88.続く日常
それから半年が経過した。
涼しい夏は蒸し暑さも少なく、動物たちも活発に動く。一緒になって魔物や魔獣も活発に動くため、冒険者としても過ごしやすく稼ぎ時。
ハジメはいつも通りリリアとエリスと組みウルルの森に潜り、冒険者らしく討伐と採集に日々を過ごしていった。巨剣を受け取った頃はお金に苦労していたが、リリアもハジメもかなり真面目。この夏にしっかりと稼いだこともあり資金にも余裕が戻ってきた。
リリアは孤児院育ちで元々浪費は少なく、目標が無ければ自然と貯金が増えるタイプ。一切仕事をしなくても数年は何とかなるぐらいに溜まった。
ハジメも浪費は少ないが、宿代わりの寮に居る分少し出費は大きい。リリアほどではないが、それでもしっかりと貯金も増えている。
そもそも怪我でいつ仕事が止まるか分からない冒険者。相当なポンコツは例外だが、しっかりと貯金する人は多い。何故かそんな真面目な人が多いのかと言うと、ギルドは元々退役軍人の集まりから始まったから。
ギルドの最初期は現ギルマスのサシウス、ライファ、キョウヤ、ヒカリが中心だったそう。そこから人格者、隊長格の実力者を中心に教育を行い対応できる幅を増やし、規模を広げていった。その影響で、今でも真面目な人が多い。
元帥の義娘が良い例だろう、おかげで問題ごとも比較的少なく、起きたとしても対処しやすい風潮が出来ていた。
その日、アスティアは物凄く浮かれていた。
ラナラスと一緒にお昼までのギルド業務を終えると、迷い人のミノルから料理を教わっていたアマラと合流。ここ何日かは手間がかかる料理を教わっていたようで、何度か寮の台所にも立って手順を勉強していた。
3人でお昼ご飯を食べたら、リリアの家に向かいながら食材を買い集める。作るのは当然、先ほどまで教わっていた料理。ハジメとミノルの故郷の料理。
玉ねぎやジャガイモ、トマトと色んな食材に合わせて砂糖や醤油などの調味料も多数。一番目立つのはミノルから貰った特性ブレンドのスパイス。自宅では作った事があるが寮では出していないと言っていたので、アスティアも初めて食べる。少し高くついたがスパイスのブレンドは割合や量が難しいので必要経費だ。
「ホント、に、これで、出来る、の?」
「出来る。ミノルに教わったから大丈夫」
普段見ない調味料の多さにラナラスが怯える。それもそのはず。普段、ここまで多数の調味料を入れている料理は無い。どんな料理になるか未知数に感じる。
しかしアスティアは一切気にしない。
「アマラの作るご飯だよ、大丈夫だよ」
「そこは、信頼、して、る。でも、分からない、のは、こ、怖い」
「私も初めて食べた時は怖かったから」
ラナラスが言葉だけ怖がると、アマラが楽しそうに道を歩いて行く。
もう目的地も見えてきた。予定より早くついてしまったが、今日の料理は時間がかかるのでこれでも遅いかもしれない。
いつも遊びに来るリリアの家。最近は少し来る回数が減ったが、それでも時々泊まるぐらいにはお邪魔している。遊びに来る回数が減ったのは忙しさでも仲が悪くなったわけでもない。ハジメが遊びに来ることが増えたからだ。
と言っても回数はそんなに増えてない。1月に1回だったのが倍になった程度。つまり、ほとんど変わらない。
それでも邪魔をして馬に蹴られるような事をしたくないので、アスティア達は気を使っている。
――と言う話を2人にしたら理解できなかったらしく、2人とも困惑していた。実際、良い雰囲気の一歩先のような雰囲気なので余計な事は言わずに呆れるにとどめる。
「――」
そんな事を思い出しながらリリアの家の前まで着くと、リビングの窓際に居た今日の主役と目が合った。予想外のタイミングで目が合ったので驚いて固まったら、軽く手を振って挨拶される。
驚いて当然、ハジメは普段と違う格好をしていた。普段はリリアが着ている濃い赤のエプロンをして、水が跳ねても大丈夫なように頭にタオルも巻いている。
窓ガラスを拭くその姿は不思議と様になっている。
「リリア。アスティア達が来たよ!」
「玄関開けてあげて~」
ハジメが叫ぶと、姿の見えない気の抜けたリリアの返事が聞こえる。ハジメは挨拶もそこそこに窓ふきを切り上げると玄関へと向かう。
「似合ってた」
「そう、かな?」
見た事が無かったハジメのエプロン姿にアマラが楽しそうにするが、ラナラスはどこか疑問符が付いている。そのまま玄関の前で待っていると、パタパタと言う音が響いて鍵が開くと3人を出迎えた。
「3人とも早かったね」
「ラナラスの仕事が早く終わったからね」
再び見えたハジメの姿に違和感を覚えながらも、素直に玄関の中へと入っていく。
他の家には無い造りの玄関だが、泊まったり借りたりする期間も長かったためもう慣れた。そのせいでアスティアは他の家でも靴を脱ぎそうになった事があり、その時はアマラに笑われた。
靴を脱いでいると、通路の奥からリリアも出てきた。こちらもハジメと同じようにタオルを頭に巻いており、エプロンもしている。エプロンは可愛らしい薄めのピンクに花柄のワンポイントが胸元に彩られた物。リリアの趣味ではなくアスティアにプレゼントされた物で、普段は予備として封印されている。
「リリア。ハジメに何させてるの」
普段とは違う可愛らしい様子になってしまったリリアに声をかける。
「何って、大掃除。ずっと忙しかったし、今日は時間もあったから」
「だからって、今日の主役にさせる?」
アスティアは呆れながらエプロン姿の今日の主役に視線を送る。けれどハジメは全く気にしない。
「待ってるだけなのも嫌だし、そんな大変でもないから。リビングの掃除と窓ふきくらいだよ」
当たり前に答えるが、ハジメはこの家で生活していない。兵士寮3階から動いていないし、時々遊びに来るだけだ。なのに当然のようにお願いして、当然のように一緒に掃除をする。
お互い遠慮ない関係だが本人たちが一切気にしていないので、アスティアも余計な口を挟まない。
「もう来たの?」
会話が聞こえたのだろう、2階を掃除していたエリスが尻尾を揺らしながら顔を出してきた。こちらもエプロンに頭をタオルで巻いており、少し埃っぽい。
「ミィ!」
が、顔を出したのもつかの間、悲鳴を上げて隠れてしまった。アスティアがドン引きしそうな程欲にまみれた視線を送ったせいだ。
アスティアは誰も居なくなった階段の先を悲しそうに眺めているが、呆れたアマラが首根っこを掴んでリビングへと引っ張る。
「アスティア、ふざけるのもいい加減にして」
「私が悪いの!?」
「うん」
無慈悲なアマラに救いなく運ばれているアスティアに、ラナラスは呆れて溜め息を吐く。
日常とも言える平和な情景に、リリアとハジメは顔を見合わせると微笑んだ。
徹底的に汚れを落として綺麗になったキッチンからアマラの感嘆の声が聞こえてくる。
嬉しくなって、リリアもハジメも微笑が笑顔へと変わって行った。
日は既に落ち、屋外もかなり涼しくなってきた。それでも屋内は温かく、涼しさを感じる事はほとんどない。
「ハジメの食べっぷり、凄かったね」
晩御飯の風景を思い出して、風呂上りのリリアが髪を拭きながらのんびりしている。
「うん、普段よりも食べてた」
エリスは先にお風呂を出ていて、すぐにでも寝てしまいそう。リリアがお風呂から出たのを確認したので、もうすぐ寝るだろう。
「ハジメの世界の料理だから。懐かしかったんだと思う」
アマラが食事の時を思い出しながら、会話に参加する。
今日アマラが作ったのはもちろん、カレーライス。流石に調味料全部を使う事は無かったので、今後使えるように全てリリアの家に置いて行く。
最近では料理道具もどんどん増えているので、リリアの家なのにキッチンの主はアマラだ。
アスティアも小さく頷くと、まだ口に残る幸せを思い出して、少しよだれが増える。
「ハジメのお祝いだったし、丁度良かったじゃん。ミノルからもオススメだって聞いてたんでしょ」
「うん。だから頑張ったけど、大変だった」
アマラが本気で疲れた様子で肩を落とす。
それもそのはず。お昼に来たのだが、それからずっと料理をしていた。
出汁を取るために鳥ガラを煮て、玉ねぎと小麦粉を必死に炒める。
炒める。炒める。炒めて。炒める。
色が変わったら出汁に突っ込み、切った野菜も投入。ミノルにお勧めだと言われたトマトを大量に突っ込んで、貰ったカレー粉も全部投入。
そして今度は焦げ付かないように混ぜる。混ぜて、混ぜて、混ぜる。
調味料も大量だ。塩から始まり、醤油にソースに砂糖。ビールとかも良いと教わっていたので、一緒に突っ込む。
入れるたびに味見をしていたので、夕方には口の中は少し微妙なカレー味になっていた。
それ以上に凄いのは周りの反応だ。
アスティアは不安そうに料理風景を眺め、ラナラスは怖いのか見ないフリ。
リリアは何度もアマラに視線を送る。エリスは知らぬが仏らしく、台所に近寄らない。
何気に予想外だったのはハジメだろう。
カレー粉の時点で料理には気づいていたが、1から作る様子は知らなかったらしい。リリアとそっくりの視線を何度も送っていた。
「でも、美味しかった、よ。また、食べたい」
ラナラスが嬉しそうに呟く。怯えたのは最初だけ、1口食べたら喋る余裕も無くなる。部屋に広がるのはカレーの匂いとスプーンと皿が当たる音だけになっていた。
ちなみにだが、ほとんど辛くない。冒険者は野宿などで野草を食べる事も多く、場合によっては初見の物も食べる。その時に刺激に鈍感だと毒に気付かない事があるので、辛い物は普段から控えてるからだ。
特に凄かったのはハジメ。何も言わず、けれど1口1口じっくりと食べて。途中涙を流していたので、リリアが慌てたほど。
「もう作りたくない」
しかしアマラの答えはよろしくない。本当に作りたくないらしく、机に突っ伏す。
当たり前と言えば当たり前だろう。
お昼過ぎにリリアの家について、そこからずっと料理。
炒めて、混ぜて、煮て、流石に疲労困憊。料理は好きだが、ここまで手間も疲労もかかるとなるとやりたくない。
しかもお風呂でしっかりと洗ったはずなのに、まだ髪の毛からカレーの臭いが残ってる気がするほどだ。
「でも喜んでくれて良かったよ。昇格祝いに丁度良かったね」
アスティアが嬉しそうに呟くと、アマラが小さく頭を動かして返事をする。
「ホントにありがとう。私たちだけじゃ、何も出来なかったよ」
リリアも嬉しそうにお礼を言うと、眠そうなエリスも小さく頷いた。
そう、昇格祝い。
つい先日、ハジメのこれまでの功績が認められてCランクに昇格した。
しかしハジメは一切自覚が無い。喜ぶことも出来ず、ギルマスからの昇格連絡を貰っても状況が理解出来なかったらしく、リリアと顔を見合わせて拍手の雨の中呆然としていた。
「でも凄いよね。3年だっけ」
「うん」
アスティアが思い出すように指を折って数える。ハジメがこの世界に来て約3年、ずっと頑張ってきた事が認められた形だ。
遅いか早いかで言ったら難しいところだが、早くはない。
例えばリリア。
Cランク昇格まで2年かかったが、これはハジメより若い頃から冒険者をしていたから。年齢を考慮したらかなり早い部類。
アスティアとアマラもそうだ。昇格までは1年と早かったが、これは状況も影響している。それでも実力的には問題なく、優秀なのは間違いない。
「それだけ諦めずにしっかりと積み重ねてきたって事だよ」
リリアが誇らしげに呟く。
実際、Cランクまで上がれる人は多くない。
実力が足りないと言う絶対的な理由もあるが、生活するだけならDランクでも何とかなるからだ。Cランクに上がれば依頼料に良い影響は出るが、実力を考えるとそう簡単に成れるものではない。
だから生活出来るならと、Dランクで満足する人は多い。
けれどハジメは諦めずちゃんと努力して、本当にリリアの隣に立とうと頑張ってきたのだ。
何よりCランクは実力以外の面も見られる。町を代表する人間の証なのに素行不良や依頼に適当な人間を選ぶわけにはいかない。だからこそ地道に結果を積み重ね、実力も付けて、人としての信頼を勝ち取らなければならない。
「この調子ならBランクもすぐ上がるかな」
リリアが呟く。ハジメの実力を考えれば難しい事ではない。そうすればリリアと同じBランク。同じ目標を持つ仲間として、早く上がって欲しい気持ちは強い。
「リリアがAランクに上がる方が先かもよ」
アスティアが笑いながら、かなり本気で言う。
ちなみにリリアがAランクを目指している事は言っていない。判断した理由は一つ、Bランクとして冒険者を続けているからだ。
Bランクになると様々なところから勧誘が来るため、大半の人はここで冒険者を辞める。続けているのは、それ即ちAランクを目指している事だからだ。
「その時はお祝いにまたカレーライス、頼んでいい?」
リリアが冗談交じりに、けれど本気で楽しそうに言う。
視線を向けられたアマラは、うんと言う事も出来ずに視線を逸らした。
「でもさ」
「ん?」
アスティアが何かを探るようにリリアに問いかける。リリアは不思議そうに首を傾げながら返事をすると、アスティアは少し呆れ顔で言葉を続けた。
「流石に、ハジメに泊まるように促すのはどうかと思うよ」
「え、なんで?」
それは食後のやり取りだった。
ハジメは食後も一緒にのんびりしていたが、日が傾いてきた事もあり丁度良い時間で帰ろうとする。アスティア達は当然帰ると思っていたが、泊まるように促したのがリリアだった。
「なんでって、ハジメも異性だよ」
アスティアの当然の指摘。リリアは指摘の意味にすぐ気づくと、けれど意味が分からないらしい。
「でもハジメだよ。変な事する訳ないじゃん」
本人が居ない中で当然のように寄せられる全幅の信頼。その信頼にアスティアは少し困ったように微笑むと、何かを気にして家中をぐるりと見渡す。
「ならどこで寝かせる予定だったの。部屋ないでしょ」
アスティアの疑問は当たり前だ。2階の2部屋はリリアとエリス、一応1部屋残っているが狭い物置。
1階にある客間はアマラとラナラスが使い、残るリビングはアスティア。誰かと一緒に寝なければいけない。
「私の部屋だよ、当然でしょ」
「えっ!」
リリアの言葉にアスティアが驚いて声をあげる。そのまま何も言わずに顔を赤くしていくと、リリアから視線を逸らした。
視線を向けた先でたまたま突っ伏していたアマラはアスティアが何を考えたのか気づくと、少し顔を赤くする。
そんな2人の会話にリリアは本気で呆れたらしく、溜め息を響かせる。
「……何考えてるの、私はエリスの部屋で寝るよ。野営じゃないんだからハジメと2人きりで寝るなんて真似はしないよ、常識で物を言って」
「それはそれでどうかと――待って。今、私が常識を問われる立場だった?」
「うん」
エリスとラナラスは限界らしく、既に部屋には居なかった。




