86.継いだ力
――ブンッ
ハジメが全力で巨剣を振ると、威力と速度に見合った音を立て大気を切る。ピタリと止まると、しかしハジメはどこか不満そうに眉を顰めた。
――ぶんっ
再び、先ほどよりも幾分気を抜いて振る。普段のハジメを見慣れている人にしか分からないレベルの流し。それでも少し遠くから眺めているリリアとニルグ、それに最近は訓練も減ったソフィラさえも流しているのに気づく。
「――はああぁぁぁ」
ハジメはそこで深く息を吐くと巨剣をジッと眺める。けれどすぐに背中にある特注の鞘にはめた。
そのまま少しバランスを整えると剛力を解除する。巨剣はかなり重いが、ちゃんと体勢が整っていれば何とか運べる。それでもまだまだ慣れておらず、普段よりもかなり足が重そうだ。
「調整はしておいたが、どうじゃ?」
ニルグが歩いて近づいてくるハジメに声をかける。今までの乱舞を見学しており、その動きの良さに納得はするもののハジメの反応が芳しくないのを気にしている。
ハジメは巨剣を背負い直すと、その重さに少しバランスを持っていかれながら悔しそうに首を縦に掘る。
「完璧です。持ち手も握りやすくなってますし、しっかりと振れます」
「その割には悔しそうに見えるが」
ハジメはニルグの言葉に笑うと、背負う巨剣を指差す。
「――コイツ、俺よりも優秀なんです」
ドラゴンの素材もちゃんと納入し、その対価としてハジメは巨剣を受け取った。銘もない、始まりの巨剣。
ハジメの全力を受け止めて、強度もあり、切れ味も充分。武器としては充分以上の能力を持っている。
「最初持った時は気づかなかったけど、かなり体を持って行かれてるね」
「うん。振る分には問題ないつもりだったけど、扱いきれてない」
見ていたリリアからの指摘にハジメが頷く。大抵の魔物は何とかなるだろう。それだけの威力がある。
しかし使いこなせず、その威力を支える事が出来ていない。思った位置で止められず、振り回される感覚。
上手く扱えていない。
どう振っても、どれだけ調整しても。
今のハジメの実力ではこの巨剣の限界を扱えないのだ。
「いつも通りにしか見えない」
その会話が分からず、エリスが寂しそうに小さく首を振る。
そう、今日はエリスも武具屋に来ている。初めて来た事もあり、周りに並ぶ普段は見ない武器を楽しそうに眺めていた。
そのままニルグとソフィラにエリスを紹介すると、エリスが先天魔法を使える事にソフィラがすぐに気付いた。流石に適性は秘密らしく、炎と風と嘘をついている。
不安だったらしいハジメが一瞬だけリリアを見たが、リリアはいつも通りの表情。ソフィラは可愛い妹が増えたノリで楽しそうにエリスにかまっていた。エリスはかなり嫌そうにしていたが、それでもどこか嬉しそう。
「どうする。ソフィラと少しやるか?」
ニルグはそう言うとソフィラを雑に指差す。ソフィラは一瞬嫌な顔をするがニルグが気付く様子はない。ハジメはその表情に苦笑いを浮かべながら悔しそうに首を横に振った。
「多分、どっちかが大怪我します」
綿と布で覆っても威力はゼロではない。今のハジメでは間違いなく寸止めは出来ず、確実にソフィラをぶん殴る事になる。大怪我で済んだら御の字だろう。
そしてハジメも上手く避けれるか怪しい。ソフィラが寸止めしても、自分から突っ込むような形になるかもしれない。
「リリア、お願いして良い?」
ハジメがいつも通り自然と頼むと、リリアが小さく頷く。当たり前の会話なのだが遠慮も何もない。
「良いよ。投げない方が良いかな」
「うん。コイツを持ちながら受け身を取れる自信がない」
ハジメが悔しそうに返すと、ニルグから布と綿を受け取る。背負う巨剣を鞘ごと外すと、少し手間取りながら巻き付けていく。
――ブンッ
ハジメは一切加減せず、しっかりとした音と威力を兼ね備えて巨剣を振ると近寄るリリアを牽制する。
今までと違う間合い、今までと距離感。
慣れていないが、これまで戦い続けた経験が何とかカバーしてくれる。
「――」
リリアは何も言わず、ハジメの剣筋を見ながら余裕を持って躱す。普段だったら一気に近寄って投げ、木刀を寸止めして勝利宣言するだろう。しかし広がった間合いのせいで近寄れずにいる。
「――」
ハジメは何も言わず少し距離を取ると巨剣を構えなおしリリアと見つめ合う。
リリアはどこか余裕がありそうにハジメの動きを確認している。近寄れずにはいるが、まるでいつでも仕留められると言うかのような気配が漂う。
反対にハジメは余裕がない。軽く肩で息をして、間合いと言う絶対の武器はあるのに追い込まれた様子だ。
「ふっ!」
一瞬生まれた戦いの中の余裕をかき消すように、リリアが一気に踏み込んだ。ハジメの間合いに入ると、まるでどう対応するのか確認するようにハジメと目を合わせる。
「っ!」
ハジメは構える巨剣で対応出来ず、仕方なく突きを差し込む。巨大な綿をまとった鉄の塊はリリアを狙うが、リリアにとっては予想済み。
スッと、まるで全てを分かっているように綺麗に半身になって躱すと、一気にリリアの間合いになる。
「っ」
ハジメは突いた体勢から戻れず、一息吐く事も出来ず、反応する事も出来ず、握る巨剣はまるで錘のように体を縛り付ける。
「1本」
リリアはそう小さく呟くと、ハジメの顔の前に木刀を置く。ハジメは動く事も出来ず木刀に視線を合わせると、深く息を吐いて気を抜いた。
これまで使っていた木刀だったら弾いて距離を取れたかもしれない。キレのある振りで近寄りづらく出来たかもしれない。
しかし今のハジメには巨剣は錘でしかない。
「はぁぁぁぁ……」
ハジメは深く息を吐くと、額に浮かんだ汗を拭う。そのまま巨剣を地面に添えると、肩や腕、足回りを軽く動かして確認する。
「どう、大丈夫そう?」
リリアは木刀を腰に戻すと心配そうにハジメの動きを見る。
ハジメはリリアの視線も気にせずに腰回り、首をぐるり。しっかりと体を動かすと、最後は再び肩回りを動かし、何かを悩むように巨剣を見つめてから小さく頷いた。
「全然ダメだね」
「だね」
ハジメは諦めた様に笑いながら答えると、リリアも同じような表情をして頷く。
2人には分かっている。巨剣に合わず、今のハジメは弱くなった。今までよりも圧倒的にキレがない。
「厳しそうじゃな」
そんな一休みに入った2人にニルグが近づくと感想を口にする。その視線は巨剣から目を離さず、少し寂しそうに見ている。
「はい。振る分には何とかなるんですが、重量に体が持って行かれてます。同ランク相手なら誤魔化せそうですが、使いこなすのは程遠いです」
ハジメは状態を客観的に分析すると、リリアも小さく頷く。
「私やソフィラ相手だと手も足も出なくなると思います。間合いも攻撃力もありますが、振り回すしか出来ないので躱すのは簡単です」
リリアの補足にニルグが悩んで腕を組む。近寄ってきたソフィラが「無茶言わないで」と目線で訴えるが誰も気にしない。
「でも、こいつのおかげで色んな事が出来る気がします」
自虐するでもなく、ハジメは握る巨剣の重みに期待を膨らませる。
実際、今のハジメは弱くなった。実力は付いているが新しい武器である巨剣を使いこなすことが出来ていない。今の実力ならロングソードを使った方がマシだろう。
しかし魔物相手なら別だ。強力な一撃、強力な間合い。今まで苦手だった相手にも戦えるかもしれない。
だからこそこれから鍛え、自由に使いこなせるようになったら圧倒的に強くなるだろう。
ニルグは小さく頷くと、ハジメに視線を合わせた。
「頑張れよ」
「はい。ありがとうございました」
ニルグが確認するように言うので、ハジメは大きく頭を下げる。リリアも隣で小さく頭を下げたので、ニルグが安心したようににやりと笑う。
「今日は裏庭をずっと使えるようにしたから、好きなだけ使え。嬢ちゃん。せっかくだ、来な。ナイフ見繕ってやる」
ニルグはエリスにそれだけ言うと、鍛冶場へと戻っていく。リリアと同じ呼び名だが、今のはエリスに向けられた言葉。ニルグにとっては一緒らしい。
エリスは素直に後を付いて行ったので、訓練するときのように3人だけになった。
「リリア、もう少し付き合って貰っても良い?」
「良いけど、ソフィラが嫉妬しない?」
リリアが木刀に手を付けながら視線を向けると、ソフィラが物凄く嫌そうに首を横に振った。
「やめて、今の私じゃハジメ君相手にまともに戦えないんだから」
「そんなことないよ。良いんだよ、遠慮しないで」
「遠慮なんてしてないから。それに、ここで私と訓練したらリリアが嫉妬しちゃう」
「何で私が嫉妬しないといけないの」
2人は楽しそうにじゃれ合う。ハジメが気にせず「準備良い?」と苦笑いしながら聞くと、ソフィラが頷いて距離を取った。
「そうだハジメ君」
そこでソフィラが何か思い出したらしい。少し距離を置いたまま声をかけてきた。
「ニルグ老から言われてたの、忘れてた。その巨剣の事なんだけど」
「何か残ってましたか」
手に持つ巨剣を見ながらハジメが問いかけると、リリアも一緒に言葉を待つ。
「銘、付ける気ない?」
「……」
ハジメはその言葉に何も言えずに深く息を吐くと、コイツと呼んでいた巨剣を握る力を強くした。
この巨剣はハジメの武器となったが、自分が持ち主だと主張する気はない。大切にされてきた記憶を譲り受けただけ。
だからこそ、コイツ以上の名前で呼べなていない。
「……」
ハジメは何も返せずにただただ巨剣を見つめる。返事も何もない。けれど、まるでハジメを試すように見て来る。
「ハジメ、大丈夫?」
リリアが不安そうに近づくとハジメに聞いてくる。しかし何も言葉を作れず、辛そうに微笑むしか出来ない。その姿が不安なのか、リリアも気にさせないように優しく微笑む。
「名前をつけるだけだよ」
リリアはそう語り掛けるが、ハジメは何も言えずにジッと巨剣を見つめる。リリアも一緒になって巨剣を見るが、何も言葉は返ってこない。
「リリアは、この巨剣の事、知ってるよね」
ハジメが何とか言葉を絞り出すと、リリアはじっくりと言葉の意味を噛みしめる。深く息を吸うと、頷いて返した。
「うん、知ってる」
ハジメも同じ様に深く息を吐くと、巨剣に向いていた視線をリリアに向けた。ソフィラも2人をジッと見つめて何も言わない。
「俺はこの巨剣に、銘は付けられないよ」
泣きそうなハジメの視線にリリアは嬉しくなって巨剣に視線を向ける。
ハジメの覚悟はしっかりと受け取った。だからこそ、3人が命を預ける大切な力をじっと見つめる。
「なら、私が銘を付けて良い?」
リリアは巨剣に向けて呟くが返事はない。しかしリリアは気にせずに眺めていると、無意識にハジメの手に重ねてしまう。
「――」
ハジメの手の温かさと、リリアでは重くて動かせない巨剣の強さを感じる。言葉などないはずなのに、まるで語り掛けられてるように感じる。
「……『ハボタン』」
「えっ」
リリアが呟いた言葉。それは日本語のようで、けれどハジメには聞きなれない言葉だった。
「『ハボタン』。ミノルさんに日本語を教わった時、教えてもらった花の名前なの。この巨剣の銘として思い浮かんだんだ」
「『ハボタン』」
ハジメも一緒に呟く。葉牡丹。
ハジメも名前ぐらいは記憶にかする。でも一切覚えておらず、けれどどこか日本語じみた響きに心が安らぐ。
「ミノルさんは花にも詳しいんだね、凄いや」
ハジメはミノルの料理長の姿しか知らないので不思議そうにリリアに聞くと、リリアは違うと言う風に首を振る。
「元の世界でも料理していて、その時に店のセッティングで知ったんだって。花言葉、って言う花の祈りみたいなのも知ったって。良い祈りばっかりの花なんだって」
リリアとハジメ、2人で巨剣を見つめながら語る。
実際の花とは程遠い、けれどどこか優しさを感じる響き。まるで産声を上げるように巨剣がこちらを見ている気がする。
「分かった。お前の銘は『ハボタン』だ」
「うん」
2人頷き合うと、ハジメが巨剣を持ち上げる。リリアは手を離すと、ハジメと相対する位置へと移動した。
巨剣は絶対に勝てないこの戦いを、まるでハジメに文句を言うように一緒に踊った。




