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鉄の身体、錆びる心  作者: ノイズラズリ
おかえりが聞こえない
8/24

8 to do :説教

非表示ができないので一旦8話目以降を削除しました。


 霧の東側、外との境目にそっと立つ。カインが一歩遅れて隣に並んだ。

 予想通り、こちら側には敵の姿はない。

 ほっと息を吐いた。


 スモークはどこで焚くのが効果的か考えていると、急にカインが私の顎を掴んだ。

 正面に向けたあと、右に向かせた。


「なに?何かついてるの?」


 目だけカインを追いかけてそう問いかけた時、視界の外側でカチッと乾いた音がした。

 直後、耳の下、首の付け根に何かがグサリと刺さる。


「痛った!」


「投与完了:体内ナノマシン上位制御型」


 カインの手には大きな注射器。

 信じられない思いでそれと目の前の鉄塊を交互に見る。


 私たち兵士の身体は、血液とともに体を修復するナノマシンが全身を巡っている。彼が私に投与したのは、それらの作用の幅を拡張する上位型だ。衛生兵の顔をしていないくせにそんなものを、私の許可も取らずこいつは……。


 言葉にならずに瞬きを繰り返してから、やっと悲鳴に近い声が出た。

「それ、投与前に言ってくれない!?」


「了解」


 どうしてこれに限って事後報告なんだ。私は注射が大嫌いだって、知ってて不意打ちしたんじゃないのか。

 うめき声ともため息ともつかない声が漏れて、無理やり気を取り直す。


 慎重に数メートル進んで、周囲を確認する。

 ヘルメット内の通信機が回復しかけているのか、ブツブツと音がし始めた。


 この状況のせいかさっき投与された上位ナノのせいか、胸が高鳴る。


「よし、お願い」


 カインがスモークを投げた。


 広がった煙の中を一気に崖の淵まで駆ける。


 自分の脚じゃないみたいに速い。心臓が強く脈打つのに、息は乱れない。

 まるで肺と心臓だけ他の誰かから借りてきたみたい。


「これ、さっきの上位ナノのせいでしょ。でもあとで説教だからね」


 まだ途切れがちな通信にカインの声が入る。


『敵車両1台:連携対象を捜索開始』


 シールドを展開して身体を屈める。

 一拍遅れてエネルギーとナノマシンの鎖が機銃の弾を受け止めた。

 連射機銃だ。大きい衝撃が腕にかかるのを覚悟していたのに、驚くほど軽い。

 ガンナーの舌打ちが聞こえてくるようだ。


「……これ、いいな」


 仕組みはよくわからないけど、金属の盾よりも良いかもしれない。

 心配だったエネルギーの減り方も緩やか。これならまだ耐えられる。


 帰ったら開発部に『カインはともかく装備の方は良い』とフィードバックでも送ってやろうか。

 ……いや、やめよう。彼らは調子に乗るとアイデアがまずい方向に躍動する。


 ドライバーもガンナーも、『ヤケになって撤退を試みた兵士』の私に引きつけられている。

 車両が霧の横を通るタイミングに合わせてカインが動いた。


 カインの足が地面を蹴るたび、鉄の塊を叩きつけるような音を立て、踵のジェットが草を焼きながらそれを押し出す。


 ……力技の走行システムだと思う。もっとスマートな推進方法は無かったのか。


 それでも、カインの重そうな鉄の身体が弾丸のような速度で射出され、車両側面に飛びついた。

 射線が私から逸れた。接近する鉄の塊に気付いたんだろう。

 でももう遅い。


 シールドを解除し、低い崖の向こうに飛び降りた。


 次はカインの番だ。


 強い衝撃が金属に叩きつけられる音が響く。

 背面ドアの破壊。……殴っているのか、蹴っているのか。そういう音だろう。


 空気の振動が1発1発の重さを伝えてくる。4発目で、金属が限界を迎えた音。


「カイン、今どうなってるの……?」

 恐る恐る通信を飛ばす。


『現在背面ドア破壊中。破損部より拡張』


 続く金属がねじれる嫌な音。耳が嫌がり、反射的に肩が上がる。


『おいおいおい! 敵は1人じゃねえのかよ! ロボがいるなんて聞いてないぞ! 振り落とせ!』


『今やってるだろ! リーダー早く来てくれ! 早く! ロボが! ケツこじ開けてやがる!』


 タイヤが地面に擦れる音が通信越しと崖上の両方から響く。

 

『ああ……クソ、ハンドガンなんか全然効かねぇ。対物ライフルとか積んでないのかよ!』


『おい怒ってんのか! 挑発してたのは俺たちじゃなくてもう一台の方で……うわ、来んなって!』



 次いで発砲音がして、人間の声だけが聞こえなくなった。カインが銃を奪い、引導を渡したんだろう。


『制圧完了』


 崖から車両が飛び出してきて、目の前で車体を揺らして着地した。


 運転席側のドアから出たカインの姿を見て、呼吸を取り戻した。


「っ……、よくやった……カイン」


 喜ぶのはまだ早い。

 でもこれで戦力は半分に削った。


 この車両は背面が完全に割れてるから追われながら撃つのは苦しい。迎え撃って退かせる。

 ああいうやつは、敵に勝利を渡すぐらいなら間違いなく撤退を選ぶ。


「車両の位置を調整する。射線に晒される面積を最小限に…… ッ!」


 思わず息を呑んで、言葉が続かなかった。

 彼の右肩、肘の関節部から血が流れ、指先から滴っている。


「血が……!な、なんで……」


 グレーの装甲の上に強烈な赤い線。重力に引かれて地面に落ちていくそれは、彼を作戦に巻き込んだ私を無言で責めているように思えた。


 機械の彼に血が流れているわけなんかないのに。


「否定。

 フッ素系高分子オイルの剪断・反応熱に伴う、粘度の低下による漏出。

 EP添加剤の化学反応による硫化物が結合剤により赤色に変化。」


 つまり装甲を殴った時の衝撃で、オイルの粘度が低下した分、垂れているんだ。

 色が血みたいな色をしてるのは、結合剤の影響らしい。


 言われてみると、微かに硫黄の匂いがする。基地内の金属加工場で嗅いだのと同じ。


 彼にそのつもりは無かったろうが、まるで自慢するように『最高到達点』だと言った最高級オイル。


 装甲破壊と引き換えに、腕が大きく欠損してしまったような気がして……やっぱりそれが、私たちで言うところの血に思えてしまう。


 ……こんな風になるなんて、知らなかった。


 まだ一台残っている。同じ事をさせられる?


 いや、敵から奪った車両の機銃。これを使う。


読んでくださってありがとうございます。投稿し直しました。(2026/3/28)

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