18話 絡み合う、キス
あっ、ほんとに死んじゃうかも。
ぎゅっ、と目を閉じたその時、身体がふわっと浮き上がった。
『浮きなさいっ! ドレイヴン・ヴォラーレ!』
フリーニャが唱えると、私たちの身体が宙に浮かんだ。
「し、死ぬかと思った……っ!」
冷静になってくると、ムアンに突き落とされた事実がズシンと心にのしかかる。
「なんで、ムアンに突き落とされなきゃいけないの……? なんか怒らせること、した? いや、それにしたって、あんな高いところで箒を奪うなんて……、死んじゃったらどうするの!?」
段々と腹が立ってきた。
昨日の夜は、ムアンと距離が近づいた気がしていたのに。私の勘違いだったの? 怒りと同時に悲しい気持ちも湧き上がる。
「………………」
「フリーニャ……?」
私の叫びに返事はなく、無言で考え込んでるフリーニャを覗き込んだ。
「いくら、私が本調子ではなかったからといって……、私も風魔法が使えることはムアンさんも知ってるはず。怪我をさせるつもりはなかった……? ……でも、それなら一体何のために……」
――カチッ。
姿勢を変えようと地面に手をつくと、妙な音がした。
「え?」
「カナメさん、今の音はなんですk……」
そういう間もなく、地面が光って揺れ始める。
「ちょっ、待って待って待って! 今度はなんなのっ!?」
「キャッ……!」
そして、地面が落盤した。
「「キャアァァアアアアア……ッ!!!!」」
――ドボンッ。
「……っぷは……っ! フリーニャ、大丈夫……っ!?」
慌てて水面から顔を出すが、フリーニャが見つからない。
「まさか……っ」
私は息を思い切り吸い込むと、もう一度水の中へと潜った。透き通った水の中に、沈んでいくフリーニャの姿があった。
嘘、もしかして、泳げないの……っ!?
私はフリーニャの身体を抱えて泳ぐと、水面へと顔を出す。そして、フリーニャを水面から陸へと押し上げた。
「フリーニャ……! フリーニャ……ッ!」
いくら呼びかけても返事をしない。
「水を飲みすぎてる。……嘘。息、してない……。クソ……ッ!」
濡れた髪をかき分けて、フリーニャの鼻をつまむと、その唇に唇を重ねて息を吹き入れた。
「痛かったら、ごめん……っ!」
人工呼吸と胸骨圧迫を繰り返す。
「ゲホ……ッ、ゴホッ、ゲホ……ッ」
「フリーニャ……ッ!」
すると、フリーニャが大量の水を吐き出して、息を吹き返した。
私は堪らずフリーニャに抱きついていた。
「……カナメ、さん……? 私は……」
「フリーニャ。息、してなかったんだよ!? 本当に死んじゃうかと思った……っ! もうっ、泳げないなら泳げないって、言っといてよ……っ」
「それは……、ごめんなさい。でも、泳げないなんて言う機会なんて、なかなかありませんよ……」
「……そんなこと、聞いてないよ……。……ぅ、……っふ。こわ、かった……」
「カナメさん…………」
今でも手が震えている。ボロボロと溢れる涙が止まらない。だって、本当に怖かった。
私の涙が、フリーニャの頬に降り注ぐ。
そんな私の頬に、フリーニャが手を伸ばして私の涙をぬぐった。
「……怖い想いをさせて、ごめんなさい。……助けてくれて、ありがとう」
それでも涙が止まらない私をフリーニャが抱き寄せて、子供をあやすみたいにポンポンと優しく背中を叩いた。私はされるがまま、フリーニャに身を委ねて泣いていた。
溺れたばかりで、フリーニャの方が辛いはずなのに、フリーニャは何も言わずに私を抱きしめてくれていた。
「……ごめ、っ、もう……、大丈夫……っ」
落ち着いてきて、フリーニャから離れようとしたけれど離れられない。フリーニャが私の背中に回した腕を緩めてくれなかった。不思議に思って、フリーニャの顔を覗き込む。
「フリーニャ……?」
――視線が、交わった。
「……んっ、」
契約も何も関係のないキス。
私を試すような触れるだけのキスをして、フリーニャが射抜くような瞳で私を見つめていた。
ドクン、と胸が高鳴った。
この瞬間、私たちの間に言葉なんていらなかった。
離れそうになるフリーニャの唇に、自分の唇を押し当てると、フリーニャが嬉しそうに目を細めて微笑んだ。
――あ、やばい。
チュッ、とリップ音が苔むした神殿に響いた。
ゆっくりと、フリーニャの舌が入ってきた。不思議と嫌な気持ちはなかった。
私は、フリーニャの透き通った瞳に吸い寄せられて、フリーニャの舌に自分の舌を絡ませた。
「ん……っ! んっ……、……っふ……ぅ」
甘い吐息がもれる。
何も考えられなくて、脳みそが溶けてしまいそうだ。
フリーニャの手のひらに自分の手のひらを重ねて、一本ずつなぞるように指を絡ませた。
くちゅ……、と舌を絡ませ合う音が静かな神殿に響いている。この世に私とフリーニャしかいないみたいだ。
私たちは夢中になってキスをした。
「ん……っ、んぁ……っ……」
上顎を舌でなぞると、フリーニャが艶めかしく喘いだ。
全身が逆立つように、ぶわっと言い表せない感情が押し寄せてきた。瞳を潤ませて、頬を赤らめるフリーニャに、多分、私はおかしくなっていた。
「ん……っ、カナメさ……っ!」
するり、とフリーニャの服の中に手を入れると、フリーニャが驚いて声を上げた。そんな表情一つとっても愛しくて、私はフリーニャの口をキスで塞いだ。
フリーニャのお腹を撫でると、びくん、とフリーニャの腰が跳ねた。身をよじることはあっても、逃げる素振りも嫌がる様子もなくて、私はフリーニャの肌に指を這わせた。
フリーニャの豊満な胸に辿り着きそうだった、その時。
――ポチャン。
と、池に落ちた瓦礫の水音に、私たちは正気を取り戻した。
「ごっ、ごめ……っ!」
「い、いえ……、私の方こそ……」
私たちは、そそくさと距離を取った。
あのままだったら、どうなっていたんだろう。今更遅れて心臓がバクバクと音を立て始めた。
「……っくしゅ……っ!」
そうだ、池に落ちていたんだっけ。
自覚した途端、びしょ濡れの服が身体を冷やしていくのが分かる。
「ここは……、どこなんでしょうか……? 魔女の森にこんなところがあるなんて、聞いたことがありません」
「そっか、フリーニャも知らないんだ……」
辺りを見渡すと、苔むした神殿跡みたいな場所にいることがわかった。私たちが落ちてきた穴から見える空も、日が落ちてきている。
「うわぁ……、更に奥まで落ちちゃったんだ……。っていうか、ここ日が当たらないから寒……っ。夜になったら本当に風邪ひくかも」
そう言った私に、フリーニャが手を伸ばして言った。
「カナメさん。服、脱いでください」
「へっ? ムリムリムリムリ……っ!」
さっきまでの記憶がよぎって、真っ赤になって否定していると、フリーニャもつられて頬が赤くなる。
「ちょっと、何考えているんですかっ! 濡れたままの服を着ていたら体温を奪われるでしょう!? ほらっ、魔法で乾かしますから、貸してくださいっ!」
「ごごごごめんっ、つい。でも、ちょっと恥ずかしいんだけど……」
ちらっとフリーニャを見ると、濡れた服がピッタリとフリーニャの肌にくっついていて、ドキドキしてしまう。いや、分かってるよ!? 濡れた服着てたら風邪ひいちゃうもんね! でもさ、雪山で遭難したり、こういう時って毛布とか隠すものってあるじゃん!?
心の中で狼狽えていると、フリーニャが背中を向けて言った。
「私だって、恥ずかしいんです。ほら、後ろを向いていれば見えませんよ」
これ以上は言っても無駄だと観念して、私たちは背中合わせで服を脱いだ。
ピト、と背中にフリーニャの背中がくっついた。
「…………これなら、少しは寒さも凌げるでしょう」
「……うん、そうだね」
くっついた背中から感じる心臓の音は、一体どっちの音なのか。トクトクと早くなっていく鼓動に耳をすました。
「……ごめん、ここに落ちた時に魔花の種も落としちゃったみたい。あれがあれば、あたためられたのに…」
「私に任せてください。焚き火くらいならつけられますから」
フリーニャが落ちていた木を集めて火をつけた。
背中合わせで焚き火に当たりながら、フリーニャは風魔法で服を乾かしてくれている。
なんか、こういう時にもっと魔法で助けてあげられたらなぁ。フリーニャに任せっきりで落ち込む私を見て、フリーニャはくすりと笑った。
「魔花の種があっても、カナメさんに焚き火役は頼みませんよ」
「なんで?」
「もしも、種があったら、また大きな花を咲かせて脱出するに決まっているでしょう。……ですから、もしもに備えてカナメさんは魔力を温存しておいて下さいね」
「分かった! 絶対に魔花の種、見つけてみせるから!」
目を細めて遠くまで探そうとする私に、フリーニャはまた声を上げて笑っていた。




