3 真ん中はヨースケ
仮眠の時間まで、後方で補給品の整理を手伝っていた。ふとドアが開く音がして、サーミルが顔を上げる。
「あっ、今回のハッカーは君か」
私はすぐに視線を戻すつもりでちらりとそこに目をやった。そこに立っていたのは――
「おう、サーミル、マヤ」
ヨースケだった。彼の中隊は今日から休みのはずなのに。
「今さっき到着したとこだ。
今日担当するはずだった奴がアンテナ調整中に事故って死んだらしくてさ。代理で駆り出されたんだよ。
わざわざ教官を俺の部屋に差し向けてきたんだぞ。信じられるか? 俺が逆らえないって分かっててだ。
ドアを開けて教官の顔を見た瞬間、俺は全部察したね」
不満が溜まっているのか、入室早々愚痴が止まらない。
「あの間抜けが継体完了したら真っ先にツールセット奢らせてやる。
敵基地のすぐそばでコンクリ越しノイズまみれの超短距離ハックだぞ。運が悪けりゃ俺まで本部のあの野郎のとなりで『おはよう』だ。
あーケツが痛ぇ……」
彼と通信であんな会話を交わしたのに、彼の顔を目の前にして生の声を聞くと、自然と笑みが抑えられなくなった。
お尻をトントン叩いて、あの頃と同じ口調で『疲れた……』と椅子を引いてぐったり座り込んだ彼の姿が、少しも変わっていなかったから。
「ヨースケ、『初期不良のおじさん』って感じ。しっかりして」
言わないといけない言葉があるはずなのに、それを差し置いて『ただいま』を言うのは気が引けて、出てきたのが三年ぶりの茶化しだった。
「うるせぇ。俺はこれぐらいの年齢のボディが一番調子が良いんだよ」
「ボディの年齢の話じゃない。到着早々くたびれきった様子がすごく『ダメなおじさん』なの」
サーミルがくすくす笑いながら、手元の薬品の箱をパレットに詰めた。
「マヤだって、さっき腰つらそうにしてたじゃないか。……似たもの同士だよ」
「私はこんな伸びきったファンベルトみたいじゃない。ほら、ヨースケもう昼寝したい時の顔してる」
「だーっ!うるさいうるさい!俺の顔を見るな! おいサーミル、仮眠は何時からだ?」
頬杖をついて目を半開きにしているヨースケと、それを見て笑っているサーミル。
この三人が集まれば大体こんな感じだった。
三人一緒ならいつでも楽しくて――……。
変わらない空気に安心したのと、三年間の喪失から目を逸らすのに苦労した。
どうして私はこの二人から離れてしまったんだろう。
私があの時冷静でいたら――でも、どうすれば良かったの?
思考が暗いループへ沈む前に、ついてもいないズボンの埃を強くはたいた。
未開封の箱を開けると、見慣れた色の箱が敷き詰められている。
「あ、コンドーム……これ、南部でよく使った」
「は?」
ヨースケが変な声を上げた。
何でも揃うこちら側ではあまり使わない。私も南部へ行くまではいまいちどう使うのか知らなかった。
「向こうは激しい雨も多かったから。いちいち銃口に合わせたマズルプロテクターを持ち歩く余裕なんか無かったし」
「ああ……ああ……そうか。銃口に被せたり、デバイスの保護とか……そういう使い方だよな?」
ここにいると、移動先の物資が兵士のバッグに依存するような物資状況は想像しづらいのかもしれない。
「止血帯の代わりとかね。二つは持っておいたほうがいいよ。邪魔にならないし、そのうち役に立つ」
ヨースケが大きく息を吐いた。
サーミルが作業をしながら、目だけヨースケに向ける。
「安心した?」
ヨースケが黙って何度も頷いた。
彼はオリジナルの頃にIT系の技術者だったらしい。
今もサーバーの保守をさせられたり、時々自軍の研究所にハッキングを仕掛けて遊ぶような奴とはいえ、彼の本職はあくまで車両の整備だ。
急に敵基地の外郭なんて危険な場所でのハッキングをさせられることになったのだから、楽天的な彼でもこんなふうに緊張してしまうのは無理もない。
サーミルが医薬品を詰め終わった箱に蓋を被せて、ヨースケの真ん前にそれを置いた。
「それじゃあこれと、向こうに積んである分を前線手前のコンテナまで運んできてよ。そしたらもう寝よう」
「俺、疲れてるって言ったよな?」
ヨースケの目がもう一段死んだ。
サーミルはヨースケに微笑みかけて、「僕は二人が戻るまでに整理記録をつけておくから」と言って倉庫の奥へ消えていった。
物資を詰め込んだ車両の助手席に乗り込むと、泥を踏み潰す音を立てながら発進した。
ここから目に入る、ハンドルを握りギアに手をかけるヨースケの手が懐かしい。
遠くの爆発音が響く中で言葉を探していると、ヨースケがパッドを差し出した。
「そうだ……これ見たか? 今回のVE軍開発部の趣味の発露だ」
何気なくそれを受け取り、表示されている動画を再生した。
味方兵士のボディカメラの映像だろう。
四足歩行の小さいロボット達が泥を撥ねさせながら、バラバラとこちら側の戦車目がけて突っ込んでくる。
外装にはファーまで巻かれて、低品質の鳴き声を上げている。
明らかに弾薬消費を目的としたデコイ。こちらの残弾が少ないのを知っていて、更に削ってくる。
そのいくつかは爆発物を搭載しているらしく、撃たれると同時に爆発した。
……ファンシーな見た目だけど性格が悪い。
「……今、ニャーって言った」
思わず顔をパッドに近付けて言うとヨースケが笑った。
「骨格は犬タイプの設計図を流用してるくせに、設計者が猫好きだったんだろ。
ほら、うちにもさ、『指定が無い部分は自由でいいんですよね?』の精神で作られたブツがあるだろ?」
黙って頷く。開発部の新装備はただのナイフですら油断できない。
「……その低コストのおもちゃにどんだけ貴重な弾吸われてんだかな」
ヨースケが忌々しげに呟いた。
一体が「ニャアン」と鳴きながらこけたのを見て、頬が緩んだ。
「これ、うちでも作れないの?」
ヨースケが思いきり怪訝そうな顔をしてこちらを見た。
「……お前、こういうの好きだったな……」
「……犬とか猫とか、フワフワしたの触ったことないから。
部屋の自動掃除機にしっぽつけたら似た感じになる?」
「いや、ならねーだろ……ロボット設計なめてんのか」
少し呆れた様子の彼が、忠告するように続けた。
「マヤ、その感想、開発部に言うなよ。現場の要請があったとか曲解して、絶対似たようなの量産し始めるから。
そしたら戦場一帯、アレまみれになるぞ」
……本当に?
柔らかい動く毛玉に囲まれた戦場を想像した。
それって最高じゃない?
そう思ってヨースケを見た。でも――
「おい! 今目が光ったぞ! 絶対言うなよ!? フリじゃねーからなこれ!」
どうやら私とは意見が違うらしい。
「い、言わない」
口元の緩みを隠したくて顔を逸らした。
「……はぁ。変なもんが好きなのは変わんねーな。
いい感じのジャイロセンサーとファーが手に入ったらそのうち作ってやるよ。
だから開発部には絶対言うな」
「うそ」
「嘘じゃねーよ。多分」
いや、やっぱりうそだ。
じっとヨースケを見ていると、誤魔化すように頬をむにっと拳でつつかれた。
「ほら、着いた。さっさと車空っぽにして、戻ったらサーミルと川の字だ」
ああ、昔、雪山探索の拠点にするための小さい小屋を作ったことがあった。珍しくサーミルが戦闘以外の任務だったんだ。
あの時は真ん中がヨースケの歪な川の字だった。
今日はあんなハイキングみたいな任務じゃないのに、三人揃うだけでこんなに心強い。
きっと今日の任務も成功する。三人でやるんだから。
読んでくださってありがとうございます。




