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【4節開始】『英雄たちの愛娘』  作者: 西日爺
4節 求めた強さ

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79.ドラゴン狩り

その日の夜も、エリスは2人に張り付いて寝ていた。

前日と似たように固まって、2人に甘えるように。

今はリリアが見張りをしている。

外に出る事も出来ず、昨日ハジメが味わった天国と地獄を体験しながら2人の安心と信頼を受ける。不安は2人の温かさに溶けて抱きしめたくなるが、起こさないように静かに手を握るで止めた。


枕元に置かれた懐中時計だけが幸せに、けれど残酷に過ぎる時間を明確に示し続ける。



まだ空が明るむ前、3人は普段より少しだけ早く起きると朝食をしっかり取り、すぐに動き始めた。

リリアとエリスは2人で昨日ドラゴンを見つけた辺りへと向かう。早足で向かいながら、途中転がる小石を幾つも拾う。

2人はこれからドラゴンにちょっかいをかけ、追いかけっこをする。

討伐ではなく素材回収が目的。回収、血抜きがしやすい野営地の川の近くで狩るため、そこまで引き寄せないといけない。

ハジメも身軽に動けるよう普段から訓練しているが、さすがに2人の方が分がある。長い時間走ってドラゴンが逃げないようにちょっかいをかけ続けるには、残念だがハジメでは実力が足りない。体力的には可能だろうが、そんな長時間厳しい緊張下で誘導するのはまだ難しい。

だからハジメは途中まで一緒に進み、今は野営地から10分ほど離れた仕留める予定地で待機している。近くに川がある場所を選んだため、ここで狩れればその後がとても楽になるからだ。

「……」

そんな場所で、ハジメは1人静かな木々の音に囲まれながら計画を実行するために待っている。

ハジメの役割は簡単、トドメだ。

普段はリリアが担当していたが、ドラゴン相手だと少しでも間合いが欲しい。武器的にハジメの方が優位なため、出来ない誘導より向いているトドメの担当になったのだ。

恐らく2時間は待機することになる。その間、ただ静かに周囲を警戒しながら2人を待つ。

「……ふぅ」

初めてのドラゴン狩り、緊張していないと言ったら嘘になる。けれど緊張で台無しにするわけにもいかない。元の世界では出来なかった適度な集中を保つのも隊商レイドで慣れた。

―― 。

鳥でも飛んだのだろう。何か羽ばたいた音がする。

小動物でも居たらしい。葉っぱが擦れる音がする。

ハジメは音の方向に目を向け、何も問題ない事を確認するとただリリアとエリスを待つ。


しっかりとした1人の冒険者(大人)として、ただ静かに立っている。



「(見えた?)」

「(うん)」

1時間が過ぎた頃、リリアとエリスも目的の位置までたどり着いていた。空も明るくなっており、岩肌に居る無数の鳥とドラゴンが良く分かる。

「(どれを狙うの?)」

エリスが不思議そうに岩肌に居るドラゴンを見る。何匹か居るが、全て狩る意味もない。1匹で十分だ。

「(端っこに居る、若そうなドラゴンにしよう)」

リリアが端の方に居た小さめのドラゴンを見る。

大きい方が当然素材は多いが、この群れの中でも重要な位置に居る可能性が高い。そう言うのを狩るとこの群れが崩壊しかねないため、出来るだけ影響が少ないようにする。

「(準備は良い?)」

「(うん)」

リリアが小さく頷きながら目線を送ると、エリスも頷いて返す。

頷きを確認すると、リリアはすぐに動き出す。

ここに来るまで拾っていた小石()を音もたてずに取り出した。

「(行くよ)」

――ヒュン

リリアが投げた小石()は狙い違わず羽毛(ファー)ドラゴンの目元に当たる。威力も弱くダメージなどある訳もなく、嫌がらせにしかならない。

しかしぶつかった瞬間、小石()から伝わる悪意に気付きリリア達の方向へ目を向ける。

――ヒュン

再び小石()が飛ぶと、ドラゴンにぶつかる。


目が合った。


リリアとエリスは何も言わず、逃げるように森の中へと走り出す。

その背中では多数の鳥が羽ばたく(逃げ出す)音が響き、1つの巨大な羽音が追いかけるように近づいてくる。それと同時に怒りと殺意、背筋が凍るほどの圧が2人を襲う。

「ーーーーーー!!」

音にならない叫びが響く。その音に怯えた小動物や昆虫が、リリア達の近くから慌てて逃げ出した。

「エリス!」

「うん!」

その殺意に当てられながら、2人も逃げる。追ってくるのは巨大な羽音1つ、まるで豪風のような見えない風が音となって耳に届く。

「向こう!」

エリスが先導するように森の奥を指した。指差す方向はハジメが待つ野営地の近く。これからそこまで誘導しなければならない。

「うん!」

リリアも返事をすると、適当に目に付いた小石()を補充しながら足を動かした。



――羽毛(ファー)ドラゴン

特別な名前を貰うほどに有名で一般的な魔獣。鳥が魔石を取り入れ、魔獣化した生き物である。

対比として、トカゲや蛇などの爬虫類が魔石を取り入れた場合は(スケイル)ドラゴンと称され、明確に区別される。

鱗と羽毛で素材が違う。生態が違うなど大きな違いはあるが、区別される明確な理由の1つが狩りの難しさだ。

どちらも空を飛ぶことが出来る翼を有するが、羽毛(ファー)ドラゴンは本来の鳥と同じく飛行が得意。反対に(スケイル)ドラゴンは苦手で短時間しか飛べない個体が多い。

これが影響する一番の理由は、どちらも魔獣であることだ。

魔獣には最期の足掻き(魔法)がよくある。飛んでる時に討伐すると即死を狙いづらく、空で最期の足掻きをされると回避が難しい広範囲攻撃になりかねない。

(スケイル)ドラゴンは空を飛ぶのは苦手なため、高頻度で地面に降りる。そこを的確に狙えるのなら、被害を最小限に抑えて討伐が出来る。

反対に羽毛(ファー)ドラゴンは空を飛ぶのが得意なため、長時間飛行し続ける。即死を狙うには、地面に着地するまで待つ、あるいは着地させて狩らなければいけない。そうしなければ大きな被害が出てしまう。

だからこそ狙うには、持久力や観察力、細かな計画が求められる。

それでも羽毛(ファー)ドラゴンの討伐は難しくはない。普通の鳥のように弓を使い仕留めれられるが、味方の被害に目を瞑る必要がある。

だからこそ、今回のように被害を出さずに少数で仕留めるとなると途端に難易度が跳ね上がる。

素材としては高価だが、負傷覚悟で多人数で行うほどかと聞かれたら微妙。

少数だと利益が出やすいが、難易度は高い。

面倒な天秤の上で成り立つ、面倒な素材。

だから対価に相応しい。



追いかけっこから1時間程が経過した。既に空は明るく、足元も見やすくなり逃げやすくなっている。

2人の体力にはまだ余裕はあるが怒りをぶつけられると言うのはとても精神的に消耗し、流石の2人も疲労が目立つようになってきた。

それでも、これで倒れていたら冒険者はやっていられない。

「ーーーー!!」

ドラゴンの怒りの叫びが響いた。

時々諦めて戻ろうとする羽毛(ファー)ドラゴンに的確に小石(嫌がらせ)をぶつけ、怒りと興味を引き続ける。そのかいもあり順調に誘導し、後5分も逃げればハジメが待つ位置までたどり着くだろう。

「エリス!」

ドラゴンの咆哮にリリアは叫ぶと、羽毛(ファー)ドラゴンの口に意識を向けた。エリスの姿は見えないが、リリアの叫びを聞くと一気に距離を取る。

次の瞬間、口よりも大きな水球が生まれるとまるでビームのようにリリアに向かって放たれた。

「っ!」

何度も食らった攻撃。リリアは慌てる事無く避けるが、地面に当たり弾けた水しぶきがリリアを襲う。

威力はしっかりとあり、少し地面が抉れる程度、木々に当たったら木の皮1枚剥がれるぐらいだろう。しかし1撃でも当たれば吹き飛ばされ、致命的な隙となる。

しかしそれも当たればの話。Bランクは伊達ではない。

「(問題は小石()……あと何回投げられるかな)」

リリアは疲れきった腕を労わるように軽く触れる。既に何度と石をぶつけ、羽毛(ファー)ドラゴンは怒り心頭。しかしそれだけ数を投げた事もあり、リリア自身の疲労は大きい。

精度も威力も落ちており、1度で興味を引けずに2度3度と投げる事も増えてきた。

もう限界、投げれて数度だろう。ハジメが居る場所まで引き付けられるか微妙だ。

「(でも、そろそろハジメから見えるはず。エリスに呼んでもらおうかな?)」

計画は浮かぶが、そうするとそれだけ川から遠くなる。ハジメに運んでもらう事になるため、負担を増やす事になってしまう。

「(もうちょっと引っ張りたいな)」

木々の陰から旋回しているドラゴンを見上げる。リリアの正確な場所までは気づいていないが、大まかな位置はばれている。それでももう少しして見つからなければ戻ろうとするだろう。

その前に再びちょっかいをかけ姿を見せて、追っかけてきたら逃げる。

「(あと1回ぐらい――っ!!)」

――ちょっかいかけたら、長く姿を見せて地面に降ろそうかな。

リリアがそう考えた瞬間、ドラゴンと目が合った。

繰り返しているうちにパターンが出来ていたららしく、隠れていた場所がばれた。慌てて距離を取ろうとするが手遅れ。

「やばっ」

リリアは何も考えず、慌てて今の位置から距離を取る。これまでだったらドラゴンが戻る最中なので距離があり、降下してくることは無かった。しかし今回は狙ってる最中。距離も近く、ドラゴンの攻撃準備も出来てしまっている。

「ーーーー!!」

「っ!」

枝をへし折りながら降下してきたドラゴンに跳び、転がりながら何とか躱した。直後、背筋が凍るような殺気に慌てて木々を蹴りあがるように跳び登る。

「ーー!!」

ドラゴンの口に今までよりも一回り大きい水球が生まれると、今までよりも巨大な水の塊がリリアに向けられた。

「もう!」

それで当たるならリリアの評価はもっと低い。文句を言いながらもしっかり躱すと、太い枝に飛び乗り地面に付いたドラゴンを見下ろす。

巨体に見合わない俊敏性を携え、その巨大な羽は魔法にはない手軽さと威力を兼ね備えた暴風となる強敵。

ドラゴンは一切の驕りも手抜きもなく、リリアを睨む。

「――」

そのままリリアはドラゴンと睨み合う。

現在、リリアはドラゴンの上を取ったような形になっている。

ドラゴンとしてはこの状態で飛び立とうとすれば大きな隙となってしまう。そのため動けず、リリアの動きを待つしかない。

「(どうする)」

反対にリリアとしても、自分から率先して動くには状況が難しい。倒すことは出来るかもしれないが、今回の目的は討伐ではなく素材。一気に近寄るにしても正面からになるため、無駄な傷を負わせたり反撃を貰う可能性が高い。

「「――」」

睨み合いながら、動けずに時間だけが過ぎて行く。今までの攻撃によりはねた水が髪の毛を濡らし、おでこに張り付く髪がうっとおしい。けれど払う事も出来ずにただ睨み合うしか出来ない。

緊張と死の圧力だけが、過ぎる時間の感覚を狂わせていく。

「っ!」

何か見えたわけでもない。

何か聞こえたわけでもない。

それでもリリアは確信を持って、不意に枝を伝って横へと跳んだ。隙を作らまいとドラゴンもその動きに合わせて目線と首を向ける。

「ガ?」

次のリリアの動きはドラゴンも予想外だったのだろう、小さく間の抜けた声が漏れる。

横に跳んだリリアは枝に着地すると再び跳びすぐに同じ位置へと戻った。

意味のない、まるで緊張で動いてしまった素人のような動き。体力だけを消費して、致命的な隙を作る無駄な動き。

その動き(致命的な隙)に攻撃すべく、ドラゴンは再び水球を――

――ヒュン

作ろうとほんの少しだけ周囲への警戒が疎かになった一瞬、とても美しい風切り音が響いた。

「……。」

何が起きたのか。それはリリアと遠くから見ていたエリス、そして()()()にしか分からなかっただろう。

ドラゴンの視界は落ちてく首と一緒に、スローモーションのように地面に落ちる。ハジメの姿がドラゴンの意識に入ったのは頭が地面に落ちてから、消える意識の片隅でロングソードの輝きに気付いた時だった。



「ありがとう、助かったよ」

ハジメが近くに来ていた事に()()()()気づき、ドラゴンの視線を引っ張るために動いたリリアは木から降りてくるとおでこに張り付いていた髪の毛を払う。

そんなリリアを不安そうに見ると、ハジメはポシェットからタオルを手渡した。

「どういたしまして。それより来るの遅れたけど大丈夫だった?」

「大丈夫だよ。あのままじゃ予定した場所まで連れていけなかったし、来てくれなかったら呼ぶことになってた」

リリアは軽く言いながら怪我がないか自分の体を軽く確認する。

ドラゴンと追いかけっこをしたため泥や水がたくさんついているが怪我はない。いつもの皮鎧に長袖長ズボンと厚着だが、濡れてるせいか少し冷える。

まだ安全とは言えないため装備を外すことはしないが、受け取ったタオルで顔と髪を拭く。

リリアが大丈夫なのを確認すると、ハジメは地面に転がり血を流し続けるドラゴンを持ち上げる。

流石の巨体、しっかりと剛力を使い持ち上げるがそれでも重く引きずる事でしか出来ない。川に着くまで時間がかかりそうだ。

残った頭を持つことが出来なかったのでどうしようか悩んでいたら、近寄ってきたエリスが持ち上げると少しふらつきながら一緒に歩き出した。

「ハジメはよく気づいたね。見えた?」

「ほんの少しだけ。丁度ドラゴンが旋回してた時で、少し近寄ったら急降下したから慌てて向かったんだよ」

「そうなの。ハジメを呼びに行こうとしたら、もう走ってこっちにきてたから凄くびっくりしちゃった。しかも狩る時、珍しくかっこよかったし」

「エリス、それはどういう意味だ?」

「普段はカッコ悪い」

「おい」

「エリス、それは言いすぎだよ」

「なら。普段はちょっとカッコ悪い」

「フォローになってない」

雑談しながら、3人は並んで歩きのんびりと野営地へと向かう。

ドラゴンの首からは血が流れ、周囲に鉄臭さを残していく。

ドラゴンの体が地面を進み、新しい凹み()を作っていく。

けれど3人は足を止める事をせず、道なき道を進む。


本当だったら成功した喜びを噛みしめ合いたい。

抱きしめて、お疲れ様を言い合いたい。

疲れたと言って、甘えたい。

手を握りあって、未来を信じたい。


けれど3人ともちゃんと優先すべきことを分かっている。今すべきはドラゴンを運ぶ事。

ハジメがドラゴンの体を引き摺りながら運び、残った頭をエリス少しよろめきながら隣を歩く。

頭と顔を拭いたリリアはタオルが邪魔にならないよう、ポケットに仕舞った。本当は少しでも温まれるように首にでも巻いてマフラー代わりにしたいのだが、短いためどうにもならなかった。

「――くしゅん」

リリアが小さくくしゃみをすると、2人が不安そうにリリアを見る。かなり濡れており、寒いのだろう。

「大丈夫、ちょっと冷えただけ」

リリアが照れくさそうに呟くと、ハジメが少し歩く速度を上げた。

「早く戻って温まろうか」

「そうだね」

「うん」

ハジメの提案にリリアは微笑むと、エリスもペースを上げた。



少しだけ、ほんの少しだけ。

帰りたくないと思ってしまったのは、いけない事だろうか。

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