41 悪夢の連続
さわさわと、心地よい音。でもそれは、俺にとって不幸の始まりの音だ。
上は満天の星空。下は草原。俺は、その草原にある、大きな石の上に座って待っている。やがて聞こえた、不幸の足音は俺のすぐ後ろで立ち止まる。
「お待たせいたしました。何も力を持たない勇者よ、次なる不幸があなたを襲うでしょう。」
落ち着いた女の声が俺の耳に届いた。女神の声だ。
「前回は、たいしたことがなくて、少々拍子抜けでしたでしょう?ご安心を。今回は、特大の悲劇をご覧にいれましょう。」
悲劇。それは、どんなものだろうか?ふと、ドラゴンと対峙した時のことを思い出す。命の危機。どうしようもできないという諦め。
死ぬことはないにしても、取り返しのつかないことはあるが、なぜか俺の頭には様々な死が連想された。
サウス、ロジ、俺。次々と倒れていく。それは、血を吐いていたり、消し炭になっていたりして、とてつもなく恐ろしい。
未来に起こる出来事を想像し恐怖する俺に、女神は笑いかけた。
「あなたは、クズでいらっしゃるとか。それならば、次の出来事は不幸とは言えないかもしれませんね。」
クズ。それは、前世の親友が俺を指した言葉。女を蔑み嫌いながらも、女を利用し泣かせた、俺への言葉。
普通なら、クズと言われれば怒るところだろうが、俺はその言葉に安心する。もしかしたら、マゾなのかもしれない。
「それでは、今夜は用件までとさせていただきましょう。どうか、良い夢を。」
女の気配が消え、世界が揺らいだ。
夢なんて、ろくなものじゃない。こんなろくでもない不幸の知らせだったり、前世の苦い記憶ばかり。もっと、他にないのか。幸せな夢が見たい。
満天の星空も、草原にある大きな石も、もう見えない。何も見えない。でも、何かが聞こえた。それは、人の声。女の声だ。
「サロ、もう大丈夫よ。」
誰の声?一人しかいない。俺をサロと呼ぶのは一人だけ。ジュリアだ。
「怖いなら、目をつぶっていればいいわ。だって、あなた、勇者は勇者でも情けない勇者なのだから。」
怖い。そうだ、怖い。人が死ぬのが怖い。血を見るのが怖い。俺が死ぬのが怖い。この世界は怖いものばかりだ。
「私が、全て終わらせてあげる。」
「本当か?魔王を倒して、平和な世界にしてくれるか?」
「いいわ。魔王を倒してあげる。私が勇者になるわ。」
「それなら、俺は死ななくていいのか?俺は生きられる?」
何も見えない。相手が見えない状態で、俺は相手にすがるように聞く。
ドラゴンをあっさり倒したジュリアなら、魔王を倒せるという確信があった。
ジュリアが魔王を倒してくれるのなら、俺は魔王と対峙する必要がなくなり、俺は死ななくてすむ。つまり生きられる。それは、サウスもロジも同じだ。
希望の光が見えた気がした。でも、ジュリアはそれを否定する。
「いいえ。あなたは生きられない。だって、あなたを「恐怖」から救うためには、あなたを終わらせるしかないもの。」
その言葉に、俺は目を開けた。
そこに、ジュリアはいない。天井が見えるだけさ。
「そう、か。夢か。本当に、夢はろくでもないな。」
かすれた声で俺は呟いて、ため息をつく。
ここは、宿の俺の部屋。ドラゴンの巣穴を出て、ギルドに寄ってからここまで帰ってきた。ギルドでは、いつの間にかジュリアが受けていた、ドラゴン討伐の依頼の達成報告と報酬の受け取りをした。
宿に帰ると、椅子に縛り付けられたサウスと眠りこけたロジがいて、骨格標本のような魔物が2人を見張っていた。この魔物はジュリアが使役している。
「何が目的なんですか?」
俺は、率直に訊ねた。
「あなたを見定めるのが目的よ。勇者である、あなたをね。」
そう言って、妖艶に微笑むジュリアを見て、俺は足が震えた。
力も魔法も勇気もない。文字通り何もない俺を見定められてしまったら、悪いことしか起きないと感じたのだ。
「ま、私は気長に見定めるわ。私には、十分すぎるほど時間があるから。」
ジュリアが指を鳴らすと、魔物が消えて、サウスの拘束が解かれた。それに気づいたサウスは、素早く立ち上がり、俺とジュリアの間に入り、俺を守るように剣を構えた。
「サウス!だめだ。そいつは、強い!」
ドラゴンを難なく倒したジュリアの力を思い出し、俺は叫ぶ。そんな俺に、サウスは優しい声で言った。
「わかっています。でも、それでも俺は、勇者様を守ります。」
サウスの方をジュリアは面白そうに見たあと、俺に視線をよこした。
「サロの価値はまだわからないけど、この男の反応を見る限りは、期待できそうね。今日のところはお暇させていただくわ~、ばいばい。」
軽くそう言って、部屋を出て行くジュリアを俺は茫然と見るしかなかった。
それから、すぐに目覚めたロジを交えて、今日の出来事をすべて話した。
出した結論は、ジュリアには勝てない。従うしかないというもので、なんともやるせない気持ちになった。
ジュリアの目的がわからない今、俺を見定めた後のジュリアの行動は予測できず、最悪を想定する。そして、その最悪を回避する方法は、俺たちにはない。
だから、俺は決断するしかない。
朝。食事を終えた俺は、サウスとロジの前に立つ。緊張で、手が震えたので、こぶしを握った。
「別れよう。」
俺の言葉に2人は固まる。
「もう、ここまでにしよう。勇者に仲間はいらない。」




