19話 奇跡も魔法もあるんだよ
「どうぞ、乾きましたよ」
フリーニャの風魔法で乾かして貰った服を受け取って袖をとおす。得意魔法は水魔法だっていうのに、風魔法も火魔法も、まんべんなく使えているのが凄い。
しかも、それが天才なんて一言では片付かない。フリーニャの努力の結晶なのだから、尚更だ。
「ありがとう! それにしてもここ、廃墟みたいだけど、綺麗な場所で良かったよ。オバケが出そうな見た目してたら、ちょっと嫌だったもん」
「お、オバケなんて居るわけないじゃないですか……!」
何気ない世間話に、フリーニャが激しく食いついた。これは、あれだな。
私はにやりと笑って、両手を垂らしたオバケのポーズをとると、フリーニャの頬にひたひたと冷たい指先をあてた。
「こんな夜は……、女性のすすり泣く声が……」
「やめてくださいっ! 本当に出てきたらどうするんですか!?」
「あれぇ、フリーニャは信じてないんじゃないの?」
私たちがじゃれあっていると、ピチョン、と水音がした。
「ひ……っ!」
怖がるフリーニャをにやにやと見ていると、どこからか声が聞こえた。
「ちょっと、カナメさん! そんな冗談、面白くないですよ……っ!」
「いや、私じゃないよ! どこかから聞こえる……、こっち……?」
「ちょっと! どうして、声がするほうに行くんですか……!?」
フリーニャの静止を無視して、私は見えない力に惹かれるように声のするほうに向かった。
「金色の、コップ……?」
明らかに祀るように、台座の上に金色に輝くコップを見つけた。
「聖杯……でしょうか。ここは一体、何の神殿なんでしょう……」
すると、聖杯からくぐもった声が聞こえた。
『貴女方は……、御大賢者の子孫ですね。永い時間、お待ちしておりました。さぁ、ここに手を……』
頭がぼんやりして、私とフリーニャは声に言われるがまま、聖杯に手を伸ばした。二人で聖杯に触れると、
――パァァァアアアア、と聖杯が光った。
その瞬間、なんでか今までずっと忘れていたおばあちゃんとの記憶がよぎった。
『おばあちゃん、若い頃にね、魔王を封印したことがあるんだよ』
おばあちゃんが話してくれた魔法の世界のおとぎ話は、凄くワクワクした。
だから、本当に魔法の世界があるって知った時、凄く嬉しかったんだ。なんで、こんな昔のこと、思い出したんだろう……。
あぁ、そっか。この光景、おばあちゃんが話してくれたおとぎ話にそっくりなんだ。
「えっ、何!? 私、今何してたの……っ!?」
「私は、一体何を……」
私とフリーニャは、顔を見合せた。
触れるつもりなんてなかった。
何かに意識を乗っ取られたみたいだった。
聖杯の光が弱まると、真っ黒で邪悪な煙がその場に溢れ出した。
そして、土の中から見たこともない、だけど、酷く邪悪な姿をした魔物達がぞろぞろと這い出てきた。
「まさか、これ……、魔王の封印……?」
私がぽつりと呟くとフリーニャが凄い勢いで私の方を振り返った。
「今、なんて言いましたか……っ!?」
「えっ、魔王の封印……って。いや、そんなわけないんだけどさ、なんか急に昔おばあちゃんに話してもらったおとぎ話を思い出しちゃって……」
私の言葉を聞いて、フリーニャが険しい表情になる。
「…………おとぎ話じゃありません。魔王の封印は、存在します……。昔、お祖母様に聞かせてもらったことがあるんです。魔王は放っておけば力を増して、五大賢者の手にも負えなくなる。だから……、魔王が召喚されてすぐに五大賢者で力の一部と魔王の配下を封印したのだと……」
「……そんな……っ! じゃあ、完全には倒せてないってこと!?」
「魔王の本体は倒したんです! それに封印は二人以上の五大賢者の血液でしか解除されない。だからもう、魔王の力の一部が存在していても、何も問題は無いと……!」
確かにそれなら問題ないはずだ。
だけど、本当に意味のないものなの……?
それに、この状況ってどう見ても……。
「じゃあさ、これ……、もしかしなくても、私たちが封印解いちゃったってこと……だよね?」
「…………でも、どうして……。まさかっ!? 五大賢者の血液は、子孫でも良かったということですか!?」
「まぁ、解けちゃったってことは、そういうことだよね」
「お祖母様が封印した魔王の一部を……、私が目覚めさせた……? そんな……っ、でも、私一人で解くなんてこと……っ!」
フリーニャがはっとしたように、私を見つめた。
「カナメさん……、さっきの話、カナメさんのお祖母様に聞いたと言っていましたよね……」
「うん。でも偶然じゃない? おばあちゃんが作ったおとぎ話がたまたま似てたってだけで……」
「偶然なんかじゃありませんっ! カナメさんのお祖母様は……、行方知れずになっている紅蓮の魔女なんじゃないんですか……っ!?」
は?
おばあちゃんが、紅蓮の魔女……?
あんな、普通のどこにでも居るようなおばあちゃんが、魔女だったってこと……?
私たちが混乱しているうちにも、土から出てきた魔王の配下達が、ぞろぞろと私たちを追い詰めてくる。
「やば……っ、逃げ場がもうないよ……っ!」
今は考えているよりも、この状況をなんとかしなくちゃ!
ガタガタと青ざめて震えているフリーニャを背中に庇って後ずさりをする。
私はまだ実感が湧いてないだけだけど……、フリーニャがまずいな。そりゃあ、あれだけ憧れてたおばあちゃんが封印してたものを解いちゃったなんて、精神的に参っちゃっても仕方がない。
「……大丈夫、絶対に大丈夫。……私が何とかする」
自分にも言い聞かせるように何度も大丈夫と繰り返すと、フリーニャが涙目で叫んだ。
「何とかって、何ですか!? 相手は魔王の配下なんですよ。闇の気配もまとっています。……こんなものを解放してしまったなんて、もう……、お祖母様に顔向けができません……っ!」
ああもう、綺麗な顔が涙でべしょべしょだ。
私は振り返って、フリーニャの涙を手の甲で拭った。
私だって怖い。だけど、前を向かなきゃ迎え撃つことも出来ないじゃないか!
額に冷や汗を滲ませて、強気な笑顔を貼り付けて、フリーニャを勇気づける為に、私はニッカリと歯を出して笑った。
「大丈夫っ! 奇跡も魔法もあるんだよってところ、私が見せてあげるからっ!」




