24話 謝れば許して貰えると思っているのかしら
「お祖母様と同じ、五大賢者……。貴女が、旋風の魔女……」
フリーニャが言うと、理事長は高らかに笑った。
「はははっ、マーヴィーと同じか。面白いことを言う! そのお祖母様も、わしの生徒じゃよ。カナメの祖母も、フリーニャの祖母も、そこにおるオーディンも、わしが担任した生徒だったのじゃ!」
「オーディン……?」
急に自分に集まる視線に、オーティ先生がため息をついた。
「……先生、今はオーディンではなく、オーティですよ。……まぁ、もう隠す必要はなさそうですけどね」
いつもと違う落ち着いた様子でそう言うと、オーティ先生はポニーテールを解いて、かけていた丸メガネを取った。地面につきそうなくらいの長くて艶やかな髪に見惚れていると、フリーニャが大きな声を上げた。
「…………オーティ先生が、オーディン……ッ!? まさか、あの天才……、夢幻の魔女オーディンですか……っ!?」
「……フリーニャ、それって凄い人ってこと……?」
「凄い人ですよ! 夢幻の魔女……ということは、オーティ先生も五大賢者ということなんです……!」
オーティ先生が、五大賢者?
いや、待って。ちょっと、情報が多すぎる。おばあちゃんが五大賢者ってだけでも意味がわからないのに、今度はオーティ先生も? あんなに気楽でふざけてた人が? いや、今はミステリアスな雰囲気でめちゃくちゃオーラあるけど……っ!
「ははっ、信じられないという顔じゃな。オーディン。やっぱり、あの奇妙な喋り方が良くなかったのじゃ」
「教師と生徒の間の壁を取り除き、仲良く気楽に話せる相手であろうと努力していたのですが……」
「……から回ってるのぅ。気楽ではあったが、あれのどこが仲良くできる相手なのじゃ。普通に不気味だったぞ」
理事長がため息をつくと、オーティ先生が不思議そうに片手を頬に当てて首を傾げた。
「……そんな、ほむらは皆に好かれていたじゃないですか。だから、私もほむらのように振舞ったつもりだったんですが……、そうは見えなかったですか?」
「何っ!? ほむらの真似!? あれがか……っ!?」
「……そんなにおかしかったですか? あたし、結構気に入ってるだけどなぁ☆」
「おかしいに決まっておるっ!」
オーティ先生のあの喋り方、おばあちゃんの真似だったんだ……。いや、想像できないし、絶対違うんだろうけど!
おばあちゃんの話し方を思い出していると、急に理事長室の窓が開き、風がぶわっと吹いたかと思うとバサバサとカーテンがはためいた。
「オーディン、まだ続けていたのですか。……彼女の明るさは軽快、貴女の猿真似は軽薄と言うのですよ」
理事長の窓から、初老の女の人が魔法みたいに一瞬で現れた。その人が現れた途端、空気がピリッと引き締まった気がする。
切れ長の瞳でオーティ先生を見つめている。
人を寄せつけないような厳格な雰囲気を纏っているその人は、長い銀髪を後ろでまとめていて、歳を感じさせないスタイルに気品のあるドレスを身につけていた。なんか、この人……、誰かに似ているような……。
「……っ、お祖母様っ! どうして、ここに……っ!?」
そうか、この人。フリーニャに似ているんだ。
「……フリーニャ、いかなる時も冷静にと教えたのを忘れたのですか? 声を荒らげるのはやめなさい、はしたないですよ」
「……ご、ごめんなさい……っ、お祖母様……」
びくん、とフリーニャが肩を震わせた。
なんか、ちょっと嫌な感じがする。
「孫にも自分と同じ厳しさを求めるか。……変わらないのぅ、マーヴィー」
「……先生、お久しぶりです。先生こそ、お変わりありませんね。あの頃から姿一つ変わっていない」
「わしは純粋なエルフだからのぅ、たった数十年で変わるわけがないのじゃ。マーヴィーは、増えたのぅ」
「私は、ただの人間ですからね」
理事長と話すフリーニャのおばあちゃんは、礼儀正しいけど……。フリーニャを注意してから一度も、フリーニャの方を見ない。
まだ、封印のことを直接おばあちゃんに話してないんだろう。フリーニャが今にも倒れそうなくらい白い顔で、おばあちゃんに話しかけようとしている。その手は小刻みに震えていた。
「あ、あの……っ、お祖母様……、ごめんなさい……っ!」
勇気を出してフリーニャが頭を下げた。だけど、当のお祖母様は、返事もしてくれない。フリーニャの瞳に涙が溜まっていく。泣くもんかって、上を向いて目を潤ませているフリーニャの姿に、私の胸まで痛くなる。
「ねぇっ! フリーニャ、謝ってるじゃん! 返事くらいしてあげたらどうなの……っ!?」
「か、カナメさん……」
見ていられなくて声を上げた私に、お祖母様が視線を向ける。そして、すぐに視線を逸らすと凛とした声でピシャリと言い放った。
「……謝れば、どんなことをしても許して貰えると思っているのかしら。それは、とても傲慢な考え方だわ」
「え……?」
「……貴女は随分と甘やかされて育ったようですね。謝ったからといって、なんなんです? 反省すれば良いのですか? 許す、と言わなければ私が悪ですか?」
まさか、そんなことを言われると思っていなかった。
謝って、許されて、仲直りをする。
それが当たり前だと思っていたから、フリーニャのおばあちゃんの言葉に私は固まってしまった。
「……出ましたねぇ☆ マーヴィーの正論節」
「まったく、変わらないのぅ……」
フリーニャのおばあちゃんが、私を見つめている。私の答えを待っているんだ。
「……悪じゃ、ないです。許されることばかりじゃないって、そんなの、分かってます。……うぅん、やっぱり分かってなかった」
私は真っ直ぐ、フリーニャのおばあちゃんの目を見つめた。
「私は……、許して貰えるのが当たり前だって思ってた。だけど、フリーニャのおばあちゃんが言う通り、許さないって言われても仕方がないことをしたんだ。だけどさっ! それと無視するのは違うでしょ!」
そうだよ。許されないことをしたからって、謝罪を受け入れられないからって、相手を傷つけていい理由になんかならない!
「フリーニャは、憧れていた人を失望させたと後悔してたよ。だけど、謝罪の言葉も無視されたら、フリーニャはどうやって後悔を覆せばいいのっ!?」
フリーニャのおばあちゃんが、叫ぶ私を見て、嫌そうに眉をひそめた。
「……嫌な目、彼女によく似てる」
「彼女……?」
もしかして、おばあちゃんのことだろうか。
おばあちゃんとフリーニャのおばあちゃんは、仲が悪かったのかな。
「フリーニャ。貴女も彼女と同じ意見ですか?」
「い、いえ……っ、私が悪いのです。お祖母様は何も悪くありません……、私が……っ、ごめんなさい……」
ただ、ひたすらに謝るフリーニャに、フリーニャのおばあちゃんがため息をついた、
「……そうですか。フリーニャ、私は貴女に失望などしていません。貴女を許さないとも言っておりません。私は、貴女たちのしたことを責める資格を持ちません」
怒って、ないの……?
フリーニャのおばあちゃんからの意外な言葉に、私はぱちくりと瞬きをした。
「ただ、貴女達は取り返しのつかないことをした、それは分かりますね?」
「……はい」
「取り返しのつかないことをした時、謝罪に意味はありません。愚かな自分を許せないのは貴女自身、後悔を取り除くには……、成功で上書きするしかないのです」
「……はいっ、」
「魔王の復活など、蒼龍の魔女が許しません。ラーノ家に名を連ねる者として、責任をもって後始末なさい」
――カンッ、と長い杖で床を叩く。
「ほんと、マーヴィーは誤解されやすいところ、変わらないねぇ☆」
半ば呆れたように、オーティ先生が呟いた。




