義手の銀騎士、フレイア
「かわいい……」
僕が今まで頼りにしてきたたった一つの価値観が揺さぶられ、目の前の景色が現実かどうかすら曖昧になっていく。
まるで全てが嘘だったかのようで、今まで感じたことのなかった不安感が、ずるずると僕の身体を暗い海底へと沈めていくような……
「主ちゃん」
「守羽ちゃん」
気がつけば、僕は姉妹に抱きしめられていた。
「私たちを助けてくれたのは、間違いなく主ちゃんだ」
「だから、大丈夫だよ」
「マリオン、ミリー……」
「あの魔女の話から察するに、外でフレイアが待っているんだろう。そろそろ準備しよう」
「ほら、守羽ちゃん、こっち来て」
手招きするミリーに連れられて、僕はベッドルームの端に設置されている化粧台の前にすとんと座った。
そこには、すこしうつろな目をした天使……と同じ顔の、僕が座っていた。
自分で頬っぺたをつねると、ピリッとした痛みを感じた。
「いてっ」
「守羽ちゃんが普通の人じゃないのは、なんとなくだけど、わかってるよ」
ミリーは僕の髪をとかしながら、ぽつりとこぼした。
彼女が僕を気遣っていることがわかって、ごめん、と小さく吐き出した。鏡に映ったミリーは耳を立てて、柔和に笑った。
それきり、二人とも何も喋らなかった。
やがて、ミリーが手を止めた。
「あのさ、守羽ちゃん」
「うん?」
「イメチェン、しよっか」
「イメチェン……?」
「うん。詳しくは分からないんだけど、守羽ちゃんは憧れている人がいるんだよね」
「あ、うん……ええっ、と、そうかな……」
どう説明したらいいのかわからなかった。憧れの人と同じ容姿にしてもらって、転生した……なんて、説明したところで、荒唐無稽な話だと流されてしまうだろう。
しかし……彼女たちなら、とも思う。
見ず知らずの僕に優しくしてくれて、”盟友の誓”を立てた彼女たちなら、僕の話を聞いてくれるんじゃないかと、期待してしまう。
「守羽ちゃんはどういう髪型が似合うかなあ」
ミリーは言いながら、僕の髪を束ねては解き、また別の形に束ねて解きを何回か繰り返した。そのうち、後ろに髪の毛をまとめて束ねたあとに、横髪を編み込んでいき、まとめた髪の毛にくるりとそれを巻き、ピンで留めた。
「どう?」
「か、かわいい……」
「あはっ、自画自賛だ」
そうだ……そうだよ。僕はこんなにもかわいいんだ。かわいく生まれ変わったんだ。
背中を鏡に向けると、ピンク色の髪が馬尾のように末端で花開き、編み込みが横から支えている。
確かに、これは天使とは違う、ちょっとオシャレな髪型だった。
「ミリー、そんな髪型どこで覚えたんだ」
「え? 昨日だよ。街中で似た感じの人がいてね。あれ、守羽ちゃんにやってみたーいって思ってたんだあ」
なるほど、と納得いった様子のマリオンは、僕に服を手渡してくれた。
「あ、順番逆だったあ……ごめんね。
あのパイネって人に、何か嫌なことを言われたんでしょ?
励ましてあげようと思ったんだけど、ちょっと先走っちゃった」
「ううん、大丈夫だよ」
僕は服……と言っても、真白のワンピースにしか見えないそれに着替えた。
服は主人を見つけたように光ると、その姿を変えた。
「おお、これが”アニムス”……」
「流石私の主人だ」
どこか誇らしげに僕を見つめるマリオンと、目をキラキラ光らせるミリオン。
僕は二人の手を取って、深々と頭を下げた。
「心配かけてごめん。ちょっと、不安になっちゃって……」
二人はぎゅっと、僕の手を握り返してくれた。
「主ちゃんが元気になってくれれば、それでいい」
「そうだよ!」
「ありがとう……!」
僕たちがロビーに着くと、そこには銀色の髪をお団子のように結び、頂点近くには白い毛の生えた耳が立ち、タキシードのようなすらりとした格好に身を包んだ人が立っていた。
「遅い」
「ご、ごめんなさい。色々あって」
「おおかたの事情は把握している。”魔女”に気に入られているようだな」
「あの、有名なんですか? パイネって……」
「”サルバトール”の名前を聞いて、何も思わなかったのか?」
「いえ……」
言いながら、彼女の右腕に目線を向ける。昨日の夜会った時はメイド服……のような服装だったから、隠れていて気づかなかった。
話題に出していいのか分からずに、とりあえず視線を上げると、ちょうど目があった。
彼女はフッと自虐的な笑みを零した。
「義手が珍しいか?」
「ああ、いえ、格好いいなって思って」
「……変わっているな」
彼女は尻尾をくるくると巻いた。
「本来、これは不名誉の証だ。利き腕を落とされるなんて、騎士にあるまじき失態だ。しかし、エミセレナ様は私を近くに置いてくださっている」
「義手……ああ、なるほど。奴隷に連れられている途中、彼奴らが話していたな。エミセレナ様の横には、いつも義手の獣人がいると。
去年、”銀騎士”の称号を貰ったと聞いたが」
フレイアは何も言わずに、踵を返した。
付いてこい、と言わんばかりの背中を僕たちは追いかけた。
僕たちが宿泊した場所のすぐ近くには、広場があった。
女の子の彫像の周りから水が流れている噴水と、綺麗に整えられた並木があって、ぼおっとするには最高の場所だ。
フレイアはピタリと止まり、振り返った。
「そこの従者二人は、噴水の前へ」
「え、どうして?」
ミリーは軽く聞き返したが、マリオンは彼女の真意を探るように顔を見つめ、やがてミリーの手を取って、噴水近くまで離れていった。
「……いざという時は、止める」
「出来るものなら」
フレイアは軽く笑って、僕に向き直った。
直後、痺れるような威圧感が辺りに広がり、僕は気圧されて、思わず一歩引いた。
彼女の雰囲気が、変わった……!?
「通常、街中で武器を振るうことは禁じられている。
しかし……」
そう言って、フレイアはポケットから何か光るものを取り出し、放り投げた。
それは地面にぶつかると、半円状のドームを形作り、青色の薄い膜を空との間に生み出した。
「この空間の中では、許容される」
「こ、これは一体?」
「決闘だ」
彼女は耳に手を当てると、鈍い色の光が彼女の手に集まっていき、一つの武器を形取る。
「そ、それって……!?」
彼女は手に収まったそれを、こちらに向ける。
”銃口”が、僕の頭を射抜いていた。
「エミセレナ様の命により、貴様の力を見させてもらうぞ。
……”銀騎士”フレイア、参るッ!」




