13話 このキスは、なんのキス?
「……ってことだから、ラルカにはあたしから全くの繋がりのない別人だよ☆ って伝えて納得してもらってるから、フリーニャには悪いけど……、お祖母様のことはラルカの耳に入らないようにしてくれる?」
あの騒ぎからの自習を終えて、私とフリーニャだけ、オーティ先生に呼び出されていた。
ラルカは見た目通り、まだまだ大人の言葉を素直に聞き入れてくれる純粋な子どもだったようだ。今は怒りもおさまって、保健室の先生とぬいぐるみで遊んでいるらしい。
「でも、街の事件のゴーレムも……、ラルカの仕業だよね? あんなちっちゃい子を捕まえるってのも、なんか嫌だけど……、捕まえなくて大丈夫なんですか?」
無言のフリーニャを差しおいて、私は気になっていたことをオーティ先生に尋ねた。
「それねぇ。あたしも絶っ対に、ラルカが犯人だってお偉い人達に言ったんだけど……、子供があんなに巨大なゴーレムを出せるわけないとか、手引きした黒幕がいるのなら泳がせるべきだ、とかラチがあかなくてさぁ。結局、あたしが監視して自由にさせるって押し付けられたんだよね」
オーティ先生が、面倒くさそうにため息をついた。
「まぁ、手引きした黒幕がいるってとこはあたしも同感だけど。な〜んか、きな臭いんだよねぇ☆ まぁ、悪い子じゃなさそうだからさ、ちょっとだけ気にかけておいてよ」
それだけ言うと、オーティ先生はポンッと姿を消した。神出鬼没な先生のことだ、私ももう驚かなくなってきた。
オーティ先生と話している間、ずっと無言だったフリーニャを私は横目で見た。
そりゃあ、相手は子供だって言っても、尊敬する祖母を人殺し呼ばわりされたら嬉しくはないよね。
「フリーニャ、大丈夫?」
「……大丈夫です。あんなのは子供の戯言ですから」
いや、そんな怖い顔して。気にしてないなんて、嘘じゃん。私は気を紛らわせようとして、ふと気になっていたことを問いかけた。
「そういえばさ、なんで……、魔女なのに五大賢者って呼ばれてるの?」
フリーニャが、今その話するの? って顔でこっちを見てくる。いや、ごめんって。空気を和ませようと思ったのに、話題チョイス間違えたかなぁ。
「……創世の魔女を倒した賢明なる者、という意味ですよ。魔女を倒した魔女、と呼んでも分かりづらいでしょう?」
「なるほど……」
なんとなく、気まずい空気のまま、私たちは教室へと向かった。
教室には、すでに遠巻きにされているラルカが、一人ぽつんと座っていた。
「あー、まぁ、そうだよね」
ターシャとムアンも、私たちに気がつくとオロオロとフリーニャとラルカを交互に見つめた。
当の本人達はというと、ラルカは澄ました表情で空を見つめているだけで、何を考えてるか分からないし、フリーニャは目を合わせるのも嫌だと、スタスタと自分の席に座った。
うーん……、どうするべきかなぁ。
監視って訳じゃないけど、あんなことがあって放っておくのもなんか怖いし、オーティ先生にも気にかけてって言われたしなぁ。
よし! とりあえず、話しかけてみよう!
まずは、話してみなくちゃどんな子なのかも分からない。ざわざわとクラスメイトの視線が集まる中、私はラルカに話しかけた。
「おはよう! 私はカナメ。昨日は自己紹介出来なかったからさ、改めて、よろしくね!」
ラルカが、きょとんとした表情で私を見上げた。
「ラルカが、怖くないの……?」
「なんで?」
「……教室、壊しちゃったから」
一応、気にしているのか、ラルカが小さな声で言った。
なんだ。悪いことをして嫌われてしまうのを怖がってるだけの普通の子どもじゃないか。
「怖くないよ。よく分かんないけどさ、今のラルカはもうあんなことするつもりないんでしょ?」
「……うん。しない」
「それなら、怖くない! 私はラルカともっと、話してみたいって思うよ! だけどさ……、やっぱり、昨日みたいに暴れたりしないって、分かってなかったら怖いよ。クラスの皆だってそう。だから、ちゃんと皆に謝ろう?」
私は視線が合うようにしゃがみこんで、ラルカの両手をとって言った。すると、ラルカがこくんと頷いた。
「よしっ! じゃあ、言えるかな?」
ボロボロのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、ラルカが立ち上がる。
「……怖がらせて、ごめんなさい。ラルカ。もう、しない」
言葉数は少なかったけど、ぺこりと頭を下げて素直に謝るラルカに、クラスメイト達が小さな声で「いいよ」と答えるのが聞こえた。
「えらいっ!」
「ラルカ、えらい?」
「うん! 謝れる子はすっごく偉いよ! ほら、次は……」
これを機に、少しは仲良くなれないかな。私はラルカを連れて、フリーニャの席に向かった。
「…………私の立場を分かっていて、カナメさんは、その子の味方をするんですね」
フリーニャが冷たい声で言い放つ。
普段のフリーニャは、合理的で子供に優しいのも知っている。街の子供たちに囲まれた時も、戸惑いながらも、綺麗な魔法を見せてあげていたのを私は知ってる。だからこそ、こんなことを言うなんて、ちょっとだけ意外だった。
「味方って……、そういう訳じゃないけどさ。ちゃんと謝れたら、許してあげたいじゃん? まだ小さいんだし……。なんか、誰の言ったことでもすぐに吸収しちゃう感じがして……、ラルカ、そんなに悪くないんじゃないかなって」
「悪くない……っ!? あれだけの事をしておいて、悪くないって言うんですか!?」
「いや、その事自体は悪いことだよ? でも、罪を憎んで人を憎まず……っていうし、フリーニャだってそう思うかなぁって、思ったんだけど……」
私の言葉に、フリーニャがわなわなと拳を震わせた。
「……っ、分かってますよ! そんなことは! でも、私だって悩んでいるんです……っ! こんな時くらい、私に寄り添ってくれてもいいじゃないですか……っ!」
「いたたたっ! ちょっ、叩かないで!」
そんな私たちのやり取りを見ていたラルカが、フリーニャの服の袖をつんつんと引っ張って言った。
「……ごめんなさい」
俯くラルカに、フリーニャが動きを止める。口ではこんなこと言ってても、多分、ラルカのことは嫌ってる訳じゃないんだと思う。なんだろ、「ヤキモチ?」
「私がヤキモチなんて妬くはずがないでしょう……っ!!!!」
わぁ、声に出てた。っていうか、声おっき。
「そんなに大きい声出さなくても聞こえてるよ」
「大きな声なんて出してません!」
出してるよ?
なんか、口を開けば開くほど、どんどんフリーニャの機嫌が悪くなっている気がするのは、私の気のせいじゃない。
「……ごめん、なさい」
そんな私たちのやり取りなんか気にもせず、ラルカがフリーニャの袖を引っ張る。しょんぼり……と効果音がつきそうだ。流石に可哀想になったのか、フリーニャの眉が下がる。
「…………はぁ。もう、いいですよ」
「怒ってない?」
「怒っていません。私が腹が立っているのは、カナメさんですからねっ!」
ええっ、そんな。とばっちりな。
「なんで、私だけ怒られてるの?」
「……っ、そんなのっ! カナメさんが……っ!」
「私が?」
「……っ、もうっ! 知りませんっ!」
えぇ……、お嬢様心って難しすぎる。
あ、そうだ。
「フリーニャ。お昼、星証メニューのデザート、食べに行こうよ」
「………………」
よし、多分この沈黙はオッケーってことだよね。
こうして、フリーニャを怒らせたまま、私はお昼前の授業を受ける羽目になった。いつもならワンポイントアドバイス付きの教科書を見せてくれるのに、今日は机をくっつけてもくれない。
はぁ……、やっと授業が終わった。
機嫌、直してくれるといいんだけどな。
無言で席を立ったフリーニャについていく。なんか、私の後ろにラルカもついてきてる気がするけど、今はおいておこう。
「ねぇ、フリーニャ。ごめんってば……」
私が覗き込んで謝ると、胸ぐらを掴まれて、そのままキスをされた。いや、星証メニューを頼むためだって分かってはいるんだけど。
フリーニャとキスをするのも、ちょっとだけ慣れてきちゃった私の唇に、フリーニャが噛みついた。
「痛……っ、フリーニャ!?」
「ふんっ! わからずやなカナメさんには、これでチャラにしてあげます!」
フリーニャがちょっとだけ、スッキリした顔してるのが腑に落ちない。本当に無自覚なのかな、これ……、絶対にヤキモチだと思うんだけど。
フリーニャに噛まれた唇は痛かったけど、不思議と嫌な気持ちになっていない自分に、自分でも驚いた。なんでか、愛おしい気持ちが溢れてきて、私は気がつくと、自分からフリーニャにキスをしていた。
「なっ、何をするんですか……っ!」
「何って、キス?」
「二回目なんてしなくても、注文は出来ますよっ!?」
「うん。でも……、なんか、したくなっちゃったんだよね。……ダメ?」
私がそう言うと、わなわなと拳を震わせて、フリーニャの顔がどんどん赤く染っていった。あ、可愛い。どうしよう……。なんか私、もしかして、もしかするのかも。
フリーニャは、何かを言おうとしては、言うのをやめて、私に向かって叫んだ。
「こ、今回だけは……、許してあげてもいいですよ。いいですか、次はないですからね……っ! カナメさんは、私のパートナーなんですからねっ!」
「わかった。カナメは、フリーニャのもの」
「「……っ!?」」
私が返事をする前に、突然下から聞こえた返事に、私たちは勢い良く足元をみた。すると、足音もなく近づいてきていたラルカが、私たちの手を持って繋がせた。
「カナメとフリーニャ、仲良し。ラルカ……、カナメをとらないよ?」
「そういうことではなくて……っ!」
「いや、あってるんじゃない?」
「……っ、カナメさんは黙っていて下さい!」
そうは言っても、フリーニャから手を離すことはなくて、それがおかしくて私は声を出して笑った。
ラルカの登場でうやむやになった気まずさに少しだけほっとして、私は熱くなったフリーニャの手をぎゅっと握り返した。




