前世を思い出したからって人が変わるんだ?」
「動機としては未来の断罪を避けたくてってのが多いけど…そもそも前世の時はまともな人間だったからかな?」
「あー…」
大体の話の流れが掴めたアッシュは口元に手を当てて聞く。
「つまり、記憶が蘇ったことで前世の人格に引っ張られて今世の性格まで変わるって事か」
「そう!そゆこと!」
普通に聞けば荒唐無稽な話であるが、説明しているユーゾフがそもそも転生者であるだけに信憑性がある。
可能性として否定は出来なかった。
「仮にそうだとすれば本人のままだし問題無いが…確かめないことにはな」
あくまで予想であって確定ではないし、やはり真相を探らなければ安心はできない。
現段階では影武者の可能性の方が高いくらいだ。
だが割と自分の推理に自信のあるユーゾフは前に出て志願する。
「なら、おれが確かめるよ!同じ転生者なら打ち明けやすいだろうし!」
「それはまあそうかもしれないけど…大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫!」
ユーゾフのこの返事の仕方に皆が一抹の不安を覚えた。
これはまた見守った方が良いだろうと判断したアッシュのアイコンタクトに一同が頷いて同意する。
早速とばかりに会議室から飛び出していくユーゾフをアッシュが早足で追いかけていった。
「いた!ターゲット発見!」
庭園に向かおうとしているのか、ジュマ達を連れたリーフィニアが向かって来ているのを廊下の角から顔を覗かせて確認するユーゾフ。
が、角に隠れて姿を窺うばかりでなかなか踏み出そうとはしない。
足がすくんでいると気付いたアッシュはしゃがんでユーゾフの肩に手を置いた。
「別に無理しなくて良いんだぞ?俺が代わりに聞くか?」
「い、いや、これはおれの使命だから…!逃げるもんかっ」
どうにも意地になっている様子にアッシュは肩を落とす。
ここで無理に止めるのも逆に良くないかと背中をぽんと軽く叩いてやった。
勇気を貰ったような気になったユーゾフはすくんでいた足を前に出し、ぱっとリーフィニアの前に姿を現す。
「!」
目の前に出てきたユーゾフにリーフィニアも驚いて足を止めた。
互いに視線を交わす事はできたものの、ユーゾフはなかなか声が出せず口をはくはくさせる。
それを見たリーフィニアはばったり出くわした自分にユーゾフが怯えているのだと思い慌てて一歩下がった。
「だ、大丈夫!何もしないわっ」
両手を前に振って無害アピールをし、どうにかユーゾフを落ち着かせようと試みる。
それから続け様に勢いよく頭を下げた。
「あの、それと…この間はごめんなさい!」
「!?」
謝罪され、ユーゾフは驚きと共に体の強張りが抜けてぽかんとする。
自分を言葉の刃で傷つけてきた時とはまるで違う苦しそうな表情で謝罪を続けるリーフィニア。
「ずっと謝りたかったの。あんなに酷いことを言ってしまって…本当にごめんなさい。もちろん、謝って済むことじゃないわ。許してくれなくていいの。えと、出来るだけ近づかないようにするから安心して!それじゃあっ」
これ以上ユーゾフに負担を掛けないようにと離れる為にリーフィニアは駆け出す。
逃げる姿に慌てたユーゾフは声を上げた。
「ま、待って!!」
ーーピタッ
呼び止められ、即座にリーフィニアは立ち止まる。
驚きながら振り返りユーゾフを見た。
胸に手を当ててフゥーと息を吐いてから、気持ちを切り替えて笑顔を作るユーゾフ。
「いいよ、姉さま。謝ってくれたし許してあげる」
「え…ほ、本当に?」
「うん。だって、あの時の姉さまは今と違ったんでしょ?」
そのユーゾフの言葉に、リーフィニアは瞠目した。
もしや悪女化の呪いに掛けられていたのを知っていたのかと思ったからだ。
ユーゾフもユーゾフで、リーフィニアの反応を見てやはり自分の推理は正しかったんだと確信を持ってしまう。
自信満々にリーフィニアに問い掛けた。
「姉さまも、前世の記憶があるんでしょ!?」
「え?」
前世、という想定外の単語にリーフィニアはキョトンとする。
しかし仲間だと確信しているユーゾフは止まらない。
「とぼけなくていいよ!何を隠そう、おれも前世の記憶があるからさ!」
キリッと表情を凛々しくしてリーフィニアに宣言するユーゾフ。
リーフィニアはがくりと肩の力が抜けて苦笑いした。
(あぁなんだ…ビックリした。よく分からないけど、悪女化してたのを知ってたわけじゃないのね。おままごとみたいなものかしら?)
きっとこれは子どもならではの遊びで言っているんだろうと解釈する。
せっかく話し掛けてくれたのだから未知の設定にも付き合ってあげなきゃと気合を入れた。
聞く姿勢を見せるリーフィニアにユーゾフは更に前のめりになって告げる。
「おれはさ、日本で生まれて15歳まで生きた高校生だったんだ!姉さまは??」
質問されたリーフィニアは疑問符でいっぱいになった。
ニホンという単語もコウコウセイというのが何なのかもわからない。
けれど無邪気に話す3歳児に質問返しをする訳にはいかないと、リーフィニアなりに全力で返答した。
「わ、私の前世は魔界のモンスターよ!ガオーっ」
ーーピシッ
直後、ユーゾフは凍りつきリーフィニアも手を鉤爪の形にしたまま硬直する。
この時ユーゾフとリーフィニアの心の声がシンクロした。
あ、これ多分違う!と。
やり取りを見ていた者も含め全員が居た堪れない気持ちになり、ドギマギとしながらユーゾフとリーフィニアは言葉を交わす。
「わ、わー。そうなんだー。すごーい。」
「え、へへ。そうでしょー?」
「う、うん。びっくりしちゃったよー。あ、じゃあぼくそろそろ行くね」
「え、ええ。またね」
出来る限り早期に会話を終了して解散の流れに持っていく。
リーフィニアは失敗してしまったと後悔しながら庭園の方へ逃げ、ユーゾフはアッシュのもとへと戻ってきて真っ赤になりながら顔面を両手で覆った。
「ごめん兄上。違ったみたい」
「気持ちはわかるけどお前の方が恥ずかしそうにしてやんなよ」
因みにアッシュもこれは見ていられないぞと途中から羞恥に染まっていたが。
まあ顔の赤みはリーフィニアの対応があまりに可愛くてというのもある。
ユーゾフは熱くなった顔を片手でパタパタ仰ぎながら、言い訳するようにアッシュに語った。
「いやーそうだよね。よく考えたらおれはチート能力で無双するこの世界の主人公なはずだから、他に転生者なんかいるわけないよね」
「あーうん。お前の人生の主人公はお前だよ」
「意味わかんないからって名言で返すのやめろよ兄上」
適当に返すアッシュにまた顔を熱くしながら抗議するユーゾフ。
と、そんな2人にゆっくりと人影が近づいた。




