27話 その続きは、魔王を倒したあとで
なんだか、本当に別世界の出来事みたいだ。
本当なら私みたいな落ちこぼれ魔女が聞いていい話じゃないんじゃないのか? と、理事長室で聞いた話を思い浮かべて、私は隣を歩くフリーニャを見た。
あれだけの話を聞いたんだ、それも尊敬するお祖母様から。フリーニャは心ここに在らずといった、思い詰めた表情で無言で歩いている。
私だって、とんでもないことをしてしまったこと、後悔も反省もしている。だけど、今、私にやれることは世界の平和のためだとかそんな大仰なことじゃない気がする。
「ねぇ、フリーニャ。明日さ、空いてる?」
「……空いていますけど、今は一人で考えたい気分で……」
一人で考えたって、ドツボにハマっていくだけなのは、私だって分かってる。だから、今の私のやるべきこと、それは……、フリーニャを元気づけることだ。絶対に、笑顔を取り戻してやる!
「……今のフリーニャを一人になんてさせないよ。私と、デートしよっか」
私はそう言うと、断ろうとするフリーニャを半ば強引に説得して、明日のデートの約束をとりつけた。
◇ ◇ ◇
「おはよ! 街で待ち合わせってなんか新鮮でいいね! すっごいデートって感じ!」
「まぁ……、そうですね」
待ち合わせ場所の噴水の前には、めちゃくちゃ可愛いフリーニャが、何度も何度もそわそわと前髪を直して私のことを待っていた。
清楚な淡い水色のワンピースに、髪型もいつもと違うハーフアップに編み込み、少し、メイクもしている気がする。赤く染った頬とふっくらしたピンクの唇に目を奪われた。
同じ寮室だっていうのに、会わないように時間をずらした甲斐があった。私だって、早く出てきたはずなのに、一体いつから待っていてくれたんだろう。
どこからどう見ても、デートとして意識してくれてるのが嬉しくてたまらなかった。
うん、私。フリーニャが好きだ。
「ほら、行こ!」
私はフリーニャの手を握って歩き出した。
フリーニャは、繋いだ手を振り払うことはなかった。
「ここは…………」
「そ。フリーニャが連れてきてくれたカフェだよ。もっかい一緒に行こうって、言ったでしょ?」
私が笑いかけると、フリーニャは照れくさそうに微笑んだ。
「そうでしたね。あの時はまだ、私もカナメさんの前で気を張っていて……、でも、誘ってみたデートは楽しかったのを覚えています」
「うん、私も楽しかった。でも……、突然デートしよ! なんて言うから、ドキドキしたなぁ」
私がそう言うと、フリーニャが楽しそうに笑った。
「フリーニャは、イチゴでしょ?」
「ふふっ、今回はカナメさんに譲りますよ。私も、カナメさんが選んだものを食べたいんです」
「んー、じゃあ、これ! イチゴのチーズケーキにする!」
結局、イチゴを頬張るフリーニャの幸せそうな表情が忘れられなくて、ついついイチゴが乗ってるものばかりを見てしまう。
「チーズケーキ、好きなんですか?」
「うんっ、好きっ! あと、イチゴのチョコタルト!」
「……それ、私に合わせていませんか?」
「合わせてないって言ったら嘘になるけど、私が食べたいものだから大丈夫っ! 前に来た時、チーズかチョコか悩んだたんだよねぇ。そこにイチゴもくっついてくるなんて、運命かもっ!」
「大袈裟ですね。……まったく」
口ではそう言いながらも、フリーニャはずっと楽しそうだった。だこら、私もそんなフリーニャが見れて嬉しかった。
「それで、今日はなんのデートなんですか? 私のこと、励まそうとしてくれましたか?」
そりゃあ、そうだ。
フリーニャが気づかないわけがない。
「まぁ、ぶっちゃけで言っちゃえばそうなんだけどさ……、ほらっ! 色々ありすぎて、お祝い出来なかったでしょ! 私たち、二つ目の星証をゲットしたんだよ!?」
「……そういえば、そうでしたね……。その後のことが衝撃的すぎて、すっかり忘れていました……」
「ねっ? だと思った! 私もちょっと忘れかけてたもん! だけどさ、フリーニャと一緒に頑張って、手に入れたんだもん。祝っておかないとね!」
私たちの肩に輝く、二つの星証。
あと一つ、最後の星証が集まれば……、私は首席のフリーニャと肩を並べることが出来る。
ねぇ、フリーニャ。あの時の、神殿でのキス……、あれって、なんだったの? まさか、今の私たちってもう付き合ってるのかな!? なんて、そんな都合のいい話はないよね。好きだってことすら、伝えられていないんだもん。
だけど、あのキスはもう……、そういうことだって期待しても良いのかな。
『貴女と恋人になるつもりは絶っ対に有り得ませんからね!』って言ってたの、あの話はもう無効なんだよね?
疑問が思い浮かんでは、喉に引っかかったまま、声に出せずに消えていく。
フリーニャの肩には、二つの星証と首席の証が輝いている。早く、フリーニャの隣に立つのに相応しい魔女になりたい。
焦りだけがつのっていく。
「お待たせいたしました〜。イチゴチョコタルト、イチゴチーズケーキのお客様。ごゆっくりどうぞ〜」
「わっ! すっごい、美味しそう……っ!」
「……っん。美味しい……っ」
「ふふっ、フリーニャ。これも食べてみてよ。はいっ、あーんっ!」
「へっ……? あ、ありがとうございます……」
イチゴのチーズケーキをフリーニャの口に運ぶと、素直に口を開けてぱくん、と食いついた。かわいい。
気を張っていない姿を見せてくれるのが、嬉しかった。他愛のないことで笑って、へにゃり、と気取っていない表情で微笑むフリーニャを守りたいと思った。
◇ ◇ ◇
「はーあっ、本っ当に楽しかったーっ!」
カフェを出た私たちは、フリーニャが行きたがっていた本屋さんへ行ったり、お互いを着せ替えてショッピングをしてみたり、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
「……ねぇ、フリーニャ。最後に一個だけ、行きたいところがあるんだけど」
私は、街が一望出来る時計台へと、フリーニャを連れていった。建物の隙間から覗く夕日が、とても綺麗に見えた。
「よいしょ、っと」
「……箒、ですか?」
「今朝、ここに隠しておいたんだよね。フリーニャと、行きたい場所があったから」
私は箒の後ろにフリーニャを乗せて、夕焼けで赤く染った空に飛び上がった。
「…………ここは」
私は、あの事件の時に私が出現させたままの、巨大な焔の魔花の上に降り立った。
「はいっ、手!」
「ありがとうございます」
私が手を差し伸べると、フリーニャは躊躇うことなく、私の手を取った。
私たちは足場の安定した花びらの隣の枝に座って、沈んでいく夕日を眺めていた。
「ねぇ、フリーニャ……。あのね……、私……っ!」
全身が心臓になってしまったみたいに、バクバクと心臓が高鳴った。
ちゃんと、面と向かって好きだ、って伝えなくちゃ!
はっきりと告白しようとしていた私の唇に、フリーニャの白くて長い指がそっと触れた。それ以上は言わせない、と私の口を塞ぐその指は、いつだって簡単に退けられる。なのに、私はあまりに綺麗に、儚く微笑むフリーニャに、ただ従うことしか出来ないみたいだ。
これが、惚れた弱みってやつなのかな。
「…………カナメさん。その言葉の続きは……、魔王を倒したあとに聞かせてくれませんか? その時はもう、私に芽吹いたこの感情から……、逃げたりしませんから」
「うん、分かった。……絶対に、倒そうね」
「怖いですけど……、絶対に大丈夫です。カナメさんが、私に解けることのない魔法をかけてくれたんですから。私と、カナメさんなら……」
私たちは見つめ合うと、おでこをコツンと合わせて、自分たちを奮い立たせた。一人だったら、立ち上がれなかったかもしれない。
だけど、私にはフリーニャが。フリーニャには、私がいる。絶対に、負けたりなんかしない……っ!
フリーニャが私の手に自分の手を重ねて握ると、チュッ、の小さなリップ音がして、私の眼前にフリーニャが顔に迫られていた。
「えっ?」
夕焼けのせいじゃない。
フリーニャの顔が、耳まで真っ赤に染まっている。
「ねぇ、フリーニャ。……今のキス。このキスは、なんのキス?」
「パートナーの、契約のキスですよ。貴女は、私のものなんですからね」
フリーニャはイタズラが成功した子供みたいに楽しそうに微笑むと、そっと私に耳打ちした。
あんなに嫌だったこの契約が、今はずっとずっと心強い。
私は……、フリーニャの為だったら、強くなれる……っ!
私は決意を固めて、拳を握りしめた。




