4 流れ星みたいに
『残念な夜景だねぇ。この星じゃあダイヤモンドを探すより、デートスポットを探すほうが難しいや』
サーミルが片膝をつき薄く霧がかった地上を覗き込んでそう言っている。
ステルスヘリ特有の低くて大きなローター音の中でも、彼の遮音マスクに内蔵されたマイクを介した声は通信機を通して鮮明に私の耳に届く。
『僕の……オリジナルの頃にいた国は夜景がすごく綺麗だったんだ。いつかマヤにも見せてあげたいな』
立ち上がって振り返った彼はいつもの笑顔だった。突入直前に故郷の話をする人間なんて彼以外に知らない。
暑苦しい地上と違って上空の空気は冷たく乾いていて、微笑み返したいのにうまく口角が上がらない。
今回は空から敵基地に侵入する。ステルスウイングスーツ。遠距離滑空のためのブースター付き。
黙って彼の装備の最終チェックを手伝い、ハーネスを引き締め何度も確認した。
『指定座標、指定高度に到着。執行可能だ』
ずっと黙っていたパイロットの不機嫌そうな声が通信に入った。
『了解。執行開始する。
よしマヤ、僕が先に行くから三秒後について来て。焦らないで、着地まで僕から目を離さないでね』
彼はステルス生地をぐいっと目の下まで引き上げ、マスクごと覆った。そしてゴーグルを下げてしまうと、全身がすっぽり装備に覆われてもうあの猫のような目は見えない。
私も同じように装備を整えた。
「了解」
彼の期待に応えたくて、できるだけはっきり声を出した。
ふと彼が右手を私のゴーグルに伸ばす。
『端っこ、めくれてるよ』
「……締まらないな」
ため息が漏れた。でも少し肩の力が抜ける。
『ふふ』
彼は私に滑空用の防護ヘルメットを被せて、最後に自分もそれを被り、開いたドアを向いた。
躊躇無く長い脚を夜空へ踏み出すと、一瞬機体がわずかに揺れ、彼の分だけヘリが軽くなるのを感じた。
滑空体勢に入ってすぐに風圧を受けたウィング部分が薄く硬化し、空気を受け流す形に安定すると、ブースターが点火し加速していく。
役目を終えたブースターは切り離されて、地上の闇に吸い込まれていった。これで敵に探知される可能性は大きく下がる。
『おい』
急にパイロットから通信が入った。
『サーミルの足、引っ張るなよ』
味方からの警告は、敵意すら滲んでいるように聞こえた。
言われなくたって。
脳内のカウント終了に合わせて闇の空へ脚を踏み出す。
全身に風を受けながら、背中を反らせて腕と脚を広げる。
サーミルがしたのと同じように体勢を安定させる。ブースターが点火し、充分な加速を得たところで切り離した。
耳に入るのは空気を裂く音と、自分の呼吸と心臓の鼓動だけ。
前を行くサーミルが一瞬こちらを確認したのが見えた。大丈夫。
何十キロの距離を飛び続けただろうか。
長いこと自然のままに育った沼地特有の巨大な広葉樹。
直径十メートルほどもある化物じみた大木は、粘度の高い樹脂のせいもあり簡単に切り倒すことができないらしい。
加えて38要塞のように地下に掘り進められる地盤でもないから、この地域の他の基地はこの木のせいで歪で不便な基地になってしまう。
目的の敵基地の敷地内にも、撤去を諦めたであろうそれが何本か静かに鎮座しているのが見える。
敵基地へ近付くにつれ高度が落ち、その梢に触れないよう避けて滑空していく。
『半周してターゲット地点を確認する。引き続き付いてきて。視線は僕から外さないで。はぐれたら厄介だ』
「了解」
彼の背を追い、敵基地の上空を高度が落ちないよう緩やかに旋回しながら通過する。
『彼ら、油断してるね。前線からかなり遠いから無理もないか。
ただし……東の建物、兵舎みたいだ。あそこから見られる可能性があるから降下開始と同時にウィングスーツのステルスを起動させよう。
大丈夫。木々がパラシュートのモアレを溶かしてくれるよ。
よし、降下しよう』
着陸の体勢に移行しながらステルス装置を起動すると、自分の身体がうっすらと輪郭を残して姿を消す。
ウィングスーツの腰のワイヤーを引くと、腕を覆っていた生地がほどけ、パラシュートに変形して膨らんだ。
慣性がかかり装備が身体を締め上げ、肺から空気が絞り出される。
高度が足りるか不安だったけれど無事に着陸できた。誰にも姿を見られた様子は無い。
バサバサとウィングスーツを脱ぎながら彼が言った。
『これ、繊維部分は新素材なんだって。カーボンと生体タンパク質に似た素材を組み合わせたやつって言ってたかな』
思わず手が止まりそうになった。サーミルの顔を見る。
「……もしかしてこれ、うちの開発部の……?」
軍事用品には二つパターンがある。一つは民間企業製、もう一つは軍内の開発部が作ったブツだ。
以前訓練を受けた時のウィングスーツは民間企業製品だったはず。
開発部への私の信頼度はゼロを下回っている。
何故乗り換えた。
『もちろんちゃんとテスト済みだよ。そうでなきゃ前のやつを要求してたさ。
一年くらい前かな。研究棟の屋上から開発者を抱いて飛んだんだけど……ちょっと泣かれちゃった』
きっと開発者は「理論的には可能」だとか、私たちにとって聞き捨てならないワードでアピールしたのだろう。目に浮かぶ。
そしてサーミルは「それじゃあ試そうか」とそいつの胴体に手を回して……。
まさかそいつは自分が飛ぶとは思ってもなかったろう。
「……きっといい薬になったよ」
同情はしない。




