26話 ラルカの記憶
「ダル! 見て! ラルカ、薬草を取ってきたの」
「ありがとう、助かったよ」
「ラルカ。お手伝いできて、おりこう?」
「そうだね。とてもお利口だよ」
「あとね、お花もとってきたの。ダルにあげようと思って!」
「ふふっ、かわいい。ちょっと貸して」
「わぁ……! ダル、すごいね! お花のかんむりだ!」
「こういうことは得意だからね。ラルカに似合ってるよ」
「作り方教えて? ラルカも、ダルに作ってあげる」
赤ん坊だったラルカを拾った傀儡の魔女は、闇魔法を使えるラルカを人目から避けさせるように、村外れの森にひっそりと立つ一軒家で暮らしていた。
あっという間の速度で成長していくラルカに胸騒ぎを感じながらも、ダルは本当に大切に育てていた。
◇ ◇ ◇
「ダル、いつもの魔法見せて!」
「これのこと?」
土魔法が得意だったダルは、時々こうして沢山のゴーレムを出しては、人形遊びをするみたいに動かしたり、人形劇をしてラルカに見せていた。
「ラルカ、これ好き」
「そう? 派手な魔法じゃないけど……、もっとキラキラした魔法じゃなくていいの? 得意魔法じゃないけど一応、出来る……」
「うぅん。ラルカはダルがやってくれる、この魔法が好きなの」
「変な子」
「……ラルカも、使えるようになるのかな?」
「練習してみる?」
屈託なく笑うラルカに、ダルはほっと胸を撫で下ろした。
(ラルカは、凄くいい子に育ってくれてる。なのに、ラルカを拾ったあの時から……、嫌な予感がずっと続いている)
◇ ◇ ◇
「ねぇねぇ、ダル! 外、凄いよ。雪、積もってる」
「うぅ……、寒い。まだ、寝かせて……」
「なんで! 一緒に雪だるま作ろうよ!」
「……ほら」
「そんなのゴーレムに雪をかぶせただけだもん」
「ラルカは、やれる?」
「やれるよ! いっぱい練習したもん。ほら!」
「これは…………。ラルカなら、傀儡の魔女を継げそうだね」
「傀儡の魔女?」
「そ、五大賢者の傀儡の魔女。土魔法でもゴーレムを沢山出すのが得意だからなのかな。いつの間にかそう呼ばれてたの」
「かっこいい! ラルカもダルとお揃いの傀儡の魔女になる!」
「ふふっ。じゃあ、もっと魔法の練習頑張らないとね」
◇ ◇ ◇
春には薬草を取って、夏にはゴーレムで人形遊びをして、秋には一緒に魔法の練習をして、冬には雪だるまを作った。
そんな日々を繰り返して、ラルカとダル、二人で過ごす何年目かの秋が来た。
「ダル! きのこ、取ってきたよ! ラルカ、おりこう? え…………、ダル…………?」
ラルカの目の前で、銀髪の少女と赤髪の少女がダルに向けて魔法を放った。
「……やめて……っ!」
ラルカの叫び声に、その場にいた三人が一斉に振り返った。
「やめて、ダルをいじめないで……っ!」
血を流すダルに駆け寄って、溢れ出る血を戻そうとラルカは両手ですくいとる。
「やだ、やだ、やだ! 戻って。ねぇ、ダル。魔法で治せるでしょ」
「………………ラルカ」
ラルカは血塗れのダルを背に庇い、その小さな背中には隠れきるはずのないダルを隠そうと、両手を広げて立ちはだかった。
それを、銀髪の少女と赤髪の少女は、今にも泣き出しそうな眼差しで静かに見つめていた。
「ぁ……っ、やだ、やだぁぁああああ……っ! ダル……ッ! ダルッ、死んじゃ……やだ……っ! ダルゥゥウウウウ……ッ!」
泣き叫ぶラルカの額に、ダルは手をかざした。
「……ごめんね、ラルカ」
ダルはそう言うと、ラルカに永い眠りにつく魔法をかけた。
「つらい想いをさせてごめんね、ラルカ。せめて……夢の中ではいい夢を見て。…………大丈夫、悪夢はすぐに醒めるよ。ラルカが目覚める世界には、もう魔王は居ないから。……だって、魔王はあの二人が殺してくれるから」
ラルカの意識が薄れていく。
ダルは最期の力を振り絞って杖を振った。
今にも消えそうな声で唱えた呪文は、誰の耳にも届かない。
『傀儡師のお人形遊び ――私を、殺して』
「……っ、ダル! まだ、待って……! やっぱり、他に……」
「ダルさん、やめて下さい……っ。私は…………」
銀髪の少女と赤髪の少女が、魔力を凝縮してダルへと放った。
すると、ダルは糸の切れた人形のように動かなくなった。
「ぅ、ぁああぁあああ……っ! お前たちを、ゆるさないっ! ラルカ、は……、ラルカは…………っ」
ラルカの悲痛な叫びに、二人の少女は目を閉じた。
そして、ラルカは永い、眠りについた。
◇ ◇ ◇
「……よくぞ、ご無事で……。……分かりました、……お任せ下さい。……全ては、魔王様の復活のために……」
ラルカは誰かと誰かが話す声で目が覚めた。
ダルが死の直前にかけた魔法で、永い時間眠り続けていたラルカは、あの瞬間に時が止まってしまったかのように子供の姿のままだった。
「ここ、どこ……。おじさん、だれ……?」
男がにやりと笑った。
「おじさんは君の味方だよ」
「ラルカの、味方……?」
「……育ての親を目の前で殺されるなんて、辛かったね」
「……ダル……ッ! ダル……ッ!」
「……分かるよ。おじさんもあいつらに大切な人を奪われたんだ」
取り乱していたラルカだったが、ダルがもう、この世の何処にもいないことは、心のどこかで分かっていたのだろう。
「おじさんも……?」
「そうだよ。……君を育ててくれた傀儡の魔女を殺したのは、元は仲間だったはずの紅蓮の魔女と蒼龍の魔女だ」
「仲間が……、ダルを殺した……?」
「あぁ、きっとダルは騙されたんだよ。……復讐、したいよね。大丈夫……、おじさんが手伝ってあげるから」
こうして、ラルカは復讐心に付け入られて、蒼龍の魔女の若い頃にそっくりなフリーニャ・ラーノが入学した学園へと転入することになる。
男たちの誤算は、紅蓮の魔女の孫であるカナメも、この学園に入学してきたことだけだ。
◇ ◇ ◇
「それで……、ラルカはおばあちゃんたちを……」
俯いてぽつりぽつりと話すお祖母様の肩を、理事長が優しく掴んだ。
「……心の奥に閉まっておくのは、辛かっただろうに。なぜ……、もっと、早く……、わしらに言わなかったのじゃ」
「……っ、言えるわけがないでしょう……っ! 友人を、この手にかけたなどと……っ!」
感情をあらわにして、お祖母様が声を荒らげた。
その心の中を想像して、私は酷く胸が痛くなった。
(おばあちゃんも、同じ想いを抱えているかもしれないんだ……)
お祖母様を連れて、理事長、オーティ先生が部屋を後にした。
しばらくすると、目を赤く腫らした三人が部屋に戻ってきたので、私たちは気がつかないふりをした。
「……しかし、これで魔王の復活は可能性から確信に変わってしまったのじゃ。おそらく、ダルが死んだその日、魔王はラルカに取り憑いておるのじゃろう。今は依代を選んでいるところか……、ラルカに決まっておるのか……」
「これから、どうしましょうかねぇ……☆」
「今はラルカを泳がせて、ラルカを拐った協力者とやらがしっぽを表すのを待つのじゃ。ラルカが妙な動きをした時は、わしら五大賢者が動く。カナメたちはくれぐれも気取られぬように気をつけるのじゃぞ」
ラルカを騙してるみたいで気が引けるけど……、ラルカを操ろうとする黒幕がいるなら、そいつを捕まえなくちゃ!
「……現役を退いてはおるが、ほむらとて五大賢者。それに、マーヴィーから聞いたダルの話といい……、今回のこと、ほむらにも伝えるかのぅ」
理事長がそう言うと、お祖母様が食い気味にそれを否定した。
「現役を退いた人がいても足手まといです。彼女の力は借りなくて大丈夫です、私がいるのですから」
「マーヴィーの言うことも一理あるのじゃが……、ほむらもダルを殺めてしまったことに苦しんでおるかもしれないのじゃ」
「…………それがなんだというのですか。彼女はもう、こちらの世界とは関係ありません。あの人はこちらの世界を捨てたんです。物騒な話はもう忘れて、平和な世界で穏やかに暮らしていますよ。甘やかされて育ったカナメを見れば分かります、私たちとは住む世界が違うんですよ」
「…………ほむらがあっちの世界へ行ったこと。まだ、根に持っておるのか……?
理事長がそう言うと、恨めしげにお祖母様は拳を握りしめた。




