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鉄の身体、錆びる心  作者: ノイズラズリ
おかえりが聞こえない
9/24

9 同じクセ、やめてよ


 車両を調整しながら車内のモニターに目を通す。

 敵車両の現在地。1台がすぐそばまで迫っているが、残りの2台はまだ遠い。

 トラップの設置場所のデータも表示されている。


「カイン、南東基地に現状を報告して。この画像データと、さっき誰かがトラップにかかったこと。

 あと援助に来る航空機にもこの座標の車両は撃たないように伝えて」


「報告完了済み」


「……そうなんだ。

 今、リーダーっぽいところだったのに」


 ……二名編成にリーダーはないんだけれど。


 横目でカインの汚れた腕を見る。

 さっき、私はデコイとして敵の目を奪っただけ。それも彼の制御型ナノマシンと装備を借りて。


 彼が身を削ってやってくれた分、私も少しだけ「仕事ができるパートナー」を演じたかっただけ。

 この任務で、私がただのわがままなお荷物で終わりそうで、それが嫌だ。

 妙な悔しさを覚えた瞬間――


『おい! てめぇ、騙しやがったな! 聞こえてんだろ!――』


 足元の死体の通信機から、わめき声が響く。かまってやる時間が無い。


 相手もこちらも同じ機銃。

 側面を崖につけ、機銃だけ崖から覗かせる。車両の側面も背面も狙われない、ちょうど良い具合だ。


「崖下で良かったかも。こっちにはカインもいるし」


 タイヤが地面を擦り付ける音を立て、重い車体を大きく振りながら敵の車両が現れた。


 全壊させなくたって、撤退させられれば今はそれでいい。こっちの武器もグレネードなんかの一発が重いタイプじゃないから、逃げる判断をする猶予があるはず。

 私には車両戦の経験なんか無い。何でもいいからこの状況を長引かせたくない。


 敵の機銃を狙う。……が。


「うわ、なにこれ。すごいバラける……」


 もはや真っ直ぐ飛んだ弾は一発も無いんじゃないか。サイトのサークルドットの意味、あるの?


 仕方なく前面を撃つ。……一番装甲の厚い部分だ。


 カインは車外で対戦車ライフルを撃っている。数発撃ち込んでようやくタイヤが一本破裂し、車体が右に傾く。速度が落ちるが止まる様子はない。


 こちらは車両の上部を撃たれ続けている。音の感じだと、まだ耐えられる。


「カイン、平気?カメラ狙えるんならそっちを……」

 視線を照準から車内のモニターに移し、それ越しに彼を見た。


 ――まただ。

 ライフルを構えたまま、顎の汗を拭う仕草。これも記憶の中の『あの人』と同じ――

 それだけじゃない。


撃つ。


ボルトを引き、叩き戻す。


撃つ。


またボルトを引き……。


 コッキングの時に叩き下ろす手の指が少し開いていて、そしてきっと分かるのは私だけの、彼の手首の癖。


 何気ない動作なのに、その繰り返しに『あの人』が重なり、目が離せなくなった。


「隊長、ねぇ……やっぱり……隊長なの?」


 久しぶりに会えた気がして、喉が震えた。


 目の前に敵がいる。頭の半分が前を向けと怒鳴っていた。

 なのに、またすぐに気配が消えてしまいそうで、カインに重なる隊長を呼ばずにはいられなかった。


「指示:射撃継続

 情動的反応確認。

 ナノマシン指示:ホルモン分泌抑制による対処」


 こちらを見もせずに冷たく返される言葉に、一気に現実に引き戻された。やっぱり『あの人』……隊長じゃないんだ。


 でも……だって、機械は汗なんかかかないのに。あの仕草は何なの?


 動揺で思考がぐらついてるのに、呼吸と身体の震えが収まっていく。

 指示を受けた上位ナノが作用したのだろう。


「破壊完了:車内モニター用カメラ」


 カインがドライバーの目を奪った。彼はちゃんと仕事をやってる。

 勝手に感情をコントロールされるのは腹立たしいけど、説教……とお仕置きは敵を片付けてからだ。


『俺たちが逃げると思ってたんだろ!

 退くわけねぇだろうが。俺を誰だと思ってやがるッ!』


 今度は死体の通信機じゃなくて、スピーカー越しにあいつの声が響いた。


 正面の目を失ったドライバーが岩を盾にするように車両を止めた。

 もう少しこちらに近付けば、カインが手を出せる……そんな距離で。


 向こうが退かないなら。


 もうカインにあんな無理をさせたくないと思っていたけど、ここで全滅するぐらいなら……情けないけど、もう一度やってもらうしかない。


 死体からヘルメットを外し、その通信機のマイクのスイッチを入れた。深く息を吸い込み――


「ずいぶん遠くから撃つじゃないか。Valour & Equity……勇気と公平、だったか?

 みんな言ってるぞ。お前達はVermin & Empty (害虫で空っぽ) だってな!」


 開発部の変態どもと無能な司令部を除いて、こんな風に誰かを罵倒するなんて初めてで、変に高揚している。

 張り上げた声に震えが乗っていないか不安になった。


 焦りと緊張まで入り混じって、頬と耳、吐く息まで熱い。


 返事には一瞬の間があった。


『チッ……お前、南の女かよ。一人だけ運悪く生成されちまった女。聞いたことがあるぞ。


 Vermin & Emptyだって? こっちじゃARCの女兵士は南での慰安要員だって「みんな言ってるぞ」。

 ハッ! 飽きられてこっちに飛ばされたってわけか? オイ、そうなんだろ?

 お前んとこ、ワセリンの消費量がうちの2倍ってのはマジか? あぁ?』


 通信に別の笑い声が混じる。


 思わず否定しそうになった。駄目だ。向こうのペースに呑まれる。


 相手はこういう応酬に慣れていてるどころか、楽しんでいるようですらある。


『ヘイ、突っ込んでほしいのか? 残念だけど俺達はここから動いてやらねぇ。“ここ”だ。

 この距離から、お前が無意味だって理解しながらも、そうするしかねぇからヒィヒィ無駄弾を撃ち込んでくるのを見下ろせる、この角度が一番気持ちいい場所だ』


 何かを言い返そうとして、息を吸い込んだ口から何も言葉が出なかった。


 どうしてあいつは退かない?

 トラップ発動時の挙動パターンの収集が目的なら、もう私たちに構う必要は無いだろう。


 この位置はまずい。こっちは相手の前面と側面しか撃てない。対して向こうは天井側を撃ち下ろせる。機銃にも当てられて、視界がブレる。

 でも、向こうも無傷ってわけじゃない。正面の目を奪われて、タイヤだってやがて2本目が潰れるだろう。あいつらだって逃げ切れないぞ。


「……諦めろ。この車に乗ってた情報は本部に送信済みだ。

 ここで私に構ってたら、貴様だって戻れなくなるぞ」


『何だそりゃ! 素直に『生きておウチに帰りたいです』って言えよ!

 俺はなぁ、個人的にお前が気に食わねぇから潰してやりてぇんだわ。霧ん中で隠し玉抱えて笑ってやがったのも、泥棒の分際でその席に居座ってる図々しさもな。

 タイヤの数本もパーツの破壊も、ずる賢い身の程知らずに俺達の忠誠心の深さを教え込んでやる必要経費だ! 感謝しろ!』


 ……引っかかる。あいつの性格は私の見立てた通り、お堅い兵士ではないだろうが、リーダーではある。

 プロの矜持なんてもの以前に、任務優先で動かなかった場合の懲罰は、ああいうタイプには耐え難い恥のはず。


 静かに敵の通信のマイクを切った。

 車両の外側にいるカインに通信を飛ばす。


「カイン、逃げて。南東基地側に」


 もし任務外の目的があるなら、カイン以外に考えられない。新兵器であるの彼の、腕の機構一つを取っても重要な情報だろう。


『回答を要求:退避の理由と連携対象の行動予定』


「退避の理由? ……作戦の失敗。このままじゃ全滅する。

 あなたの一部でも敵に渡ると、軍としてダメージが大きい。一応あなたはあのクソ開発部の変態どもが最新技術を詰め込んだロボットタイプなんだから。

 私は自分でなんとかする」


『了解』


 この劣勢の中で、退避は合理的な判断だ。もし人間みたいに渋られても困るところだった。


『おい、静かじゃねぇか。おしゃべりでもしようや。

 そうだな、オリジナルの頃はどこに住んでた?』


 通信機から響く余裕に満ちた声。


 モニター越しにライフルの構えを解除し、背を向けたカインを見ながら答えた。


「……覚えてない」


『つれねぇなぁ。バーのEye candyすらそれぐらいは教えてくれたぜ?』


 あとどれぐらい耐えられるだろうか。

 逃げるのにジェットを噴かしてるなら、わずかな時間でも遠くへ行けるだろう。


「……オリジナルが日本にいたってことしか知らない」


『へぇ?アジアンかよ? まぁヤマトナデシコには程遠そうだな!

 うちの日本人も言ってたぞ! んなもんは100年前ですらいなかったってな!

 ……ヘイ、お前の相棒全力で逃げちまったぞ。ひっでぇな!』


 そろそろ限界だ。

 揺れる車体から外に出て振り返った瞬間、信じられない光景が網膜を焼いた。


 私が今まで乗っていた無骨な軽装甲車。それが燃料に引火して火を吹く前の一瞬だけ、その姿がガラスのように透き通り、周囲の景色に溶け込んだ。


「……っ、消えた……」


 これに似た歩兵用の兵装はある。

 けれど、車両ほども大きなものに実用可能な光学迷彩の適用は数年間は無理だろうと言われていた。


 当然、南でも見たことがなかった。いや、気が付かなかっただけかもしれない。

 撃たれた方向を特定できないまま、死亡直前の5分間というトラウマ対策の記憶削除範囲内で終わらせれば、ただの交戦による死とされ誰も気にも止めないだろう。


 こんなところまで敵が潜り込んでこれたのも、きっとこれがあったから。


 あいつらがタイヤを潰されても攻撃し続けることを選んだ理由。

 この『光学迷彩』というオーバーテクノロジーの解析を阻止するためだけに車両の破壊に固執していたんだ。



 そして、私はこれを『見て』しまった。


『あーあ、お前ほんっとにツイてねぇな! こういうの、プラチナ会員限定の機密情報っていうんだわ!

 非会員の閲覧料は記憶と……ついでに命と引き換えになっちまうけどな!

 どうせ兵舎で寝床を温めるしか能がねぇんだ。お前のおつむにはちっと重すぎる情報だろ?

 安心しろって! 次起きた時にはキレイさっぱり忘れてっからよ!』


 立ち尽くした私の足元にひび割れて転がった敵の通信機が、次の彼らの標的が私に定まったことを告げていた。


読んでくださってありがとうございます。投稿し直しです。(2026/03/28)

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