2話 五大賢者 紅蓮の魔女の孫でした
「本当に飛んだことないんですか!? どうやって、学園まで来たんですか!」
「声大きいよ〜。普通にスクールバス出てたから、それに乗ってきたよ?」
空飛ぶスクールバス、という意味では空を飛んだことはあると言ってもいいかもしれない。
けれど、今そんなことを言ったら、驚きすぎて震えているフリーニャから殴られてもおかしくないので黙っておくことにしよう。
「飛ぶのって、難しい……?」
「簡単ですよ、私にとっては」
「含みがあるね?」
「カナメさんはあちらの世界の人なんでしょう。呪文を唱えて、箒に魔法をまとわせるって言って、想像出来ますか?」
「ムリだね」
「そうでしょう……」
そう言うと、そのままフリーニャは頭を抱えてしまった。うん、なんかごめん。
「試しに魔法、使ってみますか?」
「うんうん、使う! 教えて欲しいっ!」
「では、これは初等部で始めに習う魔法なので、一番簡単だと思いますが……、私に続いて唱えて下さい」
そういうと、フリーニャが小さい杖を構えた。
『灯せ。ライト・スヴィエート・リュミエール』
ポゥ……と、杖の先に明かりが灯った。
フリーニャから呪文を教わって、少し恥じらいながら唱えてみる。
『……灯せ。ライト・スヴィエート・リュミエール』
魔法なんておとぎ話、そう教わってきたから口に出すのもちょっとだけ恥ずかしい。だけど、こっちの世界なら唱えれば、魔法が使えるはずなんだ! はず……、だよね?
『灯せ! ライト・スヴィエート・リュミエールッ!』
気合いを込めて叫んだけど、なんにも起こらない。魔法、無理かも。
「………………ごめん」
「……分かりました。……まだ、日も暮れていませんし、少しなら外へ出ても問題はないでしょうから、行きますよ」
「どこへ?」
「中庭に決まってます! カナメさんが飛べるか飛べないか、試さなくてはいけませんから」
なんだか、私よりもフリーニャの方が切羽詰まってるみたいだ。いや、首席がパートナー制度で落ちこぼれ……、伸び代しかない相手と組まされたら誰でも焦るか。
「なんか、本当にごめんね?」
「謝らなくていいですから、飛んでくださいね」
にっこりと、フリーニャが静かに微笑んだ。美人の微笑みは迫力があって怖いなぁ……。
中庭に出ると生徒はほとんどおらず、先生ばかりだった。
さすが首席。先生達が名前を覚えていて、フリーニャに声をかけてくる。私はといえば、透明人間になった気分だ。誰も見えていないみたいにスルーしていくんだから、失礼しちゃう。
「おっ! フリーニャとカナメの凸凹コンビ! 意外と仲良くやってるみたいで良かったよ〜!」
「私の名前、覚えてるんですか!?」
初めて私の名前を呼んでくれた丸メガネにポニーテールの先生に感動して、思わず駆け寄ると先生は楽しそうに笑った。
「あったり前でしょ。だって、あたしがカナメを合格にしたんだからねぇ」
「えっ! そうなんですか!?」
「そうそう。ちなみに、あっちの世界の人間の入学を許可するなんて〜って言ってきた堅物達を黙らせる為に、学年首席のフリーニャと同室にしたらどうですか? って提案したのもあ・た・し☆」
てへぺろ、とウインクをして舌を出した先生に、フリーニャが文句を言いたげだったが、我慢しているようだ。やっぱり、優等生だと先生に文句の一つも言えないのかなぁ。
「オーティ・オースス先生は、どうして、魔法を使ったこともないカナメさんに入学許可を出したんですか?」
「面白いから☆」
「え……?」
「ってのは、半分冗談だけど〜、あっちの世界の人との交流ってあまりなかったでしょ? それに、怖ーい先生に囲まれた面接で、魔法への憧れをあれだけ熱く語られちゃったらねぇ。若いっていいなぁって応援したくなっちゃうよね。それに、他の子達にとっても……、いい刺激になるかもって思ったんだよねぇ」
オーティ先生と呼ばれたこの先生も、あの面接した先生達の中にいたらしい。ありがとうございます! と私はオーティ先生に抱きついた。
「まぁ、そーゆーわけであたしが担任だから、明日までに飛べるようにしてあげてねぇ〜」
一方的にフリーニャに言い逃げすると、ポンっと手品みたいに消えてしまった。いや、魔法なんだけどさ。
「明日までって……、出来るわけないでしょう……!」
「まぁまぁ、やってみないと分かんないし……」
「貴女、初歩魔法も使えなかったでしょう!? あれが使えなかったのに、空を飛ぶなんて出来るわけないでしょう! どうして、そんなに自信満々でいられるんですか!」
耳が痛い。
けど、やってみなきゃ分からないじゃないか。
『飛べ! フリーゲン・ズブラ・ヴォラーレ!』
大きな声で唱えると、ふわりと身体が浮き上がり、空高く飛び上がった。
「わわわっ! 凄い凄いっ! 飛べたよ、フリーニャ!」
「そんな……まさか……! 初めてで、飛んだ……?」
思っていたよりも、空の上は風が強いし、箒から手を離したら真っ逆さまだと思うと手に力が入る。
すると、飛べると思っていなかったフリーニャが優雅に隣まで飛び上がってきた。
「本当に飛ぶなんて……」
「ね、言ったでしょ!」
飛べてしまえばこっちのものだ。私はドヤ顔でふふんと胸をはってみせる。
「飛べてしまえば、あとは歩くのと同じです。そのまま……、飛んでいる状態を維持して、真っ直ぐ進むように……」
「こう?」
ひょいっ、と私が身体を前へと傾けると、スーッと箒が空をすべる。怖いけど、風が気持ちいい。
魔法はイメージが大切だと面接の時に散々聞かされた。箒で空中をサーフィンするみたいに妄想すると、それにつられるように箒が空をかけていく。
「あははっ、凄いっ。私、空飛ぶ才能あるのかも!」
調子に乗って、くるくると回転なんかしてみちゃったりして。フリーニャが信じられないという表情で、私を見上げていた。
「これで、とりあえず明日の遠征は大丈夫そうで良かった〜! ありがとう、フリーニャのおかげだよ!」
「私は何もしてません。本当に……、何も……」
「安心したらお腹減ってきちゃった。食堂行こ! ねぇねぇ、フリーニャは何が好き? 私はねぇ、ハンバーグ!」
「……ハンバーグは私も好きですよ。でも、食事までご一緒するとは言ってませんよ」
「ええっ!? なんでっ、冷たいっ!」
「私達はただの同室のパートナーですから。ビジネスパートナーだと思って下さい」
えぇ……、いやまぁ、そうなんだけどさ。
「せっかく同室なら仲良くしようよ! パートナーなら親睦深めないとでしょ! ほら、食堂行こっ! ね、決まりっ!」
すっかり安心しきった私は、半ば強引にフリーニャを説得した。なんだかんだ言って、付き合いはいいのか、しぶしぶとフリーニャが分かりました、と折れてくれた。
夕ご飯のメニューを相談する私と並んでフリーニャが空を飛んでいると、そんな私達を窓から眺める視線に気がついた。
「あれ、オーティ先生だ! おーい、オーティ先生! 私、飛べたよ〜!」
「おめでとう! まさか、本当に明日までに飛べるようになると思わなかったよ〜☆」
「教師がそんなんでいいの!? もっと期待してよ!」
遠くから手を振るオーティ先生に私も手を振り返す。自転車に乗りたての頃は、片手離し運転なんて出来なかったはずなのに、自分でも不思議なくらい自然に箒に乗れている。
冗談で言ったけど、本当に才能があるのかも。
遠くでオーティ先生が何かを呟いていたけれど、私たちのところまでは聞こえてこなかった。私は特に気に留めることもなく、フリーニャとともに食堂へ向かうことにした。
◇ ◇ ◇
「あちらの人間の血が混ざっているといっても、流石は五大賢者『紅蓮の魔女』の孫ってわけねぇ。こんなところで掘り出し物に出会えるなんて、あたしの目に狂いはない、ってねぇ」
オーティ・オーススは、早くも自由自在に飛び回っているカナメを見つめて、楽しそうに笑った。
「突然こちらの世界から姿を消した紅蓮の魔女が、どうしてあっちの世界で魔法を使えない人間のフリをしているのか……。あたしの他にカナメのこと、気づいてる人はいるのかな? ふふふっ、楽しくなってきちゃった☆」
オーティ・オーススは、楽しげに笑いながら窓の外をくるくると飛び回るカナメを見下ろした。




