47 青の魔王
とんっ。軽やかな音がバクラドを囲む壁の上からした。その音に気づく者はいなかったが、気づいたとしても気にも留めないほどの音。
その音を出した者が、このバクラドに不幸をもたらすとは、誰も思わない。
壁の上には女がいる。先ほどの軽やかな音は、女が壁の上に着地した音だ。
風になびくさらさらとした髪は、空の色にとけるような青色。同色の瞳は、つまらなそうにバクラドの街並みを映している。
「勇者、ね。本物なのかしら?」
「本物だとしたら・・・それはそれで残酷ね、女神さまは。」
女は、胸の前で手を組み、祈りを捧げるように目をつぶった。
「さて、始めましょう。魔王の仕事を。」
まぶしい日差しを避けながら、俺はギルドへ向かう。今日は、久しぶりに街の雑用を受けることにしようと考えていた。
ロジから、一人で街に出る許可を得たので、ここ数日は薬草採取をしていたが、流石に飽きた。街を出る許可と言っても、安全が確認された森だけなので、最初の頃こそワクワクしていたが、今はただの散歩コースでしかない。
少しでいいから、冒険がしたいと思うほどに、俺は平和ボケしていた。
ギルドの前に来て、俺は気負うことなくギルドに入る。ここも、もう慣れた。前世でいう学校並みに慣れ親しむことになり、ここではくつろぐこともできる。
からん。ドアベルの音が鳴り、涼しげな風がほほをかすめた。
「は?」
中は暗く、というか中!?
そこに広がるのは、上は星空、足元は草原という、どこかで見た景色。少し離れたところには大きな白い石があり、俺はいつもあそこにいた。そう、ここは女神と会う夢の景色。
「え、俺いつ寝たんだ?」
「寝ていませんよ。相変わらず頭の出来が悪いようですね。」
背後から聞こえる落ち着いた女神の声に、俺はもう驚かせられない。だが、出会ってそうそう悪口を言うとは、本当に性格が悪いな。
「今回は、私も予測できないものでして、直前のお知らせとなったことをお詫びします。」
「不幸の知らせか。」
「それ以外に何があるというのでしょうか?あなたのような下等生物の相手をするほど、私は暇ではありません。」
そんなことを言って、今相手にしているじゃないか。暇なんだな。
「面白いことには時間を割くだけですよ。」
「それで、今回の知らせは?」
「まぁ、焦らずに。まず、なぜあなたにこんなことを伝えに来たかというと、事が起こっている最中に、何が起こっているのかわからないと、面白さが半減すると思ったのです。なので、あなたにはこれから起こる事の原因をお伝えしましょう。」
「何が起こるんだ?」
直前と言ったからには、すぐに起こるのだろう。ここで女神と長話をしている暇はない。すぐにサウス、ロジと合流して対策を考えなければ。
「出来の悪い頭で色々考えているようですが、無駄ですよ?今回起こる事の原因は、魔王です。青の魔王・マリアが、ここバクラドを襲います。」
「は?魔王・・・マリア?襲う?」
「さ、時間がないのでしょう?あなたの騎士が迎えに来たことですし、目覚めなさい。」
強い日の光を感じる。街の喧騒も聞こえ始めた。
「ぐっ・・・」
「勇者様!」
俺を呼ぶ声が聞こえたかと思うと、激しく体を揺さぶられた。気持ち悪い。
「や、やめろ!」
俺は目を開けて、叫んだ。まだ揺さぶられたままだったので、状況がよくわからないが、どうやら俺は、地面に足を投げ出して上半身は誰かに支えてもらっているようだ。
「よかった。目を覚ましたんですね。」
「心配のし過ぎじゃ。どうせ寝不足かなんかじゃろうて。」
聞きなれた2人の声に安心するも、俺は女神の知らせを思い出し、サウスの腕をつかんで顔を見上げた。
「魔王が来る!ここを襲う気だ!」
サウスは、俺の言葉に目を見開くが、すぐに真剣な表情になる。
「それは、本当ですか?」
「・・・寝ぼけているわけでは、ないのじゃな?」
「あぁ!盗賊の時だって、本当は事前に危険があることがわかっていたんだ。ただ、あの時は何が起こるかとかわからなくて・・・いや、今回もわからないが。魔王が来て、ここを襲うことは間違いない!」
俺の言葉に2人は顔を見合わせた。俺の言葉が信じられないという感じではなく、信じて覚悟を決めているような様子で、緊張感が高まった。
「確認しますが、魔王はここを襲うのですね?」
「あぁ。この街、バクラドを襲う。どうやって襲うとかはわからないが、すぐにでも襲うみたいだ。時間がない。」
「そうですか。わかりました。」
「致し方ないの。」
2人は頷き合って、俺に向き直った。
ついに、魔王と対峙するときが来た。何の力も持たない、何の力も目覚めなかった俺は、ここで死ぬだろう。怖くて逃げだしたい。でも、ここで逃げだせば、人類に追われる身になることは、俺でもわかる。
なら、ここは潔く魔王に剣を向けて散る。直前に無様に命乞いをしてしまうかもしれないが、今はそれしかない。ただ、この2人だけは生き残って欲しいと思う。
俺のせいで死ぬかもしれないのに、この2人は俺に最後まで優しく、時に厳しく、でも悪意なく接してくれた。だから、2人は、俺とは別行動をして欲しい。そう、例えば、住民を避難させるとか。
「勇者様、申し訳ございません。」
唐突に、サウスが覚悟を決めた表情で謝ってきたので意味が分からなかった。
「かはっ!?」
俺は、腹にすごい圧迫感を感じ、息を吐きだした。視界が暗くなる。
何が起こったのか?その時の俺にはわからなかったが、サウスに鳩尾を殴られたのだ。それを受けた弱い俺は、あっさりと意識をなくした。
この日、バクラドは魔王に襲われ、見るも無残な姿となった。




