7 演算パラメータ外だって
「あいつ、また撃ってくる。
何か仕掛けるんなら、数が減った今しかない」
一歩下がって、カインを見た。
「あなた、対車両特化攻撃とかないの? 腕からミサイル出したりとか……ないか」
彼は武器の所持を制限されている身だ。彼の腕を見てみるけど、当然そんな機構が備わっているようには見えない。
「対車両専用武装:無し。
ただし、関節の対装甲モードにより軽装甲車後部の破壊が可能」
「関節のモード切り替えってことは、殴って壊すってこと? ……あなた、そんなことできるの?」
確かにそこは、背面ドアがあるせいで他の面よりも少しだけ脆い。
でも、なんとなく、そんな腕力任せなやり方が、彼の淡々とした口調と噛み合わないような気がした。
いや、そんなことはこの際どうでもいい。問題は彼が敵の車両に近付く必要があることだ。
「もしおびき寄せられたら、やってくれる? ……ちょうどいいの持ってたはず」
バックパックの中を引っかき回すと、小さなケースに入ったスモークグレネードが2つ出てきた。
三ヶ月前、出番が無いままだったやつ。
「投擲式スモークグレネード:本任務の携行推奨装備対象外」
なんでそんなものを持ってきてるんだ。という意味だろう。
「これで死んで“継体”したら、バックパックの中きれいにするから……」
でも、これで一時的に敵の目を奪えるはずだ。
この霧の東側には、飛び降りても怪我をしない程度の低い崖がある。
機銃が届かない場所へ逃げようとする素振りを見せれば、向こうは動かざるを得ない。
スモークを使うのはあからさまだけど、今回はそれでいい。
「あのスピーカーは北の方から聞こえてきた。もう1台は南東基地を背中にしたくないだろうから、東にはいない。
多分、私たちから西か、カバーし合えるギリギリの距離でも南西のあたり。
北から東へは道の悪さと地形で直線で向かって来れない。西を回ってくる。
2台で追いかけてきても、車両間の距離は大きいからすぐには合流できないはず」
ちらりとカインを見る。問題なさそうだ。表情が無いからわかりにくいけど。
「スモークの中を私が崖の方に一気に走る。
敵に視認されたら機銃に撃たれるけど、シールドで防げる。
その間、少なくともガンナーは私の方しか見てない。ドライバーは気付くかもしれないけど、ガンナーの照準はあなたに合わせられない。
あなた、見た目は重そうだけど……それぐらいの速度は出せるでしょ?」
「懸念事項:
複数車両の同時追撃発生確率 90%。
搭乗員追加人数不明。制圧時間増加リスク。
制圧完了までの連携対象被弾確率 19%。
実行継続:非推奨」
「カイン、あいつらはきちんとした統率を取らない。だから、『同時追撃』は考えなくていい」
「根拠の提示を希望」
本来ならばカインの言う通り、単独で追ってくることはない。
でも、あいつ……
無意味にホーンを鳴らして、わざわざ話しかけてきた――あいつは『一方的に、かつ雑に勝って見せる』のが好きなタイプだ。
油断じゃなくて、見栄。
例えばタバコでも吸いながらわざと隙を見せて、「俺達は優位だ」って印象を部下にも敵にも刷り込むタイプ。
特に、自分たちと相手との戦力差が明確であるほどそういう態度を誇示したがる。
こっちの軍にも同じタイプのヤツは珍しくない。
時々痛い目を見ているようだけど、そう簡単には、まさに死んでもそういう性格は変わらないらしい。
しかも、霧の中には「歩兵1人」ということになっている。
ちょっと堅いヤツでも、さっさと片付けようと油断が勝つところだろう。
「性格・心理的傾向は演算パラメータ外。
同時追撃を受けた際の生還率:極めて低確率。
作戦の実行は非推奨」
正直、なんとなく、ここで躓く予感はしていた。
小さくため息が漏れる。
『演算パラメータ外』か……。
「カイン、格闘はできる?」
「近接戦闘:対応可能」
「今から蹴る。防げる確率は?数字にして」
「99%」
「……馬鹿にしてんの?」
カインに右足で蹴りを入れる。
……フリをして踏み込み、左足で膝蹴りを入れた。
右足の蹴りを防ごうと片足になったカインは私の左足の蹴りに反応できずに後ずさる。
「もう一回」
次は胸のあたりにフェイントを連続で。
それに動きを合わせて防御するものだから、素直すぎて微笑ましいとさえ感じた。
これ、南部で一番最初に“遊び”で教えてもらったやつ。
私もカインみたいに、真面目に防御姿勢を取っていた。
そのまま縦に蹴り上げる――ふりをして、足を横向きに変えて蹴る。
防御できずに頭部側面に入った。
彼は格闘戦が苦手らしい。実践で使うものじゃないから最低限の学習しかさせられていない。
「経験が演算パラメータ外っていうならこういうことでしょ。
無視するには大きすぎる要素だと思う」
「連携対象の牽制攻撃は高度であり、有用な示唆あり。
ただし、敵の性格推論への転用は不適切。
基本行動無視レベルの油断が敵に存在する根拠:不明。
結果:最悪ケースを想定した演算結果の維持」
「もぉ、めんどくさいなぁ」
肩を竦める。
昔、仲間が壊れかけた掃除機を蹴って直していたのを思い出す。
それで私の言うことを聞いてくれるなら、どんなにラクだろう。
「カイン、最悪ケースって、この後霧の中で起きることだよ。
また気まぐれに撃たれてシールドのエネルギーが尽きたら……もう演算の余地がない。
私は1発で終わりだし、あなただって、弾に晒され続ければ無事じゃ済まない」
霧の中も外も安全じゃない。ならせめて自分で選びたい。
それに、まだ私は彼に……カインにどうしても聞きたいことがある。
でも、こんな状況じゃ聞けない。突き落とされるのにも、準備がいる。
「あいつらは私一人しか検知できなかった。これ以上無いぐらい油断しきってる。
ここまで条件が揃ってるのに動かないなんて、待機じゃなくて……もう現状放置だよ。
もしあいつらがきちんと基本に沿って2台で私を追ってきたら、それは私の判断ミス。
あなたはその隙にバイクを霧の外まで引っ張って一人で逃げていい」
気がつくと、半分縋るような言い方になっていた。
「作戦実行は非推奨。判断維持継続。
ただし、連携対象が実行に移す場合に限り支援。
スモークグレネード投擲による援助可能」
つまり、『判断は変えないけどお前がやるんなら例外として手伝ってやる』ってことだ。
どのワードが例外を許可したのかわからないけど……とにかくよかった。
「……応じてくれないなら掃除機みたいにするところだった」
「回答要求:”掃除機みたいに”の意味」
「気にしなくていい」
読んでくださってありがとうございます。
うだうだする話をまとめたら長くなってしまいました。




