16話 ターシャの為なら何だってやる
「オーティ先生、見つけましたぁ……っ! 西に……、およそ十キロくらいだと思いますぅ!」
相当な集中力が必要なようで、額に汗をにじませたターシャが、探索結果を報告した。
「十キロなら見つからなそう、かな?」
私が聞き返すと、フリーニャが難しい顔をして顎に手をあてていた。
「いえ、箒を使用すれば、十キロなんてあっという間に見つかってしまいます」
「ウチは使わないと思う」
答えたのはムアンだった。
「それは、どうしてそう思うのですか?」
「まず、魔女の森は危険だとはいっても、そこまで広いわけじゃない。直径で三百キロもあればいいところだからさ」
三百キロは広くないの……? 距離のイメージがついてなくて、私は黙ったまま二人の会話を聞いていた。
「そんな中に生徒がぎっしり詰まっているんだ。普通に歩いていたとしても、いずれかのグループとはすれ違うことになるんだよ。真剣勝負のデスゲームなら、死ぬ気で追いかけてくるのかもしれないけど、これはあくまで試験でしょ? 簡単に脱落させるわけにはいかないはずなんだよね」
「なるほど……。一理ありますね」
「あぁ。まず、生徒側には逃走手段として、箒が残されているはずだ。つまり、教師側は簡単に捕まえられないように、ハンデとして、箒で飛ぶことを禁止されているんじゃないかと思ったんだよ」
おぉ……! あんまりムアンと話したことって無かったけど、ムアンって頭良かったんだ!
そういえば、ドラゴンと戦った時、真っ先に最深部にいる、と言い出したのもムアンだった。優等生のフリーニャとはまた違う知識を持っていそうだ。
ターシャにえっちなイタズラを仕掛けてるイメージしか無かったのも、ムアンの優秀さに気づかない原因だったとは思うけど。
「じゃあさ、とりあえず正反対の方向に箒で飛んでいって、そこでまたラルカに土でかまくらを作ってもらうのはどうかな!?」
私が言うと、ムアンが少しだけ呆れたようにため息をついて、ターシャに問いかけた。
「ターシャ、オーティ先生以外に魔力が強い反応はあった?」
「うん、あったよ。東に一つと、……南、それと北に一つずつ。一年生のクラスは四組だから、ちょうど四人で先生達は場所が被らないように、それぞれのエリアの中を動いてる気がするの」
「うん、ありがとう。つまり、先生達には持ち場があるっていうことさ。……カナメは感覚派だとは思ってたけど、流石に考えなさすぎだよ……」
う……。正論が刺さるよぅ……。
そりゃあ、先生がオーティ先生だけじゃないって忘れてたけどさ。
「今、丁度いい位置にいそうだから、この辺りで夜を越す準備をしたらいいんじゃない? ウチが風魔法で適当にその辺の木とか葉っぱを取ってくるから、もう少し自然な洞窟があってもおかしくない場所を探しておいてくれる?」
「自然な洞窟ってどういうこと?」
「土の中でターシャを寝かせるわけにはいかないでしょ。酸素の問題だってあるんだからさ。だから、洞窟があってもおかしくない場所を探して、ラルカに土で壁を作ってもらって、木とか葉っぱで元からあった洞窟みたいに偽装するんだよ」
「なるほど! なんか、ムアンってサバイバルに詳しそうだよね!」
「まぁ……、親がこういうところを探索する仕事をしてたから、ウチのは受け売りってやつだよ」
褒められ慣れてないのか、ムアンは早々に話を切り上げて、木や葉っぱを取りに出ていった。
残った私達はといえば言われた通り、その間に場所を決めて、ラルカにそれなりに広々とした洞窟を作ってもらっていた。
「私にできること、花を咲かせるだけだもんなぁ……」
ラルカの建築を補佐しているターシャとフリーニャを横目に、私はぶつぶつと呟きながら、盛られた土に拾った種や草花を植えていた。
『咲いて、フローラ・フローリー』
あれから、花を咲かせる魔法だけは使えるようになった私は、どんな種でも咲かせることが出来るようになっていた。花を咲かせるのは、成長を促すことだとフリーニャに教わって、枯れるまで成長を進めることも出来るようになった。
そんな使い道のない魔法が、今、少しだけ役に立っている。拾った草花を枯れるまで成長させて、種をつくって、また咲かせて。これを繰り返して、結構いい感じに自然な洞窟にカモフラージュが出来てきている。
洞窟を覆う草花は、私の魔法の成果なんだから、ちょっとくらいは褒めて欲しい。
「カナメさんの魔法、今凄く役に立っていますよ」
「あれ? 私今、声に出てた?」
「いえ、出ていませんよ。でも……、顔には書いてあります。褒めて欲しい、って」
そう言われてしまうと、なんだか、ちょっと恥ずかしい。
「……ってか、なんか、フリーニャ笑ってない?」
「そ、そんなことは……ないです、よ?」
「嘘だ! ほら! 笑ってるじゃん! しょーもない魔法だなぁって思ってるでしょー!」
「思っていませんよ。初等部の頃を思い出して、微笑ましいだけです」
「それぇ! 懐かしんじゃってんじゃん!」
ポカポカとフリーニャを叩くふりをすると、珍しくフリーニャが声を上げて笑った。あ、かわいい。
「ふふっ、でも……、本当に馬鹿にしているわけではないんですよ。これも必要なことだとは思っていますし。でも……、ふふっ、シュールに見えてしまって……」
それはそう。
まぁ、面白かったんならいっか。笑いを堪えきれないフリーニャを、ちょっとだけ小突いてやった。
そして、洞窟の準備が出来上がった頃、ムアンが魔法で小さな竜巻を操って、大量の植物を運んで持ち帰ってきた。うわっ、そんなに運べるなんて、やっぱり魔法ってすごいなぁ……。
どさどさと積み上げられた植物を見て、私は頷いた。
うん、私の咲かせた草花に合わせれば完璧だね。
◇ ◇ ◇
洞窟も完成して、ターシャの魔法で先生も遠くで止まったままなのを確認した私たちは、やっと休むことにした。外で寝るのは初めてだけど、なんだかキャンプみたいでワクワクする。
だけど、試験の最中だもんね。フリーニャとターシャは明日に備えてあっという間に眠ってしまったし、ラルカに至っては体感九時頃には、もうおねむの時間になっていたっぽい。
つまんない。
私は少しだけ、洞窟の外に出ると、眠れないのかムアンが一人で夜空を見上げていた。
「隣、いい?」
「いいよ。カナメも眠れないの?」
「うん、ちょっとね」
こうやって二人で話すのは初めてかもしれない。
ターシャが隣にいない時のムアンは、ふざけた様子もなくて静かだから、ちょっと大人びて見えて……、緊張する。
「ねぇ。ムアンとターシャは、初等部からのパートナーなんだよね? 最初っから二人はこんな感じだったの?」
「最初……は、ウチがほとんど話さなかったな」
「そうなの!?」
「意外?」
そりゃもう、意外でしかない。ターシャにベッタリの今のムアンからは想像が出来ないもん。
「入学した時からターシャとは同室でね。入学したばっかで人見知りしてたウチに、ターシャは嫌な顔一つせずに話しかけてくれたんだ」
夜空を見上げて感傷的にでもなってるのか、ムアンがぽつりぽつりと語り出した。
「ウチさ、フリーニャと同じとまでは言わないけどさ、それなりにいいとこの出なんだ。だから、最初からフリーニャのことは意識してた。完璧なご令嬢がいるって噂になってたからさ」
「そっか。三人は幼なじみだもんね」
「フリーニャとは、ウチは話したこともなかったよ。今はそんなこと思ってないけどさ、ちょっと近づきにくいでしょ? 人当たりのいいターシャが間にいたから、仲良くなれたと思ってるんだよね」
それは、わかる気がする。
私が出会ったフリーニャが二人と仲が良くて、丸くなっていたんだとしたら、多分、昔のフリーニャは全然人を寄せつけなかったんだと思う。
「ウチの両親はさ、社交界とか興味がなくって、探索の仕事にばかり夢中だった。ウチはそんな両親の話を聞くのが好きだったし、尊敬してたけど……、お祖母様は違ったんだよね」
「厳しい人だったの?」
「そ。両親のことを恥知らずだって言って、ウチにはそんな風になるな、立派に家を盛り立てろ、とか言われてさ。勝手に期待されて、フリーニャと比べられて、コンプレックスで黒焦げになるとこだったよ」
そう言って、ムアンは軽快に笑った。辛かったはずなのに、せめてでも笑い飛ばせるようになっていて良かった。
「ウチもさ、最初はご令嬢してやろうって思ってたんだよ? でもさ、パーティで見かけたフリーニャは本当に完璧だったから……。それまではなんでも器用にやれてて、ウチは凄いんだって思ってたのに、本当に凄い人には敵わないんだ。って、そんな自暴自棄になってたところを救ってくれたのが、ターシャだったんだ」
「……うん」
「全部がどうでもいいってなってるウチに、ウチが本当にやりたいことはなんだって聞いてくれて……、本当は両親みたいに探索の仕事がしたいって言っても、笑わずに聞いてくれた。探索魔法が得意な自分が一緒にいれば、どこまでも行けるねって笑ってくれたんだ」
ターシャのことを思い出しながら語るムアンは、とびっきり優しい表情をしていた。
「あの笑顔を好きになってしまったんだ。手放したくないって、思うようになった。だから、ウチは……、ターシャの為なら、なんだってやる」
そう言ったムアンの横顔は、決意を固めてるみたいですごく格好よかった。
「……にしても、フリーニャもずるいよね」
「ずるい?」
「幼なじみのウチ達にまで、隠し事なんてさ。……ずっと天才だと思ってたフリーニャが、実は魔力が少なくてあんなに努力してたなんてさ。心の隅で、フリーニャは天才だから勝てないんだって、妬んでた自分が恥ずかしくなっちゃった」
「あははっ。じゃあ、それはフリーニャには内緒だね」
「そうしておいて」
なんだか、ムアンと距離が近づけた気がして、嬉しかった。
そうだ、と私は持ってきていた魔花の種をポケットから出して、小さな声で呪文を唱えた。
『咲いて、フローラ・フローリー』
小さな炎の花が咲いて、ランタンみたいに私たちを照らした。
「ねぇ、見てよ! サイズ調節できるようになったんだ! ランタンみたいで可愛いでしょ」
自慢げに見せる私に、ムアンは声を上げて笑っていた。
「ふっ、ははっ。そんなに花ばっかり咲かせて、カナメは花屋にでもなるつもりなの?」




