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【5節開始】『英雄たちの愛娘』  作者: 西日爺
5節 正義と悪

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91.説明会

「はあぁ――」

扉の前で深く息を吐くと、もう逃げ場は無いと覚悟する。それでもやはり、ハジメはこういう事に慣れていない。

ギルドで働くようになって3年、いつかあるかもとぼんやりと思っていたが目の前に来ると足が止まる。

「ハジメ、だいじょう、ぶ、だよ」

ハジメが出来なかった場合、代わりに説明するラナラスが安心させるように声をかける。

「そうだぞ。もしダメだったら指差して笑ってやるから安心しろ――ふぐっ」

オルビがいつも通り揶揄うので、緊張も全て吹き飛ばして脇を肘で突いた。オルビが脇を抑えて視線でハジメに文句を言うが、ハジメは気にせず扉を開けた。


扉を開けると、何度も通った部屋が広がっている。

新人教育で来た、隊商レイドの報告でも来た。

その場所に今、ハジメはギルド側の説明員として立っている。隣にラナラスとオルビが居るが、2人が説明する予定は今のところない。それは結局、ハジメの実力次第だ。

「今回の説明はハジメなのか」

ぼそりと小さく声が聞こえた。ハジメがちらりと視線を向けるとサカムが座っている。今年も参加するらしい。

「ハジメだ」

「マジか、今回ギルド側なのか?」

「どうだろう、今Cランクだろ」

「そのはずだ。冒険者側で出ると思うが」

サカムの声を聞いた何人かがハジメに気付くと、驚きと動揺になって会話が広がっていく。

そこには軽蔑も侮蔑もない。ただハジメを評価し、その場に立っている事に驚いている。

「静かに」

その評価の視線をハジメはしっかりと受け止めると、静かに、しかしその場に広がるように声を出した。すぐに静かになり、先ほどよりもハジメに視線が集中する。

こういう場はハジメも経験がない。先ほどの声かけも、これで良いのか悩みながら言ったため少しぶっきらぼうになっている。

それでも広がった言葉は待っていた人たちに響き、場は一瞬で静かになった。

「お集まりいただきありがとうございます。本日は5日後から始まる『商業隊列合同護衛』、通称『隊商レイド』への推薦、並びに再依頼のあった方々への事前説明会になります。今現在こちらに来て頂いた方は、事前にギルドの方から連絡が来ていると思います」

ハジメの説明が始まると、場の緊張感は2極に別れた。

1つは何度も参加しており、この説明会に慣れている人たち。それでも説明を聞き流す事は無く、これまでと何が違うのか、注意事項はないか、注意して聞こうとしている。

もう1グループは初参加の人達。今回は1パーティ、3名だけなのだが物凄く緊張しており、声もかけづらい状態になっている。

事前の連絡はあるはずなのでここに来た時点で参加は濃厚、それでもこれからの説明如何によっては拒否されるかもしれないとハジメ自身も緊張は凄い。それでも表に出さないように平然を装う。

「護衛対象はスノーライト、及び同行するスノーライト関係者です」

ここまでの説明に誰からも質問はない。連絡を受けた時点でちゃんと調べて、心の準備をしてきたからだろう。そのせいでどんなメンバーが参加するのか知っており、初参加の人は凄まじく緊張している。

現在、ここに居る冒険者はラナラスを除き全員がCランク。実力的があるからここに来ているが、それ以上に評価、実績のある人たちが周りに居るのだ。

「参加人数ですが、まずギルドがオルビとラナラスの2名。冒険者はアスティアをリーダーに、同じパーティメンバーのアマラ、ここに居る4パーティ12名の合計14名」

アスティアとアマラの名が出ると、場が少しざわついた。

実力的には、ここに居る人たちの中でもアスティアは特に頭一つ抜きんでている。リリアには及ばないまでも、実力者が居る事に安心と緊張が広がったらしい。

「軍からは10名から20名前後で、まだ不確定と連絡が来ています。スノーライトは40名前後の予定です」

ハジメはそこまで言うと、一呼吸を置く。場のざわつきも消えたので、一区切りのために周りを見渡す。

「ここまでで質問はありますか?」

何もなく進むだろう、ハジメはそう考えていたのだが、手をあがったので視線が集中する。

「最近ずっと参加してた、リリアとエリス、それとハジメは参加しないのか?」

去年ハジメもお世話になったサカムが質問を投げると、視線はそのままハジメの元に戻る。その視線に軽く息を吐くと、用意していた答えを話す。

「今年、リリアが昇格したのでギルドから依頼を出しませんでした。エリス、そして俺も同じパーティですので外れました」

「スノーライトからは指名依頼は無かったのか?去年かなり活躍しただろ」

サカムの質問は終わらない。しかしハジメは質問に対する答えを準備しておらず、何も言えずに固まってしまった。

そんなハジメの隣から小さな溜め息が漏れた。溜め息の主であるオルビはハジメが視線を送る前に一歩出ると、まだまだ実力不足のハジメから説明を引き継ぐ。

「それが、スノーライトから剛力は多くても1人にして欲しいとお願いが来たんだ」

いつもの揶揄いがない真面目なオルビだが、それよりも説明の内容にサカムが悩む。しかし説明はそこで終わらない。

「去年はハジメとアマラが参加したが、その成果がスノーライトの予想を超えていたんだ。荷物運搬の処理が早すぎて、スノーライト側で経験させたかった事項が出来ずに終わってしまった、と」

荷物運搬と言っても、運んで置いてだけではない。荷物を出す順序や使う順番で場所を調整したり、倒壊を防ぐために場所を工夫したり。

去年はハジメとアマラが居たため、多少置く位置が悪くても全て問題なく運び出しが出来てしまい、一部の人にこれで問題ないんだと勘違いが広まってしまったらしい。

そこまで言うとオルビは肩を竦めて小さく笑う。

「その説明を受けると交渉の余地が無くてな、剛力はアマラのみの参加だ」

「分かった」

オルビの説明が終わるとサカムが頷いて納得する。オルビは1歩下がると一瞬だけハジメに視線を向けて、事前調査不足だな、と真面目な視線を送ってきた。

少し悔しいが今は言ってる余裕もないので、ぐるりと周りを見渡す。

「現状、これ以上の質問は無いようなので説明を続けます」

ハジメは場に言葉を広げると、再び息を吐く。今まで経験したことが無いこの場、緊張しているのだ。それでも深呼吸は最低限にして言うべき言葉を頭に走らせる。

「詳細の説明を始めます。まず期間。予定は5日後から約2ヶ月(60日)。これは、移動中や道中の町での状況により変化しますので参考です」

初参加の人達が少し驚いたようにハジメを見た。事前に大まかな期間は知っていたはずだが、実際にこの場で言われた事で改めて自覚したのだろう。質問がありそうだが、先に最後まで説明をする。

「依頼料は金貨2枚。これとは別に、道中のギルドで依頼を受領する事は問題ありません。ただし受領の条件は、その町で依頼が完結する事、流入冒険者と同じ扱いである事、()()()()()()()()()()()()、です」

ハジメの覚悟のこもった言葉に、ずっと静かだった場に沈黙が降りる。けれどハジメの言葉(説明)は終わらない。

「道中の宿は依頼者(スノーライト)優先のため、町の外での野営が基本になります。道中の野営では食事が準備されますが、町での野営は基本的に準備されないので気を付けてください」

経験者(ハジメ)の言葉に場の空気は引き締まる。空気の違いに気付いているが原因に気付かないハジメは少し疑問に思いながらも、再び場を見渡す。

「説明は以上になります。質問はありますか?」

場の沈黙は続く。しかしすぐに手が上がるので、ハジメが視線を向けると口を開いた。

「期間は60日とあったが、最長でもどのくらい伸びるんだ。伸びても依頼料はそのままなのか」

去年の隊商レイドでは見た事が無いがギルドで何度か見た事がある冒険者だった。ハジメは資料をめくり、けれど記載が一切無くオルビに視線を向けた。

「基本は変わらない。道中に依頼を受けられるからな。が、1ヶ月(30日)ぐらい伸びた場合は別途支給される、らしい」

「らしい?」

曖昧な言葉に疑問が飛ぶと、オルビは肩を竦める。

「そんなに伸びた事が無いんだ、そのせいで去年くらいから資料にも書かれていない。伸びても、10日くらいか。短くなることは無いと思ってくれ」

「そうか。分かった」

納得したらしく手を下げると、そのまま近くに座っていた仲間と軽く話を始める。けれど何かに気付いたらしくすぐに手を上げてオルビに視線を向ける。

「もう1つ質問良いか?」

「どうぞ」

「行く場所はどうなるんだ」

再び出された質問はある意味当然。けれどオルビは答えず、説明者であるハジメに視線を向けた。

「非公開です。隊商レイドは軍とギルドの巡回でもあります。基本的なルートは決まっていますが、把握しているのは各グループの管理者の他は極一部。道中の情報を元に変更することもあるため、この場では答えられません」

事前に受けていた説明を話すが、ハジメを探るような視線が集まる。苦笑いを浮かべて小さく首を振ると、すぐにラナラスに視線が移る。当然答えは持っておらず、小さく横に首を振った。

「2人を探るな。俺しか知らないから聞いても無駄だぞ」

そんな行動にオルビが呆れる。サカムや他の経験者は遊んだだけだと小さな笑い声が聞こえたが、初参加の3人はその空気感が分からずに困惑しながらオルビに視線を集める。

「言うわけないだろが。他、質問あるか」

いつものどこか冗談めいた、しかし真剣な姿。その様子にハジメは小さく笑うと、周りを見渡す。

「無いようなので、説明会はこれで終わりにします。当日はよろしくお願いします」



「お疲れさん。ちゃんと説明出来てたぞ」

サカムがハジメ達に挨拶に来た。他のメンバーは久々の再開もあるのか挨拶や雑談をしており、初参加のメンバーもその輪に加わろうとしている。

「まさか俺が説明側に回るとは思わなかったよ」

ハジメは苦笑いを浮かべながら机に突っ伏す。慣れない状況と説明に緊張が切れたらしく、一休み中だ。

「ハジメ。知ってる仲しか居ないが、もうちょっとしっかりしろ」

その姿にオルビが呆れる。ハジメはすぐに起き上がるが、それでも疲労の方が強いらしい。少しぐったりしている。その姿にサカムが少し呆れる。

「そんな疲れる事無いだろ」

「人前で話すのって疲れるんだよ。今までやった事なかったし」

ハジメが凄く嫌そうに言う。ギルドでの自己紹介であったり人前で話す事はあったが、ここまで集中された状態で話すのは初めてだった。

ハジメの言葉にサカムが笑う。

「でも問題なかったぞ。人前に出ても恥ずかしくない位にな」

「父親みたいな言い方するなよ」

揶揄った言葉にハジメが少し寂しそうに笑うと、その表情に気付いたサカムが不思議そうにする。

「なんだ、故郷の親父でも思い出したか?」

「、違うよ」

サカムの呟きにハジメは一瞬言葉を詰まらせると、場の空気が固まる。

オルビもサカムもラナラスも、ハジメが迷い人であることは知っている。だからこそハジメの答えの意味を理解する。

「わりぃ」

オルビが窘めるようにサカムを睨むと、サカムは小さく謝罪の言葉を呟いた。ラナラスもハジメに視線を送るが、ハジメのその集まった視線を気にせず微笑む。

「良いよ、気にしてないし。もう割り切ってるし」

ハジメは気にしない。けれど表情がどこか寂しそうなのは、割り切っているとは言えどこか心残りがあるからだろう。

その表情にラナラスでさえ怒りを覚え、珍しくサカムを睨むので反省と謝罪の意思を込めて両手を上げる。

ハジメは気にしないが、何かに気付いたらしい。

「あれ、俺が迷い人だってサカムに言ってた?」

ハジメが不思議そうにサカムに視線を送る。逆にサカムはそんな疑問を持たれると思わなかったらしく、不思議そうにハジメを見る。

「そりゃあ、リリアが連れて来た男って事で話題に上がってたからな。気になってリリアに聞いたり、サシウス(ギルマス)やオルビに聞いた奴も居たからな」

サカムの答えはハジメも予想外だったらしい。しかしどこか納得した様子でオルビに視線を送ると、小さく頷かれた。同じようにラナラスも納得して言葉を零す。

「だか、ら。みんな、当たり、前、だったん、ですね」

「そうだぞ。そうか、言ってなかったか」

「ずっと、知り、ません、でした」

ラナラス達がハジメと会ったのは、ハジメがこの世界に来てからかなり経っていた。既に周知の事実になっていたため改めて言う事もなく、知るまで時間がかかってしまったのだ。

オルビが頷くと、一瞬ハジメに視線を送る。視線の意味が分からず問いかけるように視線を返すと、オルビは気にせず悪だくみするように笑う。

「ハジメがギルドに来た頃なんて凄かったんだぞ。確か、ほとんど喋れなかったよな。だからリリアが通訳のためにずっと隣に居るのに、通訳にならない。そもそも通訳できる奴が他に居なかったな。不安そうに仕事して、文字もほとんど読めなかった。懐かしいな」

「え?」

今のハジメからは想像も出来ない姿にラナラスが驚く。ハジメは懐かしむように、けれど嫌な記憶と言った様子で眉を顰めるとオルビに視線を送る。

「仕方ないだろう。元の世界と言葉も文字も違うからどうにもならなかったんだよ」

今では言葉も文字も問題ない。生活習慣も環境も慣れ、元の世界に戻れるとなっても逆に困ってしまうほど。

それでも、心残りが無いと言ったら嘘だ。

両親に顔は見せたい、かもしれない。友達に元気に生きている報告はしたい、かもしれない。

けれど出来ないのは分かっている。だからこそ、(この世界)を生きる事が当たり前(当然)になった。

そのしっかりとした姿にサカムが何かに悩むと小さくため息を吐く。溜め息は思った以上に響いてしまい、視線が集まった。

「サカム、どうしたの」

ハジメが不思議そうに声をかけると、何かを探るように視線を返された。

「なんでもねぇよ」

「嘘つけ」

サカムの分かり切った嘘にハジメは軽く流すと、笑って返す。その様子に誤魔化すのも馬鹿らしくなり、サカムは隠すことなく言葉を吐き出す。

「今のハジメを見ているとな、ちょっと思う所があるんだよ」

サカムの濁した言葉にハジメも、一緒に聞いていたラナラスも分からずに小さく首を傾げた。オルビだけは分かるらしく、小さく噴き出す。

「何が?」

「リリアが教育しているところに少しでも協力して、ハジメを引き込める可能性残せば良かったって思っちまってな」

言葉の意味が分からず場に沈黙が降りる。ハジメも固まると、何も言えずに言葉の意味を探す。

サカムの分かりづらい、最上級の誉め言葉。

ハジメは一応、強い部類に入るだろう。サボらず鍛え、成長を続けた。

ハジメは一応、優秀な部類に入るだろう。だからこそギルドに信頼される人間にまで成長した。

だからこそ、戦力として欲しい。

たっぷり時間を置き、何度まばたきしたかも分からない。そこまでしてやっと言葉を理解したらしく、けれどどう受け止めて良いか分からないらしく、少し嬉しそうに口元が緩める。

「ないよ」

不器用な、主語も何もない呟き。けれど意味は通じたらしく、サカムは再び両手を上げる。

「分かってる」

サカムも不器用に言葉を返すと、それ以上余計な事は言わなかった。

そういえば、100話らしいです。



それだけです。

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