第三十九話 新米王女殿下は絶対に許さないし逃さない
「子狼さん、私達が近付くのを、お馬鹿さん達に気付かれたくはありません。気配を消してほしいの。……ジュリア、映像と音声頼むわよ」
(一応、私もブローチに仕込んでいるけどね)
ジュリアが小さく頷く。ほぼ同時に、私達の周囲の空気が変わった。見えない魔力の膜に覆われた感じがした。
(おそらく、認識阻害魔法ね)
これ、使い方によるけど、結構役に立つのよ。私達の姿は見えているけど、脳がそれを認識していない状態になるの。つまり、存在しているのに見えない。
映像と音声を残すのは、万が一のためよ。下手な言い訳をごり押しされるのは嫌だからね。それに、権力に物を言わせて、逃げられるのも嫌だから。
「ありがとう、子狼さん」
私は抱っこしていた子狼さんを地面に下ろし、頭を撫でる。ベルケイド王国の者しか見えないからね。不自然でしょ。分霊体とはいえ、一緒に来ている事は知られたくないからね。
それに、下手に欲しがられたら困るわ。絶対に、イシリス様を巻き込む事は出来ない。だから、最後まで姿を消したままでいてもらう。
(まぁ私が、奴らに見せたくないだけだけどね)
認識阻害魔法を使ったのは、やっと表に出て来てくれたのに、他の侍女や近衛騎士に邪魔されたくないからよ。それに、その醜く歪んだ顔を近くで拝みたいしね。当然、私が現れた時の驚愕した顔もみたいじゃない。勿論、その後もね。
「ミネリア王女殿下、顔が完全に悪役顔になっていますよ」
ボソッと、耳元でジュリアが注意する。
(あっ、また素が。淑女の顔、淑女の顔)
慌てて、猫を何重にも被ったわ。
それにしても、さすが、イシリス様の分霊体の子狼さんね。全く気付かれずに、警護中の近衛騎士の脇を通り抜けて行く。忙しく動く侍女が私達の脇を通り過ぎる。
(この先の庭園ね……)
私達は庭園に足を踏み入れる。同時に、子狼さんは私とジュリアに掛けてある認識阻害の魔法を解いた。
参加者達は誰一人私の存在に気付いていない。気付いたのは、私の後ろにいる近衛騎士と侍女だけ。近衛騎士が慌てて止めようとするが、既に時遅し。
「不味いわ!!」
甲高い女の金切り声が響いたのだから。
主賓席に座る女が、注いだばかりの紅茶を侍女にぶっ掛けていた。侍女は鋭い痛みに顔を歪めている。
「リアス!!」
ジュリアが慌てて駆け寄った。そして、その身体を支えながら私の元へと連れて来る。
「…………ミネリア王女殿下」
弱々しい声で、リアス様は私の名前を呼んだ。私は小さく頷く。
「よく我慢しましたね、リアス。ジュリア、これでリアスの治療を」
ポーションをジュリアに渡し、私は彼女達を後ろに下がらせた。
(さぁ……喧嘩を買いに、わざわざ来てあげたわよ)
「随分と、私の専属侍女がお世話になったみたいですね。これが、エンドキサン王国のやり方ですの? もしかして、私に喧嘩を売ってます?」
かなり低い声で、私は主賓席に座る女を見詰めたまま尋ねた。その声音に、周囲は凍り付く。
突然の私の登場に、お茶会に参加していた者達は完全に顔色を失った。
リアス様に紅茶をぶっ掛けた奴と一緒に嘲笑していたのを、私はこの目で見ている。現行犯ってやつね、言い訳なんて出来ないわよ。
(いや、させない)
そんな中で、辛うじて、余裕をかましていたのが、主賓席に座るエンドキサン王国第一王女。宰相様が付け入る隙と称した存在――
男兄弟の中で唯一の女子。
かなり、溺愛されて育ったと聞いた。性格は我が儘で自己中、常に自分が一番だと思っている。っていうか、一番にならないと許さない。そして、リアス様に妙な敵対心を抱いている。
リアス様は第一王子の婚約者だったからね、どうしても出席しなければならないパーティーもあったでしょうね。目立ちたがりで大国の王女、当然主役になりにパーティーに参加する筈。となれば、比較されるでしょうね。年齢もそんなに変わらないし。
(ずっと、目の上のたんこぶだったでしょうね。可哀想に。同情はしないけど)
おっと、口元が緩みそうになるわ。気を付けないと、私は今淑女なのだから。




