74.懐かしい町へ
「ドラゴン狩り?」
晩御飯を食べながら、アスティアが聞いてきた。
今は夕飯の時間、今日は買って来たパンにハヤシソース風のとろみを付けたトマトスープ。ミノルに教わったとアマラが嬉しそうに話していた。
「うん。数日のうちに行く予定だから、アスティア達には今のうちに伝えたくて」
「羽毛?鱗?」
「羽毛」
「それは面倒だね」
「うん」
リリアが食事を美味しそうに食べながら、少し困ったように答える。
今はリリアの家、ハジメ以外が揃って食事をしている。なんだかんだ言ってハジメは家に来る回数は少なく、前回誘拐されてからは1度しか来ていない。
「どれ、くらい?」
「1ヶ月くらいになるかな。ノビリ町も久しぶりだし、行った事がない場所も行くから長めに考えてる」
ラナラスが不安そうに聞いてきた。
普段行かない場所での活動がどれだけ危険か、ラナラス達の方が良く分かっている。Bランクに上がったとは言え、危険には変わりない。
「じゃあ、この家はどうするの?」
アスティアがもう1杯とおかわりを取りに立ち上がりながら聞いてくる。エリスは既に満腹らしく、のんびり会話を聞いている。
「1ヶ月ぐらいだし、戸締りしっかりしていくつもり。ギルドに借家登録も考えたけど、短期間だし面倒だから」
リリアが諦めた様に呟く。衝動買いに近い形で買った家、それでも休まる場所となっている。
けれど冒険者と言う仕事上、長期の外出はある。家を空けてる間どうするかは考えていたが、答えを出す前に買ってしまった。
「ならさ、居ない間私達に貸してくれない?お金は払うからさ」
アスティアがおかわりと相談を持って帰ってくると、リリアが驚く。
昇格試験も終わった。あと数日で兵士寮に移る準備をしていて、色々溜まってきた荷物をまとめ始めていたのにまた残ると言うのだ。
「借りれると嬉しい。こっちなら好きに料理できる」
アスティアの提案にアマラが嬉しそうに答える。今は毎日ではないが、アマラが料理したいときに料理している。兵士寮に移っては難しくなるため、趣味に時間を使えるのはアマラにとっても嬉しいのだろう。
「アスティア達なら安心して……は貸せないけど、信頼できるし嬉しい」
「ちょっとどういう意味?」
どこか含みがあるリリアの言い方にアスティアが嫌そうに顔を顰める。その表情にリリアは真面目に答える。
「家に置いていった服とか、勝手に持ち出されそう」
「……しないよ」
「今の間、何?」
アスティアの不穏な発言にリリアが呆れる。エリスも凄く嫌そうに見るが、アスティアは気にせずに食事の続きをする。その様子にリリアは小さくため息を吐くと、食べ終わってのんびりしているラナラスに話しかける。
「貸すとしたら、いくらぐらいになるかな」
「えっと――」
ラナラスはそのまま周りをグルリと見る。
1階はリビングに客間、キッチンにお風呂などしっかりとした作り。2階は2人の部屋と物置代わりの小部屋が1部屋。アスティア達も住まわせてもらっているが、そこまで狭い感じがしない。
「1ヶ月、なら、銀貨3枚、ぐらい、だと、思う」
「……そんなにするの?」
「良い、お家、だよ」
予想以上の値段にエリスが目を丸くする。けれどラナラスは当たり前と微笑む。
「3人に貸すならそんなに要らないよ。私達の部屋に入れないように鍵かけておくから、それで銀貨1枚はどう?」
「安すぎ、ます」
リリアの提案にラナラスが嫌そうに返す。けれどリリアは気にしない。
「なら部屋の鍵無くさないように、ラナラスが預かってくれない?」
「……それ、なら」
「良くない。なんで私じゃなくてラナラスに鍵を預けるの」
ラナラスが少し不服そうだが納得した様子で頷く。反対にもっと納得しないのがアスティア、リーダーなのにどこか信用されてない扱いに不満そうにする。
「だってねぇ」
「ねぇ」
リリアとエリスが当然と言った様子で顔を見合わせる。
アスティアが頬を引きつらせると仕返しとばかりに襲い掛かろうとするので、動き出す前にエリスがぴょんとコタツから飛び出して距離を取った。
「なんで!?エリスは反応早すぎるよ!」
「アスティアから危険な気配がしたの!」
楽しそうにエリスで遊ぶアスティアに、アマラが呆れたように額に手をやった。
「どうしてこうなったんだろうね」
「それは私も聞きたい」
ハジメがどこか諦めた様に、けれど少しワクワクしたように呟く。リリアも同じ呆れた様に呟くが、こっちは疲労感の方が強い。
数日が経ち、現在リリア達は馬車に揺られて広く整備された道を進んでいる。リリアとハジメは並んで座り、エリスがリリアを膝枕、ハジメを足置き代わりに横になって御者台にいる。
「楽だし良いじゃない?」
エリスがのんびりと空を見上げながら呟く。昨日降っていた雨のせいかまだ雲が目立ち、そのせいか風が少し冷える。
馬車を引くのはエレファントホース、とても見慣れた姿で普通の馬車よりも早く好調な速度で進んで行く。
本来だったら1回ぐらい野宿を挟むのだが、朝早く出た事とエレファントホースの速度もあり陽が落ちる前に目的地のノビリ町に着くだろう。
「楽だけど、まさかこんなことになるなんて」
ハジメが苦笑いしながら、置かれたエリスの足をカイロ代わりにトントンと撫でる。
ドラゴン狩りは決まったが、ウルルの森にもサイシアの近くにもドラゴンは居ない。一番近いのが隣のノビリ町。
1ヶ月程サイシアから離れるため、挨拶も兼ねてグレンに報告に行ったのがこうなった原因。グレンにノビリ町に行くことを報告すると、エリザベスが寂しがるのでせっかくだから会ってくれと言われたのだ。
エリザベスは元気そうに放牧地でのんびりしていた。その姿はまるで放牧地の主のよう。
挨拶に来ると、隊商レイド以来だったためとても嬉しそうに近寄ってくる、その表情は会いに来なかったのが悪い事のように感じるほどだった。
――ノビリ町に仕事に行ってくるね。
また離れる、そのリリアの言葉を聞いたエリザベスが見て分かるぐらい寂しそうにすると、少し間をおいて地面に何かを書いたのが始まり。
――少し待って。
たったそれだけを書くと、さっさと離れて行った。
3人が顔を見合わせて不思議そうにしていると、エリザベスは厩務員の元に行く。何か会話をした直後、厩務員が笑いながら頭を抱えると言う不思議な行動が見えた。
そんな厩務員を気にせずエリザベスが戻ってくると、リリアを前にして再び文字を書いた。
――連れて行く。5日待って。
その言葉に何も言えなくなるのはリリア達だ。要らないとも言えない真剣な顔に、納得するしか出来ない。
「まぁ、馬車代が要らなくなったのは助かったけどね」
ハジメが嬉しそうに笑う。
エリザベスに連れて行って貰うのは良いのだが、3人が乗る荷馬車はそうもいかない。エリザベスに合った荷馬車が必要だし、当然費用がかかる。
現在お金に余裕があるのはハジメだけ。ノビリ町での滞在費用は多めに見積もって金貨1枚を考えていた。そこに馬車代金が入ると、余裕は勢いよく減っていく。
エリザベスはそこまで理解していた。なら何故5日も求めたのか。
その間にグレンを通じてスノーライトに連絡を取り、荷物運搬の仕事を拾ってきたのだ。荷馬車まで借りて来たので費用は無く、反対に依頼料を貰える。
あまりの行動に、今度はグレンとクロッサが一緒になって頭を抱えて笑っていた。
そのため現在、後ろにある荷馬車は大量の荷物が乗っている。そこにハジメ達の荷物やテントを載せたら、足の踏み場もなくなった。
今ハジメ達が御者台に座っているのはそこしか座れないからである。
それでもリリアは少し後悔するように表情を曇らせる。
「だね。それでも、本当にハジメには迷惑ばっかりかけて」
「リリアが気にする事は無いよ。俺も悪かったんだし、これぐらい俺に払わせて――いてっ、おい」
「そうだよ、ハジメが全部悪いんだからリリアは気にしない」
ハジメが慰めると、エリスが足置きに反省させるように踵をトントンと落とした。勢いは無かったが流石に痛い。ハジメが文句を言うように睨むが、気にした様子はない。
ハジメが反撃とばかりにズボンを少しまくり上げると、見えた足首を掴んだ。
「エリスは少し気にしろ」
「ちょ、冷たっ――もう!」
「うごっ……」
外気に冷え切った手は相当冷たく、エリスは全力で暴れるとハジメの脇腹に蹴りを突き刺す。
「エリス!」
「ハジメが悪い!」
「だからってダメ!」
リリアが叱るがエリスは気にせずハジメを睨む。脇腹を抑えた足置きは、呻きながらエリスを睨み返す。
「エ、エリス。さすがに、やり過ぎだろ」
「ハジメが悪い」
「2人とも喧嘩しないの」
リリアが呆れた様に呟くので、ハジメが諦めた様に小さくため息を吐く。
エリスは未だにトントンと足置きで遊び続けるので、ハジメはその足を抑え、リリアが呆れてツンとおでこを突いた。
そんなじゃれ合いを気にせずエリザベスはどんどん進んで行く。
変わっていく景色を眺め、昔懐かしい記憶を噛みしめながら。
あの時とは変わった後ろの家族を嬉しそうに楽しそうに、寂しそうに運んで行った。
日が落ちる前にノビリ町の入り口に着くと、そこはとても静かだった。ちょうど人が少ない時間らしく、ほとんど待ち時間なく受付は終わる。
リリアの冒険者タグを見た瞬間は衛兵が凄まじく緊張していたが、荷の確認もすぐに終わり何事もなく通った。
問題はギルドに着いた時だ。
エリザベスと荷馬車が邪魔にならないよう、入り口から少し離れた位置に止まったのだが周りの視線は止まらない。
エレファントホースで来た。それだけで何かしらの貴族や大商店の関係者が濃厚なのに降りて来たのは若者だけ、何事だと視線が集まる。
エリスはその視線を嫌がり存在感を限界まで消していて、リリアの陰に隠れるよう努力している。
「こんなに視線が集まるんだ」
「こんなもんだよ。私もCランクに上がった後とかはこんな感じだったしエリザベスは目立つからね」
ハジメが少し嫌そうに呟くと、諦めた様にリリアが微笑む。
そのままギルドの戸を開けると、視線は再び集まる。と言っても外に比べたら静か、受付に1人、待合場も片手で数えられるぐらいの人数が、入ってきたリリア達に視線を向ける。
彼らにとっては一切知らない人が来た、それだけでも緊張と警戒になりえる。アスティア達が王都ギルドに来た時もこんな感じだったのか、とハジメがぼんやりと思うと、リリアが気にせず歩き出した。
ハジメものんびりと追いかけると周りで見ていた人たちがほんの少し、何があっても動けるように浅く座り直したり、音をたてないように武器を手元に近づけたりした。
「こんにちは、依頼でノビリまで来ました」
その様子をリリアが音だけ満足そうに聞くと、受付に挨拶してギルド宛ての手紙と冒険者タグを見せる。リリアがちらりとハジメ達に視線を向けて来たので、慌てて駆け寄り一緒にタグを見せた。
「――え、Bランク!?」
受付はタグを受け取ると叫んでしまう。その言葉は綺麗に響き、周りで警戒していた人たちも驚愕と尊敬の視線を向ける。
「すいません。急いで確認します」
受け取った手紙を慌てて開いて確認すると、それは王都ギルドマスターのサシウスから手紙。
荷物運搬の事、1ヶ月を目安にノビリに滞在する事、その3名の名前とランクが書かれていた。
本来ここまで丁寧である必要はないのだが、ノビリ町ギルドの対応が楽になるのでわざわざ作ってもらったのだ。
「――こちら承りました。運搬してきた荷物はどうしますか?」
「スノーライト側への手紙もありますので、私達で届けます」
「分かりました。お気を付けください」
リリアはそこまで話すと、ハジメとエリスと一緒にギルドを後にする。尊敬の視線が周りから注がれるが、気にした様子もなく進む。
ギルドを出て荷馬車に戻ると、エリザベスはリリアの号令もなしに進みだす。
「こんな簡単で良いのかな」
「私達は魔物や魔獣に襲われた時の保険だからね。何も無い時はこんなもんだよ」
何もせず終わってしまった仕事にハジメが困惑すると、リリアが苦笑いを返す。
「えっとこの後は、スノーライトに馬車ごと荷物を預けて、エリザベスを軍の厩舎に届けて終わり?」
「一緒に宿も取らないと」
「そうだった、忘れてた」
ハジメが後の事をまとめるとリリアからツッコミが入る。いつも王都ではやっていなかった事なので、どうしても抜けている。
「普段やらない事だから大丈夫。私も忘れるかもしれないから、お互い注意しよう」
「分かった」
「うん」
リリアの声かけにハジメとエリスも返事をする。慣れすぎるのも危険だが、慣れていないも危険。
3人ともその事を良く分かっているので、注意しながら馬車に揺られた。
そのまま、本当に何もなく終わってしまう。
唯一の問題としたら、リリアがお金を節約しようとして3人部屋で宿を取ったことぐらい。
ハジメの説得も意味なく、しかし普段からテントで寝泊まりしているせいか特に違和感なく全員寝てしまった事だけ記載しておく。




