81.目を逸らしていた真実
「……何を聞きたい?」
ハジメを試すように、注いだ酒を一口含みながらサッシャが聞いてくる。ハジメが背筋を伸ばすが、サッシャは気にせず寂しそうに水面を眺めるだけ。
その姿から、試すと感じたのはハジメの勘違いだと気づく。サッシャはただ、寂しげに思い出を追いかけているだけなのだろう。
「――」
ハジメは言葉を探すと、何を聞くか吟味する。下手な言葉は選べない。自分の中で何が一番大切で確認したいのか、じっくりと言葉を探す。
「ルウさんとユイさんは、どんな人でしたか」
「……リリアとグレンから聞いてないのか?」
「聞いてます。でも、サッシャ先生から聞きたいんです」
ハジメの思いを聞くと、サッシャは再び酒を一口含むと飲み込む。
「……バカ。だったな」
「え?」
サッシャの寂しそうな言葉に驚いて声をあげる。けれどサッシャはそこで止まらず先を続ける。
「……俺たちを気にしなければ国を捨てて長生きする事も出来た。でもそれが出来ず、一緒に危険な戦いに身を投じた。不器用な、バカだ」
サッシャの吐き捨てた言葉の意味を噛みしめ、その寂しさと言葉の意味を探す。しかし答えは見つからず、ハジメはどう答えていいのか分からない。
「お2人と、いつ会ったんですか」
何も答えが見つからず、新しい言葉をぶつける。一瞬サッシャがハジメを見ると、その寂しさと悲しさが心を叩く。
「……お前は、殲滅魔法をどこまで知っている?」
「殲滅魔法?」
「……そうか、今は先天魔法か」
ハジメが驚くと、サッシャが後悔したように呟く。けれど知っている言葉を聞くと、ハジメは小さく頷いて返す。
「適性が必要で、使うと体調を崩すぐらいしか」
「……そうだ。ルウもユイも先天魔法の適性を持っていて、それが理由で軍に関わった。ルウとユイが孤児院に居た時に、俺が原因で殲滅魔法の適性がある事を知った」
ハジメの頭に浮かぶのはラナラスの不完全な土の壁と、その後動けなくなった体調不良。
サッシャは思いの堰を壊すように一気に飲み干すと、再び酒を注ぐ。
「……ルウの適性は炎と土の適性だった。炎はそれこそ、家なら軽く吹き飛ばせるほどの爆発が起きた。ルウとユイ、2人で敵陣に忍び込み、殲滅魔法で敵施設を破壊する。魔法連隊、と言う特殊部隊の協力者だったんだ」
「それは、俺が聞いて良い話なんですか?」
「……過ぎた事だ。既にこの言葉にも意味は無いし、言いふらさないだろ?」
サッシャはハジメを無視して水面を眺める。後悔するように、懐かしむように。
「……ルウもユイもその魔法連隊、その前身の実験部隊から協力者だったんだ。だから正式な意味なら軍属ではない。魔法連隊の正式名称を貰った後も一緒だったが、正式にはグレンとリズウェルの2人だけによる特殊部隊。だからルウとユイは、俺たち、そして戦う所を見た者の記憶にしか残ってない」
辛く吐き出す、過去の機密事項。
その姿を欠片も忘れないよう見つめると、ハジメは終わりにせず違う言葉を探す。
「なぜ、そんな危険な仕事にしたんですが。仲間と、人と一緒に動けば良いじゃないですか。2人で動く必要なんてないですよね。それこそ、忍び込まずに戦う事も出来たのでは」
アルコールが言葉の堰を壊し、ハジメの口を軽くする。サッシャの強い視線がハジメに突き刺さった。
「……お前は、殲滅魔法を使った後を知ってるか?」
「体調不良で動けなくなる、ぐらいは」
何を言ってるんだと言う風にハジメが尋ねると、力の凝った目線で返される。その圧につばを飲み込むと、サッシャが言葉を続けた。
「……そうだ。そのせいで基本的に1度しか打てないから、人よりも施設を狙い破壊する。威力があるとは言え、人相手では被害は限定的だからだ」
サッシャの言葉をハジメは静かに聞く。今までの自分の世界では考えられない言葉。だからこそ、サッシャの言葉は重い。
「……だから忍び込み、施設破壊を行う。人相手だとすぐに大量の反撃が来るが、施設なら哨戒さえ気を付ければ反撃まで時間差がある。しかし、どちらにしても身も守る事は出来ない、周りに何が起きても動けない、何の役にも立たない。だから仲間が体を張って守る。仲間を危険に晒すだけの最悪な錘が完成するんだ」
「……」
サッシャの言葉に何も返せない。ラナラスが先天魔法を使った後に動けず、アスティア達が辛そうに看病していたのを思い出す。
「……敵からしたら狙いやすい的だ。動けない人と言うのは運ぶのも苦労する。動けず、邪魔になり、本人たちだけでなく周囲すらも危険に晒す。しかも際限なく、どこまでも。だから、被害が出ても最低限度で済むように、最小限の人数で運用されたんだ」
サッシャの厳しい言葉。その意味を理解した瞬間、テーブルを殴りつけそうな程の怒りがこみ上げる。
「そんなの――っ!」
ハジメは意味を理解すると怒鳴りそうになるが、すぐに言葉を噛みつぶす。
それはつまり、危険を全てルウとユイに押し付けていたという事、護衛や補助を付ければもっと安全に戦えたのに、それを放棄させたと言う事。
ハジメはその事に気付くがすぐに自分の中に押し込むと、深く深く息を吐く。
「……そうだ、だから俺たちは生きている。ルウとユイが命の危険も顧みずに戦い、守ってくれたおかげだ。例え辛くても、俺たちが憎まれようとも、否定することは許さん」
言葉を噛みしめたハジメを睨むと、沈黙は広がる。
――もし、ルウとユイが戦う事を放棄していたら。
きっと今、この場にサッシャは居ない。ハジメが関わった全ての人も居ないだろう。
今、全てが終わった後に怒鳴り、文句を言う事は誰でも出来る。けれどそこに文句を言うのはその全てを、関わり戦い足掻いた人達の思いと命を否定する事。
何もしていないハジメに、言う権利はない。
「――」
ゆっくりと自分の心の叫びを飲み込む。深く息を吐くとそこで終わりにせず、ハジメはしっかりと心に留める。
「2人は、戦争を生き残ったん、ですよね。なんで、こんなに早く、亡くなったんですか」
ハジメは聞かなければいけない。知ってやっと、リリアに並べる。そう言わんばかりにつっかえながら言葉を作る。
サッシャはその姿をジッと見つめ、再び酒を煽る。ハジメはその姿を見る事も出来ず、ただ言葉を待った。
「……お前は先天魔法のリスクが、体調不良程度だと思ってるのか?」
どくん、と。心臓が何かに気付いた。
ハジメは先天魔法に詳しくない。けれど、今まで色んな事を見て、知って、感じてきた。
ラナラスの先天魔法を覚えている。抑えた威力しか見ていないが、話を聞く限りではハジメの想像を超える威力になるのだろう。
グレンの大気魔法を味わっている。本来の威力で使われていたら、ハジメは勝つ負ける以前の問題だろう。間違いなく死ぬ。
そんな強力な魔法が、体調不良程度の反動で使えるのか。
だからこそ、1つの考えが生まれる。
その予想に何も言えなくなる。信じたくなかった、けれどずっと散らばっていた言葉がパズルのピースのように繋がっていく。
嫌な事が思いついた。何を聞かれたのか、気づいてしまったからだ。
考えたくない答えが出てきた。
何故考えていなかったのが。
いや、見ないようにしていた。
それでも、これまで色んな人と関わったからこそ、簡単に予想が出来てしまう。言葉が勝手に口から漏れた。
「いの、ち」
サッシャは何も言わない。ただ静かに、コップをジッと眺める。
――エリスは、だい
ハジメの頭に言葉が浮かぶが、それはすぐに消す。サッシャが知っているかも分からないし、聞いてもいけない。
「リリアから、聞きました。ルウさんとユイさんは、寿命、だったと」
ハジメは震えながら、ただそれだけ答える。サッシャは驚いたようにハジメに目を向けた。落ち込み、けれど何とか前を向こうとするも俯いたまま動けないハジメをジッと見る。
「……そうだ、寿命だ。そっちの世界だと、老衰、になるんだろうな」
「っ」
サッシャの言葉に叫びそうになる。けれど唇を噛み、堪える。
「……『色々、調べた。ハジメの世界は、医療が良い』」
「えっ」
サッシャの口から零れた片言の日本語に、ハジメが慌てて顔を向ける。やっと目が合った。深い悲しみを背負った姿と言葉に呆然とする。
「……本や、詳しい人が過去にも居たらしい。だから調べた。読めるし、簡単な言葉なら喋れる。だからこそ、出た答えが間違いではないと気づいた。もうどうにもならない程、命が無かったんだ」
サッシャはそれ以上言わない。ただ思い出したくない記憶を引き出し、ハジメに教えてくれた。それが有難く、とても悲しい。
――生きる事
それは当たり前で、難しい。簡単な事で、当たり前の事で、崩壊する。
改めてその事を実感する。
「最期は。どう、だったんですか」
だからこそ、最後まで聞かなければいけない。そこで止まっては、リリアの隣に立つことは出来ない。
「……聞いてどうする」
「知ります。知らないのは――立ち止まるような事は、したくありません」
ハジメはしっかりと言葉を伝えると、サッシャはジッと真意を探す。強い覚悟がこもった視線を送っているとその覚悟が伝わったのか、サッシャがゆっくりと口を開く。
「……眠るように、逝ったな。俺たちよりもずっと歳を取ってるようだった。まだ若かったのに、ボロボロで、力もなく、最期の頃はずっと寝ていた。それだけ無理を……殲滅魔法を、使わせていたんだろうな」
サッシャはそこまで言うと、酒を空にする。まるで泣きそうな姿に、ハジメは何も言えない。
「……俺たち以上に、リリアも辛かったはずだ。日中は俺たちと一緒にルウとユイを看護し、2人が寝ると少しだけ寝て、ロックフォレストに入って薬草を探す。止めるべきだったのか、今でも分からない」
リリアが何故レインを見て動揺していたのか理解した。弱っていた両親と被ったのだろう。
ハジメはその事も知らず、前を見れるように隣に立った。
対応が正しかったのかハジメには分からない。今でも分からない。その事がハジメを後悔させるように、心に棘に刺されたような傷を作る。
それでも、例え追い込まれ傷つこうとも知る事を止めない。
ハジメはもう、都合のいい事しか見ない子供ではないから。
「……もう時間も遅い。さっさと寝ろ」
この話は終わりだ、まるでそう言うかのようにサッシャは呟くと席を立った。
もうハジメに言う事はないと語るサッシャの背中を見送る事も出来ず、言葉を探す。
「サッシャ先生は何で俺に、話してくれたんですか?」
ハジメの最後の質問をサッシャにぶつけると、サッシャは何も言わず空のコップをジッと眺める。
そのまま時間が過ぎて行くと、サッシャは何も答えずに台所へと歩いて行った。
「……」
けれどすぐに立ち止まると、背中を向けたままぼそりと呟いた。
「……ルウとユイの事が忘れられていくのが、少し辛くなっただけだ」
兵士ではなく、1人の男のぶっきらぼうな言葉。けれどそこで終えず何かを悩んだようにハジメに目を向けると、しかしすぐに背を向ける。
「……それに。リリアがお前を、心から信用しているように見えた。なら、期待する価値があると思っただけだ」
表情も見せずに呟いたその言葉をハジメは手を強く握って受け止めると、サッシャが天井を見上げた。そこには何もなく、ただ暗闇があるだけだ。
「……飲み終わったら、コップはキッチンに置いておけ。朝に片づけておく」
サッシャはそう言うと、自分のコップを片付け、寝室へと向かう。
ハジメはその背中に何も言う事も出来ず、コップに少し残ったお酒を飲み干すと、真っ暗な天井を見上げる。
「――――」
その暗さをじっくりと受け止めるとコップを片付け、事前に教えられた寝室へとすぐに向かった。
暗闇の中、目を瞑っても眠気はずっと遠くにある。
とても長い時間を部屋の中で1人、思いを探し続けた。




