第三十八話 新米王女殿下、喧嘩を買いに行く
エンドキサン王国に到着して一週間。
私は疲労困憊していた。主に、精神的にね。隙を見せるなとリアス様に言われたけど、ベッドに倒れ込むのは許して欲しい。
(あ〜マジで疲れたわ。何で、あんなにお茶会やパーティーが好きなのよ、貴族って奴は)
心の中でボヤく。そう言う自分も貴族で、王女だけどね。成り立てホヤホヤの新米だけど。普段使わない表情筋を使いまくっていたら、口を開けるのも痛くなったわ。
お父様はお父様で、大勢の方からの訪問に辟易しているみたい。他国にしてみたら格好の機会だもの、この機を逃したくはないわね。
それにしても、早急に開くべき会議は一体何処にいったのよ。到着して三日後に、それらしき会議が開かれたけど、顔合わせ程度で一時間も掛からなかったわよ。
それ以後は述べた通り。お父様、内心後悔しまくってるのが見え見えだわ。国王陛下になったのだから、そこは頑張って。まぁそれは、私にも言えるわね。ブーメランだったわ。でも、本当に大変なのは、面会希望の方々を捌く執事や従者、侍女だよね。
さてと――現状はここまでにして、宰相様が言っていた付け入る隙は、今の所、私に対して、直接何もして来ないわ。ちょっと残念だけどね、その代わり、裏では動いているようだけど。
それに関しては、お父様の子飼いの暗部と宰相様の子飼いの暗部が監視と調査をしてくれている。うちの暗部も優秀だけど、負けず劣らず、宰相様の暗部も優秀なのよね。そうでなければ、大国に向かって、付け入る隙があるとは断言しないでしょ。ほんと、スカウトして良かったわ。即決した私、褒めたい。
「ミネリア王女殿下、失礼致します」
考え事をしていたら、専属侍女のジュリアが私の頬に手を伸ばしてきた。反応する前に、頬を乱暴に揉まれた。
「痛っ!! ジュリア、痛い!!」
「少し我慢して下さい。これで、口を開けるのが、少しはマシになりますから」
相変わらず表情筋が機能していないジュリアは、淡々と言った。揉まれる事数分。のたうち回る事数分。やっと、ジュリアは頬から手を離してくれた。
「どうですか? ミネリア王女殿下? 少しはマシになったでしょう」
ジュリアにそう言われて、口を開け閉めしてみたら、かなりどころか全然痛くない。
「凄い!! 全然痛くないわ!! 感動ものよ。身体のマッサージもしてもらえばよかったわ。何で、今までこの特技を秘密にしていたのよ!?」
ちょっと、怒りモードになる。
「それは、聖獣様に言って下さい」
ジュリアは私の膝の上に座る子狼に視線を向ける。
「イシリス様に?」
私もつられて、子狼に視線を落とす。子狼はビクッと身体を震わせた。
(これは、何か言ったわね)
「婚姻関係も結んでいないのに、自分より先に、その身体に直接触るのは許さないと仰りましたので、今まで控えておりました」
(やっぱり……ラリーお兄様でさえ、私に直接触れるのを躊躇していたからね)
にっこりと微笑んだ私を見て、子狼は身を竦ませた。完全に目が泳いでいるわ。狼でも泳ぐのね。
「筋肉痛に苦しんでいるのを傍で見ていたイシリス様がね……これは、じっくりと話さ合わなければなりませんね。それで、その事を今話した理由は?」
イシリス様との話し合いは後からでも出来る。
「これから、口を動かさなければならないので」
そのセリフの意味を察し、私はニヤリと嗤う。
(そう……動き出したのね)
「ジュリアはリアスをいたく気に入っているわね、珍しい」
ジュリアは他人にあまり関心がないからね。
「彼女は仕事熱心で、責任感もあります。人を色眼鏡で見たりはしない。高く評価するのは、おかしいでしょうか?」
本当はそれだけじゃないでしょ。宰相様との話を聞いていた一人だもね。あの時、ジュリアの身体から漏れ出た殺気は相当だったわよ。
「そうね、リアスは優秀だもの、当然ね。……さてと、お馬鹿さん達にお説教をしに行かないといけませんよね。やっと、お揃いになられたみたいですし。ジュリア、場所は把握しているのでしょ、案内なさい。出て来たのなら、容赦は致しませんわ」
暗部の報告で、標的がリアス様だって事は知っていた。取り巻き達と自分付きの侍女を使って、色々している事もね。
直接、私に仕掛ける事は出来ない代わりに、リアス様を。亡王国の第一王子の元婚約者。たったそれだけの理由でね。
本来なら、早々に手を打ちたかった。でもそれを止めたのは、リアス様本人だったの。「侍女間だけなら、尻尾を切られたら終わりだ」と言ってね。
確かに、リアス様の考えも一理はあったわ。でもこの時、私は手を打つつもりだったの。
思い留まったのは、ジュリアの台詞だった。「尻尾を切られたら、より慎重に、人を変えて仕掛けてくる。悪質度も増す」とね。だから、リアス様を交えて相談して、ここはグッと我慢する事にしたの。
多少なりとも反発があるのは、リアス様も分かっていた筈。私もね。でも、微かに血の匂いを滲ませたのは、明らかにやり過ぎだった。それも、見えない所にね。ジュリアを傍に置いていたから、それ以上、酷い事はされてはいないようだけど、さすがに、我慢の限界が来ていたのよね。リアス様はもう、ベルケイド王国の民だもの。
(揃ってくれた事に、心から感謝するわ)
ベルケイド王国側が、反対に付け入る隙を与える事にならなくて済みそうだもの。また、血の匂いを嗅いだら、間違いなく私は暴れていたわ。
「畏まりました」
ジュリアは軽く頭を下げる。
「では、行きましょうか。お馬鹿さん達の喧嘩を買いに」
「お説教では?」
「お説教で済むわけないでしょ。というか、済ませないわ」
ベルケイド王国の民に手を出した事を後悔させてやるわ。今日はそのための一石よ。
「愚問でしたね」
ジュリアも中々良い性格をしているのよね。昔から変わらない。私もそうだけど。




