76.小さな成長
数日が経過した。
3人は今、周辺の探索から始めてゆっくりと移動範囲を広げている。
低ランクでも高ランクでも、ここまで丁寧にするパーティはほぼ居ない。安全を徹底している行動はノビリ町の冒険者から見ても驚きに値するらしく、数名は何しているのか聞きに来るほどだった。
そこには臆病者と言った軽蔑の視線も含まれる。
けれどリリアの、
「知らない場所は安全か危険かも分からない」
「何かあった時に、知識としてではなく実績として安全な場所を知りたい」
「後になって調べておけば良かった、は一番ダメな事」
という正論に何も言えずに退散していく。何も返せずさっさと逃げて行く姿にリリアが呆れていると、
「重要なのは怪我せず生き残る事だろ」
とハジメが補足をする。
その言葉に足を止め、ゆっくりと言葉の意味を噛みしめるとハジメ達に謝罪の意を込めて頭を下げてきた。その姿にリリアとハジメ、エリスも交えてお互いに顔を見合わせる。
例え実力を見せなくても、ランクに見合った評価は広がっていく。
まだ、顔を合わせて向き合う事は出来ていない。
現在、リリア達は野営道具を荷車で運びながら森に居る。
森の中で1泊した後だが疲労はそれほど溜まっておらず、影響はほぼなく道を進んでいた。
この辺りは「ロックフォレスト」と呼ばれ、ウルルの森では見られなかった岩肌が多く見つかる。
荷車を引く上では邪魔にはならないよう道を選んでいるが、慣れた森の景色に広がる慣れない岩肌は緊張感と疲労を少し増やす。けれど、それが影響出るような鍛え方はしていない。
このまま移動して次の野営地に数日滞在、拠点にしてドラゴン探しと狩りを始める予定だ。
「ハジメ。大丈夫?」
それでもやはり気になるらしく、リリアが心配そうに聞いてくる。ウルルの森だったらリリアも少しは荷車を引くのだが、ここはロックフォレストでも深い位置。
出身地とは言えここまで入った事は無く、リリアも初めての場所。疲労で動けないと言う事態を避けるため、ハジメに全て任せている。
「大丈夫だよ。まだ宿泊道具だけだからね、これにドラゴン載せるんだから余裕」
ハジメが冗談交じりに返す。リリアも冗談と分かっているので、優しく微笑むと周囲の警戒を続ける。
「あ――よ、っと」
ハジメも周囲を警戒していると、車輪がぬかるみに引っかかった。力をかければすぐに抜けるが、全員の足が一瞬止まる。
エリスがすぐに荷車に近寄ると問題ない事を確認し、不安そうに地面を見る。
「やっぱり、この辺りは雨降ったのかな」
「そうみたいだね。警戒には影響出そう?」
「大丈夫、影響はないよ」
リリアの心配を払拭するようにエリスが周りを見る。
既にここに来るまでに数度、ゴブリンやオーガ、1度だけオークとも接敵している。
どれも少数で特に被害もなく、時間を使った以外は問題もない。オーガは丁寧に奇襲で仕留め、怪我1つしていない。
それでもロックフォレストの深い位置に居る事もあり魔物はウルルの森より多く、エリスもハジメにちょっかいかけず丁寧に偵察をしている。
「それに情報だともうすぐ野営地じゃない?」
エリスが心配そうに聞くとリリアが頷く。
「そのはずだよ。それにもう少し進めば魔物も減るって聞いてる。だから野営地辺りまで行けば一安心だと思う。でも、気は抜かないでね」
「うん」「もちろん」
リリアは集めた情報を思い出しながらも信頼し過ぎない。当然ハジメもエリスも気づいており、警戒を怠る事は無い。
「――ゴブリンかな。もう少し先に居る」
エリスが気づいて声をかけると、リリアとハジメは顔を見合わせると頷き合う。
「討伐して先に行くよ」
リリアが声をかけると足を止める事もなく、3人は先に進んで行く。
そのまま1時間も歩くと、小さな川へと辿り着いた。目的地はここではなく、この川のもっと上流。
その場所へ向かうべく、川から少し距離を取り何度か人の通った轍のようなデコボコを進んで行く。順調に進み少し経つと、小さな広場へと辿り着いた。
まずエリスが周囲を確認し、木に巻き付けられたリボンのような目印を確認する。広場にはで焚火の残骸やカマドのような石の塊もある。
「ここだね。私とエリスで合ってるか周囲の確認するから、ハジメはカマドの状態確認と必要なら修理」
リリアの言葉に頷くと、ハジメが引いてきた荷車を見る。
「テントは?」
「先に周囲の確認をしてからね。万が一この場所が勘違いだったり罠だったら、危険だから」
「分かった」
リリアの指摘にハジメも納得すると、全員で顔を見合わせる。
「うん、それじゃ各自解散。あ、ハジメは火の準備だけしておいて」
「了解」「うん」
リリアの言葉で各自動き出すと、ハジメも周囲を警戒しながら広場の状況を確認を始めた。
2パーティも3パーティも居たら狭く感じそうだが、ハジメ達だけなら問題ない広場。周囲の木々のせいで死角はそこそこあるが、ハジメ達なら苦にしない。
「(カマドの状態は悪くない。崩れた跡もないし、補修も要らないな)」
ハジメがカマドを軽く突き、強度に問題ない事を確認する。そのまま広場をぐるりと一回り、罠や危険な物がないか確認しながらもう一回り。他のパーティだったら大丈夫と流しそうな部分も徹底していく。
「大丈夫だな」
ぼそりと呟くと、もう1度周囲を確認する。リリアもエリスもまだ戻って来ない。それでも何となく方向は分かるので、そこまで離れていないだろう。
火を準備しようと、移動の途中で拾ってきていた枯れ葉や枝を荷台から取ろうとする。選んで拾っていたのだが、少し湿り気があり不安になる。
「ん?」
リリア達が戻ってくる気配がしたので顔を向けると2人と目が合った。特に問題はなさそうなので声をかける。
「何かあった?」
「私は大丈夫。エリスは?」
「問題ないよ。本当に予定していた広場で、特に危険な物もなかった」
「ハジメは?」
「広場の中も問題なし。危ない物も、誰かが隠れていた痕跡もなかった」
ハジメの報告も聞くとリリアが安心した様子で頷く。
「分かった、ハジメはこのままテント立てて。私とエリスはもうちょっと広い範囲を確認してくる」
「分かった。2人とも気を付けて」
「うん」「気を付ける」
2人は返事をすると森の中の確認に向かう。
通常、ここまで丁寧にするチームは居ない。時間もかかるし、確認する意味が薄いと言う人も居る。実際、実力が付けば意味はほぼないだろう。大抵の事に対処出来るからこそ、必要が減ってく確認。
けれどリリアは手を抜かない。
この何も起きない10分か20分を大切にして、丁寧に確認していく。
「(これでよし、と)」
一人黙々と作業を続け、ハジメはテント張りを20分ほどかけて行った。リリアに教わって何度も練習してきた工程だが、1人で組むのは初めてだ。
まだまだ慣れていないため、どうしても時間がかかる。けれど一人任されるようになった状況に、少しの自信をもって行う。
「(初めてにしてはちゃんと出来たかな)」
完成したテントを満足気味に眺める。普段のテントと何ら差はない。強いて言うなら、普段は引かないマットが下にあるぐらいだろう。雨が降った後で空気が少し冷えていたため、出来るだけ温かくなるように持ってきていた。
そんな満足も一区切り、次はカマドに火の準備をする。日が傾き始めている今、ゆっくりと冷えてきている。
「火、作っておかないと」
寒い中動いているのだ、きっと2人が帰ってきたら凍えている。
自分に言い聞かせるように呟くと荷馬車から、来る途中に少しずつ拾っていた火種になりそうな枯草や枝を手に取った。
そのままカマドに組むと、今ではもう慣れた魔法で火を準備する。
「……ファイア」
ハジメが呟くと、指先に小さな火が生まれた。最初に使った時は頭に浮かんだ形と実際が違い過ぎて絶望したが本来は便利な力。
今ではありがたさを実感するようになり、先天魔法に未練の欠片もない。
「やっぱりダメか」
そのまま枯草に火を付けたが、薪も枯草も湿気っており消えてしまう。それでも、何とか火を付けようと手元にある枯草を集めながら、出来るだけ乾いている部分をより分けて行く。
「何がダメ?」
ハジメが付かない火に苦労しているとエリスが戻ってきた。ハジメが何かしているので、邪魔するように背中に手をつくと覆いかぶさって手元を見て来る。
「湿気ってて火が付かないんだ」
「ホントだ」
邪魔するエリスを気にせずハジメは再び魔法で火種を作るが、火は広がらずそのまま消えてしまう。既に何度も試した跡があり、焦げ跡だらけになっている。
「どうするの?」
「どうしよう」
エリスがどんどん体重をかけながら聞いてくる。それはどこか楽しそうで悪だくみしてる感じだが、軽くて問題ないのでされるがままにする。
「どうするって、火をつけるんでしょ」
「したいのは山々なんだけど、俺じゃ出来ないんだよ。そろそろリリアが戻ってきそうだし、聞いてみるか」
「えー、寒いのに」
「仕方ないだろ」
ハジメが諦めた様に呟くと、エリスが文句を言う。寒いのはハジメも一緒、けれどどうにかできる手段がなくリリアを待つしかない。
丁度そのタイミングで後ろの方からガサガサと人が近寄ってきた音がした。
「リリア、おかえり」
「ただいまハジメ。私の方は問題なかったよ、こっちは?」
「火が付かない」
もう顔を向けなくても誰だが分かる。それでもしっかりとリリアに顔を見ると、悪戦苦闘している様子の手元も見せる。その状態をリリアも確認すると、ハジメと似たような少し困った表情を浮かべる。
その表情からも分かるように、リリアも手が無いのだろう。
「もう。ハジメ、貸して」
「エリス?」
エリスは呆れたように、けれど自慢するかのようににやりと笑い、ハジメをどかしてカマドに近寄る。
ハジメが不思議そうにエリスを見ていると、リリアが少し呆れたように近寄ってきた。
「ダメ、待ってエリス――」
けれどリリアはすぐに何かに気付いたらしく驚き慌てる。しかしエリスはその言葉を聞く前にそれを使った。
「ファイアボール」
エリスがさも当然と言った風に、集中も何も必要とせずに魔法を撃つ。その炎はハジメではどう頑張っても出来ない大きなこぶしサイズの炎。
ハジメが呆然と、リリアはやってしまったと言う風に、まるで苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべる。
「ほら、付いたよ」
エリスは全く気付かず、そのまま作った炎を完璧に操作し、焚き木に当て続けると炎がちゃんと移った。冷え切っていた空気は優しさを伴って暖かくなっていく。
「エリス、今の……」
「今の?」
ハジメが何とか言葉にするがエリスは一切気づかず、隣に居るハジメに体を預けながら火に当たる。けれどハジメの呆然としている表情に気付くと、自分がやったことに気付いたらしい。
まるで自慢するかのようににやりと笑っていた表情は一瞬で消え去り、恐怖が表情を支配する。
「先天……魔法?」
ハジメが絞り出した言葉が届く前、エリスが怯えるように距離を取ろうとする。
「逃げちゃダメ!」
その言葉と動きをかき消すようにリリアが叫ぶ。ハジメも何も考えずその言葉に背中を押されると、離れようとするエリスの肩を掴んだ。
「嫌!ダメ、私――」
「絶対離しちゃダメ!」
嫌がるエリスだが、珍しいリリアの怒声を受けたハジメは離さない。
エリスの拒絶は弱々しい。暴れる事もせず言葉だけで拒絶するため、葛藤とジレンマが見える。ハジメにも何のことだが分からない。けれど2人の反応を見るに、確実に良くないが何かある。
「落ち着けエリス!大丈夫だから、何があっても俺は2人の味方だから!」
だからこそ心に浮かんだ言葉が自然と零れ、逃がさないようにエリスを抱きしめると怯え小さくなる体を優しく包む。
先ほどまでの自信満々な姿も、悪だくみするイタズラ心もない。ただ怯え、小さくなるケットシーの少女が腕の中に居た。
「ごめん。ハジメが居るのが当たり前になってて、私も気づかなかった」
リリアが辛そうに呟く。けれどハジメは気にせず、エリスを絶対離さないと意志を込めながらリリアを見る。
「俺は大丈夫だから安心して。でも……今のエリスの魔法は先天魔法、だよね?」
「……」
――先天魔法
ハジメの呟きにエリスが震える。何も問題なく使えてるのだから、実際は先天魔法ではなく大気魔法。
けれど今、そんな小さい事を気にする余裕はない。
「何か、事情があるんだよね」
「……」
エリスは黙ったまま何も言えない。
ハジメの腕の中で震え怯えるエリス、そのエリスを逃がさないように支え優しく抱きしめるハジメ、その2人に何て言えば良いか分からず辛そうに立ち尽くすリリア。
広がる沈黙は、困惑と後悔、寂しさの中で続き、パチパチと我関せずに響く炎の音だけが時間の流れを自覚させた。




