33話 キスの魔法
私たちは五大賢者なんかじゃない。
だけど、この五人で魔王を倒すんだ。
無意識なのか、意図的なのか、魔王は生徒たちが避難した学園……、人の多い場所へとゆっくり動き出した。
「ターシャ、お願いっ! ウチに力を貸して……っ!」
「はいっ! ムアンちゃん、いきますよ……っ!」
ターシャがムアンに向かって呪文を唱えた。
『わたしの力を、ムアンちゃんに。インテンシファイベール……ッ!』
ターシャが両手を組んで祈りのポーズをすると、あたたかい光がムアンの身体を包み込んだ。
「これなら、いける……っ!」
ターシャの強化魔法で魔力を底上げしたムアンが、力強く詠唱した。
『ヴィルベルヴィント・ウィルテクス・トルベジーノ……ッ!」
すると、山一つ閉じ込めそうな巨大な竜巻が魔王とそばに居る私たちだけを閉じ込めた。
「これで食い止めておければ、少しは被害が抑えられるはず……っ!」
「ムアンちゃんっ、凄いですぅ!」
「いや、ターシャの強化魔法のおかげだよ。……だけど、こんな大きさの魔法……、集中力が……。そんなに長くは持たないよ、急いで、カナメ……ッ! フリーニャ……ッ!」
まるで、旋風の魔女の再来だ。
私たちになら、本当に出来る……っ!
私とフリーニャは顔を見合せた。
「……すごいっ、ムアン! ターシャ!」
「この風魔法……、流石ですね。ムアンさん、分かっています! けれど……、こちらも時間がかかるかもしれません、なるべく耐えてください!」
「魔王相手に耐えろって、そんな無茶な……っ」
「大丈夫っ、ムアンちゃんなら出来るよ……!」
魔王はムアンの魔法で身動きが取れなくなってしまったが、どうにか無理やり進もうと竜巻に突っ込んでいく。
「嘘でしょ、あれでもダメなの……? このままじゃ……」
思わず、不安が言葉になって洩れてしまう。
「……だいじょうぶ。ラルカに、まかせて」
いつの間にか、ターシャたちの傍に駆けつけていたラルカが静かに呪文を発動した。
『……土の茨でつかまえて。……ブライヤー・レストリクシオン・テッラ』
静かで凛とした冬の空気みたいな真っ直ぐなラルカの声。
ラルカの魔力に空気が震えると、地面から土の茨が大量に現れて、魔王をその場に拘束していった。
「やっぱり、ラルカ……、すごい……っ!」
ピタリ、と動きを止めた魔王に、歓声が上がった。
これで、魔王はもう動けない。
あとは、私が浄化の魔法を成功させるだけだ。
心が熱くなると同時に、心の芯が冷えていくのが分かる。
「カナメさん。さっき言っていた作戦ですけど……、カナメさんの魔力だけで魔王を浄化するのは不可能です。けれど、一つだけ方法があります。それは……、」
「うん、分かってるよ。フリーニャが周囲の魔力を練り上げて、それを私が使えばいい……ってことだったよね」
「はい。ただ、私がカナメさんに魔力を注ぐ方法というのが……、その……」
「その方法って? なんなの? 凄い難易度が高い魔法とか……?」
急がなきゃいけない切羽詰まった状況なのに、フリーニャが少しだけ言いにくそうにしているのが不思議だった。
けれど、それもそのはずだ。
「その……、キスを……、するんですよ……っ」
「はぁ……っ!?」
「ふっ、ふざけてなんかいませんよ! こんな時にふざけるわけがないでしょう!? 魔力を他人に渡すのは、とても繊細な作業になるんです。ですから、魔王を倒すほどの魔力を周囲から集めて、それを身体に負担を少なく、カナメさんに受け渡さなければいけないとなると……、短時間で成功させる為にもっとも効率の良い方法が、キスなんです……っ!」
顔を真っ赤にして、真剣な表情でまくしたてるフリーニャに、私は思わず声を上げて笑ってしまった。
「ふっ、あははっ!」
「カナメさん……?」
「……っく、ふふっ。キスで魔法がパワーアップするなんて、なんか……、すごく私たちっぽいじゃん」
「……それ、褒めてます?」
「うん、褒めてるよ。だってさ、魔法を使うためにキスをして魔王を倒しました、なんて。おとぎ話みたいでロマンチックじゃない?」
私がそう言って笑うと、フリーニャもつられて笑った。
「……まったく。カナメさんは気楽でいいですね。……まぁ、貴女のそういうところに救われるんですけど」
「ん、なに?」
「……っ、なんでもありませんっ!」
私とフリーニャは、ラルカの土魔法を足場に降り立つと、フリーニャと向き合って、タイミングを合わせるように頷いた。
「よしっ! フリーニャ、いくよ!」
「はいっ!」
あぁ、嫌だな。おちゃらけてみたところで、私の役目は責任重大。落ちこぼれ魔女には荷が重すぎる。会話をやめてしまえば、途端にネガティブな考えがぐるぐると思考を乱してくる。
「……大丈夫です、カナメさんなら出来ます。失敗しても、何度だって成功するまでやりましょう。貴女には、私がついているんですから」
私の不安を感じ取ったのか、フリーニャは私の頬を両手で掴むと、おでことおでこを合わせて言った。
ほんと、フリーニャには敵わないな……。
心のモヤモヤが晴れて、すっとした。
そうだ、一回で成功しなくてもいい。目的は、魔王を倒すこと、それだけなんだから。
私たち二人はお互いの両手を絡ませて、瞳を閉じるとそっとキスをした。
重ねた唇から、繋いだ手から、あたたかい何かが流れ込んできた。
『浄花の焔よ、咲き誇れ……っ! お願い、魔王を倒す力を私に……っ! フルール・プリフィケーション……ッ!』
フリーニャと繋いだ手に力を込めて、私は祈るように唱えた。
身体の内側から燃えるような気配を感じると、私たちの身体を眩い光が包み込んだ。
魔王と同じかそれ以上の大きさか。
大輪の蓮の花が上空に姿を現した。




