90.ハジメVSアマラ
「ここ!――っ」
ハジメの攻撃を躱してアマラが体勢を崩して後ろに倒れようとした瞬間、ハジメは一歩踏み込んだ。しかしアマラが笑ったように見えて、慌てて下がる。
「あぶなっ」
「惜しい!」
下がった瞬間、ハジメの顔の前を風が通る。
カウンターを狙ったアマラの蹴りは空を切り、そのままごろんと後転しながら立ち上がる。ハジメはその隙を攻める事も出来ず、距離を取ったまま一息ついた。
「アマラ惜しい!次こそ決めて!」
「……」
見学をしていたエリスからの応援が響き、ハジメが何とも言えない表情を浮かべる。エリスの隣ではリリアが少し困った様子で笑う。
「隙あり」
「おわっ!」
今は訓練中、そんな分かり切った隙を放棄するほどアマラは甘くない。ハジメが持つ木刀より少し長い木刀を使い、ほんの少しの間合いの有利を維持しながら一撃を狙う。
それほどの隙があっても、ハジメはしっかりと躱す。アマラも躱されると分かっていたらしく、楽しそうに距離を取った。
お互い何度も訓練した仲、癖も狙いも良く分かっている。ハジメは狙ってくる木刀を受けもせずギリギリで距離を取ると、反撃を決めるタイミングを狙う。
もちろん、今のハジメならアマラの木刀を躱さずに受けて流すことは可能だ。実際最初の頃はそれで対処出来ていたのだが、最近のアマラは違う。
――攻撃を流されて負けるなら、流されないように武器を破壊する。
そんな剛力らしい発想で、流そうとしたハジメの武器を圧し折って勝ち、2人で床掃除をした。それ以来は禁止事項としてお互いやっていないが、ギルド掃除が嫌だからではない。
アマラの武器を受けた時点でハジメの負け。それほどにアマラが力の差を上手く使うようになったためだ。
だから今もハジメはアマラの攻撃を躱し続け、少しずつタイミングを計っていく。
「――」
そして当然、アマラもその事に気付いている。
これ以上攻めたら致命的な隙を作って負ける。その限界を冷静に判断すると無理に攻めず距離を開けた。そしてハジメが反撃して来ない事を確認すると一呼吸置く。
訓練を始めて既に4本が終わったが、これまで一度もぶつかり合う音は無い。互いに振り、躱し、間合いと狙いの駆け引きを続ける。
お互いが剛力だと言われたら誰も信じない、それほどに丁寧な戦いが続いている。
「ふっ!」
そのタイミングでハジメが一気に突きをすると、アマラはその分だけ距離を取る。ハジメはそこから追撃に行かず、アマラの対応を探る。
「「――」」
睨み合いながら、ほとんどない隙をどう作るか。紙一重で圧倒的な差を楽しむように表情が緩んでいた。
「惜しい!」
アマラの攻めをハジメが凌いでしまったので、エリスが悔しがる。その姿にリリアは困ったように微笑むと、何も言わずに戦いを眺める。
状況は変わらず、お互いの攻め合い。ハジメは何とか躱しながら隙を探し、アマラは決めきれずにいるが焦りはない。
「良い勝負だね」
アスティアがその駆け引きを嬉しそうに眺める。今行われている戦いは、もはや剛力である必要はない。
一度もぶつかり合いは無い。1度も破壊は無い。
もはやこれは駆け引きと技術の戦いだ。
「うん」
リリアも嬉しそうに呟く。リリアから見たら2人とも隙は多い。リリアと戦ったら、圧倒されるだろう。それでも、ハジメとアマラの戦いは実力者同士の、自分の強みを生かそうとしたギリギリの勝負になっている。
今のアマラを見て、1度降格したとは誰も信じないだろう。
今のハジメを見て、3年前は素人だったとは誰も信じないだろう。
それほどに強くなった。
「超えられたらどうする?」
アスティアが楽しそうに笑う。当然、分かってて聞いているのでリリアは嬉しそうに微笑む。
「ずっと超えさせないよ」
そう返すも、声はどこか悔しそう。けれど悔しさは表に出さず、ジッと2人の訓練を見守る。
「ライファのおかげかな」
「そうだと思うよ。アマラが何度か嬉しそうに話してくれた」
リリアの呟きにアスティアが答える。アマラはライファと顔を合わせてから、何度か訓練をお願いしていた。
アマラが力では勝てない数少ない相手、なのに力だけでなく技術でも圧倒してくる相手。自然と力だけでなく、相手をしっかりと見て対処する力が身について行った。
アスティアはそのまま思い出すように苦笑いする。
「それで何か様子がおかしいから聞いたら、指南料を一切払ってないって言って」
「はぁ!?」
リリアは何も考えずに叫んでしまい、一緒に近くで見ていたフィルマが視線を向けた。
ライファはAランク、強力な実力と人間性を認められたランク。当然、訓練だって時間を貰うのだからそれに応じた依頼料がある。
リリアだってヒカリに良く教わっており、年間で金貨1枚払っている。それぐらい高価なのだ。
「私も同じ反応したよ。謝罪して、ちゃんと払わせた。ライファさんは受け取る気なかったみたいだけど、流石にね」
アスティアが思い出すように笑う。
当然、アマラも分かっている。何度か払おうとしたのだが、のらりくらりと躱されて、アマラの押しの弱さでは払えなかったのだ。結局アスティアが、無理矢理押し付ける形で払った。
「ライファはお金には困ってないからね。知り合いに関してはずっとその感覚で、キョウヤさんも呆れてる、と言うより褒めてる。未だに庶民感覚だって」
「凄い人なのにね」
リリアとアスティアは戦いを見ながら笑う。フィルマが信じられないように呆然としていると、何とか口を開いた。
「……物凄い人だと思っていたのに、何か身近に感じる」
「そりゃあ、凄い人だけど私達と同じ人間だから」
リリアが嬉しそうに呟くと、意識を戦いに戻す。
2人の戦いははた目から見たら互角。それどころか、アマラの仕掛けを捌き切っているハジメに分があるようにまで見える。
「ハジメをあそこまで追い込むなんて、成長したよね。最初に戦った時は厳しかったのに」
アスティアは呟くと、フィルマが驚いた。
「ハジメってそんなに強かったの?」
「今でも強いでしょ」
リリアが小さく微笑みながらフィルマを誉める。しかしフィルマは不思議そうにハジメを見るばかり。
「だって、最近のハジメはアマラにほとんど勝ててないし」
「それは、――」
リリアが言い方に文句を言おうとするが、言い訳にしかならず口を紡ぐ。そこを真剣な眼差しで戦いを見ていたアスティアが言葉だけ向ける。
「武器が変わったんだけど、使いこなせてないんだよ」
「武器?木刀じゃなくて?」
「巨剣」
アスティアは言いながら屋内訓練場の端を指差す。そこには鞘に入れられたまま、持ち主に置いて行かれた巨剣が寂しそうに置いてある。使わない意味が分からずフィルマが眉を顰めると、そこからの説明はリリアが引き継いだ。
「狩りとか討伐に使う分には問題ないんだけどね。アマラ相手の訓練だと、まだ危なくて」
ハジメも、使えるならば巨剣を使いたい。しかしアマラと訓練した時、それがどれだけ危険で力不足なのか実感した。
最初のぶつかり合いの時だった。間合いを使った、巨剣の重さを利用した1撃。
その攻撃は完璧で、しかしハジメにはしっかりと止める事が出来なかった。当然綿で包み、布で覆っていた。
しかし勢いを落とす事は無く思いっきり木刀を叩き、半ばまで切ってしまった。
本当は衝撃を殺しながら止めるつもりだったのが、ハジメが巨剣の重量を扱いきれず止められなかったためだ。それ以来、アマラ相手には1度も使っていない。
一応リリア相手には使っているのだが、それでも普通の木刀を使ってる時の方が勝率が良い。そのため本番では巨剣、訓練では木刀と言う少し歪な状況になっていた。
説明を聞いたフィルマは頷くと、2人の戦いを眺める。
「アマラが少し悔しそうなのはそのせいか」
「えっ?」
信じられない言葉にリリアはアマラを見るがいつも通りにしか見えない。けれどフィルマは確信したらしく、ジッとアマラを見る。
「多分、本気のハジメを見れないのが悔しいんだと思う」
――巨剣を使ったらハジメの方が強い。
まるでそう言わんとするフィルマの言葉に、リリアは嬉しいような寂しいような、少し複雑な気分になりながら戦いを眺める。
当然リリアはこの訓練の結末を予想している。そしてどれだけ願おうと、その予想が当たってしまう事も。
「ふぅ……」
アマラの猛攻を凌ぎ、けれど隙を仕留める事が出来ずハジメが深く息を吐く。額に浮かぶ汗をぬぐう事も出来ず、アマラと目を合わせる。
「――ふぅ」
アマラも小さく息を吐くが、ハジメよりも余裕があるように見える。
「(このままだと、本当にストレートで負ける)」
ハジメは心に浮かんだ言葉を口にせず、深呼吸をするとアマラの隙を探すように動きを観察する。
疲労は見える、けれどハジメよりも余裕はあるだろう。お互いに息を整えている間も、アマラはハジメよりも先に落ち着いて様子を見てきている。攻める事は出来たが、ハジメの隙が囮だと思って観察していたらしい。
「(こっちから攻めるしかない、か)」
体力的な余裕もなく、このまま息を完全に整えたらハジメに勝つ事は無理だ。だからこそ、せめて一矢報いようと覚悟を決めて踏み込んだ。
「ふっ!」
「くっ」
力任せだが、しっかりと狙った突き。間合いで負けてようと、力で負けてようとも関係ない、まるでそう言わんばかりの後の攻めに続ける奇襲。
これまでのアマラだったら、きっと1本取られていた。それか体勢を崩され、次の1本を取られていた。
けれどアマラも成長した。ハジメと言う力に頼らない剛力に戦い方を学び、リリアと言う手も足も出ない友達に次のステップを教わり、ライファと言うどう足掻いても勝てない圧倒的な力を知った。
成長しているのはハジメだけではない。
ハジメの突きを横から払うと、距離を詰めた。やっと響いた木刀と木刀がぶつかる音。しかしそれで折れる事は無く、ハジメは的確に流す。
そのままぶつかり合いは引き分けになり、お互いに体勢を崩すことなく元の位置に戻ろうとする。
「(あぁ、もう!これも効果なし、でも!)」
「っ!」
次の動きはハジメが早かった。
戻ろうとするアマラも予想していなかった速度で1歩踏み込むと、まるで賭けに出るように近寄る。実際賭けに出てるのだろう。そうしないといけない程、今のハジメは追い込まれている。
「(最初からこれが狙い!?)」
再び距離を取ると思ったアマラは対応が遅れる。近寄るハジメを牽制することも出来ず、一気に間合いを詰められた。
「(取った!)」
ハジメがアマラの胴の辺りを薙ぎ払うように構えると、一気に振り払った。
「なっ!」
1本取られる、そう思うよりも先に勝手に体が動いた。躱す事は難しい、アマラはそう考える前に体勢を倒し、その場でしゃがみ込む。
ハジメも驚き声をあげるが、それで終わる事は無い。しっかりと木刀で追いかけ、無防備な背中に木刀を止めようとする。
――ガン!
しかしその木刀は背中にぶつかることなく、アマラは見もしないで木刀を背中に添えた。体勢が悪いため押し返す事も出来ず、ただ受け止めただけ。
ハジメならここを狙う、まるでそう信頼する行動にハジメの口から言葉が漏れる。
「――やばっ」
その行動が予想外過ぎてハジメは固まってしまった。取れたと思い気を抜き、体勢を崩したアマラに完全に油断する。
その隙を逃さず、アマラは倒れた姿勢のまま少し体を寄せるとハジメに足払いをかける。体重と力の乗った攻撃にハジメは何もすることは出来ず、されるがままに天井を見上げそうになる。
「くっそ!」
それでもそこで諦めず、すぐにハジメは体を動かす。足払いを食らった勢いに乗ったままゴロゴロと転がり距離を取る膝をつくが、立ち上がる事は出来なかった。
「い、1本」
アマラが転がるように膝をついたまま追いかけ、ハジメの目の前に木刀を突きつけたからだ。余裕もないギリギリの追撃。不格好な決着。
そのまま動く事も出来ず、ハジメに突きつけられた木刀をお互いに見つめる。けれど無理な体勢は長くは続かない。
「――はああああぁぁぁぁ」
ハジメに出来る手は残っておらず、悔しがる余裕もない程に疲れ切った体は立ち上がる事が出来ず、そのままバタンと天井を見上げる。
「や、やった」
それはアマラも一緒だったらしい。ごろりと転がるとハジメと同じように疲れ切った体を地面に寝かせた。
「やっぱまた差が開いた気がする」
「それはハジメが木刀だから。巨剣だったら私が負ける」
「でも危な過ぎるから」
それでもすぐに起き上がると、感想を言い合いながら見学するリリア達の元へと向かう。
疲れきって倒れたのを見ていたので、特にリリアは慌てていたが歩いてくる姿は問題なさそう。そのため不安もすぐに消え、怪我無く帰ってきた事に喜ぶ。
「2人とも大丈夫か?」
フィルマが声をかけると、ハジメもアマラも手を振って大丈夫と返事をする。
「アマラ凄い!さすが!」
しかしエリスは気にせずアマラに近寄ると、飛びつくように手を握る。アマラが驚くのも気にせず、グルグルと楽しそうにアマラの周囲を回る。エリスの嬉しそうな姿に、素直に遊ばれながら一緒に笑ってしまう。
「エリス。完敗して仲間が落ち込んでるのに、その対応はどうかと思うぞ」
楽しそうなエリスにとても悲しそうにハジメが冷たく睨む。その姿にとても悪い笑みを浮かべると口を開く。
「ハジメも凄いよ、頑張ったね」
エリスが言葉だけ褒めるが、表情はどこまでもハジメで遊んでいる。悪意満々の表情にハジメも怒りを込めた満面の笑みで近寄ると、小脇に抱えた。
「えっ!」
「お前は、俺で遊ぶのを、いい加減やめろ!」
「きゃーーー!!」
ハジメがエリスの頭をわしゃわしゃと撫でる。髪の毛がぐちゃぐちゃになっていくが、エリスは楽しそうに悲鳴を上げるだけで逃げようとしない。
「俺を何だと思ってるんだ、玩具じゃないだろ!」
「ハジメ、やめ――きゃーーー!!」
キレたハジメは言葉を聞き入れず、ずっとエリスで遊び続ける。
その姿をリリアは呆れながらも嬉しそうに微笑み、アマラは少し呆れながらも一緒に笑い、フィルマは見た事が無かった2人の遊びを呆然と見つめた。
「――――」
「ひっ!」
「ミィ!」
そんなのんびりとした空気をぶち壊すような危ない笑みを浮かべたアスティアに2人は悲鳴を上げる。
ハジメが可愛らしい悲鳴を上げてエリスを落とす勢いで降ろすと、エリスはハジメを盾して隠れた。
「アスティア、その危ない笑みを止めろ」
「どこが。普通の顔しかしてないよ」
身の危険を感じたハジメが冷たく言うが、アスティアは自覚がないらしい。ジリジリと近寄ってくる。
その状況に思う所があったのだろう、アマラが2人を護るように間に入ると仁王立ちしてアスティアを睨む。
「アスティア、座って」
「――アマラ?」
「座る」
予想外の乱入にアスティアが困惑するがアマラは気にしない。
「座れ。ふざけるのもいい加減にして」
「はい」
本気で怒ったアマラは怖いらしい。アスティアは素直に座ると、アマラに睨まれる。
「エリスを怖がらせない。最近のアスティアは酷い、もっと抑える」
「そんな事――」
「酷い」
「……はい」
「返事だけじゃない、分かった?」
「はい」
急に始まった2回戦にアスティアは文句も言えず、ただ素直に怒られ続ける。
その姿を見てもエリスはハジメの影に隠れているので、ハジメとリリアは困ったように目を合わせた。
「なに、これ」
そんなとても頼りないアスティアの姿に、フィルマは困惑してそれしか呟けなかった。
誤字の修正:1ヶ所(2026/6/23)




