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鉄の身体、錆びる心  作者: ノイズラズリ
おかえりが聞こえない
7/24

7 演算パラメータ外だって


「味方が間に合うかどうかに賭けてられない。

 ねぇ、なんとかならない?」


 一歩下がって、カインを見た。


「対車両特化攻撃とかないの? 腕からミサイルとか、何か爆発物飛ばしたりとか……ないか」


 彼は武器の所持を制限されている身だ。彼の腕は当然そんな機構が備わっているようには見えない。


「対車両専用武装:無し。

 ただし、関節の対装甲モードにより軽装甲車後部の破壊が可能」


「関節のモード切り替えって……殴って壊すってこと? ……あなた、そんなことできるの?」


 確かに背面はドアがあるせいで他の面よりも少しだけ脆い。

 でもなんとなく、そんな腕力任せなやり方が、彼の淡々とした口調と噛み合わないような気がした。


 いや、そんなことはこの際どうでもいい。問題は彼が敵の車両に近付く必要があるってことだ。


「もしおびき寄せられたら、やってくれる? ……ちょうどいいの持ってたはず」


 バックパックの中を引っかき回すと、ケースに入ったスモークグレネードが2つ出てきた。

 三ヶ月前、出番が無いままだったやつ。


「投擲式スモークグレネード:本任務の携行推奨装備対象外」


 なんでそんなものを持ってきてるんだ。という意味だろう。


「これで死んで“継体”したら、バックパックの中きれいにするから……」


 でも、これで一時的に敵の目を奪えるはずだ。

 この霧の東側には、飛び降りても怪我をしない程度の低い崖がある。

 機銃が届かない場所へ逃げようとする素振りを見せれば、向こうは動かざるを得ない。

 スモークを使うのはあからさまだけど、今回はそれでいい。


「あのスピーカーの声は北の方から聞こえてきた。もう1台は南東基地を背中にしたくないだろうから、東にはいない。

 多分、私たちから西か、カバーし合えるギリギリの距離でも南西のあたり。


 北から東までは、このあたりを攻撃した時の塹壕と、その時のヘッジホグがそのまま。

 射線は通るけどスモークでカバーできる。

 つまり2台とも西から回ってくる。

 2台で追いかけてきても、車両間の距離は大きいからすぐには合流できないはず」


 ちらりとカインを見る。推定位置については異論はなさそうだ。


「スモークの中を私が東側の崖に一気に走る。視認されるまで待機して、撃たれたらシールドで対処する。

 その間、少なくともガンナーの照準は私。ドライバーは向かってくるあなたに気付くかもしれないけど、機銃の照準は左右に素早く動かせない。あなたに照準が合う前に接触するの。

 それぐらいの速度は出せるでしょ?」


「作戦実行:非推奨

 

 現在の待機維持による、今後270秒間の生存確率は99.6%。

 移動開始による生存確率は1%未満に低下」


「それって私たちがサンプルとしてデータを取られてる間の話でしょ。さっきみたいに弄ぶみたいに弾を撃ち込まれる270秒間ね……」


「肯定。

 サンプリングフェーズ中の致命的な射撃が行われる可能性:低確率

 現在の最適解:静止状態の維持・支援機の到着まで待機」


 カインの言う通りだ。この5分間、霧の中にいればサンプルとして私を生かしておく。

 彼は「今この瞬間の生存率」を最大化しようとしている。でも……。


「その後確実に蜂の巣だよ。支援って、来て欲しい時に限って遅れてくる。『最速で』5分って言葉の意味をよく考えて。

 それに最悪、味方の支援機の音に反応してこっちの片付けを優先されるかも。あいつ、性格悪そうな声してるし。

 ねぇ、私の作戦に乗ってよ。戻ったら今のあなたのオイルよりもいいヤツ注してあげるから」


「連携対象の提案に関する懸念事項:

 複数車両の同時追撃の発生。

 搭乗員追加人数不明。制圧時間増加リスク。

 

 実行継続:非推奨

 

 当機関節部使用潤滑油:当惑星植物MW由来ナノ粒子結合型EP添加剤混合済みドイツ製高級フッ素系高分子オイル。

 現行の軍事技術における摩擦の最高到達点。

 

 兵士による当機への物品提供・賄賂に伴う依頼受諾評価の変更:無し」


 ……つまり、『作戦は危険だからやめろ。今使ってるオイルはこれ以上ない最高級品だし、賄賂でも動かない』って言いたいらしい。

 

 そもそも賄賂だなんて。仲間うちでこういう貸し借りはよくやるものだろう。

 普段はタバコ。ロボットタイプならオイルなんかどうだろうなんて気を利かせてあげたのに。


 つまり私からの歩み寄りってやつだ。それをこの鉄の塊は汚職や軍規違反みたいに。


「カイン、あいつらはきちんとした統率を取らない。だから、『同時追撃』は考えなくていい」


「根拠の提示を要求」


 本来ならばカインの言う通り、単独で追ってくることはない。


 でも、あいつ……

 無意味にホーンを鳴らして、わざわざスピーカーで話しかけてきた――あいつは『一方的に、かつ雑に勝って見せる』のが好きなタイプだ。


 油断じゃなくて、見栄。

 例えばタバコでも吸いながらわざと隙を見せて、「俺達は優位だ」って印象を部下にも敵にも刷り込むタイプ。


 特に、自分たちと相手との戦力差が明確であるほどそういう態度を誇示したがる。

 こっちの軍にも同じタイプのヤツは珍しくない。

 時々痛い目を見ているようだけど、そう簡単には、まさに死んでもそういう性格は変わらないらしい。


 しかも、霧の中には「歩兵1人」ということになっている。

 この状況で後続の合流を待っていたら、あのおしゃべり野郎ならむしろ「逃す気か」って叱りつけるところだろう。


「性格・心理的傾向は演算パラメータ外。

 同時追撃を受けた際の生還率:極めて低確率。

 作戦の実行は非推奨」


 正直、なんとなく、ここで躓く予感はしていた。

 小さくため息が漏れる。


 『演算パラメータ外』か……。


「カイン、格闘は?できるでしょ。最高級品のオイル使ってるぐらいなんだから」


「近接戦闘:対応可能」


「今から蹴る。防げる確率は?」


「99%」


「……ねぇ、もしかしてそれ、私の袖のシェブロンの数見て言ってる?」


 3年前に降格してから、私の階級は一等兵のまま。シェブロンはひとつ。


「否定。

 連携対象の階級による補正:無し。

 当機の駆動系および光学センサーの性能に基づいた……」

「はいはいストップ。わかったから」


 その根拠、開発部の変態どもが感極まって『最高品質のパーツを組み込まれてるお前なら、近接だって最強だ』とか言ったやつも含まれてるんでしょ。

 カインもあの白衣たちも、殴るとか蹴るっていうじゃれ合いについて何も分かっちゃいない。


 カインに右足で蹴りを入れる。

 ……フリをして軸足を入れ替えた。

 彼の光学センサーは、私の予備動作から脚で描いた放物線を完璧にトレースしていたはずだ。

 そのエサに噛みついたところで、演算がノイズとして切り捨てた左足で蹴る。


 右足の蹴りを防ごうと片足になったカインは私の左足の蹴りに反応できずに後ずさる。少しむかつくけど、ダメージは全く入ってない。


「もう一回」


 次は胸のあたりにフェイントを連続で。

 それに動きを合わせて防御するものだから、素直すぎて微笑ましいとさえ感じた。

 これ、南部で“遊び”で教えてもらったやつ。

 南部じゃ内部で揉める度に肉弾戦大会が開催されていた。


 そのまま縦に蹴り上げる――ふりをして、足を横向きに変えて蹴る。

 防御できずに頭部側面に入った。


 予想していた通り、彼は格闘戦は最低限の学習しかさせられていない。

 ただ、人間が彼に丸腰で格闘を挑んだところでどうにもならないことは脚の痛みが教えてくれる。


「経験が演算パラメータ外っていうならこういうことでしょ。

 無視するには大きすぎる要素だと思う」


「連携対象の牽制攻撃は高度であり、有用な示唆あり。

 ただし、敵の性格推論への転用は不適切。

 基本行動無視レベルの油断が敵に存在する根拠:不明。

 結果:最悪ケースを想定した演算結果の維持」


「もぉ、めんどくさいなぁ」


 肩を竦める。

 昔、仲間が壊れかけた掃除機を蹴って直していたのを思い出す。

 それで私の言うことを聞いてくれるなら、どんなにラクだろう。


 一瞬だけ数発の重低音の連射音が響いた。

 それは霧に玉の数の穴を空け、1メートル離れた地面をえぐっただけで済んだ。

 カインが盾を展開しようとするのを手で制す。ここで無駄にシールドのエネルギーを消費したくない。


「カイン、最悪ケースって、この後霧の中で起きることだよ。

 時間が過ぎたら……もう演算の余地がない。

 シールドは長く持たないし、あなただって、弾に晒され続ければ無事じゃ済まない」


 霧の中も外も安全じゃない。ならせめて自分で選びたい。

 それに、まだ私は彼に……カインにどうしても確認したいことがある。

 でも、こんな状況じゃ聞けない。突き落とされるのにも、準備がいる。


「あいつらは私一人しか検知できなかった。これ以上無いぐらい油断しきってる。

 ここまで条件が揃ってるのに動かないなんて、待機じゃなくて……もう現状放置だよ。


 もしあいつらがきちんと基本に沿って2台で私を追ってきたら、それは私の判断ミス。

 失敗したって判断して、あなたはその隙にバイクを霧の外まで引っ張って一人で逃げていいから」


 気がつくと、半分縋るような言い方になっていた。


「作戦実行は非推奨。判断維持継続。

 ただし、連携対象が実行に移す場合に限り支援」


 つまり、『判断は変えないけどお前がやるんなら例外として乗ってやる』ってことだ。

 『ダメそうなら逃げろ』で納得したのか、どのワードが彼の内部での評価を変えたのかは分からないけど。


「……応じてくれないなら掃除機みたいにするところだった」


「回答要求:“掃除機みたいに”の意味」


「気にしなくていい」


読んでくださってありがとうございます。加筆修正しました(2026/03/07)

うだうだする話をまとめたら長くなってしまいました。

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