92.ギルドと軍
隊商ギルドが出発して数日が経過した。
ラナラスと言うギルドでも中心人物が行ってしまった事で、ギルドは普段より少し
忙しい。そのためハジメもリリアも引っ張り出される時間が増え、冒険者業は少し抑え気味になっていた。
けれどその分給料も増え、特に問題ない生活が続く。
当然、冒険者も減ったため少し忙しい。けれど悪い事ばかりでもない。
その分稼ぎ時と頑張る冒険者も多く、新人が台頭したり、これまで目立たなかったパーティが出てくる時も多い。それは、リリア達に頼らなくても問題ない程に。
人が居なくなっても、世界は回っていた。
ここはギルド近くの食堂。お昼をかなり過ぎた時間のため人はまばらで、リリア達以外には数えるほどしか居ない。
その事を生かして何をするでもなく、のんびりと時間を使っていた。
「あれ、リリア?なんでこんな時間?」
ハジメがリリアとエリスと一緒に、お昼ご飯を食べ終えてのんびりしていると、とても明るい女性の声がリリアの後ろから聞こえてきた。
「ミサト?ギルド仕事、お昼からじゃなかった?」
「夕方からに変えて貰ったの。ドロスも居ないから」
女性――ミサト・ベータ・ルベルはハジメ達の確認も取らずに食事の乗ったお盆をテーブルに置くと、4人掛けのテーブルに座ろうとする。ハジメ達よりも一回りは年上だが、その事を感じない程にスカートを明るい色にまとめ、知らない人から見たらどこかの貴族に見てしまいそう。実用性一点張りのリリアは全体的に色が暗いため、とても地味に見えてしまう。
「隣座るよ」
ミサトは気にせず声をかけると、お盆をリリアの前に置いた。そこにはハジメが座っており、驚いてミサトに視線を向けるが一切気にしない。ハジメの隣に残っていた椅子を勝手に移動し、リリアの隣に置く。
「あの――」
「邪魔」
ハジメが邪魔らしく、声だけでなく視線でも「どけ」と圧が送られる。ここで何か言っても無駄と分かっているため、溜息を吐きながら椅子をずらした。エリスが珍しくハジメに同情の視線を送るくらいに扱いが雑だ。
そのままミサトはハジメの隣、ではなく通路側のリリアの真横に座った。
「そこ通路だよ」
「人が少ないから大丈夫よ」
リリアの指摘も一切気にせず、ミサトは座るとそのまま動かない。
「リリア、今日はお昼までじゃなかった?この時間は遅くない」
既にハジメに興味が無いらしい。視線を全てリリアに向けて疑問を投げかける。その行動にリリアは呆れを隠さずに理由を口にする。
「ラナラスが居ないから、仕事が終わらなかったの」
「――そうなんだよねぇ、もう居なんだよねぇ」
「すぐ帰ってくるから」
「2ヶ月も居ないんだよ」
リリアの答えにミサトは凄く寂しそうに重いため息を吐く。
ラナラスがギルドに勤めるようになってからツボにはまったのか、ミサトはラナラスにべったりしている。仕事的にも、プライベート的にも。
最近だとアスティア達パーティに混じって遊び回ってる事も多かった。
ミサトは深くため息を吐くと、寂しそうにご飯を一気に書き込んだ。
「ラナラスが居ないと仕事回るの遅くなって大変だし。ラナラスがもう2人ぐらい欲しいわ。仕事するのと、愛でる用」
恐ろしい事を呟くのでハジメだけでなく、リリアもドン引きする。エリスは話に混じりたくないらしく、ハジメの隣に移動すると小さくなって隠れている。
「ミサトがそう言う事を言うなんてね」
リリアが呆れながらも何とか言葉にすると、言葉の意味に気付いたミサトはリリアに強い視線を送る。
「優秀な人は大好きよ」
まるでぶつけるような言葉に、リリアが珍しく微笑みを引きつらせる。そのまま何を言うか悩んで固まってしまうので、リリアを助けようとハジメが言葉を探す。
「最初が相当酷かったと思うけど」
そう言うと、2人が出会った時の事を思い出す。
2人、と言うよりアスティア達と会った時。ギルドで文句をぶつけていた時の受付がミサトだ。
冒険者の本気の威圧、その恐怖は計り知れない。何かあったら周りが助けてくれる状態でも、恐怖の中でちゃんと話すのは難しい。
それでも威圧的でもなく、やけっぱちでも無く、恐怖に負けるでもなく、ちゃんと理論的に平然と話せる。気が強いだけではない、別の強さを持っているのがミサト。
そのためギルドからの信頼も厚い。
「あの程度問題でもないわ。外から王都に流れつく冒険者なんて、問題児か自信家ばっかりでしょ」
「そりゃそうだけど。それでも、あそこまで問題起こすのはまれだよ」
「受付で暴れ出さないだけ充分」
ミサトは一切気にせず食事をかきこみながら話す。来てすぐのはずなのだが食事が凄い勢いで消えていく。リリア達も食事を邪魔したいわけではないので、ミサトの食事が終わ――
「ハジメがもうちょっと優秀だと仕事も楽なのに」
「……」
食事をかきこむ合間に振られた話題にハジメが固まると、少し呆れるような視線のまま言葉を続ける。
「迷い人だって噂と共に入ったから、それこそどこかぶっ飛んでる人だと思ってたのよ。ヒカリさんみたいな戦闘力の塊だったり、それかミノルみたいなプロだと」
「悪かったな」
一切遠慮ない言葉に、ハジメが少し拗ねながら吐き捨てる。けれどミサトは気にしない。
「褒めてるのよ。冒険者何てどこか吹っ飛んでる人ばっかりなのに、ずっとまとも。リリアやラナラスでさえ、譲れない所の芯は物凄く強い。けれどハジメ、どこまでも一般人じゃない」
「……」
とても辛辣な言葉にハジメは何も言い返せない。けれどミサトは気にせず言葉を続ける。
「おかげでギルド仕事が良く回るわ。潤滑剤みたいに周りを見ながら動けるバランサーは重要なのよ」
「誉め言葉になってないんだよ」
「それはハジメの読解力の問題」
ハジメが怒りをぐっとこらえながら返すが、ミサトの言葉は鋭い。
「今のはミサトの言葉選びが強すぎると思う」
リリアがやんわりとフォローするが、ミサトは不思議そうにリリアを見返す。
「ハジメだから大丈夫でしょう。それで、今日の仕事の残りはどうだった」
ミサトはもうハジメに興味は無いらしい。もうほとんど残っていない食事を一旦後回しにして、リリアに視線を向けた。
「変な業務は来てなかったよ。依頼はいつも通りだけどCランクが減ってる分、少し処理が遅いかな。でも数日もしたら落ち着くと思う」
リリアは驚きながらもすぐに言葉を返す。
隊商レイドで冒険者の上位が減ってる分、リリア達も依頼消化に回るべきだろう。しかしそれ以上に、ラナラスの抜けた穴が大きい。
現状、リリアとハジメの2人がかりでギリギリ届くくらい。そのため依頼消化よりもギルド業務が優先されている。
当分は冒険者仕事は後回しだったはずだ。
「それで?リリア、何かあったんじゃないの?」
ミサトの指摘にリリアが固まる。その反応にミサトが呆れる。
「何年の付き合いだと思ってるの。リリアが落ち込んでるの、気づいてるからね」
ミサトが優しく言葉をかけると、リリアが辛そうに視線を落とす。
その反応は変な依頼があったと言っているようなもの、場の空気も少し重くなる。
「それで何の依頼よ。今忙しいのに、リリアにハジメまで居なくなったら大変じゃない。変なところだったら私が拒否するから教えて」
「……個人依頼が来たの。2日後から王都を離れる事になると思う」
リリアが少し寂しそうに答える。今日のギルド業務中に来た依頼だ。詳細は明日、連絡と説明が来るらしい。王都からも出るらしく、ハジメとエリスは王都で待つことになっている。
「この忙しい時にふざけやがって」
ミサトがとても苛立ちながら呟くと怒りを込めると、意味もなくハジメに視線を送る。
「俺に怒りをぶつけるな」
「なら仕事にぶつけるわ」
「受付はやるなよ」
理不尽に睨まれたハジメが文句を言うと恐ろし言葉を返される。けれどミサトは気にしない。
「でもかなり珍しいじゃない。パーティ組んでるのに外に出る個人依頼って」
「うん。軍の依頼だから」
リリアの答えにミサトが珍しく嫌な顔をする。しかしエリス達に視線を向けると、納得したように腕を組んで舌打ちをする。
「そう言う事。なら仕方ないか」
「うん」
リリアが寂しそうに呟く。
2人の会話について行けず、ハジメとエリスが不思議そうに2人を見つめる。しかし答えを出せず、ハジメが疑問を言葉に出した。
「何のこと?」
リリアはその言葉に何を言って良いのか分からず、少し辛そうに困った様子でミサトを見た。
「軍とギルドは得意分野が違うのよ。ギルドは調査、対魔物が得意でしょ。でも軍は対人に特化してるの」
ミサトの言葉にハジメは何も言わず、意味を受け入れる。その表情にミサトが少し嬉しそうに表情を緩める。
「軍がギルドに依頼するときは対魔物、それか混成が予想される時よ。だから、かなり人を選んで依頼するの」
「全然知らなかった」
ハジメが辛そうに呟く。これではミサトに厳しい事を言われても仕方がない。そう思ったのだが、全く気にしない。
「当たり前よ。軍からの依頼なんて、本当に上位しか来ないんだから。こんな事ちゃんと知ってるの、Cランクでも極一部よ」
ミサトがそう吐き捨てると、そのまま困った様子で天井を見上げる。
「でも、そうかぁ。リリアも居なくなっちゃうんだ。去年も主力抜けちゃって大変だったのに、また大変になるなぁ」
ミサトの心からの言葉にハジメが微妙な表情を浮かべる。ミサトは気にせず頭を戻すと、深いため息を吐く。
「それで、この後どうするの?ギルド業務一緒にやる?」
変わり身の早さにリリアは呆れるも、首を小さく横に振った。
「無理、私はエリスと孤児院の慰問に行くの。最近、行けなかったからね」
「俺は親方から依ら――」
「ハジメには聞いてない」
ミサトが言葉を遮って叩き切ると、ハジメが固まる。リリアが、最後まで聞こうよとミサトを宥めるが気にせずに椅子から立ち上がった。
「じゃ、私ギルド行くから」
「分かった、またね」
「リリアも気を付けて」
いつの間にか食事を終えていたミサトはそのまま入口へと向かうと、扉を開けてさっさと出て行く。
残された3人は、賑やかな嵐が去った事に困ったように顔を見合わせる。
「俺やっぱり、ミサト苦手」
好き放題遊ばれていたハジメが机に突っ伏し、疲れ切ったのを隠す様子もない。
「ミサトは手加減しないからね」
「だからって、俺だけ当たりが強い気がするんだけど」
その言葉と姿に、リリアはどこか納得した様な苦笑いを浮かべると、エリスは優しくハジメの頭を撫でた。
「――聞こえてるからね」
「ひっ!」
「きゃっ!」
「ミィ!」
音もなく空いた扉の先から、顔半分だけこちらを見ていた。




