28話 さぁ、一緒に世界を滅ぼそう
「は〜い、席についてねぇ☆ 今日の授業は、自分の魔力を遠くに飛ばす魔法ですよ〜」
ゆるーい、オーティ先生の号令で授業が始まる。
あんな話を聞いてしまった後とは思えない、平和な授業風景に呆けてしまうのも仕方がないだろう。
「あの……っ、オーディン様……、じゃなくて、オーティ先生って、本当にあの五大賢者なんですよね? 髪を解いた姿を見たことがあるのに、イメージと違いすぎて混乱しちゃいますぅ……」
「なんだ、ターシャは疑ってるの? ……ウチは、黒幕が接触してくる可能性を見越してエサにされてるからかな。オーティ先生に視線を向けられると、背筋がぞわぞわするよ」
私とフリーニャを箒から突き落とし、魔王の封印を解く計画に加担したムアンも、あの時、理事長たちに状況を説明した。けれど、肝心の黒幕の正体だけが頭に霧がかかったように思い出せなかったらしい。
ターシャを人質にしてムアンを脅していたくせに、記憶を封じる魔法なんか使って、正体を隠すなんてそんな都合のいい話……、許せない!
「フリーニャ、おんぶして。ラルカはまだ、ねむいの……」
「もう、授業が始まっているんですよ? ほら、冷たい水に触れれば目が覚めますよ。顔を洗って……」
「……フリーニャ、つめたい」
「それはどっちの意味ですか?」
「水のはなし」
「それならいいです」
ラルカも随分と私たちに馴染んできた。
元々、面倒見の良いフリーニャが、お姉ちゃんみたいにせっせと世話を焼くもんだから、おんぶなんて言って甘えるようになってきた。
「可愛いと可愛いは、合わせても可愛いになるんだなぁ……」
などと、私は意味の分からないことを考えながら、和気あいあいと授業の準備をする、みんなのことを見つめていた。
ラルカの街を襲った容疑は、ほとんど真っ黒で確定しているが、ムアン同様に泳がせている状態だ。
事情を把握して自ら協力しているムアンと違って、何も知らないラルカのことを騙しているみたいで、私はなんだか気が重かった。
「魔力を飛ばすってことは……、風魔法、水魔法みたいなくくりはないってこと?」
「そうですね。自分の得意魔法……、自分の魔力に含まれる属性が魔力の塊となり、それぞれの属性を持つ魔力を飛ばす。単純ですけど、攻撃に向いている魔法だと思いますよ」
流石は首席。
習う前から使えるようで、フリーニャはお手本を見せてくれた。フリーニャの魔力は少ない、といっても、水属性を多く含むのか、ボコボコと沸騰してるみたいに手のひらの上で膨らむ水の弾を、フリーニャは遠くの木にぶつけてみせた。
――ズゥゥウウン。
地響きがして、木が倒れる。当たった場所がえぐれている。
やっぱり、フリーニャってすごい! この魔力、周囲からも集めているんだよね……。あんなに小さいのにこの威力……、ちょっと、今後はフリーニャを怒らせないようにしよ……。
「このタイミングでこんな魔法教えるってことは、魔王復活に備えて、生徒にも少しでも攻撃魔法を覚えて欲しいってことなのかもね」
「……そう、だよね。わたしもこの魔法くらいは覚えなくっちゃ」
「ターシャは、強化魔法も得意だったよね。ウチやフリーニャといる時は、それ使って貰えたら助かりそう」
「そうですよねっ! 攻撃魔法だけが戦い方じゃないんだもんね……。うんっ、わたし、強化魔法も磨きますっ!」
やる気を出しているターシャを見つめて、私は胸が苦しくなった。
ターシャはいいな……。攻撃魔法が苦手って言っても、探索魔法や強化魔法……、サポートする魔法は得意なんだもんね。
私は……、私には……、何も出来ない。
浄花の焔もあれから一度も成功しなかったし。
結局、花を咲かせるしか脳のない、お花畑やろうだ。
グチグチと頭の中のいじけた私が、私を落ち込ませようと罵ってくる。
そんな時、ぐい、と私の服が引っ張られた。振り返るとラルカが私を見上げていた。
「カナメ、げんきない?」
「うーん……。ちょっと、ね」
ラルカにも見透かされちゃうのか。
良くないな、なんて思いながらも、取り繕う元気もない。
「ラルカだって、こんなに小さいのに沢山の魔法を使えるでしょ? 皆もそう。フリーニャも、ターシャもムアンも、皆には得意な魔法があって、誰かの役に立てる。それなのに……、私って本当になんにも出来ないなーって」
そう言った私の足にまとわりつくみたいにラルカが腕を回した。
「ん……、とどかない。カナメ、しゃがんで」
私は言われるがまましゃがんだ。すると、ラルカがぎゅっと私のことを抱きしめた。その小さな腕は、私の身体をまわりきらない。
「ラルカ?」
「ぎゅってすると、元気でる。……ラルカが落ち込むと、いつもダルがしてくれた」
ズキン、と胸が痛んだ。
傀儡の魔女の最後を思い出して、ちょっとだけ泣きそうになった。ラルカは、本当のこと、知らないんだもんね。
おばあちゃんのこと、傀儡の魔女の本当の最期のこと、黙っているのが辛かった。
だけど、おばあちゃん達は悪者にされたとしても、沈黙することを選んだんだ。私がスッキリしたいだけの正義感で、勝手なことを言っちゃダメだ。
知らない方がラルカはこれ以上傷つかなくて済むんだから。
「カナメ。元気、でた?」
「……っ、うん……。ありがと、ラルカ」
俯く私を抱きしめたまま、ラルカは優しく私の頭を撫でた。
「そうだ、ラルカならコツとか分かるかも! 説明してくれるんだけど……、フリーニャだと言葉が難しすぎてさ」
「……コツ。ラルカの中にある魔力を……、ねんどみたいにコネて、コネて、ぎゅっておだんごをつくるの。ほら」
そう言って、ラルカは手のひらでお団子を作る真似をした。すると、いつの間にか魔力が可視化されて、だんだん大きな魔法の塊に変わっていった。
「魔力を、コネて……、コネる……、……っ! ……出来たっ!」
言われた通りに、ぎゅっぎゅっておにぎりを固めるみたいにエアーお団子作りをしたら、魔力の塊が現れた。私の魔力、やっぱり炎属性なんだ……っ!
手のひらに現れた炎の塊をポン、と飛ばす。
それはフリーニャの魔法と比べたら小さな衝撃だったけれど、私は嬉しくてたまらなかった。
「ありがとう、ラルカ! 出来たよっ! 私にも、出来るんだ……っ!」
私は嬉しさのあまり、ラルカを抱き上げてくるくると回った。
ラルカは一瞬だけ驚いた表情をすると、ちょっとだけ楽しそうに口元を緩めていた。
◇ ◇ ◇
『楽しそうだな』
「うん。カナメたちと一緒に遊ぶの、楽しい。それにね、カナメたちが笑ってくれると、ダルといた時みたいに、胸がちょっとだけ、ぽわぽわするの」
ラルカは嬉しそうに彼に話しかける。
『友だちは、僕だけなんじゃなかったの?』
「……ともだち。……ともだちっ! ラルカは、カナメのともだち!」
『騙されるなよ。そいつらのことを信じるな』
「なんで、そんなこと……、いうの?」
『忘れたのか? 傀儡の魔女を殺したやつらに復讐をするんだろ? 君と僕は同じだ、五大賢者は僕たちの敵だ。君の友だちは、僕だけだよ』
「でも……、カナメたちは、やさしかったよ。悪いのは、五大賢者だけじゃないのかな。ねぇ、ラルカ……、世界、滅ぼさなきゃダメかな……」
『ダメに決まっている!』
「でも、そしたら……、カナメたちも死んじゃうよ……」
『ラルカ、傀儡の魔女は救世主だったんだろ? それを世界は見捨てたんだ。そんな世界、許せないだろ?』
「うん……、許せない……」
『だったら! 僕だけの言葉を信じろ! カナメたちは嘘つきだ、本当はお前を友だちだなんて思ってないよ。お前が裏切らないように、友だちのフリして騙してるんだ』
「そんなこと……」
『ないって言いきれないだろ? お前の味方はもう、誰もいない。お前の味方だった傀儡の魔女は、五大賢者に殺されたんだ。さぁ、一緒に世界を滅ぼそう。僕だけが、君の友だちでしょ?』
洗脳するような物言いに、ラルカの瞳がだんだんと濁っていった。
その言葉を否定したかった。けれど、出来なかった。カナメたちが自分に何かを隠していると、ラルカは勘づいていたのだから。
「あれ、ラルカ、どこ行ってたんだろ。……っていうか、なんか……、ラルカの様子おかしくない?」
「そうですか? そう言われると少し元気がないように見える気もしますが、いつも通りに見えますけど……」
「うーん……、さっきまでもっと楽しそうな顔してたんだよなぁ」
ラルカの濁った瞳がカナメとフリーニャをとらえた。
『さぁ、一緒に世界を滅ぼそう』
「……何っ!? この声……っ! ラルカ……ッ!?」
その瞬間、ラルカをドス黒い魔力が飲み込んだ。




