3話 ヤンデレちゃんと猫耳美少女
「初めましても、初めましてじゃない子もおはよう! あたしはオーティ・オースス。気楽にやるから宜しくねぇ〜」
ゆるーいオーティ先生の挨拶で、初日が始まった。
私の隣の席は勿論、同室のフリーニャだ。流石は首席、ざわざわと遠巻きに見られてるのに本人は気にもしていなさそうだ。
「早速だけど、魔女の丘へ遠征するから箒を持って中庭に集合! まぁ、ただのレクリエーションだから気楽にねぇ〜」
自己紹介とかやらないんだ……。まだ、クラスメイトの名前すら分からないのに。いや、分からないから遠征で仲良くなれってことなのかな。
「フリーニャ! 一緒に行こう!」
「…………」
「フリーニャ? おーい、聞こえてないの? 一緒に行こうってばー!」
「私は一人で行きますから、パートナーとして必要な時以外の接触は避けてもらえますか?」
へ? さっきから隣の席に話しかけても無視されるなぁ、とは思っていたけど、昨日一緒にご飯食べたじゃん! 急にツンケンされるようなことしたっけ? いや、してないよね!?
「なんで急に素っ気なくするの!? 昨日のあれ、親密になれたと思ってたのは私だけってこと!?」
私が大きな声を出すと教室がざわざわと騒がしくなった。
「ちょっ、ちょっと! 誤解を招くような言い方はやめて下さい!」
「誤解って何! あの後、汗だくになるまで付き合ってくれたじゃん!」
「なっ……、あのっ! 昨日も言いましたけど……、カナメさんと恋人になるつもりはないですからねっ!」
「いやいやいや、なんで話がそこに戻っちゃうの。私もそんなつもりないって言ったじゃん」
問い詰めると、何故かフリーニャが顔を赤らめて、私の服の裾を掴んだ。えっ、なにその表情……。潤んだ目が可愛くて、ドキッとしてしまう。いやいや! だから、私だって女の子に興味はないんだってば!
もじもじとフリーニャが小さな声で言う。
「で、でも……、それじゃあ、どうして朝、教室に行く時に私と手を繋いできたんですか? 少し仲良くなったからって、やっぱり私と恋人になれたと勘違いしたんじゃないんですか!?」
へ? そんなこと?
「いや、女の子同士なら普通に教室移動する時、手を繋いだりするじゃん! 何? そんなことで勘違いしたの!?」
「そんなことなんて……! 手を繋ぐなんて、恋人同士がお出掛けするというデートでの特別なシチュエーションじゃないですか! それに……、凄くドキドキしましたし……」
え、なにそれ可愛い。
顔を赤らめるフリーニャに、そんな気がないなんて思えない。いや、ツンとしたと思ったら思わせぶりな表情されて、これで恋人になる気はありません、なんてなんかズルい。
それにしても、手を繋いだら恋人なんて、とんだ箱入りお嬢様だ。
「そっちからいきなりキスしてきた癖に、なんでそんなとこばっかりウブなわけ!?」
「なっ……! それは……っ、その……っ」
クラス中の視線が首席、フリーニャのスキャンダル? に熱い視線を向けている。そんな中で当の本人はゆでダコみたいに真っ赤になっていて、ちょっと面白い。
からかいたくなってしまう……けど、少しだけ可哀想になってきたから助け舟を出してあげるか。
「キスのことは置いといて、パートナーとして宜しくって言ったでしょ。あのさ! 皆に勘違いされたくないみたいだから言っておくけど、私達は恋人じゃなくて契約だからね! ほら、これでいいでしょ?」
私の言葉に納得したのか、ただ中庭に急いで行かないといけないから退散したのかは分からない。けれど、やっとクラスメイトからの視線から解放されて、私達も中庭に向かうことにした。
「ちょっとは落ち着いた?」
「ごめんなさい……、一人で早とちりをして……。私、そういう……恋愛経験はないんです」
だろうね。
ツンツン突っぱねてきたと思ったら、しょんぼり項垂れたり、忙しい子だなぁ。あ、そうだ。なんか昔飼ってた猫みたいなんだ。
あんまりにも落ち込んでいるもんだから、へちょんと垂れる猫耳の幻覚が見えてきて、思わずぽんぽんと、頭を撫でてしまった。
「なっ、なんですかっ!?」
「いやっ、慰めようと思って?」
「……っ、気安く触らないで下さいよ!」
だからっ! 口では怒ってる風なのに、なんでちょっと嬉しそうに照れてんの! その表情はズルいってば! いや、だから私は百合じゃないってば!
一人ツッコミを心の中でいれながら、いちいち可愛いフリーニャの仕草にドキドキと翻弄されてる私がいる。
「まぁまぁ、箱入りなのはしょうがないじゃん? それよりさ、なんでそんなに恋人じゃないって念を押すの?」
「ですから……、勘違いされては困るので……」
「いや、クラスメイトを見てて分かったけど、皆だってパートナーはただの相棒関係だって分かってるっぽいよ?」
「普通はそうですけど……、それでも! 勘違いされたら困るんですっ! だって……」
「ひゃぁ……っ!」
中庭につくと、フリーニャの声を遮るように悲鳴が上がる。声の主は私達のすぐ近くにいた。
ふわふわの栗毛に垂れた猫耳と尻尾。気弱そうな猫耳族の女の子が顔を真っ赤にしながら、後ろから抱きついている女の子を剥がそうとしている。
「ムアンちゃん……! 耳を噛むのはやめてって、何回言ったら分かってくれるんですかぁ……っ」
「ふふっ。耳が敏感なターシャ、可愛い。食べちゃいたい」
「も、もうっ……! ……ひゃっ、ん」
小柄な猫耳美少女を後ろから抱え込んで、紫のメッシュとインナーカラーの派手な美少女が、猫耳をはむはむと甘噛みしている。あれ、私は何を見せられてるんだろ。
「でもさ……、ターシャがいけないんだよ? ウチがいるのに知らない子に笑顔なんて向けてさ。そんな表情見せられたら、ターシャのこと好きになっちゃうでしょ?」
スラリと伸びた長い指で、ターシャと呼ばれた子の顔を掴む。真っ黒なネイルの長い爪がターシャの頬にくいこんで、ムアンが薄暗い表情で笑いかける。
「女の子だもん。わたしのこと、好きになったりしないよぅ。それに……、わたしとムアンちゃんの関係だって友達でしょ?」
「……友達? 何回もキスして、一緒の部屋で一緒の布団で寝てるのに、ウチがただの友達……?」
「それは……、パートナーだからキスしてるだけでぇ……。ムアンちゃんは、大切な友達だよぅ……」
うるうると小動物みたいに瞳に涙をためるターシャを、ムアンのねっとりとした瞳が長い前髪の隙間から見つめている。正直、怖い。え、この二人は恋人なの? ただのパートナーなの……?
私がちらっと、フリーニャに視線を向けると、フリーニャがこくこくと怯えた瞳で頷いていた。
「大切な友達……って、ウチが一番ってこと……だよね?」
「そうだよぅ。だから、こういうの……えっちなことするのはやめてぇ……」
弱々しいターシャの訴えに、片目が隠れるくらい長く伸びたムアンの前髪が楽しそうに揺れた。
「ふふっ。仕方ないなぁ……、今はそれで許してあげようかな」
ムアンの怖い雰囲気が消えて、明るい表情に変わる。それを見て安心したターシャが、フリーニャに気づいて駆け寄ってきた。
「フリーニャちゃん! フリーニャちゃんもやっとパートナーが決まったって……、おめでとうございますぅ!」
「ありがとう、ターシャさん。その……、貴女達を見ていたので、パートナーが決まっても素直に喜べなかったんですけどね」
「あ、はは……、ムアンちゃんも普段は優しくていい子なんだけど……」
「いつからあんな風になったんでしたっけ」
「中等部の途中から、だったかな。初等部からずっとパートナーが変わってないせいか、恋人みたいに独占してくるようになっちゃったんですぅ」
知った仲なのか、フリーニャとターシャが親しそうに話している。さっきの会話の内容的にフリーニャが危ないかと思ったけど、意外とムアンもフリーニャと親しいみたいだ。
ターシャがフリーニャの隣にいる私に気がついた。
「あっ! 初めまして、わたしはターシャ・ピスカですぅ。こっちがわたしのパートナーのムアン・ヴァンクシーちゃん」
「フリーニャとは、初等部からの付き合いなんだ。堅物のお嬢様を可愛がってあげてよ、フリーニャのパートナーさん?」
「そうだったんだ、私は帳 叶芽。よ、よろしくね。二人とも」
さっきの二人のやり取りがちらついて、笑顔がひきつってしまうのは許して欲しい。私はこそこそとフリーニャに近づくとそっと耳打ちした。
「ごめん。フリーニャが恋人にならない宣言してた理由、すっごく分かったよ。この幼なじみ見てたら……、そりゃあ警戒もするよねぇ……」
「そうでしょう……」
邪気の消えたムアンと話すターシャは楽しそうで、頭を撫でられても嬉しそうにしている。
私はそんな不思議な関係性の二人を眺めながら、深く頷いた。




