2-5 見覚えのある天井
私の予測通り、ロンの行動は噂になった。
というか、早すぎ。
仕事を終えて部屋に戻ってきたメグはすでにマリーナで私が何をされたかを知っていて、ニヤニヤしている。
「旦那様も大胆ね」
「何が大胆なのよ!頬に触れただけでしょう?っていうか、なんで知ってるの?」
「屋敷中の噂よ。明日出勤したら質問攻めかもしれないわ。あ、違うわね。羨ましそうに遠くから見られるって感じかも」
「そっちのほうが嫌。私とロンはただマリーナで食事して、ロンが触りたいっていうから頬を触らせてあげただけなのに!」
「……それがおかしいのよね。まあ、旦那様は」
「何?」
「なんでもないわ。噂では仲睦まじく食事をして恋人のように寄り添っていたってことになってるわ」
「恋人?!寄り添う。ないから、あったのは頬を触られたくらいよ」
「それが問題なのよね」
「……確かに。おかしいとは思う」
「おかしいってわかってるの?だったら」
「だって、悲しそうだし。頬を触ったら嬉しそうだったから、まあいいかなと思って」
「もう、それが」
「それが?」
「なんでもないわ。ジャネット。もう、公表してもらったほうがいいんじゃないの?おかしなことになる前に」
「おかしなこと?」
「そのうちあなたが旦那様の婚約者とかそういう存在になるわよ」
「え?それはいや〜〜」
「だったら」
公表したらきっとあのくそ親父はここにやってくる。
だけど公表しなくて、ロンとその姉弟のふれあいをしていると恋人とか婚約者とかと勘違いされる。
どっちも嫌。だったら道は一つしかない。
「メグ。私、お屋敷を辞めるわ。それが一番いい方法だと思うの」
「え?それが一番駄目な方法じゃないの!」
「ううん。辞める。次の行き先が決まったら辞めるから」
「ええ?旦那様や大旦那様、大奥様が悲しむわ。駄目だからね」
「ごめん。メグ。私は公表されるのも、ロンの恋人みたいに思われるのも嫌なのよ。ロンも前みたいなおかしなところがなくなったし、お父様もお母様もきっと大丈夫」
「駄目だから。私は絶対に認めないからね」
「メグ……。お願いよ。公表してあのクソ親父がみんなに迷惑をかけるのが嫌なのよ。ロンも私が姉だからって恋人みたいに距離が近くなってるだけ。私がいなくなったらきっと」
「ジャネット。あなたがいなくなったら旦那様は元に戻るだけよ。もっとひどくなるかもしれないわね」
結局私たちの話し合いは平行線。
メグは怒ったまま部屋を出ていってしまった。
追いかけたほうがいいと思ったけど、なんだから疲れてしまってそのまま寝てしまった。
それがよくなかったらしい。
翌日、私はひどく後悔することになった。
☆
目覚めたら、いつもと違う天井が見えた。
でも見知らぬ天井ではない。見覚えがありすぎる天井だ。
私はマリーの部屋にいた。
なんで?
体を起こして見ると、着ている服は昨日と同じ。
ちょっと安心しながら、ベッドから降りてみる。
マリーの部屋は十七年も経つのにほとんど変わっていない。
メイドとして何度かこの部屋に清掃のため入ったことがある。
そういえば、記憶を取り戻してから部屋に入ったのは初めてかもしれない。
懐かしくなって、クローゼットを開けてみる。
古いドレスの中に、この間新調してもらったドレスがあって、ふと我に返った。
懐かしがってる場合じゃないわ。
なんで、私、マリーの部屋にいるの?
確か、寝たのは自分のメイドの部屋だよね?
何かわからないけど、早く出た方がいい。
そうして扉に向かって歩いているとばーんと扉が開かれる。
現れたのは満面の笑みのロン、そして少し慌てた様子のメグだった。
「おはようございます。姉上」
「おは……じゃない。なんで、私がここにいるの?!」
「メグ。扉を閉めてくれる?」
「はい。旦那様」
私の問いは無視され、そんな会話がされた。
ぱたんと扉がしまってから、ロンが私のところへ近づいてくる。
笑顔がなんか怖いんだけど?
助けを求めるようにその背後のメグを見ると、ちょっと引き攣った笑みを浮かべていた。
え?どういうこと?
「姉上。メグから聞きましたよ。屋敷を出ることを考えてらっしゃるようですね」
「メグ。話したのね?!」
なんてこと。
メグのこと信じていたのに!
裏切られた気持ちになって、彼女を見ると申し訳なさそうな顔をしている。
「姉上。メグを責めるのはお門違いです。メグは僕のメイドです。僕のために動くのは当然です」
「でも、その前にメグは私の友達でしょう?」
「ジャネット。ごめんなさい。でもあなたが出ていったら旦那様がどうなるかわからなくて」
「どうなるって」
「姉上。今度姉上を失ったら僕は死んでしまいます。だから絶対に出ていくのはやめてください」
「ロン。あなたはもう立派な大人よ。っていうか当主なのよ。そんな馬鹿なことを言ってどうするの?」
「馬鹿なことって。姉上。僕にとって姉上ほど大事なことがありません。あなたが戻ってきてくれた。もう他には何もいりません」
「ロン。だめだから。そんな」
「ジャネット。お願い。旦那様のために屋敷に残って」
ロンに、メグに懇願されて、私は屋敷を出ることを諦めた。
でもなんで、私がマリーの部屋にいるのかは、はっきりさせなきゃ。
「ロン。メグ。どうして私がマリーの部屋にいるの?誰が運んだの?」
「僕だよ。だって、そのままどこかにいってしまいそうだったから」
「私はどこにもいかないわ。だから部屋に戻してくれる?仕事もあるし」
「姉上。もう仕事はしなくていいのです。姉上は、姉上として僕の側にいてくれたら」
「はあ?」
「ジャネット。あなたがマリー様の生まれ変わりであることはお屋敷の者で知らないものはいないわ。お屋敷内ならいいでしょう?」
「屋敷内って。それで済むわけないじゃない。そのうち街中に広まって……」
「広まればいい。メグから聞きましたよ。あなたはお父上、ソウ男爵を気にしているようですね。もしこちらに来ても十分な対応をするからご安心ください」
「十分な対応って?」
「野蛮なことはしません。だって、姉上、ジャネットの父上ですから」
「父のことだから、お金をせびるに決まってる。そんな迷惑かけられない」
「姉上をこの世に再び生み出してくれたのだから、その謝礼はしますよ。でも彼がしたことは許せませんけどね」
「メグ……。話したのね」
「だって」
「姉上。メグが話さなくても調べればわかることです。謝礼は渡します。それ以上のことは僕にお任せください」
「ロン!」
「あなたの父上です。おかしなことはしないのでご安心ください」
ロンは笑顔のまま繰り返す。だけどそれがちょっと怖いんだけど。
っていうか私が寝てるうちに状況が変わりすぎなんだけど。
「姉上。お腹好きませんか?マリーナのパンを買ってきてもらったのです。一緒に食べましょう」
頭が追いつかない私にロンが笑いかける。
「旦那様。その前にジャネットの朝の支度を済ませてしまってもよろしいですか?」
「あ、そうだね。嬉しくて気が付かなかったよ。メグ、頼んだよ」
怒涛のように現れた彼は状況把握に追いついてない私に捲し立てると、そのまま出ていってしまった。
「メグ……。一から状況説明してもらってもいい?」
友達と思っていたメグ。
裏切られた気持ちでいっぱいだったけど、彼女に状況を説明してもらうことにした。




