75.時の流れ
翌日、普段通りの時間に起きるとこれから始まる日常のための準備を始める。
今後の動きは、まず町の近くを探索して安全に動ける範囲を増やす事になる。
町の近くは安全だが、だからと言ってハジメ達が安心して動けるわけではない。安心して動けるように、情報を積み重ねていく。
そのため王都に居た時と同様、余裕を持って早朝に出て早めに帰るを繰り返す事になる。
すぐ行ってもよかったのだが、準備すべきことは多い。周囲の情報収集、収集品の情報、野獣や魔物の分布などなど。
必要な物だってある。非常食は必要だし、採取品を入れる袋など求められる小道具は多い。
ランクが上がっても基本通りしっかりと情報を集め、必要な物を集め、出来るだけ安全に動く。
誰でも出来るが、だからこそ一番難しい。大丈夫と手を抜く人は多い。
それでもリリア達はしっかりとする。
リリアはどこに居てもリリアだった。
ハジメ達が探索に向けた買い物をしていると、リリアがノビリ町で育ったのを実感する。
ハジメとエリスが欲しい物を売っているお店が分からずどこに行こうか悩んでいると、リリアがすぐに道案内を始めた。店の真贋も確かで、安全安心な店を選んで入っていく。
時々リリアの事を覚えている人と会うと、懐かしそうに近況報告と思い出話をする。しかしそんな人は多くなく、その少なさがリリアの王都生活の長さを実感する。
「……」
そんなリリアと観光しながら歩いていると何かを気にしたように、時々視線を横道の先へと向ける。町中歩き回ったから分かる、その視線はいつもある1点を見ていた。
「リリア。この先に何かあるの?」
「何って何が?」
当然、ハジメはとっくに気づいている。何があるのかリリアに聞くととぼけるが、その視線はどこか寂しそう。
エリスも当然気づいている。しかしリリアが隠したそうにしているので、何も言わずに不安そうにリリアを見ていた。
「リリア、さっきから気にしてるよね。何かあるの?」
「……」
ハジメの心配にリリアが黙る。その表情は表現が難しく、不安と恐怖、喜びと寂しさ、様々な感情が見え隠れする。
「……」
リリアは何を言って良いのか悩むと、そのまま黙ってしまう。けれどハジメもエリスも何も言わず、周りの喧騒を無視してリリアの言葉を待つ。
「……私が育った、家」
リリアが何とか絞り出した言葉の意味をハジメは噛みしめ、深く息を吐いて受け止めた。エリスは不安そうにリリアの手を握るので、リリアは握り返す。
「気になる?」
ハジメの小さな声に、リリアも一拍置いてから小さく頷く。リリアの表情は見えず、何を考えているのかは分からない。
「行っても、良い?」
「行こうよ。時間はあるからさ」
ハジメは出来るだけ優しく声をかける。
もう買うべきものは一通り買った。後は宿に戻り、小さくまとめて荷造りすれば良い。
だから今は自由時間、どこへ行っても問題ない。
「ちょっとだけ付き合って貰っても、良い?」
「もちろん」
リリアの不安そうな言葉に、ハジメが支えるように返事をする。
リリアは何も言わず小さく頷くと、エリスの手を強く握り返した。
そのままリリアはいつも通りを装って歩いて行く。エリスの手を無意識に握りながら、出来るだけ前だけを見て黙って歩いている。
「「――」」
2人はその姿に先導されて進む。2人にとっては特に他と代わり映えしない道を歩いて行くと、リリアが宿の様な家から視線を離さなくなった。そのままその家の前に着くと足を止める。
「ここ?」
「うん」
ハジメが聞くと、小さく頷いて返される。
そこは小さな宿屋と言う印象の家。2階建てで看板も特にないが、知らなかったら宿と勘違いしそうだ。
その孤児院はとても静かで子供が居るとは思えない。けれどリリアは気にせず扉の前に近づくと、戸を開けようとする。
「――」
けれど何かに気付いて固まると、小さく息を吐いた。もう戻らない日常から目を背けるように少しの間俯くと、すぐに扉を見る。
一呼吸置くと、今度は扉をコンコンと控えめに叩いた。
「――、――こんにちは」
リリアは何かを言おうとしたが口を紡ぎ、けれどすぐに違う挨拶を送る。
ハジメ達が何も言えずに見ていると、中から「はーい」と女性の挨拶が返ってきた。
ガタガタと何かを取る音がするので待っていると、すぐに扉が開いた。
「どちら様ですか」
出てきた女性は、そこそこ歳を召している印象だった。ライファやヒカリよりも一回りは年上、けれどマリーよりは年下だろう。手には剣を持ち、急に来た人にしっかりと警戒している。けれど印象はかなりのんびりとしていた。
「あの……リリアと、言います。レインさんとサッシャ先生、居ますか」
リリアが緊張しながら聞く。その言葉にその女性は驚いてリリアの顔をマジマジと見ると、とても嬉しそうに微笑んだ。
「レインは私ですよ」
「……え」
その女性――レインの言葉にリリアは呆然とすると、言葉が漏れる。レインは返事も気にせずリリアの顔を嬉しそうに眺めると言葉を続けた。
「サッシャは――旦那は今、往診に行っています。まだ時間はかかると思いますので、中で待ちますか?」
レインの提案も耳に入らないほど、リリアが愕然としている。エリスが不安そうに見るが、一切反応がない。
「リリア」
「――」
ハジメが声をかけるがリリアは反応しない。けれど肩を叩いたりせず、ただ優しく声をかける。
「リリア」
「――え、ハジメ?何?」
ハジメが何度か呼ぶと、やっと言葉が届いたらしい。驚きながらハジメを見るので、ハジメは不安そうに言葉をかける。
「サッシャさんを待つのに中で待つか、だってさ」
「あ。――いえ、レインさんに会えたら安心しました。忙しい中近くに寄っただけだので、これで失礼します。サッシャさんはまたの機会で」
リリアが不器用に取り繕うと、レインは寂しそうに微笑む。
「そうですか。サッシャも喜びますから、また遊びに来てください」
「はい、ありがとうございます」
「え、ちょっとリリア?」
リリアはそこまで言うと返事も待たずクルリと後ろを向き、まるで逃げるように距離を取る。エリスと手をつないでいる事も忘れているのだろう。まるで引きずるように去って行っく。
ハジメが慌てて声をかけるが、リリアにその言葉も届かない。
「――」
ハジメはそれ以上何も言わずレインとお辞儀をし合うと、急いでリリアを追いかけた。
数分にも満たない邂逅。けれどリリアの背中は信じられない程小さく見えた。
レインと別れてすぐ、3人は何事もなかったように歩いていた。
けれどリリアだけは様子が違う。
今はエリスと握る手も離し、ハジメ達から少し距離を取って歩いている。どう見ても辛そうにしているのだが、リリアはいつも通りの表情を浮かべる。
「2人ともありがとう。久しぶりに会えて、満足できたよ」
「……」
リリアの嘘にハジメは何も言えない。
そのまま2人を無視して先に進むので、慌てて追いかけるとすぐ横を歩く。
「リリア、大丈夫?」
「――何が?」
ハジメが声をかけると1拍置いて返事と表情を作る。器用に、けれど不器用な表情で思いを隠すがハジメは誤魔化せない。
「何か気になる事があったんでしょ」
「何もないよ」
ハジメが追及するもリリアは表情を作ったまま視線を逸らし歩き始める。拒絶、というよりは不安を感じる様子にハジメは何も考えずに動く。
「――ハジメ?」
「いつかのお返し」
ハジメは何も言わずにリリアの手を優しく握った。リリアは驚いているが、ハジメは気にしない。
「これならきっと、俺たちにしか聞こえないから」
ハジメはそう呟くと肩を並べて歩く。
リリアを挟んだ反対側には当然エリスが来た。とても辛そうに手を握りリリアを見ているが、気付かない程に落ち込んでいる。
「だから、何もないよ」
「なら俺に何かあったんだよ。少し握らせて」
「……」
ハジメの分かり切った嘘にリリアは何も言えない。
手を握られるに任せ、けれど時々握り返そうとするも躊躇して、でも手の温かさに甘える。
そのままどうしていいか分からずゆっくり歩いていると、歩く速度が少し落ちる。リリアの速度に合わせていると、リリアの口がゆっくりと開かれた。
「……私が知ってるレインさんと違ったの。会ったのは数回だけど、もっと元気で……あんなに老いが目立つと思わなくて。数年会わなかっただけ、なのに」
リリアの言葉にハジメは何も言えない。
人生は短く、死は不平等に与えられる。過ごした時間は同じ、けれど久しぶりに会うがために過ぎた時間を実感し、変わった知り合いにショックを受ける。
表情も取り繕えずにハジメの手を握り返す。その弱さにハジメは優しく握り返す。
「――お父さんとお母さんと被って。怖く、なっちゃった」
リリアの震える声を受け止めて、ハジメは握り返される力を受け止める。
元の世界で同じように手を握られたら、きっと舞い上がっていただろう。けれど今、そんな感情は一切浮かばない。
ただ大切な仲間の不安を全て受け止め、支えになりたいと一緒に歩く。
だからリリアは怯えながら、心を支えられながら言葉を紡ぐ。
「でもまた、会いに来たい。怖いけど、会わなくて後から後悔したくない」
リリアは辛さも隠さず、自分の覚悟を示すようにハジメとエリスの手を強く握る。
泣いているのかもしれない。無理矢理笑っているのかもしれない。
それでも後悔しないよう、けれど表情を隠すように俯く。
そんなリリアの弱さを受け止めながら、ハジメは前を向く。
「その時は一緒に会いに来よう。辛かったら、エリスみたいに俺に全部ぶつけて良いから」
「どういう意味!」
ハジメの軽口にエリスが怒ったフリをする。けれどリリアの手は離さず、慰めるように体温を分け与える。
「言葉通りだけど」
「それじゃ私が毎回ハジメを殴ってるみたいじゃん、そんな事しないよ」
「そうだな、蹴ってるだから違うか」
「そうじゃない、蹴るよ」
「何だよ、ホントに蹴るんじゃないか」
「ハジメの言い方が悪い」
「エリスがいつもやるからでしょ」
「ハジメの言葉が悪いんだよ」
「悪くなくても蹴るだろ」
「だってハジメだもん」
「その理由はおかしい」
リリアを挟んで2人がじゃれ合い始めるので、リリアが目をパチパチとさせながらその会話を聞き入る。
けれどすぐに何を考えているのか気づくと、2人の軽口に甘える。
「――そうだね。その時はお願いね」
リリアは少し辛そうに笑うと、慰める2人に甘えるように手を握り直した。
握り返される手に、色んな思いがハジメの中を駆け巡る。
けれど言葉にせず、冷え切ったリリアの手に安らぎを与えられるように優しく握り返した。




