35 妹の愛
「馬鹿だね。」
妹はそう言って、笑った。
「まさか、助けに来てくれるなんて・・・どうして?私たち、家族でも何でもないんだよ?」
「そうだね。」
「そうだよ。誰かが助けてくれるなんて、希望すら持てなかった。だから、私、頭さんと結婚しちゃったよ・・・こんなことなら・・・ううん、何でもない。」
うつむいた妹は、もうこちらを見なかった。
「・・・一緒に行こう。君を待っている人がいるでしょ?まだ、君は戻れるよ。」
俺の言葉に、妹は首を横に振った。
「盗賊と関係を持ったってことは、もう私は犯罪者なの。だから、兄さんの元へは戻れない。ロウさんとも一緒にいられない。」
「そんなこと・・・」
そんなことはない。だって、妹が犯罪者だとしても、それを知っているのは俺たちと盗賊たちだけ。なら、俺たちは黙っているし、盗賊たちは・・・
実は、盗賊たちは、まだ生き残りがいる。捕らえた者もいれば、偶然外に出ていたため、逃れられた者もいたから。
「僕たちが何も言わなければいい話だ。それに、盗賊たちが何か言っても、盗賊たちの言葉なんて誰も信じないよ。」
「それは、どうですかね。」
サウスが口を挟む。
「確かに、信ぴょう性はありませんが、疑いをかけられることになります。それは、権力のない人にとって、場合によっては死を意味します。」
「え?」
「可能性だけで、時に人は殺されます。もちろん、何か別の罪をでっちあげられて・・・でしょうが。」
「そういうこと。ロウさんは、世間を知らないね。でも、だからこそ助けに来てくれたのかな・・・」
妹の声は、ただ淡々としていたが、助けたことに対しては嬉しそうに言った。それが、俺の胸を締め付ける。
「・・・でも、それじゃ、どうすればいい!?黙って、妹を置いて行けっていうのか?なぁ、サウス。」
「・・・大丈夫です。勇者様、俺に任せてください。」
笑うサウス。その腕は血のシミができた包帯を巻いている。こんな怪我人に、俺は何を八つ当たりしていたんだ。自分の行いが恥ずかしくなって、顔をうつむけた。
「大丈夫です。死人に口なしといいますし。」
死人に口なし。
つまりそれは、死人を作るということ。
今、俺たちが口をふさぎたいのは、ここを拠点にしているすべての盗賊たちの口だ。つまり、盗賊たちを皆殺しにするということ。
体を斬られ、中身が飛び出している。首がない。
辺り一面が血の海で、空気は生臭い。
「うっ・・・」
俺は、口元を抑えた。先ほどの悲惨な光景が蘇って、吐き気をもよおす。
盗賊たちを皆殺し。あんな光景を見て、俺はそれに賛成できるほど強くなかった。
理解してしまった俺には、賛成できない。想像しただけで、吐気をもよおす。
「大丈夫ですか!」
正面に座っていたサウスが、俺の隣に来て背中をさすった。
情けない。
サウスは、俺に謝ってきた。それがさらに俺をみじめにする。
そんな情けない俺を見かねたのか、妹は言った。
「もういいよ。」
その言葉が、俺の心に響く。俺は安堵した。そして、そんな俺が許せない。俺では頼りにならないと、判断されたことに落ち込みもした。
ぐちゃぐちゃだ。
目頭が熱くなって、鼻水が出てきた。泣きそうだ。
なんで俺は無力で、弱いのだろうか。
そんな俺の手に、冷たい何かが触れた。それは、妹の手だ。冷え性なのか、俺の体温が高いだけなのか、その手は冷たい。
「一つ、頼みごとがあるの。」
「っ・・・何?」
「お兄ちゃんに、私はロウさんと結婚したと嘘をついて。で、もうお兄ちゃんの顔なんて見たくないって・・・」
意味が分からない。俺と結婚?ここの頭と結婚したんだよな?それに、もう会いたくないなんて、どれほど傷つけられるか・・・
「わからないって顔してるね。ロウさんは、もっと人の心を理解した方がいいよ。私はね、お兄ちゃんに幸せになって欲しいの。自分が助けに行かなかったせいで、妹が犯罪者になったとか、思って欲しくないの。」
兄のため。
女なんて、身勝手で、自分のことしか考えていない生き物だ。そんな、兄のためなんて言葉、本当なのかと少し疑う。でも、本当なんだろうなと、俺は思った。
それほど、妹は、兄を愛しているのだろう。
愛。俺も、前世で何度もささやかれ、ささやいた。すべてが嘘の愛のささやき。愛とは、人をうまく利用するために効果的な言葉だ。だが、それは本人に言うことで効果のある言葉。
俺に、兄を愛しているように装っても、何の効果もない。だから、本当なんだろう。どうせ、もう会わない相手なのだから、兄に配慮する必要はないはずだ。だが、妹は兄を思い、俺に嘘をつかせようとしている。これが愛?
俺にはわからない。だって、愛したことなんてないから。




