36 俺の願い
男に弄ばれた女ども。もう、元の生活に戻れる希望はもちろん、生きる希望すら抱いていなかったらしい。
そんな女どもを救出し、町から呼び出した常駐騎士に預け、俺たちの旅は再開した。
ゆっくり進んでいた乗合馬車に合流した俺たちは、事の顛末を話し、救出された女性の関係者は、町に引き返すことになった。俺たちを待っていてくれたらしい彼らは、かなりお人好しだ。
そして、俺は、兄に嘘をついた。俺の嘘が通じたのかはわからないが、落ち込んだ様子の兄は、形ばかりの礼と祝いの言葉を口にして、馬車に戻って一人でうつむき座り込んでいた。
もう、彼と話すことはないかもしれない。
俺も、そろそろ出発の時間なので、馬車に乗り込む。すると、あの匂いがした。吐き気がする匂い。
血の匂いが。
辺りを見回すが、誰も怪我をしていないし、血だまりができているということもない。盗賊たちの死を目の当たりにしてから、何度も俺は経験した。何もないのに匂う血の匂い。ふとした瞬間に、辺りからする血の匂い。きっと、これはトラウマかなんかだろう。いずれ治る。
俺は、顔はしかめたものの、何事もなかったように過ごした。
次々と乗客が乗り込み、やがて馬車は動き出す。心地よい揺れが、俺の眠気を誘うかと思えば、それはただ吐気を起こさせるだけだった。
なんでこんなことに。いや、これはすべて俺が決めたことだ。
そう、誰かに言われたとか、そういう理由ではない。盗賊の拠点に行ったのは、俺の意志だ。だから、責めるなら俺自身だ。
サウスが怪我を負ったのも、俺が変になってしまったのも、すべて俺のせい。
だから、何だというんだ。そう、それだけの事。サウスの怪我も治るものだし、俺が変なのも、気にする必要はない。そうだ。たいしたことはない。
俺は顔をあげた。血の匂いはしない。
本当は、死ぬ運命にあった女たちを救った。それでいい。本当に救いたかった妹は、無理だったが、俺は神様じゃない。勇者・・・だけど、こんな力も知識もない勇者にそこまでは誰も求めないだろう。
転生して、平凡な顔になったことを恨んだ。それは、俺が何の力も持っていないことを理解していたから。
前世で、鈴木はいじめられていた。それを助けることは出来なかった。なぜなら、男子はともかく、女子にも鈴木はいじめられていたから。俺と一緒にいるのが分不相応だと。
鈴木は、確かにデブで、見た目から遠ざけられる人間かもしれない。でも、気さくで頭がいい奴だし、面倒見もいい。そんないいやつを、外見で判断していじめる女どもが嫌いだった。でも、それは男も同じ。俺が、なぜ女にこだわるのか、それはいろいろあるが、俺を理由に鈴木をいじめていたからだ。
鈴木は、俺のせいで苦しんでいた。すべてが俺のせいというわけではないが。本当は、離れるのが鈴木のためだと知っていた。
でも、離れられなかった。だって、あいつだけが本当の俺をさらけ出しても、失望をすることなくいてくれる存在だったから。
何の力も持たないのに、勝手に失望されるのはうんざりしていた。
だから、等身大の俺を見てくれる鈴木は、大切な友達だった。でも、俺は身勝手だから、あいつのために身を引くことは出来なかった。
前世の罪悪感があふれ出す。でも、これは前世の話。今の俺には関係ない。
今の俺は、フツメンの何の力も持たない、肩書だけの「勇者」だ。誰も期待しない。それは、素晴らしいと同時に、悲しかった。
悔しい。力がないのが悔しい。
期待をしないのに、俺を守ってくれる存在がいる。かつての鈴木のような。そんな彼らを守れない。希望を抱かせることができない。
悔しい。
こぶしを握り締める。自分が無力なのはわかっていた。それを指摘されるのが怖かった。それを指摘した女が許せなかった。
でも、今はそんなことどうでもいい。
力が欲しい。ただ、それだけだ。
期待されるのが嫌だった。失望されるのが嫌だったから。それは今も同じ。でも、期待されるほどの力が欲しいと思う。たとえ、失望されるとしても、希望の抱けない旅は辛すぎるから。
希望が抱けない。
俺自身が。
盗賊との戦闘も、危険な目にあったときは、サウスが助けてくれた。俺の力が覚醒するなんてことはなかった。わかってはいたが、わかってはいたのだが。
でも、それにほっとした自分がいた。力がなければ、人を殺さなくて済むから。
俺は何がしたいんだろう?俺は何を望んでいる?
力が欲しいのに、力を持つことが怖い。自分の力で、人を殺すのが怖い。力がなければ、人なんて殺せないから。力を持ちたくない。
でも、力がないのなら、死ぬだけだ。最初から何度も考えている通り、俺もサウスもロジも死ぬ。どれだけ生き残っても、最後は魔王に殺される。
その運命を変えるには、力がいる。魔王を倒すほどの力。でも、そんな力を持てば、生き残るために1人は殺すことになる。
怖い。
俺は、こんな世界に、俺を何の力も持たないフツメンとして転生させた女神を恨んでいた。でも、今は片隅に感謝の2文字が浮かぶ。
だって、それは俺の願いでもあったから。
力を持てば、1人は殺さなければならない。それは嫌だ。
イケメンは、外見しか判断されない。俺は、それを利用していたが、それが嫌だった。中身なんてたいしたことないのに、外見しか見られないのが嫌だった。
まさかと思う。いや、それはないだろう。きっと俺は疲れているのだ。
女神が、俺の願いを聞き届けているかもしれないなんて。あれは絶対性格の悪い女だ。
それにこんな、死ぬ運命しかない「勇者」にされて、「感謝」はおかしいだろ。
俺は、ひと眠りすることにした。思考がおかしいときは、寝るのが一番だ。




