42 一人でいい
勇者召還を行ったメルニース王国の隣国はいくつかある。その一つに帝国と呼ばれる軍事国家がある。完全実力主義のその国は、勇者の力を疑っていた。
魔王が人類を襲う今、人同士で争っている暇はない。帝国はそれを理解しているが、勇者の実力を何一つ見せず、魔王討伐へと勇者を送った王国に不信感を持っていた。
勇者の活躍が一報も届かないことが、さらに不信感をあおり、帝国は調査隊を王国に送る。
他国に兵を送るも同然で、許されない行為だったが、その行為は多くの国に支持をされ、問題となることはない。それほどまでに、王国の不信感は大きかった。
勇者召還は行われなかったのではないか?そんな不安もあり、はっきりさせたいと思うのは、不思議なことではない。
もし、勇者ではなく別の者が魔王のもとに送られてその者が死ねば、魔王をへたに刺激するだけだ。
優秀な帝国の調査隊は、無事に勇者らしき人物を発見し、今はその実力を見極めている最中だった。
「もう、ここまでにしよう。勇者に仲間はいらない。」
特徴と言えば、黒すぎる髪と目。どこにでもいそうな、男。剣を握れるかも怪しい体つきを見て、調査隊は驚愕した。さらに、仲間は不要と言った不遜な態度も眉を顰めるものだ。
「あら?お別れは済んだのかしら?」
「ジュリア!?もう来たのか。」
ジュリアと呼ばれた女は、勇者に声をかけて、勇者の腕に自らの腕を絡め、妖艶な微笑みを、勇者のかつての仲間に向けた。
「後は任せなさいな、私がこの子を預かるわ。」
「・・・」
勇者は黙ってうつむいた。
「そんな勝手なことが、許されるわけないでしょう!」
「そうじゃ。いまさら何を言うか、小僧!」
怒鳴る2人を無視して、勇者はその場を立ち去った。もちろんジュリアを隣に侍らせて。
これでよかったんだ。あの2人は、これで危険な目にあわせずに済む。元から、こうするのが最善だと思っていた。
俺は、ギルドの依頼が貼ってある掲示板の前で立ち尽くす。ここに貼ってある依頼をはがし、受付に行けばその依頼を受けることができる。
「今日は、あなたの好きにすればいいわ。ま、そのつもりなのでしょうけれども。」
面白そうにこちらを見るジュリア。目障りだ。でも、この女のおかげで、無駄な時間を2人に過ごさせずに済んだ。俺も、決心がついたのだから。
俺に適性のある依頼は、街でできる雑用系だと思う。魔物なんて、スライムを一匹倒したくらいだから。討伐依頼なんて、死にに行くようなものだ。
俺は、迷わず依頼をはがして、受付に行く。
受付の女は、依頼内容を確認し、口にした。
「オーガ討伐ですね。」
俺は頷いた。それが死を意味していることを理解していたが、迷わなかった。
オーガが出るという森に場所を移し、俺はただ黙々と歩いていた。
俺の腰には、いつもの巾着がない。代わりにさげている、水袋の重みが辛い。魔法袋は、宿に置いてきた。あの中には、サウスとロジの私物も入っているし、便利なアイテムはもう俺に必要ない。
俺は、懐に古い錆び付いた剣と、ベルトにはダガーをぶら下げていた。こんな装備で何を倒すというのか。笑ってしまう。
「あなた、あの2人とはどういう関係なのかしら?」
「・・・さぁ。」
「さぁ・・・て、仲間ではないの?」
「今はもう、仲間じゃない。俺は一人だ。」
「なぜ、一人なの?」
「必要ないからだ。」
「なぜ?」
お前がそれを聞くのかと、怒鳴りたくなった。でも、ジュリアは関係ない。元からこうなる予定だったのだと俺は思う。
だって、2人が俺のために一緒に死ぬ必要はないから。
「どういう関係なの?」
「・・・関係なんてものはない。あいつらは、国の命令で俺についてきただけ。それだけだ。俺とは、何の関係もない。」
「そうは、見えないわ。」
「見えなくても、そうなんだよ。」
「あら。」
突然ジュリアは前方を見て声をあげる。俺はそれを見て、目を凝らしたが何も見えない。
「もう少し先に、大きな気配を感じるわ。」
「そうか。」
じわっと汗が出てきた。
俺は弱いから。きっとこの先にいる何かが、俺を殺す。ジュリアは、俺を見定めるためにいるのだから、手助けはしてくれないだろう。
サウスとロジが、今まで俺を守ってくれた。でも、俺はその2人を拒絶して、2人から離れた。もう、俺を守ってくれる者はいない。
これでいい。何度も考えて、同じ結論なんだ。
何の力もない勇者。役立たずの俺がとれる最善の行動。
森のひらけた場所に、それは待ち構えるように立っていた。
醜悪な顔の人型の魔物。俺の身長の2倍以上あるので、俺はそいつを見上げ剣を構えた。
「あら、運がいいわね。お目当てのオーガよ。ここまで魔物の一匹も出会わずに来れるなんて、運はいいようね。」
本当に運がいいなら、俺はここにいない。きっと今頃は長期休暇に入って、家でゴロゴロしているだろう。ま、雑誌の仕事があるので、ずっとゴロゴロしているわけにはいかなかっただろうが。
オーガは、俺を見て、走り出した。ドスンドスンと信じられない音が響き渡る。
俺のすぐそばまで来たオーガは、俺に拳を向けてきた。
別に、拳と拳をぶつけて挨拶するつもりではない。俺を殴るために拳をこちらに向けているのだ。
すべての動きがゆっくりとしている。
でも、確実に時は動いていて、いつの間にか俺は、倒れていた。ゆっくりとした動きを目で追っていたはずなのに、何をされたのかわからない。
おそらく、オーガの拳がぶち当たって、吹き飛ばされ、倒れたのだろう。
「ごふっ」
何かが吐き出された。血の味が口いっぱいに広がって、血の匂いにむせる。
血の匂いで思い出されるのは、あの光景。
サウスに斬りつけられて、血まみれで倒れている盗賊たち。それが、今の俺と重なる。
体の痛みが、死んだときの恐怖を思い出させる。
女に刺されたときも痛かった。あの時は、あの後すぐにこちらへ転生したが、次はどうなるのか。
ぼうっと、空を眺めていた俺に、影がかかった。




