82.終わる役目
リリアがグレンに手紙を出し返信を待つ間、平和な時間が過ぎて行く。
サッシャの強い希望もあり、孤児院に滞在させてもらう事になった。冒険者として外に出て仕事する気にもなれず、孤児院でレインと共に教師役をする日々。
リリアは孤児院で生まれ育った事もあり、子供の扱いも上手。一緒に遊びながら、教師としても上手ですぐに馴染む事が出来た。
ハジメは反対にてんてこ舞い、教師と言うよりは子供の玩具。勉強を教えるにも上手く行かず、勉強は分からないと走り回る子供たちに遊ばれている。
そんな姿をエリスが楽しそうに眺めながら、子供達と一緒に遊ぶ。
一応孤児院からの慰問代わりの依頼でもあるため、少額ではあるが依頼料は入る。しかし小遣いの足し程度で、生活するのは厳しい。
それでもドラゴンの肉を売った利益を削りながら、慎ましいながらも静かで平和な時間が過ぎて行った。
グレンからの手紙が届くまでは。
数日後、エレファントホースに引かれながらハジメ達は朝早くから道を進んで行く。
「……」
馬車の空気は重い。
来た時よりも荷台は開いている。解体を頼んでいたドラゴン素材を置いていたためスノーライトの荷物を載せるスペースが狭く、ほとんど載せなかったためだ。
後ろで座れるスペースは充分にある。しかし離れて座る気にもなれず、帰りも御者台で3人固まって座っていた。行きと違いエリスはちゃんと座っているが、不安なのかハジメの肩に頭を預けている。
「……」
リリアも何も言わずにエリスの手を握りながら馬車に揺られる。
エリスの反応は薄いため空気は重く、沈黙が馬車に広がる。まるでこれから地獄に行くかのような空気。ハジメも何も言う事も出来ず、ただ静かに寄りかかるエリスの重さを優しく支える。
――グレンから届いた手紙
そこには、日付、昼前と言う大雑把な時間、野営地とだけ書かれていた。暗号か何かを疑いリリアを見ると、聞きたい事が分かったのかすぐに首を縦に振る。
「この通りだよ。この日付に王都とこの町の間の野営地に来い、って事」
「場所が雑過ぎない?野営地としか書いてないよね」
「多分、行ったらすぐに分かると思う。無いと思うけど、盗み見対策だよ」
そう気楽に話せたのも昨日の話。ゆっくりと近づく断罪の時に、流石のリリアも逃げたくなる。
そのままゆっくりと進んで行くと、野営地が見えてきた。
「エリス。野営地に近づいてきたから」
「うん」
ハジメが促すと、エリスが肩から離れた。それでもその手はハジメのズボンを摘まむように触っている。
そのまま野営地へと入っていくと、かなり賑わっていた。王都近くの野営地なだけあり毎日人が入れ替わり、建物は無いがもはや小さい町にすらなっている。馬車も人も多いためかエレファントホースを気にする目はほとんどない。
そんな野営地の中心を外し外側を進んでいると、見慣れた3人が立っていた。こちらに気付くと小さく手を上げて近寄ってくるので、エリザベスが勝手に止まる。
「よお、久しぶりだな。エリザベスも元気か?」
「お久しぶりです」
ライファがいつもの様子で話しかけるのでハジメが返事をする。エリザベスもチラリとライファと目を合わせると軽く鼻で笑ったので、ライファが懐かしむように微笑む。
しかし雰囲気がどこかおかしく、ピリピリしてる気がする。普段のライファ達を知らなかったら気にならない程度、周りから見ても違和感はないだろう。
しかし雰囲気の違いに気づいたらしく、リリアも声を出そうとしたが上手く言葉が作れないようで、小さく開いた口をすぐに閉じた。
「こんなところでどうしたんだ?」
「ノビリ町に用があったので、その帰りです。ライファさん達は?」
ハジメが聞くと、ライファが袋を見せてきた。
「魔物狩りだ。この野営近くで出てな少し狩ってた。終わったからこれから王都に帰るんだ」
そこまで聞くと、ライファの視線が強くなる。気づけ、と言わんばかりの視線にエリスが怯える。
何故ライファ達が居るのか、何故声をかけて来たのか。その目的に気付くと、ハジメが口を開く。
「乗っていきますか?」
ライファの求めている答えを言葉にする。エリスの怯えは強くなり、ハジメのズボンを強く握った。
その言葉からは、たまたま会った知人に乗せて貰ってるようにしか見えない。ライファ達Aランクと言う有名人。自然とした状況を作るために、手紙を出して準備していたのだろう。
「あぁ、頼むよ。後ろ、邪魔するぞ」
そのまま当たり前のように3人が乗り込む。何も言えないリリアを心配してか、ヒカリが頭を撫でながら乗り込んだ。
「――」
それぞれ空いてるところに座ると、エレファントホースが勝手に進みだす。それと同時に、3人からハジメに向けた圧を感じた。
「ハジメ」
「大丈夫だから」
リリアがすぐに声をかけるので、ハジメが大丈夫と安心させるように返す。後ろに声が聞こえたらしく、残念な事にヒカリから来る圧が倍増した。
そのまま嫌な緊張感の中進んでいると、キョウヤがすぐに声をかけてきた。
載せている荷の確認をしたいから、リストが欲しい、と。
リリアがすぐに荷のリストを渡すと、確認を始める。荷は多くない、すぐに確認を終えると、冒険者ではなく軍としての表情になった。
――リリアとエリスは後ろに座れ。
お願いではなく、命令。その圧にリリアとエリスが素直に従うと、キョウヤ達もすぐに動く。
ライファが入れ替わるように御者台に移動し、キョウヤとヒカリは荷台のまま。
リリアでもハジメでも、何か動こうとしたらすぐに対応できる形。何も起きないからではなく、何か起きたとしても。
今なら分かる。感じる圧は、殺気だ。
警戒されるのを寂しく感じながらも、それでもハジメは自分の立ち位置を理解して素直に受け止める。緊張しながらも怖がらず、じっと圧を受け入れる。
そのまま急ぎながら、警戒の中を進んで行く。
この状況に特に落ち込んでいるのはリリアだろう。
普段とは違うライファ達に一番心を痛めている。リリアに殺気を当てる事は決してないが、兄のような存在だったライファの警戒をとても辛そうにしている。
それだけで特に何も無かったら、機嫌が悪いだけと思われたかもしれない。その姿を見てもヒカリとキョウヤが一切気にしていない事が余計に辛い原因だ。
特にヒカリ。下手に話しかけたら殺されそうな程の気配を漂わせている。流石に酷すぎたのか、時々キョウヤが抑えるよう文句を言うがほとんど変わらない。
それが余計にこの状態を表しており、リリアだけでなくエリスも落ち込む。
けれど急いだこともあり、地獄みたいな空気もすぐに終わる。
すぐに王都に辿り着いてしまった。
リーダー役でもあるリリアを御者台に移動させ、一緒にライファが座り他は後ろで小さくなって座る。城門ではライファのAランクですぐに終わり、荷の確認もほとんどせずに通れてしまう。
あくまで普通を表現するため、殺気は綺麗に隠す。誰も不思議に思わず、それが余計に実力差を感じてしまう。
「着いたぞ、ヒカリ」
「はいはい」
そのまま進むと、エレファントホースが止まった。間髪入れずにライファが荷台の中に声をかけると、ヒカリがとても嫌そうに返事をして荷台から降りた。
ヒカリはそのまま御者台に座るリリアにも声をかけると、一緒に降りて近くの家へと向かう。
「ここって?」
「グレンの家だ」
ハジメの知らない家の前、荷台の窓から不思議そうに見るとキョウヤが返事をする。そのままジッと家を見ていると、家の鍵を開けるヒカリのリリアの姿が写った。
そこでリリアも違和感に気付いたのだろう。ハジメとエリスが馬車から降りていない。
「あれ、ハジメ?エリス?」
リリアが振り返って馬車を見ると、エリザベスは既に動き始めていた。
「えっ、なん――」
「リリアちゃん、叫んじゃダメよ」
予想外過ぎる状況に叫ぼうとしたリリアだが、直前にヒカリに口を抑えられる。それは優しく、叫ぶのを防ぐだけ。拘束する力も制圧する力もなく、ただ不意を突いただけ。
しかし振り払う事も出来ずに慌てて顔を向けるとヒカリの表情は優しく、けれど兵士の表情をしていた。
「リリアちゃん。あなたの仕事は終わったの。全て終わるまで、家で待機して」
「――」
リリアとハジメのこれまでを否定するかのようなヒカリの言葉にリリアが固まる。
だからこそ気づいてしまった。何故ヒカリだけここに居るのか。
それはきっと、リリアが何か覚悟を決めてしまった時に、止められる戦力が必要だからだろう。ヒカリの実力なら、リリアも軽々と制圧できる。
その人員配置が余計にリリアの心を蝕む。
絶望とも言える状況を受け止め切れず固まり、けれど心が膝を折ることも許さず、ただ離れて行く馬車を見送る事しか出来ない。
「リリアちゃん。家に入るよ」
ヒカリの言葉に動けず、手を引かれて家の中へと進む。バタンと扉が閉まると、1人取り残されたような絶望感が広がっていく。その事を分かってヒカリは余計な事を一切言わない。その優しさが余計にリリアを傷つける。
いつも隣で甘えてきたエリスが居ない。
いつも隣で笑っていたハジメが居ない。
大切な何かが欠けたように、心にぽっかりと穴が開いている。その心を埋めるものはなく、ボロボロと何かが崩れ落ちて行く。
それでも。
――俺だけじゃなくて、グレンさんを信頼して。きっと大丈夫だから。
何の根拠もないハジメの言葉。けれどリリアにはその言葉しかすがれる物がなく、意味もなく期待してしまう。
「 」
「何か言った?」
ヒカリが声をかけるが、リリアは小さく首を振る。言葉にしたつもりはない。実際、言葉は漏れていない。
――大丈夫。
小さく口を通った空気は音にならず、けれど崩れそうになるリリアの足を支えた。
「……」
誰も喋る事も出来ず、歩きなれた軍の建物の中を歩く。ハジメとエリスの前後を抑えるようにライファとキョウヤが一緒に進んで行く。
時折居る見張りの兵士だが、連れられて歩くハジメ達を一切気にしない事が余計に厳しさを実感する。よく見るとハジメとエリスが知る顔が居ない。何度も来ていて知る顔が多いのに、何故か今日だけは1人も知る顔が居ない。
きっと事前にグレンが手配した人員なのだろう。
「――」
それでもハジメは顔を下げず、胸を張って前を見る。
諦めでも絶望でも覚悟ない。
それは、ただの意地。
この世界で必死に足掻いて生きてきた自分が、ここで折れたらこれまで積み上げてきたもの全てを否定してしまう。リリアと、エリスと、様々な人によって支えられた人生を否定される。
だからこそ、見栄だとしても下を見ずに前を見る。
「俺だ。グレン、連れて来たぞ」
「開けて良いぞ」
慣れ親しんだ元帥の部屋の前に着くと、ライファが中に声をかけた。すぐに声が帰ってくるので扉に手をかける。同時にキョウヤがロングソードに手をかけ、ライファをフォローするようにハジメを警戒する。
「ライファありがとう。助かった」
「必要だからやったまでだ、グレンが気にすんな」
扉を開けると、グレンとリズウェルが待っていた。ただしその場に似合わぬ、完全武装だ。
リズウェルは槍を持ち直立しているが、グレンは武器を机に立てかけたまま座っている。しかし、もしハジメが何か企もうともすぐに動き、対処出来るだろう。
扉が閉まった音がするとライファとキョウヤ、共にハジメ達から少し距離を置いた。踏み込めば一瞬で届く距離。しっかりと警戒し、何があっても動けるようにしている。
「ハジメ、エリス。急だったが来てくれてありがとう」
グレンの言葉だけのお礼。しかしその視線は殺気を含んでおり、ハジメを突き刺す。
「……」
向けられたわけでもないのに、エリスが怯えてハジメの服を掴んだ。
「こちらこそ、お時間頂きありがとうございます」
エリスの手を包むように触りながら言葉を返した。グレンの殺気をまるで意識していない様子のハジメに、周りを囲むライファ達も少し眉を顰める。
「リリアから、聞いてないのか?」
ハジメの反応が不思議らしく、グレンがつい聞いてしまう。知ってしまった事の危険性、リリアの予想、この状況。
けれどハジメは視線も表情も変えず、グレンを正面から見据える。エリスを握る手はただ優しく、その温かさはハジメの思いを強くする。
「聞いています。それでも、意味もなく怯えるなんてしたくありません」
ハジメは一呼吸置くと、自分の思いを告げる。
怖いのは当然だ。ハジメは今、グレン達の思い1つで死ぬかもしれない。
けれどそんなのは今に始まった事ではない。
オーガと戦った。エレメンターウルフと戦った。自分の命を賭けて戦ったのは初めてではない。
けれど、1人で立つのは初めてだ。
いつも、すぐ近くにはリリアが居た。エリスが居た。アマラが居た時もあった。ハジメを支え、何かあったら助けてくれた。
でも今は違う。エリスは居るが、今はハジメが支える側。ハジメを支える者は誰も居ない。本当の意味で1人で立ち、1人で戦わなければいけない。
「ハジメ」
エリスが怯えながら呟くので、服を握る手を優しく覆う。まるで父親のような優しすぎるハジメの表情に、グレンは誰も気づかない程小さく口角を上げた。
「座れ」
グレンからその言葉が響くと、場の空気が重くなる。
「はい」
ハジメは何とかそれだけ呟くと深く息を吐く。
エリスが小さく震えていたので優しく支えながら椅子に座らせると、ハジメも隣の椅子に座りグレンの厳しい視線を受け止めた。




