第三十五話 新米王女殿下、大国の誘いを断る
あの虎ならぬ、狼の尾を踏んでしまってから、私はほんの少し、拳二個分ぐらいかな、イシリス様から離れて座るようにしている。下手にまた煽ったら、間違いなく最期までされちゃうからね。
(小国でも、一国の王女が出産の後に結婚式なんて洒落にならないわ)
それに……私にも夢があるの。お父様やラリーお兄様からお転婆で口が悪いと言われていても、乙女なの。年頃なの。なし崩し的なものは絶対嫌。順番は守らないと、後準備もちゃんとしたい。だから、普段から接触回数を減らせばいいのよ。それで、この問題は解決。
それから、亡王国にいる屑達の事だけど、イシリス様が創世神様達と相談して、〈死なない加護〉と〈異常状態無効の加護〉を授けたらしいわ。
(なかなか、エグいわね)
イシリス様から聞いた時、率直にそう思ったの。加護を授けられた本人は直ぐには気付かない。でも、気付いたその瞬間、絶望するってね。だって、やっと地獄が終わったと安堵したのに、終わらないのよ。絶望しかないでしょ。
「――聞いているか? ミネリア」
お父様の声で、現実に引き戻される。考え事はしていたけど、話はちゃんと聞いていた。
「留学ね……」
面倒くさそうに答えた。実際、面倒くさいもの。
亡王国に神罰が下ってあんな風になったから、当然、通っていた学園自体なくなったわ。まだ学生である私と、ベルケイド王国と繋がりを持ちたい周辺諸国にとって、この線を突いてくるのはおかしくない事ね。
因みに、私に留学を勧めてきたのは、エンドキサン王国よ。周辺諸国の中で一番の大国ね。政治、経済、教育、全ての面においても、数歩先を歩いている国だわ。
ベルケイド王国がまだ伯爵だった時から、小競り合いこそなかったけど、緊張状態が続いていた国なの。隣国で、国境がベルケイド王国にあるからね。だから、屑達は私を人質にしたのよ。
なので、私が通っていた学園よりも規模は大きくて、専門的分野の研究にも力を入れてるそうよ。学園のレベルとは雲泥の差があるわ。確かに、そう言う面から見たら魅力的ね。これが、二年前なら留学していたかもしれない。
(だけど、今はね……)
「どうする? 俺はどっちでもいいぞ。ミネリアの好きにすればいい」
ある程度の国交は、周辺諸国と結ばないといけないけど、特定の国とは仲良くしたくはない。特別を作らない。一線を引いた付き合いをする。これは、家族皆と宰相様とで決めた事。
だって、それこそ面倒くさいでしょ。特定の国と仲良くしたら、他国もうちもって言ってくるのが、目に見えているからね。
留学の件もそう――
番である私を取り込んで、聖獣様であるイシリス様の恩恵のおこぼれに預かろうって考えている国は、かなり多いの。当然よね。まぁそれは、仕方ないわ。自国の民が一番大切なのは、何処も同じだから。
ただ……あからさま過ぎて、嫌なの。我が儘かもしれないけど、私個人を見てくれないのが嫌なのよ。学園に通っていた時は、屑達が率先して隠してくれたから自由に通えた。
でも、今回は違うわ。
もし私が、〈聖なる乙女〉である事を内緒にして欲しいと、エンドキサン王国に頼んだとしても、内緒にするのは不可能だわ。屑王子がリアス様に婚約破棄を宣言したパーティーには、周辺諸国の関係者が多数出席していたからね。
結果、私が〈聖なる乙女〉である事は周知された。
「……陛下、ありがとうございます。でも、留学する必要性がないわ。そもそも、私は既に学園での単位を修得済み。薬学については少し興味はあるけど、今は書物で事足りるし。足りなくなったら、その時考えればいいでしょ」
飛び級したかったけど、屑達のせいで出来なかったのよ。王都に留め置くためにね。とはいえ、学園のレベルが、エンドキサン王国にどれだけ通用するかは分からないけど。
「そうか……なら、断るか」
お父様の隣で控えている宰相様は、何も言わない。という事は、この選択正解だったのね。
(留学を了承したら、エンドキサン王国が益々力を持つ事になるわ)
正直、気に食わない。他国の方々が出席するパーティーぐらいなら、赴く事もあるかもしれないけど……出来れば、それも嫌ね。リアス様に仕込まれ、叩き込まれているマナーを見せる機会は極端に少なくなるけど。
「ええ。それで、お願い」
留学にほんの少し惹かれてるけど、私にはやるべき事が沢山あるの。ラリーお兄様と私が使用した分のポーションの補充と研究。使用する薬草の品種改良もしないといけない。勿論、土壌も改良しないとね。
お父様は早速、書簡を用意して魔鷹で送った。
それで終わりの筈なのに、エンドキサン王国はまた書簡を送って来たのよね……あ〜面倒くさっ。




