9話 襲い来る、ゴーレム
「あのっ……、本当に……、さっきまでのことは忘れてくれませんか……?」
魔法の効果が落ち着くなり、フリーニャが顔を覆って言った。
「あ、さっきのことって記憶あるんだ」
「えっ? い、いえ……っ、記憶なんてないですよ。ただ……、おかしなことを言ってたら困ると思っただけで……」
「ふぅん?」
ニヤニヤとフリーニャを見下ろしてる私を上目遣いで睨む。けど、正直全然怖くない。
「まぁまぁ。別に変なことなんて言ってなかったよ。私は……、本音が聞けて良かったし。フリーニャはさ、フリーニャらしくいればいいんじゃない?」
「そっ、……そうでしょうか……」
「まぁ、デレデレのフリーニャも面白かったけどね」
「カナメさん……っ! 違いますからねっ! 魅了魔法香水の効能は……、恋愛的にも相手が魅力的に見えてしまうという効果があるだけで……私の意思ではないんですからね!?」
「はいはい、分かってるって」
「……っ、私は断じて恋人にはなりませんから……っ!」
フリーニャの叫び声に、店内にいた人達が振り返った。
◇ ◇ ◇
店から出ると、なんだか街が騒がしい。
「あれ、何かあったのかな?」
「おかしいですね。この辺りはいつも静かなはずですが……」
ドカァァアアアアン……ッ!
言い終わる前に、駐車中の空飛ぶ馬車をなぎ倒して、どデカいゴーレムが私たちに向かって走ってくる。
「ちょっ、待って待って待って! 今度は何っ!?」
「分かりません、けどっ、逃げますよ……っ!」
急いでゴーレムと反対側に走るが、すぐに体力が尽きて横っ腹が痛い。放棄を持ってこなかったのが悔やまれる……けど、街中に遊びに来てこんなことになるなんて普通思わないじゃん!?
「……っ、はぁっ……、っは……、もう、無理……っ!」
「カナメさん!? 何やってるんですか、追いつかれ……っ、危ないっ!」
息を切らして立ち止まった私の肩に、ドンッ、と衝撃が走る。すると、まだ遠くにいたはずのゴーレムの腕が伸びてきて、私を突き飛ばしたフリーニャを掴みあげた。
「フリーニャ……ッ!」
「カナメさん、逃げてください……っ! 私ならこのくらい、自力で逃げられます……!」
「いや、そんなこと言われても無理でしょ……っ! フリーニャを置いてけないって!」
フリーニャの言うことは正論だろう。
本当に何とかしてしまえるんだと思うし、私が逃げても問題は無いのかもしれない。だけど、友達があんなのに捕まってるのを見捨てて逃げるなんて、出来るわけない。
私は近くに落ちていた鉢植えをゴーレムに投げつけた。
「このっ! フリーニャを放せ……っ!」
「カナメさん……っ!? 刺激しないで逃げて下さいっ! 今度は箒だってないんですよ!? それに、あの時みたいに無茶するのはやめて下さいっ!」
「嫌だ! 私は逃げないっ!」
私に使える魔法はない。
ドラゴンの時みたいに逃げ回る為の箒もない。
私は覚悟を決めて、ズシンズシンと向かってくるゴーレムに杖を向けて、立ちはだかった。
ええっと……、覚えてる呪文は……、灯りをつける魔法と花を咲かす魔法……。全然、役に立たないじゃん。
でも……。
私はポケットに手を入れて、特訓用に持ち歩いていた魔花の種を握りしめた。一か八か、やるしかないでしょっ!
『咲け! フローラ・フローリーッ!』
唱えても何も起こらない。
ゴーレムが刻一刻と近づいてくる。
「カナメさん……っ! 逃げて下さい! まだ、成功したことないでしょう!?」
『咲け! フローラ・フローリーッ! フローラ・フローリーッ!』
フリーニャの忠告にも耳を傾けず、私は一心不乱に叫び続けた。
なんで、出来ないのよ……っ!
涙がにじむ。すると、上からフリーニャの叫ぶ声が聞こえた。
「諦めないで下さいっ! 私の忠告を無視して、残ったんでしょう!? やれると信じたのでしょう!? だったら、やり遂げてみせなさい……っ!」
その通りだ。
私はまだ、諦めてなんか……、いないっ!
深呼吸をすると、フリーニャの見よう見まねで周りの魔力を集めるように集中した。あの、肌をひりつかせる感覚を思い出せ。
「……これは……」
私の魔力に反応しているのか、凝縮されていく魔力が竜巻のように私の周りに可視化される。
今なら、イケる。
私は魔花の種を宙に投げると、がむしゃらに叫ぶのとは違う、凛とした大きな声で詠唱した。
『咲きなさい……! フローラ・フローリーッ!』
杖が鮮烈な光を放って、魔花の種から、街をのみ込むような巨大な幹がニョキニョキと現れた。
「……っ、出来た……っ!」
最早、花というよりも巨大樹と呼んだ方がいいくらいの太い幹がゴーレムに絡みついて動きを止める。
そして、ジャックと豆の木みたいに、あっという間に天高く伸びると、大輪の炎の花を開花させた。
「フリーニャ……ッ! 大丈夫!?」
「私は大丈夫です……、魔法が成功したんですね。ゴーレムなら止まりましたよ」
「よ、良かった……。フリーニャも巻き込まれちゃったかと……」
「そう思うのなら、しっかりと反省なさって下さいね。もしも、あんな巨大樹に私まで巻き込まれていたら……、ただではすみませんでしたからね」
「う……、ごめんなさい」
「全く、貴女は無鉄砲過ぎるんです。成功しなかったら、カナメさんだって、ゴーレムに踏み潰されていたかもしれないんですよ? それに、私なら集中して魔法さえ発動出来れば自力で抜け出せました。あの時のカナメさんが取るべき行動は……」
動きを止めたゴーレムの腕を自力で壊して出てくると、フリーニャのお説教タイムが始まった。けど、ごもっともなので、あまんじて受け入れることにしよう。
私は、花の幹の上に正座をさせられて、ガミガミと小一時間は終わりそうにないフリーニャのお説教が終わるのを待つことにした。
「カナメさんは、私を信じていないんですか?」
「いや、フリーニャが凄いのは分かってるよ。多分、抜け出せるのも本当だろうなぁ、って思ったよ?」
「それでは……」
「でも……、逃げられるからって、怖くないわけないでしょ? だから、フリーニャを置いて逃げる選択肢なんて、最初っから私にはないの。足手まといだとしても、また同じことがあったら、私は絶対に逃げないから。フリーニャは、私が大魔法使いになるのを見守っててよね!」
「なっ……、んて、貴女はそんなに勝手なんですか……!」
口をぱくぱくとさせるフリーにゃに向かって、私はニッカリと笑いかけると、今は魔法が成功した喜びに身を委ねた。




