17話 死ぬ気で逃げてねぇ☆
次の日の朝。
ターシャがムアンとラルカに遊ばれているのを眺めながら、私とフリーニャは質素な食事タイムをとっていた。
あーあ、なんかターシャがくすぐられてるなぁ。
「カナメさん、この洞窟のことですが……。やはり、このラルカさんの魔法は異常です」
「異常、って?」
「高度すぎるんです。天才といわれればそれまでですが、あんなに短い呪文で一瞬で作り上げるなんて……、ベテランな魔女にも不可能なんです」
「フリーニャにも無理ってこと?」
「もちろんです。カナメさんが、私を買ってくれているのはとても嬉しいですが……、私はただの一年生ですよ」
「あはは、なんかすっごい魔女って言われるとフリーニャしか思い浮かばなくって。でも、そんな魔法をラルカが使えるなんて……、本当に傀儡の魔女、なのかな?」
「本物に魔法を教わっていた、という可能性はありますね。ダルが、人形と呼ばれていた傀儡の魔女の愛称なのだとしたら」
それが本当だということは、フリーニャのおばあちゃんが、傀儡の魔女を殺した。私たちはそれを認めるわけにはいかないけど、でも……、あまりにもラルカにはおかしなところが多すぎる。
「皆さんっ、逃げてくださいぃ……っ! オーティ先生が凄い勢いで、真っ直ぐこっちに向かってきていますぅぅうう……っ!」
朝イチの探索魔法をやってくれていたターシャが慌てて駆け寄ってきた。
「なんで……っ!? 真っ直ぐって、こっちの居場所は分かってるってこと!?」
「わたしの探索魔法みたいに、オーティ先生も居場所がわかるのかもしれないですぅ。きっと、試験という性質上、順番にグループのところを攻めてるんですよぅ……っ!」
私たちは慌てて箒に乗って、洞窟から飛び立とうとした。
その目の前に、楽しそうに笑うオーティ先生が立ちはだかった。
「おはようっ☆ いい朝だねぇ〜! 運動日和だと思わない? このグループなら、ちょっとは本気出してもいいよねっ☆」
そう言うと、オーティ先生はいきなり洞窟に隕石を落としてきた。
「っちょ……っと、待ってっっ! 死ぬ死ぬ、死んじゃうっ! それは無理だって!」
燃えたぎる隕石をはべらせて、オーティ先生が振り上げたその手を振り下ろそうとする。いや、死ぬ……っ!
ぎゅっ、と目をつぶりそうになる私に、フリーニャが叫んだ。
「皆さんっ! 絶対に目を閉じないでくださいっ! これは、幻影です……っ!」
「幻影? でも、熱いんだけど……っ!」
「そういう魔法なんですよ! 私が解除します……っ、だから、しっかり目撃して下さい!」
そう言うと、フリーニャがオーティ先生に杖を向けた。
『解除なさいっ! リード・デリート・エタンドル……ッ!』
すると、幻の隕石は霧のように消え去った。
「熱いのも、なくなった……! 凄いよ、フリーニャ!」
「幻影魔法は五感に働きかけてきますから、解除を見届けなければ、隕石が落ちてくると錯覚して、その幻影に身を焼かれてしまう魔法なんです」
「こっわ……、オーティ先生、ほんとに私たち殺そうとしてるんじゃ……」
頭上からパチパチとオーティ先生が拍手する音が聞こえる。
「流石は、フリーニャ。この程度の魔法なら解除可能なんだね〜☆ じゃあさ……、質量を持つ幻影なんてのはどう?」
オーティ先生が楽しそうに杖をふると、あっさり隕石が復活する。
「何度出しても同じことです!」
フリーニャがすかさず、応戦する。
『リード・デリート・エタンドル……ッ!』
消えない……?
「どうして……っ!?」
「質量を持つって言ったでしょ〜☆ 幻影だけど、幻影じゃない。簡易的に、土魔法で惑星っぽいものつくって炎魔法を纏わせてるだけだけど〜、基礎的な解除魔法で解除が出来なかったってことは……、逃げたほうがいいかもねぇ☆」
「……っ、こんなに複数の魔法を組み合わせておいて、これのどこが簡易的なんですか!?」
「ちょちょいっと、混ぜただけだから、あたしにとっては簡易的なもんだよ〜。それより、逃げなくていいのかな? まだ幻影魔法も残ってるし……、本当の隕石みたいなものだから、当たったら死んじゃうかもねぇ☆」
バカバカバカ! 本当に生徒を殺すつもりなのか、あのお気楽教師……っ!
オーティ先生は楽しそうに見ているだけで、魔法の発動を取り消そうとはしない。
「みんなっ! 逃げるよっ! ほら、フリーニャも……っ!」
私は呆然と隕石を見上げるフリーニャの手を引っ張って、少しでも遠くに逃げようと走り出した。
「死ぬ気で逃げてねぇ☆」
オーティ先生は余裕な態度で手をひらひらと振っている。
不幸中の幸いか、ターシャとムアンとラルカの三人は近くにいたようで、三人とも箒に乗って飛び上がった。
「フリーニャ……、大丈夫……っ!?」
「大丈夫、です。先生の魔法解除に、私自身の少ない魔力も吸われたようで……」
フリーニャが足をふらつかせる。私はそれを支えながら、箒を握りしめた。フリーニャの箒は、洞窟の入口にある。この状態じゃ、取りに行ってる間にやられちゃう。
「フリーニャ、乗って!」
「二人乗りなんて……、浮かぶだけでも大変なのに……、逃げ切れませんよ……っ」
「だいじょーぶだから、今度は私に任せてよっ! フリーニャの一人や二人、サクッと乗せて飛んじゃうよ!」
「カナメさ……」
フリーニャの言葉を遮って、私は半ば無理やりフリーニャを箒に乗せて、渾身の力を込めて飛び上がった。
「大丈夫だよ! 私、箒だけは得意だからっ!」
私にも得意なことがあってよかった。おかげで、フリーニャを助けられる!
オーティ先生の手から隕石が離れて、私たちめがけて飛んできた。
「ちょっと待って!? 落ちるんじゃなかったの!?」
「あたしは落ちる、なんて一度も言ってないよ。だって……、魔法だもん、ねぇ☆」
逃げるのは無理だ!
私は反転して、箒の向きを変えた。
「カナメさん!? 隕石のほうを向いてどうするつもりですか……っ!?」
「そんなの、全部避けるに決まってるじゃん!」
目を凝らして、凄い勢いで向かってくる隕石の間を、箒で飛んでくぐりぬける。
出来る。
私なら、絶対に出来る!
不思議と周りの景色がゆっくり流れているみたいに見えて、驚いているオーティ先生の表情もハッキリ見えた。
「カナメさん! カナメさん、凄いです……っ!」
ぎゅっ、と背中にフリーニャの柔らかな胸が押しつけられる。そのあたたかな感触に鼓動が跳ねた。だけど、この胸の高鳴りはそれだけじゃない。
私でも、フリーニャの役に立てたんだ……っ!
嬉しくて、私はくるりと後ろを振り返って、フリーニャを抱きしめた。
「ちょっ、と……、カナメさん! 前……っ! 前を見て下さいよ!」
「あははっ! 大丈夫、落ちない落ちない。私、全部避けきったよー! そうだ、ターシャ達は……っ!?」
「あちらも大丈夫みたいですよ。逃げきれなかったみたいですけど、ムアンさんが何かの魔法で防ぐのが見えましたから」
「良かったぁ……。って、それより、今のうちに逃げないとっ!」
これ以上何かをしてくるつもりはないのか、オーティ先生は攻撃してくる様子はなく、にこにことこちらを見ているだけだった。
「カナメ! フリーニャ! こっちだよ!」
ムアンの誘導に従って、私たちは北へ北へと箒を飛ばした。その途中で、私たちの姿が見えないようにムアンが竜巻を起こして、オーティ先生の視界を遮ったおかげで、どうやら撒いたみたいだ。
「ここまで逃げれば大丈夫かな」
「ありがとう、ムアン。ここなら、他の先生に遭遇しなさそう?」
「あれ……? ムアンちゃん、ここって……」
ターシャが何かを伝えようとした、その瞬間。何者かの影が飛び出してきて、ターシャとラルカを連れ去っていった。
「ターシャ……ッ! ラルカ……ッ!?」
あっという間に森の奥へと連れ去られる二人を追いかけようとすると、私達の前にムアンが立ちはだかった。
「………………ムアン? 早く、ターシャを追いかけないと……っ!」
私の言葉に、ムアンは申し訳なさそうに眉をひそめて、私たちに杖を向けた。
「………………ごめん」
私とフリーニャのチョーカーが、ムアンの風魔法で切られて、ムアンの手元に吸い寄せられていく。
「え?」
ドン……ッ!
肩に衝撃を感じたと思ったら、私とフリーニャは箒から真っ逆さまに落ちていた。
私たちを見下ろすムアンが、どんな表情をしていたのかは分からなかった。
――なんで。私たち、ムアンに突き落とされた……?




