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【4節開始】『英雄たちの愛娘』  作者: 西日爺
4節 求めた強さ

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80.思い出の残滓

ドラゴンを川の近くまで運ぶと、内臓だけ取り除く。

ミノルの元で何度も仕事をしたハジメ、冒険者として長いリリアとエリス。サイズが変わっても鳥は鳥、問題なく解体が出来る。

しかし今回の目的は素材、絶対に失敗出来ないため内臓処理だけにとどめ、後はギルドに持ち帰り専門の人に任せる事となった。

川で血抜きをして、野営地に戻るとリリアは濡れた服を着替える。そのまま少し早いお昼ご飯を済ませると、一休みして周りで簡単な野草採集を行う。

普段と違う場所でも出来るだけ普段と同じ行動を心掛け、冷静に行く。

夜も結局、3人固まって横になる。見張りが大変だが、それでもこの形は変わらなかった。


ロックフォレストの深層と言う普段慣れない危険な場所でも、平和で幸せな時間が過ぎて行く。



ノビリ町に戻ってきた。

帰りも問題なく、ギルドにドラゴンを見せると、傷はほぼなく一太刀で仕留めたその手際の良さが信じられないと言った様子でマジマジと見つめられた。

肉は素材として価値がないため買取となり、解体費用はそこから引かれる事となる。ちゃんと黒字にはなったが、宿代や準備費用などの出費が多かったためBランクのパーティとしては物足りない。

本来はドラゴンの羽毛や牙などは高価なのだが、今回は素材として持ち帰るのが目的。解体まで頼んだため出費がかさみ、しかも一番高い素材を売らなかったのだから仕方がない。

それでも黒字になったのは救いだ。

「……」

そして今、そんな金銭面の悩み事など些細だと言わんばかりの辛そうな気配と沈黙が広がっていた。

ここは孤児院の中。

前回来た時は何も話せず逃げ帰ってしまったが、今日はその1歩先まで来ることが出来た。

生憎、サッシャは今回も不在。レインはテーブルを挟んだ反対側に居て、リリアにどう声をかけて良いのか悩んでいる。

そしてリリアは懐かしさと寂しさの中、どうしていいのか分からずに椅子に座ったままふさぎ込んでいた。

リリアの隣に座るエリスは何をするべきなのか分からずふさぎ込むリリアを心配そうに眺め、ハジメは何も言わずにリリアの手を優しく包む。

「またサッシャ(旦那)が不在でごめんなさいね」

「い、いえ。お忙しい所をすみませんでした」

「大丈夫です、忙しくありませんよ」

珍しくどこか詰まったようなリリアの言葉はハジメ達の心を辛くさせる。

「リリアさんとこうやってお話しするのも初めてかもしれませんね。最後に会ったのは……いつだったかしら。お葬式の時でした?」

少し矛盾を含んだ言葉。けれど何を言っているのか分かると、ハジメは静かにリリアの言葉を待つ。

「はい。お葬式の時は、大変お世話になりました」

「お世話だなんて、何もしてませんよ。ただ泣いて落ち込んでいただけでしたから」

レインはとても穏やかに、誰も気づかないような目の奥に深い悲しみと涙を抱えて呟く。

「……」

リリアはそれ以上何を言って良いのか分からないらしく黙ってしまう。痛い沈黙に耐えかねたように、レインはリリアから目を逸らす。

「挨拶が遅れてすみません。お2人は?」

ゆっくりと考える時間をリリアに与えるよう、レインはハジメとエリスに目を向けた。とても優しい目に、すっと背筋が伸びる。

「ハジメ・アルファ・アズマと言います」

「エリス・イオタです」

「ご丁寧にありがとうございます。レイン・ガンマです」

2人は小さく頭を下げるとレインが優しく微笑む。その直後、少し心配そうにハジメを見てくるがその視線には覚えがある。慣れた視線にハジメは口を開く。

「俺は迷い人で、グレンさんにお世話になってます。その時にリリアを紹介されたんです」

「まぁ、グレンを知ってるんですね。リリアと仲良くしてください」

ハジメの言葉にレインは安心すると、元帥の名を気にした様子もなく呼び捨てして頭を下げる。その様子に驚き2人が少し固まると、レインが小さく首を傾げた。

「どうなさいました?」

「――いえ、グレンさんをご存知のようなので驚いただけです」

ハジメは一呼吸おいて何とかそれだけ呟くと、レインが儚く微笑む。

「えぇ、良く知ってますよ。グレンとリズウェルが軍に所属した時から知ってる仲ですから」

どこか含みのある辛そうな言葉に、ハジメは何と言って良いのか悩む。

「そんな前から、ですか?」

言葉を継いだのはエリスだ。その言葉に、レインは懐かしむように微笑む。

「私も元軍所属で、グレン達と関わりが深い部隊に居たんですよ。ユイちゃんとルウ君も、軍に関わる前から知ってます。命の危険は多かったですけど、今生きてるのはみんなのおかげですね」

重い言葉に2人が固まる。けれどレインは気にしない。

「戦争でしたから、そう言うものですよ。私達だって、今生きていない可能性は高かったですから」

まるで他人事のように語る言葉にハジメとエリスは何も言えない。

リリアにも届いているはずだが、幸せの残滓と不安の間で何と言って良いのか分からないのだろう。

――ガチャ

話を聞いていると急に玄関が開いた。ハジメ達が驚いて視線を向けると、そこには見覚えのない男性が立っている。

見た目はレインとほぼ同じか少し年上だろうか、しかしレインに比べると年の割に活発な印象を与える。

「……戻った」

「おかえりなさい。どうでした?」

「……問題ない。ただの風邪だった」

「良かったです。こちら、ハジメさんとエリスさんです」

「……サッシャだ」

男性――サッシャはレインと軽く話すとマントを外しカバンを足元に置くと、ハジメ達の紹介も気にせずに席に座る。

ぶっきらぼうだが言葉一つ一つを丁寧に選んでおり、言葉の厳しさとは裏腹にとても丁寧な印象を与える。

音に気付いたリリアが顔を上げると今までよりも少し辛そうにして声をかけた。

「サッシャ先生、お久しぶりです。両親が存命の時はお世――」

「……やめてくれ。そう言う間柄じゃない」

リリアの丁寧な挨拶を、サッシャは嫌そうに被せると目を合わせる。そのまま、どう声をかけて良いのか悩んでいるリリアをジッと見つめる。

「……久しぶりだな。怪我はしてないか」

「そこは、冒険者ですので」

「……そうか。だが顔を見せれたのが元気の証だ」

レインの時とは違う。緊張と寂しさで無理矢理言葉を絞り出すリリアは、普段を知っていると少し寂しくなる。

「……レイン。アレは渡したのか?」

「アレ?あぁ、忘れていました」

サッシャが何かを思い出したらしい。その言葉にレインも思い出すと、リリア達の事を放ってパタパタと何かを探しに部屋を出て行ってしまう。

レインが居なくなると先ほどまでとは違う緊張感が広がり、サッシャは分からないぐらいに表情を緩めながら3人を見る。

「……リリア。せっかくだから泊っていけ。今のグレン達の話も聞きたい」

「良いのですか?」

「……ダメな理由がない。時間が経っても、ここはリリアの育った家だ。部屋は開いてる、遠慮するな」

「ありがとう、ございます」

有無を言わさぬサッシャの言葉。リリアの様子に気付いているのだろう、だからこそ、この孤児院(育った家)での時間を作って落ち着く時間を作ろうとしていた。

「……ハジメ、と言ったな。荷物は?」

サッシャからの急な声かけ。威圧も殺気も何もしていないのだが、その静かで強さを感じる言葉に背筋が伸びる。

「は、はい。宿にいくつか預けてありますので取ってきます」

「……そうか。ならこれを持ってけ。見せれば、キャンセル料を幾らか負けてくれるはずだ」

サッシャはそう言うと、カバンから軍の紋章が入ったナイフを取り出した。

「ありがとうございます」

ハジメは素直に受け取りリリアの手を離して立ち上がると、エリスも立ちあがった。一緒に運んでくれるのだろう。荷物は少ないのでハジメ1人でも持って来れるが、やはり手はある方が嬉しい。

「――レインさんは、」

その時、ずっと何かを悩んでいたリリアが呟く。レインは今この場に居ない。間違いなくサッシャに向けた言葉だろう。

「体調は大丈夫、なんですか」

リリアの不安に場が静かになる。けれどサッシャはすぐに何が気になっていたのか気づくと、辛そうに微笑む。

「……安心しろ、俺もレインも普通に年を取っただけだ。まだまだルウとユイに会いに行く予定はない」

リリアが顔を上げると、少し寂しそうなサッシャが迎える。

「……アイツらが頑張ったんだ。俺たちが無駄にするわけにはいかないだろう」

「はい」

リリアが無理矢理納得したように小さく言葉を漏らすと、サッシャは優しく微笑んだ。


聞くと、2人はそれほど料理が得意ではないらしい。

孤児院で子供を受け入れている時は子供達と一緒に食事を作っていたが、2人きりになってからはほとんど買ってきている。今日は5人分になるため、ハジメが荷物を取りに行ってる間に買って来ていた。

問題は買って来た量。

「……冒険者だし、食うだろう」

そう言うと、テーブル一杯の料理が並んでいた。さすがの量に驚いたのか、リリアもエリスも、ハジメまでもが目を丸くする。現実逃避気味にお金は大丈夫か恐る恐る聞くと、軍の年金があるから大丈夫と2人して笑っていた。

そんな賑やかで、穏やかで、どこか遠慮がある食事は静かに進む。さすがに全部は食べきれなかったので、残りは翌日の朝に食べる事になったが。

そしておまけで、サッシャとレインが言っていた「アレ」とは手紙だった。リリアが孤児院に居た時、共に生活していた孤児から届いていたお手紙で、2ヶ月に1回ぐらいで文通をしている。今は遠い町で生活しているとリリアから聞いた。

本来は王都(サイシア)に直接行くべきなのだがお互い何かしらの思いがあり、宛先は未だに孤児院経由。リリアはその事を嬉しそうに話してくれた。


どこか慣れない緊張感もある、寂しさも感じる。

けれどどこか落ち着いた、不思議な雰囲気を味わいながら時間が過ぎて行った。


食事を終えて少し経つと、それぞれ気分も落ち着いた。

孤児院とは言えしっかりとお風呂もあり、各自温まると緊張感も減っていく。レインはさっさと寝てしまい、サッシャは本を読みながら時間を潰す。

ハジメは手持無沙汰な事もあり洗い物をかってでて、最後に風呂を出ると良い時間だった。

「じゃあ私はエリスと寝ちゃうから」

「うん。俺ももう少ししたら寝るよ」

ハジメがお風呂を出たのを確認すると、リリアはエリスを連れて部屋を後にする。ハジメは声をかけられると、空いていた席に座る。

「……」「……」

ハジメとサッシャ、静かにお互いを気にしていると、遠くから階段を上る2つの足音が聞こえた。その音に釣られて意識を向けると、最後はパタンと扉を閉める音になった。

その音を目印にハジメは小さく息を吐くと、こちらを見もしないサッシャに視線を向ける。

「サッシャ先生。お聞きしたい事があります」

「……」

ハジメの言葉にサッシャが本から目を上げて視線を向けてきた。警戒、と言うよりはこちらを見定めるような視線。ハジメは一切怯みもせず、その視線を正面から受け止める。

「……お前に先生と呼ばれる筋合いはない」

サッシャは冷たく言い放つ。しかし視線はハジメから離しておらず、会話を拒否しているわけではない。

「リリアのご両親――ルウさんとユイさんについて、教えてください」

「……何故?」

簡単で、重い一言。その言葉をしっかりと受け止めると、ハジメは一呼吸吐いてから答える。

「俺が、何も知らないからです」

今までグレンやライファ、リズウェルと言った色んな人から断片ながらも聞いてきた。そんな中でも、必ずと言っていい程含まれる思い。


――2人(ルウとユイ)が命を賭けたおかげで、命を救われた。


ハジメがどれだけ調べても出てこない戦時の話。だからと言って諦める事は出来ない。

もう終わった事だからと見ないふりをしていては前に進めない。

「……知ってどうする?」

「リリアを支えます」

サッシャの疑問へのハジメの答えは決まっている。しかしその言葉を伝えると、とても嫌そうにする。

「……知らないと支えない、と?」

「――」

ハジメが絶句する。意図していないとはいえ、ハジメの言葉はリリアを使った脅しだ。

「そう言う意図はありません。ただ、知らなければ()()間違えると思ったからです」

「……」

ハジメが頭を下げながら言うとサッシャが黙る。そのまま何かを考えるように、ゆっくりと時間が過ぎる。

「……何故、私に聞いた」

サッシャの会話にハジメは顔を上げる。探るような視線から逃げる事はせず、思いを誤魔化さない。

「ルウさんとユイさんを一番詳しく知る人だと思ったからです」

「……初対面なのに、か?」

「この世界で、人を見る目はつけたつもりです」

「……迷い人、だったな」

「はい」

サッシャの確認にハジメは頷く。

ハジメは元の世界ではずっと子供だった。

年齢だけ無駄に重ね、その時間の流れに甘えていた。しかしこの世界に来てちゃんと大人になろうと努力した。

初対面で知らない事ばかりなのも事実。しかしリリアを良く知る様子や、初対面のハジメへの対応を見るに、とても優しく聡明な人なのは伝わる。

だからこそ、ハジメは信じたいと思った。

そのままサッシャは何も言わず席を立つと、台所へと歩いて行く。ハジメは何も言えず、その姿をゆっくりと目で追いかける。

ガタガタと何かを取り出す音がすると、コップとお酒の入った瓶を持って戻ってきた。

「あ」

ハジメの口から音が漏れる。その瓶はとても見覚えのある、いつか墓の前でグレンと飲んだお酒と同じ物。

「お2人が好きだったお酒、ですよね」

「……長く、なるからな」

サッシャは小さく呟くと席に戻り、2つのコップに酒を注いだ。

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