30話 奇跡を起こす才能
「……これは、創世の魔女が魔王を呼び出したあの時と同じ……っ! フリーニャ、貴女は下がりなさい……っ!」
フリーニャのお祖母様が、フリーニャを背中に庇うようにして後退る。
ラルカがずっと抱き抱えていたボロボロのぬいぐるみが、宙に浮かんで禍々しい闇の魔力に覆われていく。
そして、ぬいぐるみから何かが抜け落ちたかと思うと、私たちの目の前に魔王が姿を現した。
その姿は山より大きく、魔物よりもおぞましい。
「……まさか、ラルカが持ってたぬいぐるみ……、あれに魔王が入ってたの……?」
私が小さな声でつぶやくと、おばあちゃんが悲しそうに言った。
「あれは、傀儡の魔女の手作りのぬいぐるみなんだ。手先が不器用なダルが、マーヴィーに教えて貰いながら作ってね。あれは始めからボロボロで……、それでも喜んでもらえたとお礼を言っていた。あの子はそれをずっと手放さずに……」
なんだ、それ……。
ラルカの大切な人の身体に取り憑いて、おばあちゃん達の友だちも、ラルカの親代わりも奪ったくせに、今度はずっとラルカの大切なぬいぐるみに取り憑いていた……?
「ふっざけんな……っ! ラルカ、聞いて……っ! そいつは、魔王の言うことを信じないで!」
私が叫ぶと、ラルカは淡々とした声で応えた。
「ファリスは、ラルカのたった一人のおともだち。ずっと、一緒にいたの。ファリスをいじめるなら、やっぱりカナメはわるい子だ」
「そんな……っ!」
「カナメさん……、恐らく、ラルカはあのぬいぐるみが言葉を話せるのを知っていました。そうやって、ずっと、私たちと出会う前から、ラルカさんを騙していたんですよ……っ!」
私たちの会話を聞いていたフリーニャのお祖母様が、ぽつりとつぶやいた。
「ファリス……、幸福……という意味です。きっと、ダルが付けたんでしょうね。あの子を幸せにしよう、と。それを……、それを利用するなど、許せません……っ」
ラルカは、魔王復活に利用するために、ずっと唆されてきたんだ。
「魔王様っ! バンザーイ……ッ! ついに、ついにお会いできましたね……っ! 懐かしゅう、懐かしゅうございます……っ!」
「あれは、理事長……っ!?」
狂ったように高らかに笑いながら、魔王に駆け寄っていくのは、理事長代理。初めて理事長室に呼び出された時、あの部屋にいた男だった。
「まさか、理事長代理がラルカを攫って、学園に手引きした黒幕……っ!?」
どうりで、初めて会った時も気に入らなかったわけだ。一見穏やかで、謝罪も出来る大人のようだけど、私のことなんか見ていない。優しいふりをしてる癖に、全てに興味がないような……、あの目が、気持ち悪かったんだ。
「裏切り者は、お前じゃったか」
理事長代理……、魔王の狂信者の男の前に、本当の理事長が現れた。
箒も使わずに宙に浮かんで、高みから狂信者の男を蔑んだ目で見下ろしている。
「……残念じゃ。感情にも流されず、わしが五大賢者であることなど気にもとめない、気の利く男だと思っておった。じゃが……、つくづく、わしは人を見る目がないようじゃな」
「っく、ははっ! 魔王様が復活したのだ。もう、お前など怖くは無い。従順なフリもここまでだ……っ!」
調子に乗っている狂信者の男を、理事長が睨みつける。
「小童風情が、舐めるなよ」
怒鳴るわけでもなく、ただ、冷たい声で言い放つ。
そして、片手を振りかざすと、その手に風が集まって巨大な竜巻になった。
「無詠唱で……、たった一瞬で、あんなものを……」
「あれが、二千年を生きるエルフの力……。私たちとは、あまりにかけ離れています……」
「ひぃ……っ!」
男は、小物感漂う情けない小さな悲鳴を上げた。
そして、虚勢をはりながら、優位に立とうとして大口をたたく。
「……ははっ、まさか、オーティ先生も五大賢者だったのは誤算でしたが……、私だって五大賢者が集まる可能性は考慮していたんですよぉ……っ! ふっ、はははっ! 貴女たちは何も出来ない! 五大賢者を迎え撃つ、対策はしているんですよぉっ!」
男が謎の装置を取り出して、それを魔法で作動させた。すると、五大賢者にウネウネとした黒い霧がまとわりついて離れない。
「お祖母様……っ!」
「おばあちゃん!」
「オーティ先生……っ!」
「理事長まで……っ!」
「なん、だ……これは、魔法が使えない……。わしの魔力が吸い取られていく……?」
その様子を確かめると、男は勝ち誇った顔で語り出した。
「貴女たちが魔王様に施した神殿の封印。あの、屈辱的な封印に残された貴女たちの魔力を逆探知して、貴女たちの魔力に干渉しているんです……っ! 貴女たちが自ら施した封印を媒介とすれば、例え五大賢者であっても、理論上……封印返しは可能なのです!」
男はそう言って下卑た声で笑った。
「どうです? 本来の力があればどうということもない。見下していた私にしてやられるのは」
黒い霧が霧散して、五大賢者が開放された。
「くそっ、本当に力を封じられておる……。魔王の執念か……。この国も魔王を忘れて平和に暮らし始めている。それだけの永い時間、魔王は息を潜めて企んでいたのだ……。倒したと錯覚したあの時から、わしらは謀られていたのじゃな……」
悔しそうに顔を歪ませる五大賢者を眺めて高笑いをすると、男はさっさと魔王のところへと走り去っていった。
三下っぽい言動だからといっても、理事長代理を任されるような実力者だ。比べる相手が悪いだけで、私たち学生は手も足も出ない。
フリーニャや、駆けつけていたムアンが攻撃魔法を仕掛けていたが、蚊でもはらうように眼中にないまま振り払っていた。
「流石に、不味いことになってしもうたのじゃ」
理事長は腕を組んで、私たち四人をじっと見つめた。
まさか……。
理事長が私たちに頭を下げた。
「すまない。年長者として、あるまじきことを言っておるのは分かっておるのじゃ。だが、わしら五大賢者は魔法が一切使えない。……残る希望は、お前たちだけなのじゃ。……頼むっ! 魔王と、戦ってくれないか」
理事長に続いて、オーティ先生も頭を下げた。
フリーニャのお祖母様も、無言でフリーニャに頭を下げた。
「…………お祖母様」
そして、私のおばあちゃん……、紅蓮の魔女は、優しい表情で私のことを抱きしめた。
「不甲斐のないおばあちゃんでごめんね、カナメちゃん。こんなことを、頼みたくはないのだけれど……」
「待ってよ、おばあちゃんっ! 私は無理だよ! だって、何にも魔法が使えないんだもんっ! 浄花の焔だって、成功したのはたったの一回だけ。私には……、無理だよ」
おばあちゃんが小さい子をあやすみたいに、トントンと私の背中を優しく叩く。
「大丈夫、大丈夫だから、落ち着いて……。カナメちゃん、浄花の焔が成功した時に何を考えていたのか、思い出してごらん」
「何を、考えていたのか……?」
「そう。成功させないと、以外に何を考えていたと思う?」
あの時は、ただ夢中で……、奇跡でも起きないと私もフリーニャも助からないって思って……。
「フリーニャを救いたい、って強く願ってた」
「ふふっ。それじゃあ、私とお揃いね」
「おばあちゃんと?」
「えぇ。私が最初に成功させた時も、マーヴィーを助けたいって強く願った時だったわ。だから、今のカナメちゃんなら絶対に大丈夫よ」
おばあちゃんの言葉に、私は自信なく俯いたまま、ぽつりとつぶやいた。
「でも……、私に才能なんてないよ」
私がそう言うと、おばあちゃんは意外だって顔をして、優しくて慈しむみたいな表情で微笑んだ。
「あら、あるわ。カナメちゃんは自分では気づいていないかもしれないのだけれど、貴女には才能があるわ。最後まで諦めない才能がね」
最後には気合いだ、みたいなこと、言われても……。
「貴女はね、小さな頃から負けず嫌いで……、出来ないことは出来るまで諦めずにやれる子だもの。カナメちゃんはね、奇跡が起きるのを待たないのよ。成功するまで頑張れるから、必ず奇跡を起こすのよ」
その言葉に、すとん、と肩の荷がおりる音がした。




